第13話
頭痛と吐き気が重なり、どうにも立っていられない。ヨロヨロと歩き出すが、体が鉛のように重い。たまらず壁に手をつき、盛大に吐いてしまう。
「ぉろろろろ……ッ! ……はぁ、頭いたぁ……」
二日酔いなんて珍しくもないけれど、今日のしんどさは歴代ワーストかもしれない。とてもじゃないけど、まともに動けそうにない。せめて腰を下ろせる場所があれば……。
そう思って視線を巡らせると、広場の片隅にベンチが見えた。
「……た、助かった……」
ふらつく足取りで近づくと、すでに先客がいた。
ボサボサの長髪。手入れがされておらず、前髪が目元に垂れかかっている。顔色は悪く、目の下にはくっきりとしたクマ。痩せていて不健康そうな若い女性が、ぽつんと腰かけていた。
ベンチの隣側。ぽっかり空いたスペースに気づき、「まあ、空いてるし、いいか」と私はそちらへ向かう。
「――カァーッ!! どっこいしょ!」
ベンチに勢いよく腰を下ろしながら、無意識に大きな声が漏れると、隣の女性がビクッと肩を震わせた。
……思った以上に驚かせてしまったらしい。別に脅かすつもりはなかったんだけどな、とぼんやり空を見上げた。
「「……はぁ……」」
ため息がシンクロした。思わず視線を向けると、彼女とちらりと目が合った。
「……大丈夫?」
「あっ……ど、どっ……どうも……。……ふ、ふふ……」
返ってきたのはか細い声と、無理やり作ったような愛想笑い。
全く元気がなさそうだ。顔色も悪いし、まともに寝ていないんじゃないかと思うほど、酷くやつれている。
……こういうの、放っておけないわね。
私はお節介なおばちゃんモード全開で声をかけた。
「ねえ、何かあったの? あなた。そんな辛気臭い顔しちゃって、ここで何してるのよ?」
「えぇ!? ……あっ、いや、その……。ちょっと疲れちゃいまして……。色々うまくいかなくて……。ふふっ……ふふふ」
彼女は口元を引きつらせ、無理にニタァとした笑みを作りながら、視線を泳がせている。
「あなたねぇ。人生なんて、うまくいかないのが当たり前よ。ほら、しゃきっとなさい! 背筋伸ばして深呼吸! はい、いっちに、いっちに!」
「――うぇ!? え、えっ……!」
言われるがまま、彼女は戸惑いながらも背筋を伸ばし、ぎこちなく深呼吸を始める。目を丸くしたまま口をパクパクと動かしている様子は、まるで水面でもがく金魚のよう。けれど――数度、息を吸って吐くうちに、その呼吸は次第に穏やかになっていった。
そして、ようやく少し落ち着いたのか、今度は彼女のほうから話しかけてくれた。
「……じ、人生……ですか。人生って、やり直し……できるんでしょうかね……?」
「――ええ、きっとやり直せるわ。私なんて、つい最近まで飲んだくれだったのに、この歳でまた冒険者をやり直してるんだから。あなたくらい若けりゃ何とかなるわよ」
「……本当……でしょうか? まだ……私も、やり直せますか……?」
「そうよ! やり直せる! 何をしてもうまくいかない時期って、誰にもあるものよ。でもね、一回転んだら――もう一度立ち上がればいいの! 転ぶたびに傷は増えるけど、少しずつ強くなれる。前より立ち上がるのがちょっとだけ楽になる。そうして成長していく……それが人生よ!」
――正直、自分でも説得力がないって思う。でも、こんな若い子があんな顔してたら、見て見ぬふりなんてできないわよ。
……これで、ほんの少しでも前を向いてくれたらいいんだけど。
すると彼女は、パァっと顔を明るくさせて――
「よ、よかったぁー……。私、まだやり直せるんですね……! ずっと、もう駄目なんじゃないかって……思ってました……。で、でも、あなたの考えを聞いたら……少しだけ楽に……!」
震える声で言いながらも、ほんの少し希望を見つけたように目を輝かせた。私は腕を組み、深く頷いて微笑んだ。
「……そうですよね! 大丈夫ですよね……!」
「ええ。どんなに転んだって、起き上がればいいだけよ!」
「……こんな私でも……チャンスって、ありますよね?」
「もちろん! 大事なのは、諦めないって気持ちでしょ!」
「……じゃあ! 受験に6回落ちて……六浪してても……まだ大丈夫ですよね!」
「そうそう! たとえ、受験に6回落ちて……も…………六浪?」
耳慣れない衝撃的なワードに、思わず聞き返す。
「…………六浪?」
「はい……! 国立の魔法学校で、どうしても黒魔術を学びたくて……。でも、何度受けても落ち続けてまして……。ですが、あなたのおかげで……自信、取り戻せました……!」
「……スゥーッ。あー、うんうん。六浪って、あの……六年、受験し続けてるってことよね……? うんうん、偉いわねぇ。うんうん」
なんて、穏やかな顔をして相づちを打っていたけれど、内心は動揺を隠せなかった。
――六浪!?
何をどうしたらそんなに落ちるわけ!?
魔法学校の受験ってたしか、専門系統の魔法で評価される仕組みだったはずだけど……。黒魔術って、そんなに難しかったっけ?
「……あのぉー……?」
「えっ? あっ、はいはい! なにかしら?」
「……遅れましたが……私、ラミシーと申します……」
転ぶたびに傷は増えても、それだけ強くなれる――とは言ったけれど。
その理屈が本当なら、この子、そろそろ最強になっててもおかしくない。……いや、ある意味もう……最強なのでは?