五、敵討ち
本K駅の前で月野さんと別れることになった。
「ありがとうございました」
月野さんは大げさにお辞儀をする。
「それじゃあ」
顔を上げ、背を向け、月野さんは僕を振り切るように歩き出してしまった。あっという間に人混み中に消えていった。
(結局聞けなかった)
僕は本K駅に背を向けて歩き出す。
もと来た道を帰って、家に戻らないと。急に一人になって心細い。
駅前の横断歩道の前で信号待ちをしていた。パラパラと雨が落ちてくる。
やがて、信号が青になって、人混みと一緒に向こう岸へと渡っていく。夜だというのに人だらけの街に嫌気がしていた。
(月野さんは何者だったのだろうか)
本当にただ、道案内が目的だったのだろうか。
僕はふと、振り返った。
歩行者信号の青は点滅を始めた。
「あっ」
思わず声が漏れる。
さっきまで僕が信号待ちをしていたその場所に月野さんはいた。僕をじっと見つめていた。
(なんでいるんだ?)
目が合って、月野さんは表情ひとつ変えずに背を向けた。傘もささずに逃げるように去っていった。
横断歩道の真ん中から僕は引き返す。彼女の背中を追いかけていく。
(先に行くなよ)
リュックの後ろ姿は雨の街を迷いなく歩いていく。
(どこに行く気だ?)
街の中心部を避け、人気のない狭い道を進んでいった。営業を始めたばかりの居酒屋の明かりも遠ざかり、やがて閑静な住宅街へと差し掛かった。
「どこへいくんですか?」
ついに声を掛けると、月野さんは足を止めた。
「お花見」
振り返らずに答え、また先へと進んでいく。
住宅街を抜けると鎮守の森が現れた。桜まつりと書かれた提灯がそこここの木や街灯にぶら下がっている。
立て看板に『参道はこちら』という矢印が示されていて、ここは大きな神社の裏手に当たるようだ。
「月野さん」
振り返らない彼女を呼びかける。
「S駅にいくんじゃないんですか? あなたは何者なんですか?」
月野さんは立ち止まる。
おもむろにリュックを下ろすと、中からゆっくりと棒状の何かを取り出した。
「これ、とんかち」
こちらを向いた月野さんは小さく笑った。
「とんかちって、なんか可愛い名前ですよね」
そう言って、きゅっと木製の柄を握りしめる。
「あなたにはもっと、浮かれていてほしかった」
僕を見つめる瞳が潤んでいる。
「君は誰なんだ? 西村の知り合いか?」
訊ねると、月野さんは肩を震わせて笑い始めた。
「わたしは元カノ」
冷たい春の風が吹いて雨は叩きつけるように降り注ぐ。彼女にも僕にも。
「そうか、私って元カノかぁ」
月野さんはその場にしゃがみ込んだ。
「元カノって繋がり薄いなぁ。薄過ぎる」
嘲りのこもった声が吐き出され、消えていく。
笑っているのか、泣いているのか。両方なのかもしれない。
「わたしは西村の敵討ちに来たの」
僕はその言葉におおきくうなずいた。
「そっか。敵討ちか」
雨が落ちてくる。
容赦なく降り注ぐ。
あの日は雪が降っていた。
それは白い花びらのようにヒラヒラと舞い落ちていた。
僕の肩にも、髪にも。倒れて動かない西村の背中にも。