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七、卒業式の日に 後

 西村に呼び出されたのは、よく二人で遊んでいたあの公園だった。

 母親には卒業生の集まりに呼ばれたと言ったら、「今日くらい羽根を伸ばしてもいいんじゃない?」といって送り出してくれた。

 

 西村はベンチの前で待っていた。まだ咲く気配のない桜の木を見上げている。

 ベンチにはうっすら雪が積もっている。

「なんの用?」

 西村がこちらに気づくなり、早急に訊ねた。

 本当は会いたくもなかった。

 腹の中には憤怒が渦巻いていたけれど、受験に失敗した僕なんかが西村から彼女を取り返せるとも思えなかったし、自分がしんどい時に彼氏の友だちに乗り換えた彼女が、すごく汚らしく思えた。

 器が小さいと言われても仕方ない。これが僕の本音だから。

「知ってるよ。キスしてるの見たから」

 先に言われるのは癪だから、僕から言い出した。

「あいつとつきあってるんだろ?」

 キスのことを言い当てられ顔を紅潮させた西村は、僕をじっと見たあと、大げさに頭を下げた。

「ごめん」

 謝られたからなんだというのだろう。こんな残酷なものはなかった。

「もういいよ。気にすんなよ。もう浪人は決定したようなもんだし、もうどうでもいいから」

 僕が言うと、西村が雪を踏みしめて近づいてきた。爛々と目を光らせ、何なら少し怒りながら。

「清水。もっと頑張れよ」

 その言葉を聞いた瞬間、血の気の引く音を聞いた。

 頑張れ?

 その一言が僕の頭を殴りつけた。衝撃のあまり息ができない。

「やり方が悪いんだ。志望校が絞りきれていない」

 こちらの気など知らず、西村は話を続けている。

「親の顔を気にしすぎんなよ。お金のこととか大学の名前とかも。そんなことよりお前の行きたいところにいけよ。そこに絞って勉強すべきだ」

 ああ、西村は今まで通りなんだ。今まで通りに僕と付き合っていけると思っているんだ。何なら合格を決めた自分のほうが格上だと思っているんだ。

「良ければ俺のやり方を教えるから」

 桜の下で一緒にコーラで乾杯するはずだった。

 僕と西村の頭上に舞い散るのは桜じゃなくて、雪だったなんて。

 もうすぐ春なのに冬のまま、立ち止まったまま進めない。

 きっと、これは僕のための雪だ。

「お前に何がわかる」

 気づくと僕は、力いっぱい西村の顔を殴っていた。

 殴り合いの喧嘩なんかしたことのない二人だ。

 手加減なんか知らない。

 ただ激情にかられ、力任せに殴った結果。西村は白目を剥いて倒れた。

 倒れたまま動かなくなってしまった。

 そんな西村に雪は音もなく降り積もる。西村の頭も背中も白く染めていく。

 

 僕はその場から走り去ってた。




 滑り止めの大学に受かったことがわかったのは、その翌日のことだった。


 僕は彼女にそのことを報告した。

 机に置いたスマホと向き合ってしばらく悩んだけれど、それが約束だったから。


ーー〇〇大学に受かった


 送ると返事はすぐに来た。


ーーおめでとう


 僕もすかさず返す。


ーー西村からきいてる

ーー別れる

ーーごめん


 そこまで送信して、何に謝っているのかわからなくなった。

 西村を殴ったことだろうか。

 受験に集中するからという理由で放っておいたことだろうか。

 既読になる。

 彼女と同じ大学へいくために、必死で勉強したことが蘇る。到底無理なのに、馬鹿みたいに自分ならできると信じて。

 僕はあまりに滑稽だ。

 もう彼女から何も聞きたくなかった。


ーーもう無理


 そう送るとスマホの電源を切った。

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