第14話
「うぅ……よかった……。私、六浪って……世間的にもう終わってるのかと思って……。でも、安心しました……!」
「そうそう、大丈夫大丈夫! 終わってる終わってる! 流石にそこまでいったら、もう失うものなんて何もないじゃない!」
「……え? 終わってる……? もう失うものが……ない……?」
「――あっ」
しまった、と同時に口を押さえる。共感しているつもりが、気づけばうっかり失言してしまっていた。
ラミシーの唇が小さく震えたかと思うと、次の瞬間――
「わあああああんっ……! やっぱり、私……もうおしまいなんですぅ……!」
「え、ちょっ……泣かないで! ……だ、大丈夫だから! ちょっと人よりハードモードなだけで、大丈夫だから!」
「ハードすぎますぅぅ……っ!」
慌ててなだめるも逆効果だったらしく、ラミシーの号泣は止まらない。完全にしくじった。
しかし、しばらくして――ようやく涙の嵐が収まったかと思えば、今度は突然、堰を切ったように語り始めた。
……情緒どうなってるの、この子……。
「……私、黒魔術が好きで……それだけのために何度も受験してきたんです。でも、どうしても合格できなくて……。それでも諦めきれなくて、ここまで来ちゃって……」
「黒魔術、ねえ。随分コアな魔法だけど……。なんで黒魔術にこだわるわけ?」
何気なく聞いたつもりだった。けれど、その一言が引き金だったらしい。
彼女の沈んだ様子は一変した。ほの暗かった瞳が鋭く輝きだし、急に早口でまくし立て始めた。
「ふ……ふふふ……。だって、黒魔術の醍醐味は……相手をじわじわいたぶって……どんどん苦しませていくところじゃないですか……!」
「いたぶる……苦しませる……」
何だか不穏なこと言いだしたけど!?
「ええ、そうです……! 歪んだ顔を、絶望に染まる瞳を――私は見たいんです! すぐに終わらせるなんてもったいない……! じっくり時間をかけて、丁寧にゆっくりと味わわないと……」
「いや、怖っ! あなた豹変しすぎじゃない!?」
危うい感じが漂う彼女に、思わず椅子からのけ反りそうになる。
その熱量、もはや魔術愛というより執着を通り越して……狂気だ。
――黒魔術というのは、毒や呪いでじわじわと敵を追い詰める陰湿な魔法。黒魔術を主軸とする"黒魔術士"は、アタッカーではあるものの戦い方は瞬発力よりも持続的なダメージに優れ、パーティではメインアタッカーというよりサブアタッカーの立ち位置になることが多い。
正式に黒魔術士として認められるには、国立の魔法学校で黒魔術を修め、厳しい試験を突破する必要がある。
これほどの熱量があるなら、六浪もせずに合格してそうだけども……なんて、喉元まで出かけた言葉をギリギリ飲み込む。これ以上泣かれるのはごめんだ。
「……そうなんです……。これほど黒魔術を愛してやまないのに、何故か落ちるんです……。落ち続けて、もう……お金もなくって……」
読心術でも使われたのかと錯覚したほど、私の思考に沿った言葉だった。背筋に冷たいものが走る。
「……もうこのままじゃ……死ぬしかない、です……」
「――ッ!! バカ言わないで! ここで自分の人生まで諦めちゃったら――」
「――そう、私を落とした奴ら全員……みんなみんな、死ぬしかない……ですよね? ……ふふ、ふふふふ…………」
「そっち!? てか、怖いって! やめて、怖いから!」
ここまで話を聞いた時点で、私は心の中で静かに結論を出した。
……うん、この子は深入りしない方がいい!
明らかに危ない思想持ってるし、適当に話を切り上げて、早めに撤退しよう……!
「……で、受験の対策はどうしてるの?」
「……対策……というより、これは私の持論なのですけど……。黒魔術を極めるには、まずはその……逆の原理を知ることが必要なんじゃないかと考えてるんです……」
「逆ぅ? どういうこと?」
「……黒魔術が身体を蝕む攻撃なら、まず……その状態異常の回復魔法の原理を理解することが大事だと思うのです……。細胞を修復する力を知れば、その再生を阻害する強力な魔法を作り出せる、みたいなイメージです……。例えば……毒の魔法を学ぶなら、まず毒の回復魔法を学ぶ……とか……」
「へぇー……ちゃんと考えてるのね」
――確かに、黒魔術を極める過程なら一理はある。けど……あまりにも遠回りすぎる理論では?
もしかしたら努力の方向が違うせいで落ち続けているのでは、と思わなくもないが。また泣いたり狂ったりするかもしれないため、今は言わないでおこう。
「逆っていうのは、例えば、最近はどんな魔法を学んでるわけ?」
「……え、えっとー……、これは独学なので……自信はないのですが……最近は二日酔いの回復魔法……とか?」
「ほう、詳しく」
思わぬ方向から出てきたワードに、つい前のめりになってしまった。
――そんな魔法があるの!? 最高じゃないッ!!
というのも、私たちヒーラーなどが扱う状態異常回復の魔法は戦闘向けが一般的。そんな細かい症状を熱心に研究する人なんて、まずいない。
理由はもちろん、魔法である必要がないから。症状に合った薬草を治療に使えばこと足りるし、そもそも、戦闘中に二日酔いになって、すぐに回復しなければならない状況になる馬鹿はいないからだ。
――いや、私がいた。
「もしかして……二日酔いで苦しんでいるのですか? ……ふふ、治せますよ……?」
「ぜひぜひぜひお願いします!!!! 本当は、今、こうしてあなたと話してる途中も気持ち悪くって……うっ」
彼女は無表情のまま小さくうなずく。私が安堵の表情で目を閉じると、彼女はこそっと何かつぶやいた。
「……【二日酔回復魔法】」
次の瞬間――頭痛と吐き気が嘘のように消え去り、みるみる体が軽くなる。戦闘で使われる状態異常解除より、もっと繊細で多岐にわたる感じ。まさか本当に二日酔いが治るなんて……!
「す、すごい……! すごいすごいすごい……!! 嘘みたい!」
「……ふふっ。誰も研究しないから、私がやってみようと思って……。ちゃんと効くみたいで……よかったです」
ラミシーは照れたように、どこか満足気に微笑む。
……この子、すごいかも。いや、すごいわ。変人だけど、何かしらの才能を秘めている。
こんな逸材、逃すわけにはいかない!
この子がいれば――二日酔いに苦しむ日々とはおさらばだ!
「私はミレミ。ねえ、あなた、お金に困ってるのよね? だったら、いい話があるの! もし、よかったら――」
◇◇◇
「シドファ! この子、パーティに入れるわよ!」
酒場へ戻るなり、私はそこにいたシドファにそう言い放つ。彼女は思わぬ新人の登場に目を丸くしながら、私の肩越しにちらりと例の女性――ラミシーを見る。
「……あ、あの……はじめまして…………ふへっ」