乳母について
勿論私は後継者教育を受けていない。私を父の子だと信じて育ててくれた乳母は、私に教育を施すように父を諌めたが、父は聞く耳を持たなかったらしい。
「あんな冷たいお方ではなかったのに」
乳母は涙ながらに私に読み書きを教えてくれた。乳母は元々父の乳母を務めたのだが、高齢になり私が生まれたことで辞職する気だったのが、新しい乳母もつけられず、育児を放棄されていた私を父に直談判して、私を育ててくれた。両親のあれこれについて、包み隠さず教えてくれたのはこの乳母だ。
私は乳母を母だと思って慕っていたのだが、私の両親について話す時にはっきり否定された。乳母にとって父が唯一仕える相手だ。なんなら自分が産んだ子より父の事が大事かも知れない。乳母にしてみれば私が父の子であると信じていたので、私を育てたにすぎない。それでも、私の待遇を改善するように何度も父に掛け合ってくれていたのを知っている。その殆どは聞き入れて貰えなかったみたいだが。私にとって家族は乳母だけだと思っている。
父は私を決して人目に触れることのないように、病弱を装い育てる事を乳母に約束させた。
そんなこんなで乳母に大切に育てられたので、他人との接触はほぼないものの、貴族令嬢としての一般的な知識とマナー、生活術、諸々を乳母に教わった。
牢に監禁される少し前に乳母から継母が男の子を生んだ、と知らされていた。乳母が嬉しそうにしていたので、私も嬉しかったのだ。異母弟と言っても実感はなかったが。
女神の加護という大層な名前のスキルだが、こんなスキルがあれば神殿が引き取りを希望しそうなものだが、そうはならなかった。なぜならこのスキルの発動は魔力に依らないため、他人には認識できないからだ。一度乳母にスキルの事を話したことがあったが、やはり乳母にも認識できなかった。
「お嬢様、そのスキルは私には解りかねます。そのようなスキルがあるという話しも聞いたことがありません。ですが、魔力がなくこの歳まで生きられているのは何か理由があるのでは、と考えてもおりました。仮にそんなスキルが存在したとしても、お嬢様に加護を与えているのは恐らく死の女神ヘリオーラです。そうであるなら、そのスキルについて無闇に他言してはいけません。死の女神ヘリオーラは人々に恐れられているからです。徒にお嬢様が迫害される事態になりかねません」
乳母にそう諭されて以来、乳母にもこの話しはしなくなった。その時乳母にも嫌われるのでは、と恐くなった。
「婆やは私が恐くないの?」
「今更ですよ。婆やはお嬢様の成長を見届けたら、お迎えを待つつもりですけどね」
と笑って言っていた。その後死んじゃダメ!と泣く私を宥めるのに乳母は苦心したはずだ。