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1946年2月15日 深夜・東京

焼け跡の街は、静寂に包まれていた。

どこか遠くで犬の鳴き声が響き、風が瓦礫を吹き抜ける音がする。


誠司は立ち尽くしていた。


――この世界に、まだ希望があると思う?


叶の問いかけが、頭の中で何度もこだまする。

希望なんてものは、とうに死んだ。

戦争が終わっても、腹は減るし、職もない。

家族はみんな死んだ。


俺には何も残っていない。


「……新しい世界、ねぇ」


誠司はポケットに手を突っ込み、ポリポリと頭をかいた。

「悪くない話かもな」

ふと、空を見上げる。


星は、ない。

この街には、もう夜空すらないのかもしれない。

「お兄さん、決めた?」

叶がすぐ隣に立っていた。


黒い瞳が、まっすぐこちらを見つめている。

「……お前の言う”神様”になるってのは、具体的にどういうことだ?」


叶はニコッと笑い、地面にしゃがみ込んだ。

小石をひとつ拾い、それを誠司の前に差し出す。


「これ、ただの小石ね?」

「……ああ」


「でも、お兄さんが”神様”なら、これはダイヤモンドになるの」


パチン、と指を鳴らした。

次の瞬間、小石がまばゆい光を放ち、誠司の目の前で本物のダイヤモンドになった。


「……っ!」


誠司は息を呑んだ。

ダイヤモンドは、街灯の光を受けてキラキラと輝いている。

間違いなく、本物だ。


「……手品か?」

「ちがうよ」

叶は微笑んだ。

「これは”奇跡”」

「奇跡……?」


「そう。お兄さんが神様になれば、こんなことだって自由自在!」


叶はダイヤモンドを放り投げ、それをキャッチすると、今度はサラサラと崩れ落ちる砂に変えてしまった。


誠司は呆然とした。

これは……何だ?

魔法か?

幻覚か?


「信じられない?」

叶が小首を傾げる。


「……いや」


誠司は、自分の手のひらを見た。


――銃を握っていた手。

――血を浴びた手。

――それでも、今はただの”何も持たない”手。


「もし、本当にそんなことができるのなら……」


誠司は、ゆっくりと口を開いた。

「試してみるのも、悪くないな」

叶がぱっと顔を輝かせた。

「ほんと!?」

「ああ。ただし――」


誠司は叶をまっすぐ見た。


「これは”賭け”だ。もし俺に奇跡なんて起こせなかったら、お前の話は全部嘘ってことだ」


叶は笑った。

「うん。それでいいよ」

「……いいのか?」


「うん。だって、お兄さんは”神様”になれるから」


確信したように言う叶。

その言葉が、何よりも不思議だった。

「じゃあ、契約成立!」

叶は誠司の手を取った。

その瞬間――

世界が、一瞬だけ反転した。


風景がぐにゃりと歪み、焼け跡の街が黒く溶けていく。


誠司は目を閉じた。


――何かが、変わる。


そんな予感がした。


1946年2月16日、東京・夜明け前


誠司が目を開けると、世界は元通りになっていた。

違うのは――

「おはよう、お兄さん!」

目の前に、相変わらず無邪気に微笑む叶と、

誠司の左手に、黒い紋様が刻まれていたこと。


「……何だ、これ」


「“神様”の証だよ」


誠司は、じっとその紋様を見つめた。

まるで、蛇のようにうねる黒い模様。

「お兄さん、最初の奇跡、試してみる?」

誠司は、ゆっくりと手を握った。


そして、目の前に転がっていた瓦礫に向かって、手をかざす。

「……!」

次の瞬間、瓦礫がゆっくりと宙に浮いた。

誠司の心臓が、高鳴る。

本当に……できるのか?


「お兄さん、これから何をする?」

叶が、楽しそうに問いかける。

誠司は、瓦礫が浮かぶ光景を見つめながら、ゆっくりと答えた。


「――まずは、この街を変える」


その声は、静かだったが、確かに”神”の声だった。


神の時代が、始まる。

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