氷の花 - 就職氷河期を生きた女性の物語
第1章:希望と現実
高橋冬美が名門大学を卒業し、大手広告代理店に入社したのは、時代が「就職氷河期」へと突入した頃だった。両親の期待を一身に背負い、彼女はがむしゃらに働いた。入社2年目で手掛けたキャンペーンの大成功は、彼女に大きな自信と、それ以上の重圧をもたらした。
成功を重ねるにつれ、上司である古田の態度は厳しさを増していった。
「こんなレベルの低い企画で、クライアントが満足するとでも思っているのか?」
会議室に響く罵声。人格を否定するような言葉の暴力。それはいつしか「パワハラ」という名の日常になった。冬美の心と体は、見えない氷の棘に絶えず刺されているようだった。
第2章:崩壊
入社7年目、冬美はオフィスで倒れた。診断は「過労による重度のうつ病」。長期休職を余儀なくされた彼女に、会社は追い打ちをかけるように「君の席はもうない」と告げた。
退職後、冬美の人生は転がり落ちていった。部屋に引きこもり、眠れない夜の苦しみを紛らわすために手を伸ばしたアルコールが、彼女を新たな地獄へと引きずり込んだ。貯金は底を尽き、家賃も滞り、気づけば彼女は路上で泥酔して倒れていた。
警察に保護され、迎えに来た母親の涙を見て、冬美は初めて自分がどん底にいることを悟った。
「お母さん……助けて……」
それは、長い間張り詰めていたプライドが砕け散った瞬間だった。
第3章:雪解け
母親の助けで、冬美はアルコール依存症の専門治療を受け、AAのミーティングにつながった。そこで彼女は、自分と同じように、社会的な成功の裏で苦しみ、すべてを失った人々と出会った。
「一日、今日一日だけ飲まない。それだけでいいんだ」
仲間たちの言葉と、互いの痛みを分かち合う時間が、冬美の心に凍りついた氷を少しずつ溶かしていった。断酒を始めて1年が経つ頃、彼女は初めてミーティングで自分の過去を語った。話終えた時、若い女性メンバーが言った。
「ありがとう。あなたの話を聞いて、私も一人じゃないって思えました」
その言葉に、冬美は自分の経験が無駄ではなかったのだと、涙がこぼれた。
第4章:氷の花、咲く
社会復帰を目指す冬美は、ハローワークで「就職氷河期世代支援NPO」のスタッフ募集という求人を見つける。
「私の経験が、誰かの役に立つかもしれない」
面接で正直に全てを話した冬美は、その熱意を認められて採用された。NPOでの仕事は、かつての自分と同じように苦しむ人々に寄り添うことだった。
ある日、冬美が登壇した講演会に、思いがけない人物が訪れた。かつての上司、古田だった。彼は深く頭を下げた。
「君にしてしまったことを、ずっと悔いていた。本当に、申し訳なかった」
その言葉に、冬美の心の中で長年凍りついていた最後の氷が、静かに溶けていくのを感じた。
数年後、冬美はNPO法人の理事長として、精力的に活動していた。彼女の歩んできた道は、決して平坦ではなかった。しかし、厳しい冬を耐え抜いたからこそ咲くことができる「氷の花」のように、彼女の存在は、今、同じ痛みを抱える多くの人々の希望の光となっていた。




