第16話
シドファが真顔で言い放つ。その指摘が胸に突き刺さり、私は思わず口をつぐんだ。……とにかく、麻痺攻撃魔法がほとんど役に立たなかった以上、次の手段に移るしかない。
「もういい、麻痺はやめ! ラミシー、今度は毒の魔法でいってみなさい!」
「……わ、わかりました。いきます……【毒攻撃魔法】」
ホーンウルフへ向けて、ラミシーが杖をかまえる。呪文の詠唱とともに濁った紫色の光が放たれ、獣の全身にまとわりついた。すると「グェ、グェー!」と低い鳴き声を上げ、足取りがふらつきはじめる。
「……やった……! 今度こそやりましたっ……!」
ラミシーが興奮気味に顔を上げる。その姿に思わず私も拳を握った。
「ほら見なさい! 毒攻撃はちゃんと効いたじゃない! 私の判断は間違ってなかったってことね!」
「……どーッスかねぇ……?」
先ほどの麻痺攻撃の一件もあり、シドファはまだ半信半疑といったところだ。そんな疑いを晴らすかのように、ホーンウルフは今やろれつが回らない声を漏らし、力なく地面に腰を落としてしまった。
「おお……これはもしや!?」
誰もが毒の効果が発揮されたのだと期待を高める。
――しかし、またもや少し様子がおかしい。
毒に苦しむというよりも、どこかふわふわした雰囲気が漂っていた。まるで何かに陶然としながら、現実と夢の狭間を漂っているようだった。
どこかで見覚えがある。妙に顔が赤くて、ふらふらしてて――。
「うーん……これって……もしかして、酔っぱらってるッスか?」
「酔っぱらってる!? バカ言いなさい、毒攻撃魔法でそんなことが――」
と言いかけて、ふと記憶の端がざわついた。
「いや、待って。アルコールも一応、体にとっては一種の毒よね? ……もしかしてこれ、実質酒を飲んだときと同じような状態が起きてるってこと?」
……中途半端な魔力の質が、毒の効果をうまく変換できずに、こんな変な状態を引き起こしてるのかも。
「毒攻撃魔法もダメそうッスねぇ。さっきの麻痺攻撃魔法よりは使えそうッスけど、ダメージが入らないんじゃ……」
「――ねえ、ラミシー。それ私にも、かけてみて?」
「ダメッスからね!? どう考えても酒の代わりにしようとしてるッスよね!?」
じりじりとラミシーに歩み寄る私。その感覚を少しだけ――ほんの少しだけ体験してみたい。
「ひぃ……! ……ミレミさん、近いですぅ……!」
その気配を察したシドファが「させるかっ!」と、背後からがっちり羽交い絞めにする。脱走しようとする猛獣を抑え込むかのような力強さだ。
「離して! 離しなさいってばっ!」
……そんな押し問答をしている間に、ホーンウルフはふらふらと千鳥足で森の奥へと消えていった。
ラミシーはがっくりと肩を落とし、しばらくぼうっと立ち尽くした。そして、体をぷるぷると震わせながら、しょんぼりと呟いた。
「ご、ごめんなさい……私、こんなはずじゃ……」
「しゃーなしよ。でも、やっぱり六浪の名は伊達じゃなかったわね」
「ろくろー? ってなんスか?」
「六浪ってのはね、受験に六回落ちるってことよ」
「へえ、そんなヤツいるんスか?」
「……今、ここにいるじゃない」
「おぉう……マジッスか……」
「――う、うぅー……!!」
不意にラミシーがしゃがみ込んで、わんわんと泣き出してしまう。目に涙を浮かべ、ぼさぼさの前髪の隙間からのぞく瞳が潤んでいた。
「あっ! あっ、ごめん! 言い過ぎたわ……!」
「……こんなことならいっそ……生まれてこなければよかった――」
ラミシーはまるで影のようにうつむき、微かに体を震わせた。
「ねえ! 謝るからそんなこと言わないで? ね? ほら、シドファも謝って」
「うぇ!? ご、ごめんなさいッス……」
「――と後悔するくらい、地に這いつくばらせて、涙を枯らすまで泣かせて、跪いて詫びるほどの絶望を、あのモンスターに刻みつけてやるはずだったのにぃ……ッ!!」
「本当にすみませんでしたァッ!! どうかお命だけは――ッ!!」
「ひぃ! 勘弁して欲しいッス!」
彼女のあまりの気迫に、二人揃って慌てふためく。先ほどまで泣いていたはずのラミシーが、今は不穏な笑みを浮かべていた。
……しかし、それも長くは続かず、激情に燃えていた目の光は徐々に弱まり、まるで糸が切れたように力なく沈んでいった。
つくづく、この子の感情は忙しい。
「私のせい……ですよね? アタッカーとして加入した私が、こんな力不足では……クエストは、やっぱり……中止でしょうか……?」
「いや、そんなことはないッスよ。このまま続行するッス」
「――は?」
思わずシドファを振り向く。あまりにあっさりした断言に、言葉が出ない。
彼女は自信満々に胸を張り、態度だけはやけに堂々としていた。
――嫌な予感が背中を走る。反射的に声を上げた。
「ま、まさか、あの"脳筋戦法"じゃないでしょうね……?」
「もちろん、殴って倒すッスよ! 今度は三人いるから、前回より三倍早く片付きまスって!」
「馬鹿! 計算おかしいから! ――めちゃくちゃしんどかったのよ、アレ! 分かってて言ってんの!?」
ラミシーがハッとしたように顔を上げ、何かを思いついたように目を輝かせる。
「――殴って倒す……? なるほどですね! ヒーラーの非力な物理攻撃を利用して、ゆっくり、じわじわ……ってことですよね!? 考えもしませんでした……ふふ……ふふふっ……!」
「いや、ちょっと違――」
「おっ! 中々の意気込みッスね! よーし、やるッスよ、ラミシー!」
「……はい! ふふっ……これは楽しみですねぇ……!」
意気投合した二人は、足取りも軽やかに目的地へと向かっていく。
「ダメダメダメ! お願いだから一度止まって考えて!」
私は泣きそうになりながら、必死でその後を追いかけた。