表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の寵児  作者: 白菜
2/7

異世界転移

未知の世界がクラスメイト達を襲う。ただ弱肉強食のもとに強いものだけが生き残り、弱いものは淘汰される。


真っ白な世界で全身が包まれ浮遊している。主観的な感覚はなく、客観的な感覚のみ外部から情報として流れこんでいる。身体と精神のつながりがなく、精神を構成する要素が消失と再生を繰り返す。自分とは大きな流れの中の一部に過ぎず、その流れも自分の一部である。


自我がない世界を永遠とも一瞬ともいえる時間の中で漂っていると、残っていた自分の輪郭に手が伸ばされる。手を取るか迷う。手の先には無機質で純粋なものがいる。手の先の向こうには大事な友がいる。迷う。いつまでもこの世界に浸り、なにものでもない自分でいたいどれくらいの時間が経ったのか、いや、そもそも時間は経過していたのだろうか。

意識が途切れる直前の、あの全てを飲み込むような漆黒の球体。触れた瞬間の、底なしの闇に引きずり込まれる感覚。そして、次の瞬間には強烈な白い光が全てを覆い尽くし、全身を襲った焼けるような激痛。

それが最後の記憶だった。


次に感じたのは、奇妙な浮遊感だった。

目を開けているのか閉じているのかさえ定かではない。ただ、どこまでも広がる白、白、白。自分の体がどこにあるのか、手足の感覚も曖昧で、まるで意識だけが綿毛のように頼りなく漂っている。

これが死後の世界というやつか?それとも、ただの悪夢の続きか?

自分という存在の輪郭が、徐々にぼやけていくのを感じる。何か大きな流れの中に溶けていくような、それでいて、その流れ自体が自分の一部であるような……そんな矛盾した感覚。

永遠とも、あるいはほんの一瞬とも思えるような時間が過ぎていく。


不意に、意識の霞の向こうから、誰かが俺に手を差し伸べている気配がした。

暖かく、力強い手。

その手の先に、北山と芦田の顔がぼんやりとだが、確かに見えた気がした。

行かなければ。あいつらと一緒に。

最後の力を振り絞るように、俺はその手を強く、強く握り返した。


瞬間、再び全身に激痛が走った。

まるで魂が肉体から無理やり引き剥がされるような、先ほどとは比べ物にならない強烈な痛み。思考が苦痛一色に塗りつぶされ、今度こそ俺の意識は完全に闇へと沈んでいった。


「……ん……ぉ?……ここは……」

次に目を開けた時、俺は鬱蒼とした森の中に立っていた。

左右も後ろも、見渡す限り巨大な木々が天を突くようにそびえ立ち、昼間だというのに薄暗い。教室にいた時とはまるで違う、濃密な植物の匂いと、形容しがたい獣の気配が鼻をつく。体全体が落ち着かず、そわそわとした奇妙な感覚――まるで細かい虫が皮膚のすぐ下を這い回っているような――に包まれているが、見たところ体に目立った怪我はない。

「おーい!ジュン!」

左斜め後ろから、聞き慣れた声がした。振り向くと、北山と芦田が、少し離れた場所からこちらへ駆け寄ってくるところだった。

「ユウト、カナ……!無事だったか!一体……ここは、どこなんだ?」

「分かるわけねえだろ!それより、俺たちは15分くらい前に、気づいたらここにいたんだよ。お前はいつ着いたんだ?」

「着いたっていうか……目覚めたらここにいた、って感じだ。……ついさっきだよ」

「やっぱり時差があるのか?……俺たちより後にボールに触った奴らも、お前より来るのが遅かったみたいだぞ」

「へえ……」北山の言葉に、俺は曖昧に頷くしかなかった。状況が何も飲み込めていない。

「……で、これからどうすんのよ?」

芦田が、少し尖った、しかし安堵の色も混じった声で聞いてきた。三人が無事に再会できたことで、張り詰めていたものが少し緩んだのかもしれない。

「どうするって言われてもな……。まずは、ここがどこなのか確かめないと。……なあ、他の皆は?」

「えっと……もうジュンが来る前に色々話し合って決めたんだけど……」芦田が口ごもる。

北山が引き継いだ。

「二人か三人一組で、四方に分かれて探索に出るってことになった。で、探索班が戻ってくるまでは、全員一箇所に集まって待機。……お前がなかなか来ないから、俺たちはここで待ってたってわけだ」

「あ!……あとね」芦田が思い出したように付け加える。「あのボールに触ったのに、まだここに来てない子もいるみたいなんだ……。だから、そのことにはあんまり触れないでおこうって……。私も、考えると怖くなっちゃうから……。でも、ジュンは絶対大丈夫だって信じてたから、私たちは待ってたんだよ」

「……そうか。だいたい分かった。……ありがとな」

クラスメイト全員が無事だと思っていただけに、行方不明者がいるという事実は重く胸にのしかかる。もし自分がそうなっていたら、と考えると背筋がゾッとしたが、今は目の前の状況に対応するのが先決だ。

俺がいない間に事態が進んでいたことに若干の焦りを感じつつ、二人の案内に従って、ひときわ大きな木――周囲の木々も大概デカいが、それは幹の太さが人間三人分は優にありそうだ――の根本へと向かった。大きな葉を何枚も組み合わせて作られたらしい簡易的な幕の中に入ると、そこは少し開けた空間になっており、十数人のクラスメイトたちがグループに分かれて何か作業をしたり、不安げに話し込んだりしていた。

俺の姿に気づくと、皆が一斉にこちらを注目する。少し気まずい雰囲気の中、何人かの顔見知りのクラスメイトや、学級委員の田中が駆け寄ってきて、心配と安堵の言葉をかけてくれた。内容は、先ほど北山たちから聞いたこととほぼ同じだった。


質問攻めからようやく解放された後、俺たち三人は少し離れた場所に腰を下ろし、改めて周囲を見渡した。

空はまだ明るく、夕暮れまでは時間がありそうだ。田中の指示だろう、何人かが火を起こそうと奮闘しているのが見える。俺は、さっきからずっと感じていた体の違和感について、もう一度二人に尋ねてみた。

「あのさ、なんかさっきから、体っていうか、こう……体の周り全体が、なんか変な感じしないか?二人はどうだ?」

「変な感じって?……俺は特に何も感じねえけどな」北山は首を傾げる。

「うん。私も特に……。まだ緊張してるんじゃない、ジュン?」芦田も同様の反応だ。

「うーん、緊張とはちょっと違うんだよな……。なんていうか、細かい虫が体中を飛び回ってるような、そんな鬱陶しさがあるんだ。……まあ、時間が経てば治るか。時差ボケみたいなもんだと思っとこう」

二人に同意を求め、無理やり自分を納得させた。

ふと北山を見ると、さっきから火起こしの様子が気になるらしく、じっとそちらを見つめている。やがて何か思い立ったように立ち上がった。

「俺たちも手伝いに行こうぜ。ジュンを待ってる間、田中には休んでていいって言われたけど、人手は多い方がいいだろ。二人も行くぞ」

「わかった」「そうだね」


三人は、火起こしをしているグループに近づき、田中に手伝いを申し出た。中には、何もせずにただ不安そうに話しているだけのグループも五人ほどいたが、大半は何かしら動こうとしている。この状況で何もしないという選択ができる神経が、俺には理解できなかった。水も食料もないのだ。そのための探索班だろうが、もし何も見つからなかったらどうするつもりなのか。

俺たちの申し出を聞いた田中は、少しだけ口角を上げて頷き、指示を出してくれた。

「ありがとう。助かるよ。……探索チームは、あと30分もしないうちに戻ってくるはずだから、それまで火起こしを手伝ってくれないかな?……正直、僕も全然やり方が分からなくて。北山くん、詳しかったりする?」

「いやー、分かんねえけど、まあ、頑張るわ」「分かんないんかい!」

芦田の鋭いツッコミが飛ぶ。俺たちは、木の棒を両手で擦り合わせたり、石を打ち付けたりして、原始的な方法で火をつけようと四苦八苦しているグループに加わった。北山が木の棒を回し、俺と芦田が枯れ葉を集めて火口にする。


北山が額に汗を浮かべ、顔を真っ赤にして木の棒を回転させているが、一向に煙すら出る気配がない。他のグループも同様のようだ。学校のキャンプ実習なら笑い話で済むが、今は火がなければ夜を越せるかも怪しい。誰もが必死だった。


「やっぱり、こすり方が違うんじゃないかな」「うーん、こすり方って言われてもなあ」「力任せにやってもダメなんだよ。もっとこう、イメージして……そう、イメージ通りにこするんだ!」

そんな会話が聞こえてきたグループに目をやると、クラスでも変わり者で通っている佐々木という男子生徒が、熱心に持論を展開していた。

「この棒の先端に、小さな火が灯るのを強くイメージするんだ。そして、そのイメージを……えっ!?……うわっ!な、なんだこれ!?」

佐々木が興奮して叫んだ。見ると、彼が持っていた木の棒の先端に、本当に手のひらほどの大きさの炎が揺らめいていた。何の前触れもなく、まるで手品のように。

その声を聞きつけ、田中をはじめ、他のグループのクラスメイトたちも一斉に集まってきた。俺たちも、作業を中断して駆け寄る。

田中が、松明のように炎を掲げる佐々木に恐る恐る声をかけた。

「佐々木君……これ、どういうことだ?火が……突然ついたのか?」

「そうなんだよ、田中!俺にも何がなんだか……!いきなり……」

「えっと……他の人たちは、今の見てた?……前田君、どうだった?」

「どうだったも何も、佐々木の言う通りだよ。いつものように佐々木が『イメージが大事だ』とか訳わかんないこと言ってたら、本当に火がついたんだよ。マジでビビったぜ」

「そうか……うーん。……佐々木君。じゃあ、その火、今度は消せるか?……例えば、魔法みたいに」

「魔法!?」「え、ってことは、ここは異世界とかそういうこと!?日本じゃないの?」「まさか、そんなわけないだろー、魔法だなんて!」

田中の「魔法」という言葉に、クラスメイトたちが一斉に色めき立った。俺も、目の前の状況を理解することで精一杯で、そんな非現実的な可能性は頭の片隅にもなかった。

(異世界……?俺たちは、異世界転移したっていうのか……?いや、ラノベじゃあるまいし……)

皆の視線が佐々木に集まる。佐々木は田中の言葉通り、目を閉じて何かを念じ始めた。すると、あれほど勢いよく燃えていた炎が、ふっと掻き消えるように消えた。

それを目の当たりにしたクラスメイトたちは、今度こそ魔法の存在を確信したのか、再び大混乱に陥った。

「消えた!」「本当に魔法だ!」「マジかよ!」

「ちょっと皆、静かにしてくれ!……佐々木君、もう一度、今度は火をつけることをイメージしてみてくれ」田中の声が上ずる。

佐々木が頷き、再び木の棒の先端を凝視する。数秒後、先ほどと同じように、棒の先端に炎が灯った。

「本当だ!本当に魔法だ!」「すげーーー!」「異世界だ!」「俺たち、異世界転移したんだ!」

魔法という非日常を目の当たりにし、ある者は歓喜の声を上げ、ある者はさらなる恐怖に顔を歪め、ある者はただ呆然と立ち尽くしていた。


「やばいな、北山。異世界だってよ……。もう、元の世界には戻れないってことか……?」

「やばい、やばい、やばい……。魔法、マジかよ……」

「落ち着けって、二人とも!」

「落ち着いてられるか!魔法だぞ!ハリーポッターの世界だぞ、これ!異世界転移だぞ!」北山は興奮を隠せない。

一方、芦田は俯いて震えていた。「お母さん……お父さんにも、もう会えないんだ……。なんとなく、そんな気はしてたけど……」

「……ってことはだよ」北山が、今度は期待に満ちた目で俺を見た。「俺も魔法、使えるってことじゃんか!ジュン、見てろよ!俺もこの棒に火ぃつけてやる!」

「え……あ、ああ、分かった」

北山が、先ほど俺たちが使っていた木の棒を掴み、その先端を真剣な眼差しで睨みつけ始めた。握りしめた拳が小刻みに震えている。五秒ほど経っただろうか。

ポッ、と小さな音を立てて、棒の先端に、本当に申し訳程度の、小指の先ほどの小さな火が灯った。


「……えっと、これだけ?」

北山自身が、そのあまりのしょぼさに首を傾げている。それを見た芦田が、張り詰めていたものが切れたように、突然大声で笑い出した。俺も、そのあまりにも小さな炎と北山の間の抜けた顔を見て、魔法の驚きよりも先に面白さがこみ上げてきて、思わず噴き出してしまった。

「ひっ、ひひひっ!ユウタ、あんた、全然才能ないじゃん!……あー、おっかしい!そんなの、手で擦った方がまだマシでしょ!」

「わ、笑うなよ!これはあれだ、成長型かもしれないだろ!……くそっ、ジュン!今度はお前の番だ!お前も恥かいてみろ!」

「えー、俺かよ。俺、魔法なんて使えないかもしれないぞ」

「へえー、そうなったら、ユウタと私よりも序列は下ってことだね」芦田が意地悪く笑う。

「カナはまだ魔法使えるって分かったわけじゃないだろ?」俺が言うと、芦田はニヤリと口角を上げ、自信ありげに手のひらを上に向けた。

「それがね、使えるんだなー、これが」

その言葉と同時だった。芦田の白い手のひらの上に、先ほどの佐々木と同じくらいの大きさの、勢いのある炎がメラリと燃え上がった。

「「マジか!!」」

その鮮やかで、どこか様になっている魔法の行使に、俺と北山は同時に声を上げる。北山は、自分より遥かに大きな炎をいとも簡単に出現させた芦田を見て、さらに落ち込んでいるようだ。

「い、いつの間にやったんだよ、カナ!」

「んー?なんか、できるかなーって思ったら、できちゃった」

「ぶっつけ本番でかよ!すげえな……。じゃあ、あとはジュンだけだな。トリ、頼んだぜ」

「……まあ、やってみるけどよ」

芦田のようにいきなり手のひらで、というのは少し怖い。北山が使っていた木の棒を受け取り、念のため二人から少し離れた場所に立った。


木の枝の先端に火をつける。ただそれだけを、強くイメージする。目を閉じ、意識を集中させた。

その瞬間、背後から二人の切羽詰まったような声が聞こえた。

「おい!ジュン!やばいって!なんか熱くなってきたぞ!?」「っていうか、ジュン!あんたの周り、なんかヤバい!でかすぎる!危ない!今すぐ消して、ジュン!!」

その声にハッとして目を開けると、二人が焦った顔で俺を見ているのが分かった。それだけじゃない。視界全体が、燃えるような橙色に染まっていた。何事かと周囲を見回すと、俺は自分の全身が、巨大な火球に包まれていることに気づいた。


「うわあああ!な、なんだこれーーっ!?どうすりゃいいんだよ!?熱い!っていうか、焼けるって!……あれ?……なんでだ?……熱くない!?」

火球の中心にいるというのに、不思議と熱さは感じなかった。だが、周囲の空気は明らかに焦げ臭く、草木がパチパチと爆ぜる音も聞こえる。

「ジュン!早く消して!」芦田が叫ぶ。

「ど、どうやって消すんだよ!?」

「じゃあ、とりあえず、でっかい水かけて!」

「カナ、訳わかんないこと言うな!ジュン!イメージしろ!消すことをイメージするんだ!」北山が怒鳴る。

二人の怒鳴り合いをBGMに、俺は必死で「火よ、消えろ!」と念じた。

すると、あれほど激しく燃え盛っていた火球が、嘘のようにスッと消え失せた。


「「消えた……!」」

離れていた北山と芦田が、恐る恐る駆け寄ってくる。他のクラスメイトたちも、何事かと遠巻きに見ていたが、その表情は一様に驚愕に染まっていた。

「ジュン!大丈夫か!?」

「ああ……なんとか、な」

「いきなり、あんなバカでかい火の玉が出てくるんだから、心臓止まるかと思ったぞ……。お前、わざとやったわけじゃないよな?」

「当たり前だろ!火をつけるってイメージしただけだっての!」

「やっべえな、ジュン。お前、完全にアレじゃん。ラノベとかでよくある、『異世界転移したら俺だけ最強だった件』ってやつじゃん!」

北山のその言葉に、芦田が再び笑い出し、他のクラスメイトたちも少し緊張を解いたようにざわめき始めた。学級委員の田中が、まだ少し引きつった顔で話しかけてきた。

「……すごいな、川崎君。……ここにいる皆、多かれ少なかれ火を出すことはできたけど、君みたいな規模の魔法を使えた者はいなかったよ。……ただ、次からは、もう少し周囲に注意して使ってくれると助かる」

「あ、ああ……すまん、田中。……気をつける」

田中の苦笑いに、俺も苦笑いで返すしかなかった。その後、何人かのクラスメイトに「どうやったんだ」「もう一回見せてくれ」と詰め寄られたが、俺自身よく分かっていなかったので適当にはぐらかすと、彼らも興味を失ったのか、それぞれの場所に戻っていった。


その後、しばらくは各々が自分の魔法の力を試すように、火を出したり消したりして遊んでいた。まるで、自分たちの置かれた絶望的な状況を一時的に忘れようとしているかのように。

やがて、田中が頃合いを見計らったように、再びクラスメイト全員に向けて声を張り上げた。

「みんな、聞いてくれ!……少し落ち着いたところで、今分かっている魔法についての情報を共有したい。一度集まって、話し合おう」

田中の呼びかけに、今度は比較的スムーズに全員が中央に集まり始めた。皆、この異常事態を少しでも理解したいのだろう。田中が何かを話し出そうとした、その時だった。

森の奥から、探索に出ていた班の一つが、血相を変えて戻ってきたのだ。

その報告が、俺たちの束の間の希望と、魔法という未知の力への興奮を、一瞬にして打ち砕くことになる。


戻ってきた探索班からの報告は、悲惨なものだった。

どのグループも、水や食料はおろか、動物の気配すら見つけられなかったという。それどころか、まるで同じ場所をぐるぐる回っているような感覚に襲われ、森の奥へ進むことすら困難だったらしい。

そして、最悪なことに、一つの班が戻ってこなかった。

その事実に、クラス全体が再び重苦しい沈黙に包まれる。

田中は、青ざめた顔で、ある班のリーダーに詰め寄った。

「『同じ道を歩いているようだった』というのは、比喩じゃなくて、本当に同じ景色が続いていたっていうことか?」

「ああ。何度道を変えても、結局見覚えのある場所に戻ってきちまうんだ。まるで、森にからかわれているみたいに」

「……それで、帰る時はどうだったんだ?普通に、この場所を目指して帰ってこれたのか?」

「それが不思議なんだよ。帰ろうと思ったら、特に迷うこともなく、すんなりここまで戻ってこれたんだ。行きの時とは大違いでな。何の被害もなかったしな。動物どころか、虫一匹いやしなかったから」

その言葉を聞いた瞬間、田中の顔からサッと血の気が引いた。

「……………………そうか。……それは……まずいな」田中が震える声で呟いた。「……慌てて情報を集めようとしたのが、そもそも間違いだったんだ。……どうすればいい?今すぐここから散開して逃げるべきか?……いや、ここは異世界なんだ。どこへどう逃げれば安全なのかも、何も分からない……」

田中はぶつぶつと独り言を繰り返し、幼馴染らしい女子の手を固く握りしめ、絶望に顔を歪ませた。


他のクラスメイトたちは、田中の尋常ではない取り乱しようと、不吉な独り言に言い知れぬ不安を感じ、次々と声をかけ始めた。普段の田中なら、どんな時でも冷静に状況を分析し、皆で話し合って最善の道を探る。しかし、今の彼は明らかに様子がおかしかった。

「田中君、どういうこと?何がそんなにヤバいの?教えてくれない?」

一人の女子生徒が不安げに尋ねると、田中は虚ろな目でその女子を一瞥し、絞り出すような声で答えた。

「……君は、探索班の一人だったね。……君たちはまだ知らないかもしれないが、この世界は……俺たちが元いた世界とは違う。ここは異世界で……俺たちは、魔法が使えるようになってるんだ」

その衝撃的な事実に、探索に出ていた七人のクラスメイトたちは息を呑み、顔を見合わせている。田中は、そんな彼らの反応を気にするでもなく、絶望に染まった声で続けた。

「……それで、僕は致命的なミスを犯したことに気づいたんだ。魔法なんていう未知の力が存在する世界で、無暗に行動すべきじゃなかった。……それなのに、三つの探索班が全て無事に帰ってこれた。それが何よりおかしいんだ。何故、何の知識もない俺たちが、こんな未知の森から、何の危険もなく帰ってこれたんだ?外には、魔法を使う生物だって存在するかもしれない。そんな中、魔法も使えない探索班は、赤子同然のはずだ。……だが、行きは同じ道を迷い、帰りはすぐに戻れた。その話を聞いて、確信した。……もう、俺たちは逃げられない。賢い捕食者は、獲物をすぐに仕留めたりはしない。わざと逃がして、その巣の場所を突き止め、仲間ごと根絶やしにするんだ。……もう、おしまいなんだよ、俺たちは」


早口でまくし立てる田中の言葉と、そのあまりにも絶望的な内容に、その場にいた全てのクラスメイトが恐怖に顔を引きつらせた。もはや、田中の指示も、クラスの秩序も、何もかもが崩壊し、ただただパニックだけが場を支配していた。泣き叫ぶ者、意味不明な言葉をわめく者、その場で動けなくなる者。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


「おい、ジュン!どうするんだよ!またヤバい状況になったぞ!魔法を使う化け物が、俺たちを狙ってるってことなんだろ!?」北山が俺の腕を掴み、必死の形相で叫ぶ。

「まずいよ、まずいよ!早く逃げよう!」芦田は完全に腰が抜けている。

「逃げるって、どこに逃げるんだよ!ここは森のど真ん中だぞ!」

「とにかく、カナとユウトは俺の背中にくっついてろ!全員で四方を警戒しながら、対策を考える!」

「「わ、分かった!」」


言われた通り、俺たちは背中合わせになり、周囲の森を警戒する。どこを見ても、先ほどと変わらない、ただ鬱蒼とした木々が続いているだけだ。だが、さっきから感じていた、あの奇妙な違和感が、今はさらに強く、明確な殺気となって肌を刺す。

「……やっぱり変だ。何かがいる。……それも、かなりヤバいのが」

俺の言葉に、二人が息を呑んだ。

「俺は何も感じねえけど……」

「私も……。でも、ジュンはさっき凄い魔法を使ったから、何か特別な感覚があるのかも……」

芦田の言葉に、俺は先ほど魔法を使った時の、あの全身を駆け巡るような感覚を思い出しながら、意識を集中させた。すると、この俺たちがいる開けた場所と、周囲の森との境界に、何か薄い、陽炎のようなベールがかかっているのが、ぼんやりと見えたような気がした。

「……何か、モヤみたいなものが見える。……奴ら、何かで姿を隠してる。……これだ、この違和感の正体は!」

「じゃあ、そのモヤを、さっきの火みたいに吹き飛ばしてみたらどうだ?」北山が言う。

「分かった。……やってみる!」


イメージは、その薄いベールを力強くめくり上げ、取り除く。

再び森に視線を向けると、確かに何かが動いた。緑色の、何かの塊が、木々の間を移動し、一瞬だけ金属質の光を反射したように見えた。

「何かいる!俺から見て左斜め前!……緑色のやつだ!」

「えっ!?みどり!?」「どこだよ、分かんねえ!ジュン、目ぇ良すぎだろ!」

その物体をさらに凝視すると、徐々にその輪郭がはっきりとしてきた。二本の足で、音もなく、こちらに忍び寄ってきている。そして、木陰からその全身が姿を現した。

さらに、その一体だけでなく、同じような姿の生き物が、この幕で囲まれた拠点を包囲するように、無数にうごめいているのが分かった。


「……コガネムシだ!!……いや、違う!人型の、巨大なコガネムシだ!……まずい、俺たち、完全に囲まれてる!!」

「「ええええええっ!!」」

俺の叫びに、北山と芦田は顔面蒼白になり、さらに強く俺の背中に体を押し付けてくるのが分かった。他のクラスメイトたちも、俺たちの会話を聞きつけ、恐怖に顔を引きつらせながら周囲を警戒し始めている。数人のグループで固まる者、その場で泣き崩れる者、完全に思考を停止したように虚空を見つめる者。

ただ、この状況で恐怖を感じない者など、誰一人としていなかった。北山も、芦田も、そして俺自身も、これから何が起ころうとしているのかを予感し、全身の震えが止まらなかった。


時間が異様に長く感じられた。張り詰めた空気、じりじりとした緊張感。

それが破られたのは、本当に突然のことだった。


一番外側にいたグループの一つが、いつの間にか背後に迫っていた十数匹の人型コガネムシに襲われたのだ。それを合図にしたかのように、森の至る所から、無数のコガネムシの軍団が、一斉になだれ込んできた。

奴らは知能が高いらしく、二体一組で行動し、鎌のように鋭く尖った前足で、クラスメイトたちの腹部を的確に突き刺していく。刺された者は、悲鳴を上げる間もなく、あるいは短い断末魔を残して次々と倒れていく。魔法を使おうと、必死に火を出そうとする者もいたが、その小さな炎は、奴らの硬そうな外皮に届く前に掻き消され、なすすべもなく命を散らしていく。さっきまで一緒に笑っていたクラスメイトが、ほとんど関わったことのないクラスメイトが、区別なく、虫けらのように殺されていく。


そのあまりにも一方的で、残酷な光景に、胃液が込み上げてきて、俺はその場に嘔吐してしまった。北山も芦田も、恐怖のあまり歯の根が合わずガチガチと音を立て、その震えが背中越しに痛いほど伝わってくる。

幸い、俺たちがいたのは比較的中央に近い場所だったため、まだ直接の襲撃は受けていなかった。だが、この地獄のような光景が、数分後、あるいは数秒後の自分たちの姿であることは、嫌でも理解できた。


「どうする、ジュン……!このままじゃ、間違いなく全員殺されるぞ……!」

「私も、もうこんなの嫌だ……!早く……早く元の世界に帰りたいよぉ……!」芦田は泣きじゃくっている。

「……ジュン。さっきの魔法で、どうにかならないのか?……防御の魔法とか、ないのかよ!?」

「あるわけないだろ!俺だって、さっき初めて魔法を使ったんだぞ!……でも、ぶっつけ本番でやるしかないなら……やるしかねえ!」

「いいよ、いいよ!ぶっつけでも何でもいい!俺はまだ死にたくない!」

「やっちゃえ、ジュン!」


さっき偶然成功した火の玉の魔法で、あのコガネムシどもを焼き払うか?いや、それではまだ無事な他のクラスメイトたちまで巻き添えにしてしまう。火の玉で自分たちだけを包む?芦田と北山が無事で済む保証はない。壁を作って時間を稼ぐ?奴らの数と勢いを見る限り、突破されるのは時間の問題だろう。

戦って勝てる相手じゃない。そう判断した俺は、一つの結論に達した。

戦うんじゃない。この場から、一刻も早く逃げるんだ。コガネムシの群れには目もくれず、ただひたすら、無我夢中で。


(……逃げるなら、瞬間移動か、空を飛ぶか……。どっちかだ)

「二人とも、よく聞け!瞬間移動と空を飛ぶの、どっちがいい!?」

「瞬間移動!……でも、そんなこと本当にできるのか!?」北山が叫ぶ。

「どっちもやったことねえから分からん!でも……空を飛ぶ方が、まだイメージしやすいかもしれん!」

「じゃあ、空を飛ぶのでいいじゃん!」芦田が叫び返した。

「俺もそっちがいい!少しでも確実な方がいい!」

「よし、決まりだ!飛行でここから脱出する!俺がイメージしてお前ら二人を一緒に飛ばすから、絶対に俺から離れるなよ!」

「「分かった!!」」

「……なあ、ジュン。あいつら、空とか飛べたりしないよな……?」北山が不安そうに尋ねる。

「分からん!でも、考えるだけ無駄だ!カナの言う通り、今はただ、あいつらに追いつかれないように、全力で空を飛ぶことだけを考えろ!話してる間にも、コガネムシがこっちに来てるぞ!」


実際、コガネムシの群れは、他のクラスメイトたちをほぼ殺し尽くしたのか、じりじりと俺たちの方へ距離を詰めてきていた。まだ無事なのは、俺たちを含めても数人しか残っていない。

不思議と、奴らはある一定の距離からは近づいてこようとしない。だが、それも時間の問題だろう。少しでも時間を稼ぐため、俺は地面の土や石を操り、俺たち三人を囲むように簡易的な壁を形成した。

「すげえ!ジュン、ナイスだ!……早く逃げよう!」

「急かすな!今やる!」

二人の腰にそれぞれ腕を回し、強く引き寄せる。そして、三人一緒に、この忌まわしい場所から空高く舞い上がることを、強く、強くイメージした。まるで、ゲームのキャラクターが空を飛ぶように、垂直に、力強く上昇していくイメージを。


「……上がった!」「飛んでる!俺たち、飛んでるぞー!やった!ジュン、すげえ!」

北山と芦田の歓声が耳に届く。見下ろすと、人型コガネムシたちが、俺たちを見上げて何かを叫んでいるように見え、そして、その背中から大きな羽を広げ、飛び立とうとしているのが見えた。やはり、あの虫けらどもも空を飛べるのか。予想通りとはいえ、厄介なことこの上ない。


だが、それよりも俺の心を抉ったのは、地上に残された数少ないクラスメイト――学級委員の田中や、最初に魔法を使った佐々木、そして名前も知らない何人かの男女――が、俺たちを、まるで神にでも祈るかのような、絶望と懇願の入り混じった瞳で見上げている姿だった。

彼らの瞳が、無言で『助けてくれ』と訴えかけてくる。痛いほどに。だが、今の俺に一体何ができる?この初めて使ったばかりの、制御もおぼつかないデタラメな力で、あの数の化け物から全員を救い出せる保証なんてどこにもない。下手に手を出せば、俺たちまで一瞬で引きずり下ろされ、共倒れになるのが関の山だ。死にたくない。まだ、何も分からないこの世界で、こんな無様に食われてたまるか。自分の命を守るだけで精一杯なんだ、今は。

一瞬、強烈な罪悪感が胸を締め付けた。彼らを見捨てていくのか?俺の脳裏を、どうしようもない無力感と、生き残りたいという本能的な叫びが、ぐちゃぐちゃにかき混ぜるように渦巻く。

だが、今は非情になるしかなかった。俺たち三人が生き残るために。

その思いを心の奥底に無理やり押し込み、俺はさらに強く上昇のイメージを続けた。


「二人とも、しっかり掴まってろよ!……一気に飛ぶぞ!」

二人の力強い頷きを感じ、俺は、戦闘機が空を切り裂くように、水平方向へと猛スピードで飛翔するイメージを叩きつけた。

凄まじい加速Gが全身を襲う。だが、それと同時に、俺たち三人は、確実にあの地獄のような戦場から離脱し、未知の空へと飛び立っていた。。

永劫の時を迷い躊躇いながら差し伸ばされた手を握った。


脱力感。瞬間、精神が引き剝がされ激痛が走る。経験したこともない痛み、思考が苦痛に包まれ意識が途切れる。



「ぉ?....どこだ?」

北山と芦田と共に球体に触れ、閉じていた目を開けると前に樹林が広がっている。前だけでなく、左右後ろもすべて木であり、森の中にいるようである。何か教室にいた時とは違い、体全身が落ち着かずそわそわするが体を確認しても目立つ変化はなかった。


「おーい!ジュン!」

北山の声が左斜め後ろから聞こえ、振り向くと北山と芦田一緒にいた。二人が走ってこちらに向かってくるので北山に向かい話しかけた。


「ユウト。ここどこ?」

「分かるわけないだろ。それより、俺たちは15分くらい前にここにいつの間にかいたんだけど。お前はいつから着いた?」

「着いたっていうより、目覚めたらいたってだけど。....ついさっきだな」

「時差があるんかな?...俺たちより後に触った皆より、お前より遅かったぞ」

「へー」

「....で、どうすんの?」

芦田がぶっきらぼうに聞いてきた。三人全員がそろったため安心したのかため込んだ思いを吐き出したようだった。北山っていうより自分に向けて聞いているようなので応える。

「どうすんのっていうより、ここがどこか確かめないと。...ほかの皆は?」

「...えっと、もうジュンが着く前に色々話し合って、二人か三人で四方に探索するってことが決まって...あとは...なんだっけ?」

「おまえ聞いてただろ。...あー、四つの探索班が戻ってくるまで、一か所に集まって待つってのが今の状況。....お前が遅かったから、俺たちは来るまでここで待ってたってわけ」

「あ!...あとね、触れたけどいないクラスメイトがいるってことはあまり触れないでおこうってなったよ。私もあんまり考えると怖いから考えたくもないんだよね。みんなも同じなんだよ、きっと。...ジュンは絶対大丈夫だって分かってたから、私たちは待ってたけど。触ったけどいないっていう人もいるみたい。」

「だいたい分かったわ。...ありがとう」

触ったクラスメイトは全員いると考えていたため、いないクラスメイトがいるということに何故という疑問とともに、自分がそうだったかもしれないと考えが恐怖と一緒に思い浮かんできたが、考えても仕方がないため振り払った。


また、自分がいない間に事態が進んでいることに危機感を感じるが、二人の案内に従って一際大きな木―すべてが人間三人分くらいの太さがあるくらい大きい―の近くに来た。そのすぐ近くに大きな葉でつくられた幕の中に入ると、そこは他と違い開けた場所であり、ほかのクラスメイトたちが思い思いにそれぞれのグループにわかれ話している。作業しているグループが殆どであるようだ。


自分が幕に入ったことに気付いたのか、皆がこちらを凝視したため若干気まずさがあるが、幾人かの仲の良いクラスメイトや学級委員がかけより心配や安心の言葉をかけてくれた。一通りみると、10人程度のクラスメイトがみえる。そこでも、さっき北山たちから聞いたことを繰り返し聞いたが同じような内容だった。


自分のさっきまでの状況について質問攻めにされ解放されたあと、三人で固まって落ち着いて地面に座った。

空は明るく夜まではまだ先であるみたいだが、学級委員の指示のもと火を起こす準備をしているのがみえる。自分は二人にさっきから感じていた違和感を話すことにした。


「あのさ、なんかさっきから体っていうより四方全部に違和感があるんだけど。二人はなんか感じる?」

「感じるってなんだよ?...なんも感じないけどな?」

「うん。私も感じない...まだ緊張してるんじゃない?」

「うーん、緊張っていうより虫が飛び交いるような鬱陶しさがあるんだよな...ま、時間がたったら治るかな。時差ぼけみたいなもんか」

二人の同意のもと自分を納得させた。

ついでに北山は見るとさっきから火起こしが気になるらしく、見つめている。すると北山が思い立ったらしく立ち上がった。

「俺たちも手伝いに行こう。...ジュンを待ってたから、学級委員にはいいって言われたけど、人手はいるだろうし...二人も行くぞ」

「わかった」「そうだね」


三人は学級委員に手伝いの有無を確認するために火起こしグループに近づいて行った。

何もせずただ話しているグループも見えるが、ごく少数で5人程度しかいない。あの人たちはどういう意思で手伝わないという決断に至ったのだろうか。ここがどこで何なのか分からないというのに危機感も一切ないようである。そもそも水と食料をどうするかという問題もある。そのための探索班だろうし、見つからなかった場合のことも学級委員は考えているだろう。

三人の協力の意思を聞いたその学級委員は若干口角を上げながら、指示をだしてくれた。

学級委員の田中はカリスマ性がありリーダーシップがあるというわけではないが、生来の腰の低さと柔軟性で争いが起こらないため、求心力はあり慕われている。自分も学級委員に頼まれると断りづらい。


「ありがとうね。...探索チームは30分経つ前に戻ってきてって言ってるから、それまでは火おこしの手伝いをしてくれない?...ぼくも全然分かんないからさ。北山くんとか分からない?」

「うーん、分かんないけど頑張るわ」「分からんのかい」

芦田のツッコミとともに三人は火おこしの準備に手伝いに入ると、各々が木と木の棒で回してこすって火をおこそうとしているのが分かる。北山が回して、二人がそれを葉っぱなどで焚きつけることにした。


北山が血管を浮かび上がらせて必死に頑張っているが、全く火が付く気配がない。ほかのグループもそうみたいだ。

学校の実習であれば楽しくできたが、火がつかなければ死活問題であるため、それぞれが必死に頑張っている。


あるグループではどう回せばいいのかと話しているのが聞こえたため、頑張っている北山を横目にそのグループをみる。


「やっぱり、こすり方が違うんだよ」「うーん、こすり方っていってもな」「無理にこすってもダメなんだよ。イメージしてイメージ通りにこするんだよ」

その何かとイメージを重要だと思っている佐々木というクラスメイトは、こする棒をもちながら話始めた。


「この棒の先端に火がつくってイメージして、イメージしながら「ええ!」...ん?なに?え!!なにこれ?」

佐々木が話している突如、棒の先端に手のひらくらいの火がついた。何の前触れもなく火が現れた。騒ぎを聞きつけた学級委員と他のグループのクラスメイトたちも集まってきた。三人も火おこしの道具を持ちながら火に向かって走り出した。


学級委員の田中が松明のように火のついた棒をもった佐々木に近づき声をかけた。

「佐々木君。これどういうこと?火が突然ついたの?」

「そうなんだよ、田中。これなんなんだよ。いきなり....」

「えっと、ほかの人たちは見てた?...前田君、どうだった?」

「どうだったっていうより、佐々木の言う通りだよ。佐々木が何かイメージイメージってうるさいなって思ってたら突然火がついたんだよ。」

「そうなんだ、うーん。...佐々木君。じゃあ、その日消すことできる?魔法みたいに」

「魔法?」「あ!ってことはここは異世界ってこと?日本じゃなくて」「そんなわけないだろー、魔法だなんて」

学級委員の魔法という言葉にクラスメイト達が興奮し口々に言葉を発した。自分も現状を把握することで精一杯だったためそんな非現実的な魔法や異世界ってことは思いつかなった。


(異世界ってことは、俺たちは異世界転移したってことか?...いや、ラノベじゃあるまいし)


佐々木は学級委員の指示通りに目を閉じてイメージしだした。すると、火が突如消えた。それをみて魔法だと確信したのか再び混乱し出した。


「消えた!」「本当に魔法!?」「マジで!」

「ちょっと皆静かにして。....佐々木君、今度は火をつけることをイメージして。」

そして、佐々木が先端を凝視すると棒の先端に再び火がついた。

「本当に!?ほんとだ!魔法だ!」「すげーーー!」「異世界だ!」「異世界転移だ!」

魔法の存在を確認したクラスメイトたちはそれぞれが思いを吐き出し、その魔法の感動を表し始めた。


「やばいな、北山。異世界って、もう戻れないじゃん。」

「やばやばやばやば。魔法やば」

「落ち着けって!」

「落ち着いてられるか!魔法だぞ。ハリーポッターだぞ。異世界だぞ」

「お母さん、お父さんにももう会えないんだ。なんとなく会えないってことは分かってたけど。」

「ってか、ということは俺も魔法つかえるってわけじゃん。ジュン見ててくれ。俺の棒に火つけるから」

「え....わ、わかった」

北山が棒の先端を凝視し始め、握っている棒の木の枝も震え始めた。5秒くらい経ったあと、先端に小指程度の火がついた。


「えっと、これだけ?」

北山がついた火をみて、首をかしげると芦田が大声で笑い始めた。自分もあまりにも小さい火を見ながら、魔法の驚きより面白さのほうが勝り笑い始めた。

「ひっひっひ。ユウタ。あんた才能ないんだよ。....ああ、おかしい。そんなの手でつけたほうがいいっしょ」

「笑うなよ。成長型かもしれないだろう。...ジュン、今度はお前が恥かけよ」

「えー、おれかよ。俺魔法つかえないかもよ」

「そうなったら、ユウタと私よりも序列下だね」

「カナはまだ魔法つかえる分かんないだろ?」

芦田にそう聞くと、ニヤッと口角をあげると、手のひらを上にむけて広げた。

「使えるんだよ、それが」その言葉とともに手のひらの上に、佐々木と同じ大きさの火がついた。

「「まじか」」そのカッコよい魔法を使う姿に驚くとともに、北山は自分より大きい火をみて落ち込んでいる。

「いつの間にやったんだよ」

「いや、できるかなって思ったらできた」

「ぶっつけかよ。よくできたな。じゃあ、あとはジュンだけだな」

「....やってみるわ」

芦田のようにいきなりは怖いため北山から棒を受け取ったあと、念のため二人から離れた。


木の枝の先端に火をつける。火というイメージをもちながら目を閉じる。すると、二人から慌てた声が聞こえる。

「おい!ジュン!やばいぞ!熱くなのか!?」「やばい、やばい。でかすぎる!危ない!今すぐ消してジュン!」

その声で目を開けると、二人が見えたが二人だけでなく視界が橙色になっている。周りを見ると自分の全身を巨大な火の玉が包んでいる事がわかった。


「えーーー何じゃこりゃー!!どうすればいい!?熱いー!焼けるー!....なんで?熱くない!?」

「ジュン!消して!」

「どうやって消すの!?」

「じゃあ、でっかい水かけて!」

「消せばいいんだよ!カナ、混乱させること言うな!ジュン!イメージしろ!」

二人の言い合いを聞きながら、火を消すことをイメージしたらあっさりと火が消えた。


「「消えた!」」

離れていた二人が駆け寄ってきて、周りのクラスメイトも驚愕の表情をしている。

「ジュン!大丈夫か?」

「なんとか大丈夫。」

「いきなり、あんなおっきな火の玉がでてきたから、びっくりしたわ。...わざとじゃないよね」

「わざとじゃない。火をつけるイメージしただけ」

「やばいな、ジュン。お前、あれじゃん。異世界転移したら最強だった件じゃん!」

その北山の言葉とともにカナが笑い、他の離れていたクラスメイトたちも近づいてきた。学級委員の田中が話しかけてきた。


「すごいね...川崎君。...みんな火をつけれたけど、川崎君みたいな大きな火は誰もつけれなかったよ。今度からは大きな火をつけるときは注意してね」

「田中、すみません。...気を付けます」

学級委員の苦笑いに苦笑いで返した後、クラスメイト達からどうやって大きな火をつけたかについて聞かれたため、ありのままに話したら興味をなくしたのか、また元の場所に戻っていった。


その後、各々火をつけて遊んでいると学級委員が時を見計らっていたように、全員のクラスメイトに向けて話しかけた。

「みんな!聞いて!...魔法について情報を共有したいから一度集まって話し合おう」

学級委員の呼びかけに対して素直に全員が中央に集まり、学級委員が話しだした。しかし、それは探索班の帰還により中断された。


探索班は続々と戻ってきたが、一つのグループは待っても戻ってくることはなかった。三人のグループの話を集まっていたついでに皆で聞くと、すべてのグループが同じような内容だった。

曰く、歩いても歩いてもただ樹林の光景であり、動物も木の実も何もなかった。

曰く、ただただ同じ道を歩いているようだった。

その水や食料がないという悲観的な情報に全員の表情が暗くなる。

そんな中、学級委員は二つ目の報告の内容に血相を変え、同じ道を歩いているようだったという話を聞き、慌てて問いただした。


「同じ道ってことは比喩?本当に同じ光景だったってこと?」

その質問にある探索班の一人が答えた。

「そう。比喩じゃなくて何か迷ったように同じ道を歩いているような感覚だった」

「で、帰る時は普通に帰れたの?」

「帰るときはすぐに帰れたな。確かに。あと、何の被害もなかったな、動物も何もいなかったから」

「......それやばいね。.............やっぱり慌てて情報を集めようとしたのが間違いだった。どうすればいい。今すぐ散開して逃げるべき。そもそもここが異世界だからどう逃げればいいかもわからない」

学級委員はぶつぶつと独り言をつぶやきながら幼馴染の手を握り考えこんだ。


他のクラスメイトたちは学級委員の尋常ではない慌てぶりに不安にを感じ学級委員に声をかけた。学級院はいつもなら落ち着いて皆に情報を共有して、話し合いで方針を決める。そんないつもの学級委員とは明らかに違う。


「田中君。どういうこと?なにがやばいの?教えてくんない?」

田中はその質問をした女子を一瞥して答えだした。

「君は探索班の一人だね。探索班は知らないと思うけど、この世界は異世界で魔法が使えるんだよね。」

そのこの世界が異世界という事実と魔法が使えるという事実に7人程度の探索班は驚愕した。学級委員はその驚いている面々を放置し話始めた。

「で、そこで僕はミスに気づいたんだけど。魔法という未知のものが存在してるってことは無暗に行動してはいけなかったんだ。....なのに三つの探索班が帰ってこれたから驚いたんだ。何故帰ってこれたんだって。だって、外には魔法が使える生き物が存在するだろうし、魔法を使えない探索班は案山子同然だから。だけど、外に向かうときは同じ道で帰り道はすぐに帰ってこれたっていうことを聞いて、分かったんだ。...もう僕たちは逃げられないんだって。捕食者は獲物を多く獲得するためにあえて逃がす。そして巣を見つけて捕食する。もうおしまいだよ」


その早口に喋る学級委員の様子とその絶望的な内容に恐怖した全てのクラスメイトたちは恐慌し混乱し、もはや学級委員の指示もなにも秩序がなくなった。


「おい、ジュン。どうする。またやばい状況になったぞ。魔法を使えるやつが襲いにくるって」

「まずいよ。まずいよ。逃げよう!」

「逃げるってどこに逃げるんだよ」

「とにかく、カナとユウタは俺の背中に背中を合わせて皆で四方を警戒しながら、話そう」

「「わかった」」


警戒しながら四方をみる。四方はどちらも何の変哲のない樹林。だが何か違和感がある。

「やっぱり変だ。なにかいる感じがする。」

自分のその言葉に二人が答えた。

「おれは感じない」

「私も。でも、ジュンは魔法得意だから違うのかも」

その芦田の言葉に魔法を使ったときの感覚を思い出しながら集中する。すると、ここの幕を境に何か薄いベールがかかっているのが分かる。

「なにかモヤがかかってる。隠れてる。これだよ!」

「じゃあ、そのモヤをはらってみたら」

「分かった。やってみる」


モヤの薄いベールのめくるイメージで取り除く。再び樹林をみると動きがあった。緑色の物体が動き光った。

「何かいる!おれからみて左斜め前!緑色のやつ」

「え!みどり!?」「わからん!視力いいな!?」

その物体をじっくり見ると輪郭が浮かんできた。二足歩行で忍び足でこちらに進んでいる。すると姿がみえた。そして、その生き物の100匹異常が幕を取り囲むようにに動いていることがわかる。


「コガネムシ!!人型のコガネムシ!...俺たちを囲んでる!!」

「「ええ!!」」

北山と芦田は自分の言葉を聞き、驚くとともに自分のそばにさらに近づくのが背中伝えにわかった。

ほかのクラスメイト達も自分たちの会話を聞き、警戒しているのが見えた。グループで集まって警戒するもの、中心でうずくまるもの多々であった。

ただ、恐怖していないものがはごく一部であり、北山も芦田も、そして自分もこれからの展開を予想でき全身が震えた。


時間が経つのが長く感じられ、じりじりとした緊迫感で包まれていた。それが突如破られた。


中央からいちばん遠いグループが10匹くらいのコガネムシにいつの間にか襲われ、突如糸が切れたようにコガネムシの軍団がなだれ込んできた。

コガネムシたちは頭がいいらしく、二体一で闘っており先のとがった鋭利な手でクラスメイト達の腹部を刺して殺している。刺されたクラスメイト達はそれぞれが泣き叫びながら倒れ、死んでいった。

魔法を使おうと火をだして戦う者もいるが、その火を放つことができずただただ無意味に死んでいく。仲良くしていたクラスメイト、関わりのないクラスメイト関係なく死んでいく。


そのただただ呆気なく残酷な光景に胃から逆流してきて吐いてしまう。北山も芦田も恐怖で歯が震え、背中伝えに全身の震えがわかる。

三人は中央に近いところにいたからかクラスメイト達が襲われている光景をただただ眺めるだけであるが、その光景が未来の自分たちであるということは理解できた。


「どうするジュン、おれはこのままじゃ全員死ぬと思うよ」

「私もそう思う。もうこんなの嫌だ。....早く帰りたいよ」

「....ジュン。魔法でどうにかできないのか。防御の魔法解かないのか?」

「そんなのあるわけないだろ。さっき初めて魔法使ったのに....ぶっつけでもいいならやるぞ」

「いいよいいよ。ぶっつけ賛成。死にたくないから賛成」

「やっちゃえジュン」


さっきのできた火の玉の魔法でコガネムシを倒す案を考えたが、これでは他のクラスメイト達にも被害を与えることになってしまう。

火の玉で身を包むことも二人が無傷ですむ保証もない。壁で自分たちを守るのも突破されないとは言い難い。

そう考えるとと戦わずにこの場から逃げるべきである。コガネムシには構わずに、ただひたすら無鉄砲に逃げるべきである。


(そうなると、瞬間移動か空を飛ぶ。どっちかか)

「二人とも、瞬間移動か空を飛ぶ、どっちがいい?」

「おれは瞬間移動。でもできるのか?」

「どっちも分からない。でも、飛行のほうがイメージはしやすい。」

「じゃあ、空を飛んだほうがいいじゃん」

「おれもそう思う。確実性があるほうがいい」

「それじゃ、飛行で逃げるほうで。それと俺がイメージして二人と一緒に飛ぶからあまり動かんといてよ」

「わかった」「了解」

「大丈夫かな。あいつら空飛べるかな?」

「大丈夫じゃないと思うけど。私もそれ以外に選択肢がないと思うよ。敵に攻撃もできないからし、どうしようもない。それよりさ、空を飛んでも追いつかれないようにすればいいじゃん」

「カナの言う通り。おれは深く考えられないから分からんけど、逃げるのがいちばんだと思う。それに話してる間にもコガネムシきてるし」


コガネムシはクラスメイト達をほとんど殺し尽くしたのかこちらに様子を伺いながら向かっている。残りのクラスメイト達は数人しか残っていない。

ただコガネムシたちは何故か近づこうとしないため、これ以上近づかせないためにも時間稼ぎとしてイメージして三人の囲むように石壁を形成した。


「すげ!いいぞジュン!...逃げよう!」「早く逃げよう!」

「急かすな!」

二人の腰に手を回し、三人で飛行することをイメージする。空高く上がり、ゲームのように固定して上昇する。


「上がった!」「飛んでるー!いいよ!ジュン!」

コガネムシたちは羽を広げ飛ぼうとしているのが見える。コガネムシの形をしているため飛べることは察知していたためやはりという思いしかなかった。


しかし、コガネムシたちとともに下を見ると残っている学級委員や佐々木、ほかの生き残っているクラスメイト達がこちらを縋るような瞳で見つめているのが分かり、罪悪感に包まれるが自分たちが助かるためと飲み込み、さらに上昇する。


「二人ともしっかりつかまってよ!...飛ぶよ!」

二人の返事とともに飛行機をイメージして飛翔する。それとともに三人はコガネムシから避難することができた。





生存者:川崎・北山・芦田

死亡または負傷したクラスメイト14人はコガネムシの食料及び体液を流し込まれ傀儡または巣になった。


コガネムシが3つの探索班に幻惑をかけ拠点に帰らせ人間の巣をつきとめた。襲ってきた100匹のコガネムシは戦士であり、幻惑を使ったものは3匹のコガネムシ。樹林の食物連鎖のなかでは下のほうではあり地下の巣に隠れて近くにきた獲物を襲う。言語はもたず生存本能で動いている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ