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就職氷河期世代   作者: 冷やし中華はじめました
4/18

氷河期を生きて ―ある女性の孤独な闘い―

第1章:希望に満ちた卒業


1998年3月、桜が咲き誇る春の日差しの中、美咲は晴れやかな表情で大学の卒業式に臨んだ。東京の名門私立大学を卒業する彼女の胸には、これから始まる新しい人生への期待が膨らんでいた。


「おめでとう、美咲!」両親が笑顔で駆け寄ってきた。

「ありがとう、お父さん、お母さん」美咲は照れくさそうに答えた。


卒業証書を手に、キャンパスを後にする時、美咲は振り返って大学の建物を見つめた。ここでの4年間は、彼女にとってかけがえのない時間だった。文学部で日本文学を学び、読書サークルでは同じ志を持つ仲間たちと深夜まで文学論を交わし、アルバイトでは社会人としての基礎を学んだ。


「さあ、これからだね」父親が美咲の肩を優しく叩いた。

「うん、頑張るわ」美咲は強く頷いた。


その日の夜、家族で祝杯を上げながら、美咲は将来の夢を語った。


「出版社に入って、素晴らしい本を世に送り出したいの。きっと私にしかできない仕事があるはず」

「そうだね、美咲なら大丈夫よ」母親が優しく微笑んだ。

「うちの娘は優秀だからな。どこかいい会社に入れるさ」父親も誇らしげに言った。


美咲の心は希望で満ちていた。しかし、彼女はまだ知らなかった。これから始まる就職活動が、想像以上に厳しいものになることを。


第2章:厳しい現実


就職活動が本格的に始まった4月、美咲は早速、大手出版社の説明会に参加した。会場には同じような夢を持つ学生たちが溢れていた。


「今年度の採用予定は5名です」人事担当者の言葉に、会場がざわめいた。


美咲は驚いた。たった5名? 数百人はいるであろう志望者の中からたった5名? しかし、それでも諦めるわけにはいかなかった。


「私なら絶対に通るわ」美咲は自分に言い聞かせた。


しかし、現実は厳しかった。エントリーシートを出しても、面接に呼ばれることはほとんどなかった。たまに面接まで進んでも、「今年は採用を絞っているので」と言われ、不採用の通知が届いた。


5月、6月と月日が過ぎていく中、美咲の焦りは日に日に大きくなっていった。


「どうしたの、美咲?」ある日、母親が心配そうに声をかけた。

「ごめん、まだ決まらなくて...」美咲は俯いて答えた。

「大丈夫よ、あなたなら普通に頑張れば内定もらえるはずよ」


母親の言葉は励ましのつもりだったのだろう。しかし、美咲の心には刺さった。「普通に」頑張っているのに、なぜ内定がもらえないのか。自分の努力が足りないのだろうか。


7月に入り、友人たちから内定の報告が届き始めた。


「おめでとう」笑顔で祝福の言葉を口にしながら、美咲の心は沈んでいった。


8月、9月と過ぎていく中、美咲の焦りは絶望に変わっていった。大手出版社はおろか、中小の出版社からも断られ続けた。


「美咲、そろそろ他の業界も見てみたら?」父親が提案した。

「でも...」

「今は就職氷河期って言うらしいぞ。選り好みしてる場合じゃないんだ」


美咲は歯を食いしばった。夢を諦めたくなかった。しかし、現実は容赦なく彼女を追い詰めていった。


第3章:崩れゆく夢


1998年10月、美咲は100社目の面接を終えた。結果は、またしても不採用だった。


「申し訳ありません。今年は採用枠が...」人事担当者の言葉を、美咲はもう聞き飽きていた。


雨の降る中、美咲はぼんやりと街を歩いていた。看板に目をやると、「派遣スタッフ募集中」の文字が目に入った。


「派遣か...」美咲は立ち止まった。


これまで派遣は選択肢に入れていなかった。安定した職に就きたいという思いが強かったからだ。しかし、このまま就職が決まらないまま卒業してしまうのも怖かった。


迷った末、美咲は派遣会社に足を運んだ。


「はい、では登録完了です」担当者が笑顔で言った。「来週から、この事務のお仕事はいかがでしょうか」


美咲は黙って頷いた。これが自分の選んだ道なのだと、無理やり自分に言い聞かせた。


家に帰ると、両親が心配そうに美咲を迎えた。


「どうだった?」

「あの...派遣に登録してきたの」


両親の表情が曇るのが見えた。


「派遣? でも、正社員じゃないのか?」父親が困惑した様子で聞いた。

「ごめんなさい。でも、このまま何もしないよりは...」

「そうね...」母親は何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んだ。


その夜、美咲は布団の中で泣いた。大学に入学した時の夢は、こんなはずじゃなかった。でも、現実は厳しかった。就職氷河期。その言葉が、美咲の人生を大きく変えることになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。


第4章:不安定な日々


1999年4月、美咲は派遣社員として働き始めた。オフィスビルの一角、大手企業の総務部での仕事だった。


「よろしくお願いします」美咲は緊張した面持ちで挨拶をした。

「こちらこそ」先輩社員が優しく微笑んだ。「では、こちらの資料の整理からお願いできるかしら」


仕事自体は難しくなかった。書類の整理、データ入力、電話対応。しかし、美咲の心は満たされなかった。これは自分がやりたかった仕事ではない。そう思いながらも、美咲は黙々と仕事をこなした。


「美咲さん、今日で契約終了ですね」3ヶ月後、上司が声をかけてきた。「ありがとうございました」


そう、派遣には期限がある。美咲は荷物をまとめ、再び派遣会社に足を運んだ。


「次の仕事は...そうですね、この小さな出版社はいかがでしょうか」


出版社。美咲の目が輝いた。


「はい、お願いします!」


しかし、その仕事も長くは続かなかった。2ヶ月の短期契約だった。


こうして、美咲の派遣生活が始まった。3ヶ月ここ、2ヶ月あそこ。安定しない収入、変わり続ける職場。美咲は必死に食らいついた。


「もう少し頑張れば、きっと正社員になれる」そう信じて、美咲は働き続けた。


2000年、2001年と時が過ぎていく。美咲は25歳、26歳になった。友人たちは結婚し始め、キャリアを積み始めていた。


「美咲、まだ派遣なの?」同窓会で、友人に聞かれた。

「うん...でも、今の会社、正社員登用の可能性があるんだ」美咲は強がって答えた。


しかし、その可能性も幻だった。


「申し訳ありません。今回の正社員登用は見送りとさせていただきます」


また一つ、希望が潰えた。


第5章:社会の冷たい目


30歳を目前に控えた2004年、美咲はようやく正社員として小さな出版社に勤めることができた。しかし、給料は派遣時代とさほど変わらず、仕事内容も事務作業が中心だった。


「美咲、そろそろ結婚は?」母親が心配そうに聞いてきた。

「まだ...」美咲は俯いて答えた。


就職活動に失敗し、長年派遣を続けてきた美咲には、恋愛する余裕すらなかった。同年代の友人たちが次々と結婚し、子どもを産む中、美咲はますます取り残された気分になっていった。


社会の目も冷たかった。


「30過ぎて、まだこんな仕事してるの?」新しく入った若い同僚に言われた時は、心が痛んだ。


「就職氷河期だったから...」と言い訳をしようとしたが、若い世代には通じなかった。彼らにとって、就職氷河期は教科書の中の歴史でしかなかったのだ。


美咲は必死に仕事を覚えようとした。しかし、長年の派遣生活で培った「言われたことだけをこなす」習慣が抜けず、上司からの評価は芳しくなかった。


「もっと主体的に動いてください」上司に言われ、美咲は涙をこらえた。


家に帰ると、テレビでは景気回復のニュースが流れていた。しかし、美咲の生活は一向に良くならなかった。むしろ、年齢を重ねるごとに、将来への不安は大きくなるばかりだった。


「美咲、いい加減きちんとした会社に転職したら?」父親が言った。「同級生の娘さんは、もう課長になったそうじゃないか」


美咲は黙って聞いていた。両親には理解できないのだ。就職氷河期世代が直面している困難を。


第6章:追い詰められる日々


35歳を過ぎた頃、美咲の生活にさらなる試練が訪れた。


「お父さんが倒れたの」ある日、母親から電話があった。


美咲は急いで実家に戻った。父親は脳梗塞で倒れ、半身不随になっていた。


「美咲、申し訳ない」父親が弱々しく言った。

「お父さん...」美咲は父の手を握りしめた。


これから始まる介護生活。美咲は仕事を続けながら、週末は実家に通い、父の介護を手伝った。


「美咲、あなた一人に負担をかけて申し訳ないわ」母親が言った。

「いいの、お母さん。私にできることだから」


しかし、現実は厳しかった。平日は仕事、週末は介護。美咲の体と心は疲弊していった。


会社でも、美咲の立場は微妙だった。


「美咲さん、この企画、もう少し頑張れなかったの?」上司に言われ、美咲は言葉を失った。


介護で疲れ切っている状況を説明したくても、言い訳に聞こえるのではないかと恐れ、美咲は黙って頭を下げるしかなかった。


40歳を前に、美咲の貯金は底をつき始めていた。低賃金の正社員生活と介護の出費で、将来への備えができていなかったのだ。


「このまま行けば、老後はどうなるんだろう」夜、一人でお酒を飲みながら、美咲は不安に押しつぶされそうになった。


第7章:崩壊する人生


2015年、美咲が40歳を迎えた頃、会社は経営難に陥った。


「申し訳ありません。会社の都合で...」


冷たい解雇通知。美咲は再び職を失った。


「40歳か...」ハローワークで求人を見ながら、美咲は溜息をついた。


年齢制限のある求人が多く、美咲が応募できる仕事は限られていた。結局、再び派遣の世界に戻るしかなかった。


「美咲、大丈夫?」母親が心配そうに電話をかけてきた。

「うん、なんとかやってるわ」美咲は明るく答えた。両親に心配をかけたくなかった。


はい、承知しました。物語の続きを書かせていただきます。


---


介護の費用は増える一方で、美咲の生活は日に日に苦しくなっていった。


「もう少し安い物件に引っ越そうかな」美咲は家賃の請求書を見ながら呟いた。


しかし、引っ越しにも費用がかかる。美咲は頭を抱えた。


そんな中、唯一の救いは、同じ就職氷河期世代の友人たちとのつながりだった。


「みんな、同じような悩みを抱えてるんだね」オンライン上で開かれた同窓会で、美咲は心の内を吐露した。

「そうだよね。私たち、本当に運が悪かったんだ」友人の一人が応えた。


しかし、慰め合うことはできても、現実を変えることはできなかった。


第8章:希望の光


2019年、政府が就職氷河期世代への支援策を打ち出した時、美咲は44歳になっていた。


「就職氷河期世代支援プログラム」美咲はニュースを食い入るように見つめた。


「私たちの声が、やっと届いたのかも」美咲は小さな希望を感じた。


早速、美咲は支援プログラムに申し込んだ。職業訓練や、正社員化に向けたサポートなど、様々な支援が用意されていた。


「これで、もしかしたら...」美咲は再び夢を見始めた。


しかし、現実はそう甘くなかった。


「申し訳ありません。あなたの年齢では...」

「経験が足りないようで...」


支援プログラムを受けても、なかなか正社員の道は開けなかった。


それでも、美咲は諦めなかった。少しずつではあるが、スキルアップを続けた。


第9章:新たな試練


2020年、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めた。


「在宅勤務に切り替えます」派遣先の会社からの通達に、美咲は戸惑った。


ITスキルが十分ではない美咲にとって、在宅勤務は新たな試練だった。必死に新しい仕事のやり方を覚えようとしたが、周りの若い社員たちについていけない。


「美咲さん、このファイルどこにあるか分かりますか?」

「あの...すみません、まだ慣れなくて...」


焦りと不安が美咲を襲った。このまま仕事を失ってしまうのではないか。そんな恐怖が美咲の心を占めていった。


そして、その恐れは現実となった。


「申し訳ありません。コロナの影響で、派遣社員の 契約を更新できなくなりまして...」


再び、美咲は仕事を失った。


第10章:孤独な闘い


46歳になった美咲の生活は、さらに厳しさを増していった。


コロナ禍で仕事の機会は激減し、わずかな貯金も底をつきかけていた。


「お母さん、ごめんね。今月の仕送り、少し減らさせてもらえないかな」美咲は申し訳なさそうに電話で母親に伝えた。


「美咲、あなたこそ大丈夫?」母親の声には心配が滲んでいた。

「うん、大丈夫だよ。なんとかやってるから」美咲は強がった。


しかし、現実は「大丈夫」とは程遠かった。


家賃の支払いが滞り始め、食費を切り詰めても生活はギリギリだった。


「もう、どうすればいいの...」夜、一人でカップラーメンをすすりながら、美咲は涙を流した。


社会とのつながりも薄れていった。コロナ禍で外出の機会は減り、仕事もなくなり、美咲の世界はどんどん小さくなっていった。


唯一の繋がりは、オンライン上の就職氷河期世代のコミュニティだった。


「みんな、どう生きてる?」美咲は掲示板に書き込んだ。

「正直、きつい」「将来が不安で仕方ない」「でも、諦めちゃいけないよ」


様々な返事が返ってきた。みんな同じように苦しんでいる。そう思うと、少しだけ心が軽くなった。


第11章:最後の輝き


48歳になった美咲に、小さな希望が訪れた。


「美咲さん、久しぶり」大学時代の友人から連絡があった。

「え?ああ、久しぶり」突然の連絡に、美咲は戸惑った。


「実は、小さな出版社を立ち上げたんだ。美咲さん、一緒に働かない?」


美咲の目に涙が溢れた。長年諦めていた夢が、突然目の前に現れたのだ。


「本当に? ありがとう!」美咲は喜びで声を震わせながら答えた。


新しい仕事は、美咲に生きる希望を与えた。小さな出版社だったが、自分の意見が反映される喜びは何物にも代えがたかった。


「こんな本を出したいんです」美咲は熱心に企画を提案した。

「いいね、それ」友人は笑顔で頷いた。


しかし、この幸せは長くは続かなかった。


コロナ禍の影響で、小さな出版社の経営は厳しくなっていった。


「美咲、ごめん。これ以上続けられそうにないんだ」


わずか1年で、美咲は再び仕事を失った。


第12章:孤独な最期


50歳を過ぎた美咲の生活は、まさに崖っぷちだった。


仕事はなく、貯金は底をつき、家賃の支払いも滞っていた。


「美咲、実家に戻ってきたら?」母親が提案した。

「でも、お母さんの面倒まで見られない...」美咲は申し訳なさそうに断った。


しかし、その決断が美咲を追い詰めることになるとは、誰も想像していなかった。


ある日、美咲は高熱で倒れた。


「誰か...助けて...」美咲はかすれた声で呟いた。


しかし、誰にも気づかれることはなかった。社会とのつながりを失っていた美咲を、心配する人はいなかったのだ。


数日後、家主が家賃の取り立てに来た時、美咲の姿を発見した。


「本来彼女の人生の折り返し地点であったはずの50代。しかし、それは美咲にとっての終着点となってしまった」


警察官は、現場検証書にそう記した。


部屋には、就職活動時代の履歴書や、派遣の登録書類が山積みになっていた。そして、メモ帳には最後の言葉が記されていた。


「私たちの声を聞いて。非正規雇用の先には、こんな未来が待っているかもしれない。」


美咲の孤独死は、マスコミでも取り上げられた。


「就職氷河期世代の悲劇」「社会保障制度の綻び」様々な議論が巻き起こった。


しかし、もはや美咲には届かない声だった。


エピローグ


美咲の葬儀には、わずかな人しか参列しなかった。


「もっと早く気づいてあげれば...」母親は涙を流した。

「美咲、ごめん」大学時代の友人も、後悔の念に駆られた。


葬儀の後、母親は美咲の部屋を整理していた。そこで、一冊のノートを見つけた。


「私の人生日記」


そこには、美咲の人生が克明に記されていた。


就職活動の挫折、派遣生活の苦労、正社員になれた喜び、そしてまた職を失った絶望。


最後のページには、こう書かれていた。


「私の人生は、決して無駄ではなかった。私たちの世代が経験した苦労を、次の世代は繰り返さないでほしい。それが、私の最後の願いです。」


(終わり)


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