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ガイドの回想~二人の約束

 それから二人は時を遡り、イリスの幼少期にやって来た。どの時間に戻るかは魔女が決め、イリスが三歳の年に戻っていた。魔女曰く三歳頃から人格、魂が形成され始めるらしい。

 二人は魔の森からイリスの暮らす離れに転移してやって来た。


「だからって何で俺まで幼くなっているんだよ!婆さん!」


 時間を逆行したら佐伯まで幼くなっていた。八歳くらいだ。


「若返って良かったじゃないか。時間を戻すんだから、当たり前だろ。あたしだって若返っただろ?」

「婆さんは変わらねぇよ。いったい何年生きているんだよ」

「小僧、いい事を教えてやる。レディに年齢を訊くのは失礼なんだよ」

「ケッどこにレディがいるんだよ。ババアが」


 その時カタンと物音がした。隣の部屋で昼寝していたはずのイリスが起きてこちらを見ていた。


「おにいちゃ、ばあやをイジメちゃ、メッ!」


 三歳の幼いイリスはそう言って走って来た思ったら、佐伯をぽかぽか殴った。

 これに驚いたのは佐伯だけではない、魔女も驚いた。今まで何度時間を逆行しても、イリスが魔女に懐くことはなかったからだ。いつも人形のように無表情で笑ったことはおろか、怒ったこともなかったという。

 今回起きた変化に魔女は喜んだ。魂が完成されつつあるのではないかと。佐伯を連れて来たのが功を奏したのか。


「おい、イリス。俺は婆さんをイジメてなんかない。事実を言っただけだ」

「ばあやはイリスのおかあさんなのよ!ばあさんじゃないの!わあああん!」


 泣き出したイリスに慌てたのが佐伯だ。何しろ子供をあやしたことなどない。


「あらあら、イリスお嬢様、いつまでも泣いていないで、せっかくだからお兄ちゃんと遊んできてはいかがです?」

「……ひっく……えぐ……おにいちゃ?……」

「ほ、ほら行くぞイリス」


 泣くイリスを俺に押し付けたな、と佐伯が恨みがましい視線を魔女に送ると、またイリスがふぇぇと泣き出したので、佐伯は慌ててイリスの手を引いて庭に連れ出した。


 庭にやって来た佐伯はイリスを扱いあぐねていた。するとイリスの方から話し掛けてきた。


「おにいちゃ、だれ?」

「……琢磨だ」

「たきゅま?」

「お兄ちゃんでいい」


 舌足らずで上手く発音できないらしいイリスにそう話す。


「おにいちゃ、イリスとおはなちすゆと、おこられない?」

「お前と話してなぜ俺が怒られるんだ」

「だって、イリスしにがみだかや、だれともはなちしたらいけないの」

「あの婆さん……イリス、俺は怒られないよ。話しても大丈夫だ」

「ほんと?おにいちゃのかみも、イリスとおそろいね」


 そこでイリスはにっこり笑った。佐伯は今までイリスがこんな風に笑ったのを見たことがなかった。子供のイリスだからか?いや、魔女はイリスは今まで笑った事も怒ったこともないと言っていた。

 思えば、前回、前々回のイリスがこんな表情をするのを見たことがない。困ったような悲しげな微笑みしか見たことがない事に愕然とした。


「お前は、その、いつも何をして遊んでいるんだ」

「イリスね、まほうのれんしゅうしてるの」

「魔法?」

「イリスね、まほうがつかえないから、おとうさんにあえないんだって、ばあやがゆったの」

「あのババア……」

「ねぇ、おにいちゃは、まほうつかえゆ?」

「ああ」

「ほんと?みせて!みせて!」


 イリスにせがまれて、佐伯は魔法で土から猫を作り出した。その猫はイリスの足下で転がった。


「これ、なぁに」

「猫だ、知らないのか」

「ねこ!かあい!」


 イリスは土で出来た猫を撫でていた。役目は終わったと佐伯が魔法を解除すると、猫は元の土塊に戻った。するとイリスの大きな目に涙がみるみるせりあががって来た。


「イリスがしにがみだかや、ねこ、しんだ?」

「違うんだ、イリス、魔法でできた猫だから、元の土に戻っただけなんだ、だから、泣くな」

「ねこ、しんでない?」

「あ、ああ、死んでない、ほら」


 そこで動揺した佐伯は変身魔法で猫に変化した。


「ねこ!おにいちゃがねこになった!かあい!」


 さっきまで涙を堪えていたのが嘘のようにケラケラ笑って猫の佐伯を撫でた。佐伯はそのままイリスの気が済むまで撫でられていたが、すぅすぅという寝息が聞こえてきた。そこに魔女がやってきた。


「坊やは子供の扱いが随分上手いじゃないか。これからはあんたにイリスの面倒を見てもらおうかね」

「ふざけるな!俺は子守りに来たんじゃない!」


 そこでイリスが身動ぎしたので佐伯は黙った。


「不細工な猫の姿で怒ってもちっとも怖くないよ」

「俺に何をさせる気だ」

「今回のイリスは明らかに違う。感情が豊かだし、よく喋る。イリスがあんなに喋ったのを初めて見たよ。だが魂はまだ欠けたままだ。あんたがイリスの心を引き出しておやり。何、まだ時間はたっぷりあるさ」


 佐伯は人間の姿に戻ると、イリスを抱き上げてベッドへ運んだ。しばらくイリスの寝顔を見詰めながら考えていた。――イリスの心を引き出す?どうやって?佐伯は途方に暮れてため息を吐いた。


「何やってんだ、俺。魔女に乗せられて、こんな所にまでやって来て」


 その独り言にイリスの瞼が震えて開いた。大きな紫色の瞳が佐伯を捉えた。


「おにいちゃ、ねこは?」

「猫はお出かけ中だ」

「また、くる?」

「ああ、お前がいい子にしてたらな」

「イリス、いいこにする、だからおにいちゃ、も、またあそぶ?」

「ああ」

「やくそくね」

「ああ」


 そんな約束をイリスとして、佐伯は離れの家を後にした。 佐伯が島に行くとエログッズを売っている商店以外全部無くなっていた。ガイドを島に残すと、佐伯はどこに行くとも告げず居なくなってしまった。


 ここまでがガイドの知る佐伯琢磨だ。その後どこで何をしていたのか、ガイドは知らない。時々島に帰ってきたので尋ねると、離れのイリスに会いに行っていたらしい。何故か佐伯が戻るたびに島の商店の品揃えが豊富になった。

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