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1946年2月15日、東京・焼け跡の街
「お前……俺のことを、どこまで知ってる?」
誠司はゆっくりと叶の顔を見た。
「全部。」
叶はあっさりと言った。
「戦争に行ったことも、どこで戦ったかも、どうやって生き延びたかも。」
誠司の手が、ポケットの中で震えた。
あの戦争の記憶を、まるで他人事のように話す少女。
「ふざけるな……」
誠司は低く呟いた。
「そんなこと、誰にもわかるわけがない……!」
叶は首を傾げる。
「じゃあ、教えてあげる。」
彼女はそっと、誠司の手を取った。
細くて、冷たい手。
「お兄さんが最初に敵を撃ったのは、1944年の7月。」
「……!」
「フィリピン。雨が降ってた夜。匍匐前進しながら、銃を握ってたよね。」
誠司の心臓が跳ね上がる。
「敵はアメリカ兵。お兄さんより年上の男の人だった。」
息が詰まる。
「引き金を引いた後、お兄さんはしばらく震えてた。あれが初めてだったから。」
誠司は、叶の手を振り払った。
「やめろ……!」
自分の声が、かすれていた。
叶は静かに続ける。
「でも、それが最後じゃなかった。だんだん慣れていったよね?」
誠司は、後ずさった。
「お前……何者なんだ……!?」
叶は、くすっと微笑んだ。
「私は、叶。」
「お兄さんの“願い”を叶える人。」
――いや、違う。
この少女は、それだけじゃない。
彼女はただの人間じゃない。
誠司の頭の中に、戦場の記憶が次々と蘇る。
銃声、血の匂い、叫び声。
誰かが倒れ、誰かが泣いていた。
そして、最後に――
誠司は、自分の手のひらを見た。
かつて、その手が握っていたのは銃。
今、その手が握っているのは、ただの銀紙。
――お前は、一体、何なんだ?
なぜ、俺の過去を知っている?
「ねえ、お兄さん。」
叶が、そっと囁いた。
「願いはないって、嘘だよね?」
誠司は、唇を噛んだ。
本当は――
願っていた。
あの地獄の記憶を、消してしまいたいと。
全てなかったことにしたいと。
「……お前、俺の記憶を消せるのか?」
「うん。」
叶は微笑んだ。
「でも、消すだけじゃつまらないでしょ?」
「……?」
「だから、お兄さんに提案があるの。」
叶は、まるで天使のように微笑んだ。
「お兄さんが“神様”になればいいんだよ。」
――神様?
叶は続ける。
「お兄さんが、世界を変える側になればいい。」
「世界を……変える……?」
「うん。今の世界は、焼け跡だらけでしょ?」
「……ああ。」
「だったら、新しく作っちゃえばいいじゃん!」
叶は両手を広げた。
「お兄さんが神様になって、新しい世界を作るの!」
誠司は、理解が追いつかなかった。
神様になる?
新しい世界を作る?
それは、どういう意味だ?
「ねえ、お兄さん。」
叶はにっこりと笑った。
「この世界に、まだ希望があると思う?」
誠司は、答えられなかった。
希望なんてものは、とうに死んでいたから。