A1 第一話:綻びの音
あなたの望むがままに。
この世界は平凡だ。決まった時間に起こされて、決められた時間までに学校に行って、設けられた時間は授業を受けて、不確定な時間に寝る。それを五日繰り返せば、二日間自由に過ごせる。そしてまた五日間と二日間を繰り返す。習慣化された日常を淡々と過ごす。僕にとってはそれが苦痛で仕方がない。違うようで同じ日々を繰り返し繰り返し過ぎるのを待つだけ。勿論、そんな日常にも楽しみはあるし、仲の良い友達だっている。だから嫌なんだ。平凡で退屈で、つまらない。でもそんな退屈が僕には丁度いいんじゃないかとも思ってしまう。
「もうこんな時間か…」
スマホに表示された時刻を見ると、十時少し過ぎだ。そりゃあこんな暗いんだから夜…ではなく、曇っているせいで午前中でも暗いんだ。今の時間はほとんどの人が学校や会社でルーティンワークをこなしている頃だろう。僕も普段なら学校で机に突っ伏している時間だ。普段なら、だ。
「サボりの背徳感はた堪らんなぁ」
いかんせんこんな天気で外も暗い。こんな日はどうしてもやる気が出ない。だったら無理せず休んでしまえという結論に達し、今に至る。
僕は大きく伸びをしてベッドに大の字になって寝そべる。たった一日だけでも同じ日々から脱出したこの快感に優越感、そして解放感。こんな淀んだ社会すらも輝いて見える。
小さくも大きい一時いっときの幸せを噛み締めながら、僕はゆっくり目を閉じた。
結局、あの日からいつまで経っても世の中は変わらない。誰が生きて誰が死のうと、世界がこの国がこの社会が変わる理由にもきっかけにもならない。ただただみんな忘れてくだけ。表面は変わった様に見えても、根底にある腐敗したなにかは取り除けない。
今生きているほとんどの人は、あの時のことを覚えてないだろう。あいつらはネットで得た情報だけで知ってるふりをする。本当は何も知らないくせに、あたかも自身が体験したかのように周囲に披露する。本当は何にも知らないくせに。
ここにいるあなた達も覚えてないんでしょ。あれ程までに騒ぎ立ててたのにさ、今じゃそうやって何食わぬ顔で僕の前に現れる。
かくいう僕は、変わらないどころか堕落してしまった。生きる目的も理由も見失い、当たり前となった退屈な日常を反復するばかり。こんな姿を、落ちぶれた僕を見たらきっと失望するって分ってるのに。どうせ生き地獄なら死んでしまおうって考えが何度も頭を過ぎった。けれどあの時の顔が、呪いのようにフラッシュバックして死すらも選べなかった。
頭の横に置いたスマホが着信音と共にバイブを鳴らす。僕はビービーと耳障りな音を立てるスマホを止める為に、重たい瞼を開ける。そこでようやく、自分が今まで眠っていたことに気が付く。スマホを手に取り画面を見ると、非通知の電話が掛かってきていた。一瞬迷ったが電話を切ることに決めた僕は赤い拒否ボタンをタップしようとした。だがその瞬間、いきなりバイブが強まり、手を滑らせスマホを落としてしまった。拾った時にはもう遅く、落とした衝撃で非通知電話に応答していた。
「うわ最悪…早く切ろ」
そんな独り言を小声で呟いたのが聞こえたのか、通話終了を制止させる言葉が返ってきた。
「ちょっと待ってください!!」
返ってきた声は高い男の声だった。糸目の裏切りキャラっぽいイメージが僕の頭に浮かんでくる。
「もしもし、なにか御用ですか?」
こうなってしまっては仕方がないので、嫌々ながらも通話を続ける。こんなことになるんならちゃんと学校行けばよかったと後悔する。
「いきなり失礼しました。あなたにいいお知らせがあるんですよ」
「…は?」
予想だにしない返答に思わず間抜けな声が出てしまった。この言い方からして、どうせ宗教勧誘とか詐欺とかだろうなと推測する。だけど、次に続いたのは理解に苦しむ奇抜なことだった。
「河浪知世様。当選の結果、あなたには権利が付与されます」
この作品の主人公は定まってませんが、自分的にはプロローグの子が主人公だなと思ってます。