第15話
ラミシーがおずおずと頭を下げる。そのぼさぼさの髪と、不健康そうな青白い肌色に、シドファはわずかに眉をひそめた。
酒場のカウンターに座っていた彼女は、黒いショートヘアを揺らして口を開く。
「どこ行ってたんスか、ミレミさん。探したッスよ。……で、いきなり何スか?」
「私……ラミシーといいます……」
ラミシーは緊張した様子で、遠慮がちに顔をのぞかせた。
「彼女は黒魔術士の見習いよ。まだ正式な資格はないけど……とにかくアタッカー不足だから、私が引っ張ってきたの」
「黒魔術士……それも見習いッスか。うーん、火力が心配ッスねぇ。即戦力にはなりにくそうッスけど……」
シドファは渋い顔をしつつ、小さくため息をついた。
「……まあ、誰も来ないこの現状で、人を選べる立場でもないッスよね。――にしても、急にどうして入れることになったんスか?」
その問いに、私は一瞬言葉を詰まらせた。
「そ、そうね。人手不足だし、贅沢言ってられないってだけ! ……ほら、彼女お金に困ってるって言うから、ちょっと声をかけてみたのよ!」
「――本当ッスかねぇー……?」
うぐっ! 普段は脳天気なくせに、こういう時だけ妙に勘が鋭いんだから……。
「……あの……すみません。実はその……私が、二日酔いを治せる魔法を使えるって言ったら……誘ってくださって……」
「わあっ! なんで言っちゃうのよ!?」
「……わ、私……! やっぱり、嘘つかれてまで紹介されるような……都合のいい女になんて、なりたくないですぅ……!」
なんか、メンヘラっぽい発言が飛んできたけど……? いやいや、さっきまで裏で話を合わせてたのに!
「はあ? 二日酔いを治す魔法って……。ミレミさん、それが目的ってことッスか?」
呆れ半分で首を傾げるシドファを前に、私はもう開き直るしかない。
「別に、いいじゃないの! パーティにアタッカーが欲しかった! 彼女はお金が欲しかった! 私は二日酔いから解放される! ちゃんと利害は一致してるでしょ!? ……ほら、みんなウィンウィンってやつよ!」
「……ええ……」
一部始終を黙って聞いていたマスターが、カウンターの奥でグラスを拭きながら、苦味のある笑みを浮かべた。
「おいおい、いくらメンバーが集まらないからってな……仲間を選ぶ基準が"自分の都合"ってのは、いささか勝手すぎやしないか?」
マスターの言葉にうなずくように、シドファもすかさず追撃してきた。
「そうッスよ! 戦力になるかも分からない見習いを"飲みすぎの保険"で入れるとか、普通にありえないッスからね? ……じゃあ、なんスか? まさか、パーティメンバーに飲み友でも増やすつもりなんスか? うちのパーティは、飲みパーティってことッスかねぇ!? えぇ!? 聖女のパーティで、今夜はパーリナイとでも洒落込み――」
「――えぇい! うるさいうるさい! わかったわよ! ええ、いいじゃない。そこまで言うなら、この子の実力……示してあげる! できるわね、ラミシー?」
「……え、えぇっ……!? そ、そんなぁ……急に言われましてもぉ……」
ラミシーは少し不満があるかのように、もじもじしながら口ごもる。彼女には申し訳ないが、考える前に口が動いてしまった。こうなったら、もう押し通すしかない。
「ふーん。じゃあ、行ってみるッスか。明日、早速クエスト受けましょうッス」
こうして、急ごしらえの新メンバーが加わることになった。
――二日酔いを治せるという甘い誘惑は、私にとってかなりの魅力なのだった。
◇◇◇
翌朝。私は重いまぶたをこじ開けながらも、珍しくそこまでひどくない頭痛に気づく。どうやら、昨日ラミシーに二日酔いの回復魔法をかけてもらった効果が少しだけ継続しているようだ。――やはり、これは便利だ。
「ぐっ……! 助かるわ……」
身支度を整えてギルドへ向かうと、すでに二人はそこにいた。声をかけようと近づいた私は、シドファとラミシーの間に流れる微妙な空気を察した。シドファは書類をめくる手を止めず、ラミシーは所在なさげに指先をいじっている。
私はわざと明るい声で間に割って入った。
「――はいはい、お待たせ! さ、気まずい空気はおしまい! ほら、すぐに出発するわよ!」
言うが早いか二人の背を押して、返事も待たずにギルドの扉を開けた。
今回の討伐クエストの対象は"ルーンバット"。洞窟や廃墟に生息する大型のコウモリ型魔獣で、鋭い毒牙と超音波攻撃を持つ。暗闇の中でも正確に獲物を攻撃するために厄介だが、攻撃力が低いため、フォレストリザードほど危険ではない。腕試しとしてはちょうどいい相手かもしれない。
「黒魔術士といえば、毒や呪い、麻痺とかの状態異常でじわじわ攻撃するのが特徴ッス。相手の防御力が関係ないので、安定したダメージが入れられるのが強みッスね」
「……ふふっ、そうです……! その通りです! ……あぁ、想像してみてください……! 硬さに自信満々で攻撃を受け止めようとした、その瞬間……じわじわと蝕まれ、崩れ落ちる無様な姿を……! その誇り高き防御をもってしても、すぐに苦痛に歪み、絶望に満ちた顔へと変わる……ふふっ……最高、最高ですねぇ……!」
「あのー。本当に大丈夫ッスか? この人……」
「平気よ、シドファ。あなたと初めてクエスト行った時も、似たような感想だったわ」
と、私は彼女を突っぱねた。……かく言う、私もあんまり人のことを言える立場じゃないけどね。
そんなやり取りをしているうちに、目的地の洞窟までの道のりは半分を切っていた。朝の冷たい空気も和らぎ、足元の地面は徐々に岩混じりへと変わっていく。
――その時、道端の茂みが激しく揺れ、何かが飛び出した。四足歩行の影が見え、こちらへ瞬く間に飛びかかってくる――小型の"ホーンウルフ"だ。
「野生のモンスターね。ちょうどいいわ。ラミシー、いける? ひとまず、あれで試してみましょう」
「……はい、やってみます……! ふふっ、どんな悲鳴をあげるのか、楽しみです……」
興奮気味に杖を握るラミシー。彼女は少し呪文を口元で唱えてから、すっと手を前に差し出す。黄色の光がふわりと広がった。
「……【麻痺攻撃魔法!】」
「ギャンッ? ……ギャッギャッ!」
稲妻めいたビリビリとした光がホーンウルフに絡みつき、その体はピタリと動きを止めた。やがて、その体が痙攣するように震えながら、甲高い声を上げた。
「おお、やるじゃないの! ちゃんと動きを止められてるし、これなら申し分なさそうね!」
「ッスねぇ! なかなかの実力ッス! なぁーんだ、ただのあたしの杞憂だったッスかねぇ……って、ん? ――あれ? なんかおかしくないッスか?」
「へ? どこが……」
シドファに指摘され、私もその異変にすぐ気付いた。
これは麻痺の異常状態にかかったというより、むしろ――
「なんか――敵が気持ちよさそうにしてる……?」
「ッスね……まるで、電気マッサージでも受けてるような……」
なんで? どういうことなの!?
――ま、まさか。
麻痺攻撃魔法の威力が弱すぎて、ただの癒し効果になってる!?
この子の黒魔術って、試験で六浪してるくらいだから……むしろ敵に心地よさを与えるレベルってこと?
「――ふふふ、苦しめ……もっと苦しめ……!」
「ギャッ、ギャッ……!」
「違う! それ苦しんでないわよ、多分!」
「……ミレミさん……?」
ほら、やっぱり言わんこっちゃない、と言いたげにこちらを見てくるシドファ。
しかし彼女は、私の手元を見た途端、ギョッと目を見開いた。
「――ミレミさん!? 手! 手ぇ!」
「……へ? 手がどうしたって――」
言われるがままに視線を落とすと、確かに手がプルプルと震えていた。
「その手……震えてるッスよ!?」
「……え? ああー……これ?」
「――まさか! 麻痺攻撃が、実はこっちに来てるとか!?」
「違うわ。これは――禁断症状よ。お酒を飲んでないと……ときどき手が震えるの」
「紛らわしいッスね! 完全にアル中じゃないッスか! ……いや、それマジで禁酒したほうがいいッスよ?」