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一、僕を知る人

 駅前のバス停に到着したのは、空一面雲に覆われた薄暗い夕方だった。  

 大学が春休み中だからか、ガラガラに空いたバスから降りると細かすぎる雨が音もなく落ちてきた。

 傘をさす意味がない。散りばめられた雨粒はしずくの姿のまま、髪の毛やパーカーの繊維に遠慮なく貼り付いていく。

「あの」

 不意に声をかけられて視線を落とすと、僕と同い年くらいの、リュックを背負った女子が立っていた。

「ちょっときいてもいいですか?」

 肌寒いとはいえ、もうすぐ4月だというのにマフラーをぐるぐるに巻いたその人は、しばらく何も答えない僕をじっと見て、意を決したように口を開いた。

「この駅からどうしたらS駅にいけますか?」

「S駅?」

 突然のことに僕はすっかり固まってしまった。

「スマホの充電なくなっちゃって、調べられないんです」

 リュックの女の子に言われ、僕は顔をしかめた。

(駅員に聞けばいいのに)

 そう思ったけれど、あまりに真っ直ぐな視線を向けてきたものだから冷たくあしらうこともできない。

「S駅わかりますか?」

 念を押すように訊ねられても困ってしまう。

 この春、大学進学のために引っ越してきたばかりだったので、土地勘なんてない。S駅なんて聞いたこともなかった。しかも僕の入った大学はかなりの郊外にあって、この長閑な場所と、新しい住まいである一つ先の駅近くにあるアパート周辺のことくらいしかよくわからなかった。

「あの……」

 僕もよく知らないんです。

 そう言いかけた時だった。

「清水くんならわかるかと思って」

 長い睫毛の下の大きな瞳が僕を意味ありげに見上げた。 

 心臓がギクリと音を立てる。

 僕はリュックの女の子を改めて見つめた。

(この人、何で僕の名前を知っているんだ?)

 こちらは名乗ってなんていない。たった今知り合ったばかりなのに。  

「ちょっと用事があるので」

 怖くなった僕は小さく呟いて背中を向けようとした。途端、強い力で袖を引っ張られる。

「待って」

 リュックの女の子は再び僕を見つめた。

「不安なんです。ついてきてもらってもいいですか?」

 要求しておいて視線を僕からそらす。出会ったばかりの若い男についてこいなんて頼むことが無謀なことだと知っているというように。

 彼女が何者なのか気にはなったけれども、それより面倒事に巻き込まれたくはなかった。

「あの、ごめんなさい」

 何とかこの場から逃れたい。

「逃げないで」

 見透かすように彼女が言った。思いがけず鋭く、そして冷たい声だった。

「ーー何か後ろめたいことでもあるの?」

 冷たい声のまま彼女は言った。まるで核心を突くみたいに。

「いいからついてきて」

 そして、強い口調のわりに泣き出しそうな顔をしている。

 僕は立ち去ろうとしていたはずが、むしろその場から動けなくなった。

 高校卒業してすぐ連絡先を変えた。誰ともつながらないために。高校の友人のことなんて知りたくなかった。

 もしかしたら、彼女は誰かに頼まれて僕を探しに来たのかもしれない。たまたま僕と同じ大学に進学した、顔を知らない同級生かもしれない。

(何処かで見たことがあるのか?)

 でも思い出せない。確認したくて覗き込もうとしたけれど、リュックの彼女は顔を隠すように素早く背を向ける。

「駅の方へ移動しましょ」

 停留所には、次のバスの乗客がチラホラ並び始めている。


ーー後ろめたいことでもあるの?


 その一言に鎖をつながれた僕は、彼女を追いかけて駅へ方へと歩き始めた。

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