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第2話 子供扱いしないでったら

「ああ、もおっ悔しい!」


 シルヴェステルがドアを閉めるなり、ユスティーナははしたなく大声を上げた。

 人目がなくなったのをいいことに、掴んだクッションをぼふんぼふんと何度もソファに叩きつけていく。

 涙目でひと通り八つ当たりを済ませると、毛羽立ったベロアの表面を綺麗に撫でつけユスティーナは行儀よくクッションを元の位置へと戻した。


「よく我慢しましたね、ユス」


 シルヴェステルがえらいえらいと頭を撫でてくる。

 その大きな手をつかみ取り、未だ涙が浮かぶむくれ顔でユスティーナは抗議の視線を向けた。


「もう、いつまでも子供扱いしないでったら。わたくしもうすぐ結婚できる歳になるのよ? いい加減きちんと大人の淑女として扱いなさい」

「大人の淑女ですか……わたしもそうしたいのは山々なのですけれどね」


 まともに取り合う気のないシルヴェステルにますます頬を膨らませた。

 同年代の令嬢の大半は婚約を済ませ、早いうちから嫁ぎ先を決めている。

 本来なら王女の立場のユスティーナにも、政治的に選ばれた婚約者がいてもおかしくはなかった。

 しかしユスティーナには婚約者はおろか求婚者のひとりもいないのが現状だ。


 その理由はこの国の成り立ちにある。

 ここロキア王国は長きに渡り、魔と呼ばれる悪しき存在の攻撃に苦しんできた。

 それに対抗するために魔術が発達し、やがては魔力の強さが権力の象徴という常識ができあがっていった。

 王族をはじめ上位貴族であればあるほど、婚姻相手の条件はどれだけ魔力を保有しているかを重視する。

 王女であるにもかかわらず婚姻を望む者が皆無なのは、ユスティーナが微弱な魔力しか持たないからだ。


 表向き王女として敬意を払われているが、陰で皆から笑われていることは知っている。

 悔しいが魔力が弱いのは事実だ。

 何も言い返せずに堪えるだけの日々はもう何年も続いていた。


(初めてのときは、あんなにも自由に魔力が使えたのに……)


 魔術測定は六歳になった年から受けることが義務付けられている。

 ユスティーナはそのとき、周囲が大騒ぎになるほど大人顔負けの魔術を披露したらしい。

 らしい、と言うのは幼い時分の出来事で、残る記憶が曖昧だからだ。しかしあの日魔術を使った爽快感だけは、なんとなくでも思い出せた。

 今回は運良く精霊を召喚できたが、あのときはもっと大きな存在を呼べたような気がしてならないユスティーナだ。


「ねぇ、シルヴェステル。今年も()()をやらせてくれるのでしょう?」

「それはもちろん」


 快い返事に、ユスティーナはいそいそとシルヴェステルの手を取った。

 そのままシルヴェステルをソファに座らせる。

 くるりとうしろを向くと、当たり前のようにユスティーナはシルヴェステルの膝にお尻を乗せた。

 収まりの良い位置を見つけ胸板に背を預ける。さらにはシルヴェステルの手首を掴み、自分の腹にぎゅっと両腕を巻き付けた。


(これで準備万端ね)


 幼い頃から毎年続けてきたことだ。あれをやるにはどうすればいいのかはよく分かっている。

 逸る心でシルヴェステルの腕をぺちぺちと叩いた。

 何しろこれだけをたのしみにして、受けたくもない魔術測定をおとなしく受けたのだ。


「ほら、早くして」

「これで大人扱いしろですか……」


 耳元でぼそりと言われ、膝の上、身をよじって振り返る。

 至近距離のシルヴェステルの顔をユスティーナは上目遣いで覗き込んだ。


「何か言った?」

「いいえ、何でもありませんよ」


 にっこりと返したシルヴェステルに、今度は焦れたように足をばたつかせる。


「いいから早く」

「分かりました。ユス、目をつむって」


 言われるがまま瞼を閉じる。

 年に一度だけ許された、たのしい時間の始まりだ。


「言っておきますが、このことは誰にも話してはいけませんよ?」

「分かってる。誰にも言ってないしこれからも絶対に言わない」

「いい子です。では始めましょう」


 頷いて体から力を抜いた。

 シルヴェステルの呼吸に合わせ、ユスティーナも静かに深呼吸を繰り返した。


(あ、来る)


 ユスティーナを囲うように、シルヴェステルの結界魔術が展開されていく。

 低く唱えられる術式の言霊をどこか遠くに聞きながら、ユスティーナの意識は結界の内へ内へと沈み込んだ。


(いつ見てもシルヴェステルの術式は美しいわ)


 何ひとつ無駄がない。

 些細な綻びすら見つからなくて、閉じた瞼の中に広がる世界にユスティーナは感嘆の息を漏らした。


「ユス、集中を」


 短い注意に意識を戻す。

 待ちに待った瞬間だ。一時(いっとき)たりとも無駄にはしたくない。


(ああ、あの扉を抜ける……)


 浮遊感に包まれた空間で、前方から輝く幾何学模様が迫ってくる。

 その光を高速でくぐり抜け、ユスティーナはさらに広大な場所に飛び出した。


(またここに戻って来れた……!)


 この領域は年に一度だけ、シルヴェステルが用意してくれる秘密の空間だ。

 しかもここではシルヴェステルの魔力を借りることできる。ユスティーナでも好きなだけ魔術が使える夢のような場所だった。


 空を舞い、思いついた術式を次から次に展開した。

 自由自在に水を撒き、風を吹かせ、炎でドラゴンを形造ることも簡単だ。


「水よ、龍に! 風よ、しぶきを飛ばせ! 炎の力で虹を見せるのよ!」


 頭に詰め込んだ知識だけではない、本物の魔術が面白いくらい思い通りに発動していく。

 様々な術式を掛け合わせると、教本に載っていないことも可能なことが分かった。

 新たな発見に胸を躍らせ、ユスティーナは時間を忘れ領域いっぱいにどんどん魔術を広げていった。


(このままずっとここにいられたらいいのに)


 借り物の魔力と知りながら、そう願わずにはいられない。


 ほどなくして領域の向こう側から、再び光る模様が近づいて来るのが分かった。

 あれをくぐったら、この世界は閉じてしまう。


 抗う(すべ)もなく、ユスティーナは白く輝く幾何学模様を通り抜けた。


 


 

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