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第9話 宵闇に駆ける蒼石(サファイア)

 足音一つなく、蒼蘭(せいら)は廊下を走り抜ける。

 胡桃沢博士の『羽衣人形(ビスクドール)』のお陰だ。今の蒼蘭は『学園に潜入した敏腕エージェント』を無意識に演じている。無論、スパイ映画さながらのアクロバティックな身のこなしはできない。あくまで暗示であり補助、蒼蘭の身体能力を大きく逸脱した動きは不可能だ。故に過信は禁物。


 なるべく監視カメラを避けながら、目的地へ急行する。場所は高等部1-Dの教室、タイミングは聖が到着するより前だ。先回りして物陰に身を隠し、彼女の身を護らねばならない……。


 ◆

 白百合(しらゆり) (ひじり)は自分自身が好きではなかった。回復魔法の名家に生まれながら、姉妹達に比べて能力は平凡そのもの。周囲からは比較され、自分に自信が持てずにいた。

 学園に通う内に、そんな自分にも優しく接してくれる友人ができた。それが炎華だ。彼女は日陰者の自分にも優しくしてくれたし、彼女との出会いのおかげで少し前向きになれた。かつては引っ込み思案だったが、炎華と出会ってからはクラスメイトとも普通に話せる様になれた。彼女は、自分を変えてくれた恩人だった。この前だって、上級生に絡まれてた自分を助けてくれた。


 だが、その恩人に対して自分は何もできない。

 今朝、下駄箱に次の様な書き置きが投入されていたのだ。


「お前の親友は預かった。返してほしければ今夜19時に1-Dの教室へ来い。もし誰かにこの事を漏らした場合、お前と葡萄染炎華の命は無い。」


 最初は何かの悪戯だと思った。炎華は強く、誘拐される様な少女では無い。だが彼女の喉には魚の小骨の如く、一抹の不安が引っ掛かっていた。

 しかし、朝のホームルームに復学した炎華が顔を出した。良かった、あれはただのイタズラだ。私の思い過ごしだ。放課後に生徒指導の先生に書き置きの事を相談して、後は炎華に復学祝いとしてプリンでも奢ろう。そう考えていた。


 だが、昼休みに彼女から漫画を返された時……本の背面に手紙を添えて来たのだ。同席していた蒼蘭に見えない様に。

 そして昼休み終了の直前、トイレで差し出された文面を確認した。


「今朝の書き置きは悪戯ではない。お前の親友、葡萄染炎華の身体は私の(しもべ)()()()()()

 無事に返して欲しくば、今夜19時に1-Dの教室へ来い。そして待機中は照明を点けるな。もし誰かにこの事を漏らした場合、お前と葡萄染炎華の命は無い。」


 頭が真っ白になった。炎華はこんなタチの悪い悪戯をする少女ではない。恩人の身に危険が迫っている。だが、誰にも相談する事ができなかった。自分の行動が、親友の命を奪うかもしれない。何より、怖かったのだ……。


 自分には戦う力もなく、一人では何もできない。これから自分がどんな目に遭うのか、そして要求を飲んだとして炎華を返してくれるのか、想像がつかなかった。考えるのが怖かった。


 それでも指示に従い、一人でD組に来た。そして暗い教室の中、19時まで待ち続けていた。

 定刻になると、2人の人影が入って来た。どちらも炎華とは別人だ。彼女らは暁虹学園の制服を着ており、面識はないがここの生徒のようだ。


「だ、誰ですか?炎華ちゃんは!?炎華ちゃんを返してください!」


 なけなしの勇気を振り絞って、眼前の魔女に訴える。だが、月明かりしか光源のない教室でも理解できた。彼女らは正気ではない。口からは呻き声をあげ、足運びも不自然だ。何より二人の額には怪しげな、蜘蛛を模ったような紋章が赤く光っていた。


 そして、先ほどの問いに応えるかの様に、黒板に赤く光る文字が浮かび上がった。


『私はお前の心が読める。確かに誰にも話さず、要求通り一人で来たようだな。』


「……ッ!

 あ、あなたは?」


『そんな事はどうでも良い。

 葡萄染炎華を返して欲しいなら、この生徒たちに()()されろ。抵抗はするな。』


「そ、そんな……」


 黒板の文字に従うように、二人の生徒がじわじわと歩みを詰めてくる。一人は手に木製バットを構え、もう一人は手のひらに魔力を貯め、土魔法の発動準備をしていた。


 恐怖が全身を駆け巡る。

 だが、その感情は直ぐに諦めや達観に変わった。

 結局私には何もできないのだ。自分の命を差し出すしか、友人を助ける事はできない。

 ……ならばせめて、炎華だけでも助かるようにしよう。このまま、無抵抗で甚振られ続ければ、きっと……。


 …………

 ……


「そう、事情は分かったわ。

 けど炎華も白百合さんも、二人とも返してもらうから。」


『???』


 二人の少女は(もしかしたら赤い文字の主すら)突然の声に驚き、辺りを見渡す。

 何なら自分でも驚いている。一体、この声は何処から?


 すると、「バンッッ!」と掃除用具入れの扉を蹴破る音が響く。中にいたのは今日知り合った、蒼石の如き瞳と髪を携えた少女、瑠璃海蒼蘭だった。


 ◆

 大体の事情は、掃除ロッカーから覗いていたので把握できた。聖は何者かに脅迫されていたのだ。そして女子生徒二人の額に浮かぶ紋章。胡桃沢博士から聞いたように、『憑依型』の魔法生物だ。

 魔法生物とは、魔女が魔力で生み出した使い魔のようなモノだ。そして色々と種類はあるが、中には他の魔女に取り憑くタイプもいる。その類の魔力生物は力も弱く、潜んでいる『位置』が分かれば簡単に倒せる。

 普段は対象の身体に潜んでおり、憑依されているかは見た目では判断ができない。その状態でも手足を多少動かす程度は可能だ。だが、魔女の身体を本格的に操る際には身体の表面、それも空気が直に触れる位置に『紋章』が現れる。額や頬、夏場であれば半袖の外に出た手足とかだ。それが憑依型の居場所であり、弱い魔力で攻撃するだけで簡単に倒せてしまう。


 手筈は単純、先ずは掃除ロッカーの扉を蹴破り大きな音を立てる。すると音のした方を向き、予想外の来訪者に顔と意識が向く。

 そして冷静にピストルを構える。今の自分は女子高生エージェント、夜目の利きはこちらの方が上だ。引き金を引く指でさえ一切の緊張や躊躇もなく、自分でも驚くぐらいスムーズだった。


 ズドンッ!という発砲音がした直後、バットを構えた生徒が額から飛沫を上げながら、後ろに倒れ込む。

 もう一人の生徒は土の魔力を固め、拳大の石を手から発射して来た。

 姿勢を低くして攻撃を避ける。そして机を操られた少女目掛けて蹴り飛ばした。彼女も咄嗟に回避をしたが、意識は蒼蘭から机の方に向いてしまった。再び引き金に指をかけ、額にある蜘蛛の紋章に狙いを定めて発砲する。二人目に憑依した魔力生物も、無事に討伐完了だ。


 ◆

「え……?え、何が起きたの!?」


 突然の事に理解が追いつかない。蒼蘭が何故か教室に隠れていて、いきなり生徒めがけて発砲したのだ。


「る、瑠璃海さん!?」


「白百合さん!

 良かった、間に合って。私は貴女を助けに来たの。

 先ずは憑依型を二体、討伐完了ね。」


「……私を助けに?でも、今日の事は誰にも話しては……

 いや、そうじゃなくて!この人達も操られてたんだよ!?なのにピストルで殺しちゃうなんて……、そんなの……」


「ああ、大丈夫よ。彼女達は死んでいないから。」


「へ……?」


 藍色の少女はあっけらかんと言い放った。そして彼女は徐に教室の電気を点けて、倒れている生徒たちを指差した。


「だって、これは『水鉄砲』だもの。

 ほら、見て。彼女たちの額から、血が出ていないでしょう?」


 蒼蘭の言う通りだった。先ほど飛び散った飛沫は血ではない、ただの水だ。実際、倒れた生徒たちは何処からも血を流していない。呼吸もちゃんとしている。発砲音があまりにリアルだったので、そう錯覚してしまったらしい。


「あ、でも倒れる時にアザとかできちゃったかも!

 どうしよう……保健室に運んだ方が良いわよね?」


「えっと……大丈夫。私の魔法で治せるから。」


 そう言いながら、私は両手をそれぞれ片方ずつ、倒れた生徒の身体にかざす。


「ヒーリング」


 少女達の身体が白く淡い光に包まれる。怪我の回復をする魔法、それと大体の負傷箇所を見つけることもできる魔法だ。


「大丈夫、今ので怪我は治ったわ。それと、本当にアザ程度で済んでてビックリしたよ……」


「ありがとう、白百合さん。この人達だって被害者だものね。助けられて良かった。」


「……ねえ、瑠璃海さんはどうしてこの教室に?」


「それはね……」


 蒼石(サファイア)の少女は握手をするように、手を差し伸べながら言った。


「貴女を助けるためだよ、白百合さん。」



 その時の彼女の微笑みと、優しげな眼差し。そしてその奥に潜む決意の光を、私は生涯忘れる事はないだろう。

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