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孤独の寵児  作者: 白菜
3/7

サバイバル開始

魔法とは何なのか。未知の魔法を既知にすることこそが生存の鍵。無知こそが死に直結する。

凄まじいGと共に、俺たちはあの地獄から文字通り飛翔した。

眼下には、みるみる小さくなっていく森と、そこに蠢く絶望の残滓。耳の奥にはまだ、クラスメイトたちの断末魔と、助けを求めるような最後の視線が焼き付いて離れない。

北山と芦田を両脇に抱え、ただ一心不乱に空を駆ける。どれだけ飛んだだろうか。太陽の位置からすると、まだそれほど時間は経っていないはずだが、体感では永遠にも感じられた。


「……みんな、大丈夫かな……」

不意に、腕の中で芦田が震える声で呟いた。その言葉は、俺が必死に心の奥底に押し込めようとしていた罪悪感を、いとも簡単に引きずり出す。

あの時、俺にもっと力があれば。もっと上手く魔法を制御できていれば。あるいは、もっと早く、全員で逃げるという決断ができていれば……。

たらればを繰り返しても、失われた命は戻らない。分かっている。分かってはいるが、あの光景を、あの絶望的な瞳を忘れることなどできそうになかった。

俺が何も答えられずにいると、北山がぎこちない口調で芦田を慰めた。

「……もう、終わったことだ。カナ。蒸し返すなよ。……きっと、大丈夫だって。また、どこかで会えるさ」

その言葉が、俺自身に向けられた気遣いであることは明らかだった。芦田も、自分の不用意な一言に気づいたのか、「……ごめん」と小さく謝って俯いた。重苦しい沈黙が、俺たち三人を包み込む。


この気まずい空気を振り払うように、俺は努めて明るい声を出した。

「いや、芦田の言う通りだ。……もしかしたら、まだ森の中に生き残ってる奴がいるかもしれない。……落ち着いたら、必ず探しに行こう。俺一人でも」

「……うん!」

芦田の顔が、少しだけ綻んだ気がした。

それは、絶望的な状況の中で自分をごまかし、残酷な現実から目を逸らすための虚勢に過ぎないのかもしれない。だが、今の俺たちには、そんな小さな希望でも必要だった。

実際、この飛行の魔法を使いこなせるようになれば、行動範囲は格段に広がるはずだ。もし生存者がいるなら、見つけ出せる可能性もゼロではない。

しかし、同時に別の危惧も頭をもたげる。この魔法という未知の力は、あまりにも便利すぎる。だが、いつまで使えるのか?どういう仕組みで発動しているのか?何も分からないまま、これに命を預け続けるのは、あまりにも危険ではないか。


「なあ、二人とも」俺は声をかける。「今、こうして空を飛んでるけど……これって、本当にただの『魔法』なのかな?」

「どういうこと?魔法じゃないの?」芦田が訝しげに顔を上げる。

「いや、俺たちの知ってる知識に当てはめれば『魔法』としか言いようがないけど、ここは異世界なんだ。俺たちが知らないだけで、何か別の……エネルギーとか、そういう原理で動いてるのかもしれない」

「うーん……。確かに、ジュンが最初に火を出した時、すごく大きな火の玉になったけど、ジュン自身は熱くなかったって言ってたもんね。私たちの知ってる『火』とは、性質が違うのかも。……呼び方は魔法でいいと思うけど、その仕組みがどうなってるのかは、色々試してみる必要がありそうだね」芦田は冷静に分析する。

「やっぱり、そう思うよな。……今、こうして当たり前みたいに魔法を使えてるけど、どうやって使えてるのかも、いつまで使えるのかも分からないんじゃ、話にならない」

「そう考えると、ちょっと怖いね……。ねえ!ユウタはどう思うの!?」

芦田が、さっきから黙り込んでいる北山に話を振った。北山は、どこか遠くを見るような目で、ぼんやりと空を眺めていた。

「……何か喋ってよ!意見聞かせてよ」

「……分かってるだろ?」北山は力なく笑った。「悪いけど、おれはこういう難しい話にはついていけねえんだよ。代わりに、力仕事なら何でも任せてくれ。それくらいしか、役に立てそうにないからさ」

「北山……。でもな、この魔法ってのは、多分お前が思ってるよりずっと便利だぞ。力仕事なんて、あっという間になくなるくらい、何でもできる可能性がある」

「マジか!…………おれの存在意義が……」

本気で落ち込んでいる様子の北山に、芦田が慌てて励ますように声をかけた。

「だ、だからさ!一緒に魔法を使えるように練習するんだよ!頑張ってさ、私たち三人で!」

「…………異世界に来てまで、勉強しなきゃいけないのかよ……」

「生きるためよ。今までの勉強だって、結局は生きるためだったでしょ?……それが、ちょっと形を変えただけ」

芦田の言葉が、妙に胸に刺さった。

そうだ。生きるためだ。あの地獄のような教室で、学級委員の田中に全てを頼りきり、自主的に行動しようとしなかった結果がこれだ。コガネムシに襲撃された時も、俺は何もできなかった。ただ逃げることしか。

次に同じようなことが起きたら?その時、また大事な誰かを失うことになるかもしれない。そうならないためには、この力を理解し、使いこなせるようにならなければ。そして、何よりもまず、生き残らなければ。


そんな会話を続けているうちに、眼下に広がる樹海の水平線に、きらりと光るものが見えた。

湖だ。かなり大きな。

「……おい、あれ、見ろよ!」

「「湖だ!」」

俺と芦田の声が重なった。

「よし、あの湖を目指そう。いつ日が暮れるかも分からないし、一度あそこに降りて、状況を確認するんだ」

「俺も賛成だ!」

二人の同意を得て、俺はゆっくりと高度を下げ始めた。水面が近づくにつれて、森とは違う、湿った土と水の匂いが風に乗って運ばれてくる。

湖畔の、比較的開けた砂浜にそっと着地すると同時に、俺は飛行の魔法を解いた。

その瞬間、ふっと体から何かが抜け落ちるような、奇妙な感覚があった。魔法を使うというのは、体の中にある何かを外部に放出するような感覚。そして、魔法を終えるというのは、まるで蛇口をきつく締めた後のように、体のどこかが引き締まるような、そんな気分になる。


「よし、じゃあ、まずは周囲の安全確認からだな。その後で、とりあえず今夜泊まれる場所を確保しよう」

芦田の言葉に従い、俺たちは湖の周辺を慎重に探索した。幸い、危険な生物の気配はなく、水も見たところ綺麗だ。ここなら、当面の拠点にできそうだ。


「で、家はどうやって作るんだ?俺は家の作り方なんて、キャンプのテントくらいしか知らねえぞ」北山が途方に暮れた顔で言う。

「……私も分かんないや。ジュン、魔法で何とかならない?私たちじゃ多分無理だよ。なんとなく感覚で分かるけど、頑張っても犬小屋くらいの大きさの物しか作れる気がしない」芦田も弱気だ。

「うーん……多分、できるとは思う。けど、お前らが想像してるような立派な家は無理かもしれないぞ。……まあ、一応やってみるか」

湖畔に、三人で暮らせるくらいの大きさの、質素な木造の家をイメージする。魔法で何かを「創造」する時、俺はどうしても目を閉じてしまう癖があるらしい。初めて魔法を使った時と同じだ。もっと慣れれば、目を開けたままでもできるようになるのだろうか。そんなことを考えていると、

ポンッ、と軽い音と共に、目の前に、イメージ通りの家が出現していた。


「お!ジュン、できたぞ!」北山が歓声を上げる。

「うん。いきなりできたね。……だけど、なんか……これ、しょぼくない?」

芦田の言う通りだった。突如出現した家は、確かに木造ではあるが、全ての木材がまるで加工されたヒノキのように均一で、節目一つない。まるで粘土細工をそのまま大きくしたような、どこか現実感のない外観だった。

そして、魔法で家を創造した後、俺は感覚的に、ある致命的な事実に気づいた。

「……ああ。それと、悪い知らせだ。この家、多分……三時間くらいで消えるみたいだ」

「えー!?そうなの!?……じゃあ、ダメじゃん!」芦田が叫ぶ。

「やっぱり、おれの出番か!」北山が力こぶを作る。

「いや、今度は、そこに生えてる本物の木を使って、もう一度作ってみる」


近くに生い茂っている木々の中から、手頃な太さのものを数本選び、意識を集中させる。今度のイメージは、もっと具体的だ。木を伐採し、枝を払い、必要な長さに切りそろえ、それを組み上げて家を建てる。その一連の工程を、魔法で再現する。

目を開けたまま、強く念じる。

すると、選んだ木々が、まるで見えない力に操られるように、ひとりでに切り倒され、宙に浮き上がった。不要な枝葉がバサバサと地面に落ち、幹だけが残る。その幹が、まるで熟練した職人が手を加えるように、瞬く間に角材へと加工されていく。そして、それらの木材が、寸分の狂いもなく組み合わさり、徐々に家の形を成していく。木材と木材の接合部も、最初から一つであったかのように滑らかに融合していく。

先ほどより時間はかかったが、今度は確かに、本物の木材で組まれた家が完成した。見た目はやはりシンプルだが、さっきの「粘土細工」よりは遥かにマシだ。そして何より、これは簡単には消えそうにない。


「お!今度はちゃんとした家ができたな!」

「うん、まあ、見た目はやっぱりしょぼいけどね」

「いいんだよ、住めば都って言うだろ!」


その後、俺たちはその家を拠点として、生活に必要なものを作り始めた。寝床にするための葉っぱの山、簡単な食器や道具。俺だけでなく、芦田と北山も、魔法を使って何かを作ろうと試みた。

芦田は、最初は戸惑っていたものの、徐々にコツを掴んだのか、小さな炎を出したり、水を少しだけ操ったりと、少しずつだが魔法を扱えるようになっていった。だが、連続して魔法を使っていると、みるみるうちに顔色が悪くなり、やがて「もう無理……頭がクラクラする……」と言ってぐったりと座り込んでしまった。

一方の北山は、何度やっても小指の先ほどの火しか出せず、物を加工するような細かい作業は全くできなかった。「くそー!なんでだよ!」と悔しがっていたが、早々に魔法に見切りをつけたのか、湖で水を汲んできたり、食べられそうな木の実を(俺が魔法で安全性を確認した後)集めてきたりと、もっぱら体力勝負の役割を担うようになった。

どうやら、魔法の才能や、一度に使える量には、かなりの個人差があるらしい。俺は、家を二軒も建て、その後も細々とした作業を続けていたが、芦田のような明確な疲労感はまだ感じていなかった。ただ、あの奇妙な「体内の虫が這い回るような感覚」は、魔法を使うたびに少しずつ薄れていくような気がした。これが、いわゆる「魔力」のようなものなのだろうか。


やがて、空が茜色に染まり始め、森に夜の帳が下りようとしていた。

松明代わりに魔法で火を灯し、その明かりの範囲内で、俺たちは最後の作業に取り掛かる。

「見張りは……どうする?交代でやるか?」俺が言うと、北山が「俺がやる」と即答したが、芦田がそれを制した。

「ダメだよ、ユウタ。いつまたあのコガネムシみたいなのが来るか分からないんだから。一人で見張りなんて危険すぎる。それに、私たち三人とも、魔法の使い方はまだ全然分かってない。万が一のことがあったら……」

芦田の言う通りだった。それに、正直なところ、俺も北山も芦田も、精神的にも肉体的にも限界に近い。

「……そうだな。見張りは立てないでおこう。その代わり……」

俺は家の周囲の地面に意識を集中し、土や石を隆起させ、簡易的な防壁を築き上げた。高さはそれほどでもないが、気休めにはなるだろう。家の屋根も、あえて塞がずに開けておいた。万が一、地上から襲われた場合の、最後の逃げ道として。

急ごしらえの対策で、不安が消えたわけではない。だが、今はこうするしかなかった。


家の中に入り、それぞれが葉っぱを敷き詰めただけの粗末な寝床に横になる。

人生で、間違いなく一番長く、そして過酷な一日だった。

言いようのない不安と、微かな安堵感。そして、仲間を見捨ててしまった罪悪感。様々な感情がごちゃ混ぜになったまま、俺たち三人は、まるで泥のように深い眠りに落ちていった。


川崎・二人より魔力が多く未だ限界が分からない。魔法の行使も二人より上であることが判明。

芦田・北山より魔力量は多い。

北山・三人の中で一番低い。魔力の残量が身体に直結しない。


教室の残留者:未だ生存

異世界転移者:生存者15人程度 死者15人程度

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