第3章9話 【急募】アジトに『始末屋』が襲撃して来た時の対処法①
怒涛の【急募】シリーズ、第三弾にしてラストパートです。『始末屋』という不穏なワードが飛び出ておりますが、今回もお付き合いください。
さて、今回助けを求めているのは、蒼蘭ちゃんではないようですが……?
(時間は少し遡り……)
『魔女の家』を後にした二人組-3番テーブルに居た二人組-は、震える脚を懸命に動かして、少しでも距離を取る事に専念した。先程までいた喫茶店から、厳密に言えばその店内に居た『始末屋』から……そう、この国が秘密裏に抱えていると噂の、『始末屋-SAORI』からだ。
日の当たらない『裏』の世界に住む魔女達の間で、奴の名を知らない者は居ない。同時に、件の始末屋について正確且つ完全な情報を持つ者も存在しない。分かっているのは、『SAORIに目を付けられた悪人は跡形も無く消される』と言う事だけだ。それが単に処刑されたという意味なのか、凄惨な拷問の末に処分されたという事なのか、或いはターゲットが全く別の存在に変えられたのかは分からない。と言うのも、『SAORIは始末対象を用いて色々な実験を行っている』という噂も存在するのだ。尤も、その噂の真偽を確かめる術は、少なくとも裏社会の人間には無いのだが。
始末屋への恐怖心が、魔女達の心臓を激しく殴り続ける。彼女らは最初、ジュラルミンケースを引っ提げて来店した女性がSAORIだとは思っていなかった。あそこまで満面の笑みをメイドに向ける始末屋がこの世に存在する訳ないだろう。心底楽しそうな表情でメイドと記念撮影を申し込んだり、プリンを食べさせるように要求したり、挙げ句の果てにプリンを食べさせて貰って幸せな顔をする美女が、SAORIだとは誰も思わないだろう。だが、彼女と目が合った瞬間、瞳の奥から漏れ出る眼光を見た瞬間、漸く理解した。コイツは、裏社会の住人が出会ってはいけない存在だと。
「はぁ、はぁ…………」
「ここまでくれば、大丈夫よね?」
薄暗い路地裏に逃げ込み、汗を拭いながら二人組は互いに目を合わせる。身体に疲労が溜まった所為か、彼女らの足元は覚束ず、膝から崩れ落ちてしまった。
ベチャッ
「…………え?」
突如、粘液が零れ落ちた様な音が、路地裏に響いた。数秒の間を置いて、その音が自分達の脚から発せられた物だと気がついた。そう、足元ではなく、脚からだ。
「い、いやあああああああああ!」
彼女らの脚は、文字通り溶けていた。正確には、ナメクジを筆頭とする軟体生物の様なモノに変質していたのだ。仰天し、異質な物となった自分の身体から距離を取ろうと身体を仰け反らせる。
グチャッ
バランスを崩し、反射的に突こうとした手からも、粘度の高い水音が発生する。身体を支える事は叶わず視界はぐるりと回転し、二人は後頭部をアスファルトに打ちつけてしまった。
「大丈夫ですか、具合でも悪いんですか?」
路地裏へ入り込んだ人影が、自分達の元へ歩み寄る。
「ひっ!?」
「もー、そんなに怖がらないでくださいよー。私は、貴女達が落とした財布を届けに来ただけの、『親切なお姉ちゃん』なんですからー」
砕けた口調で声色も優しい。だが彼女が、SAORIが自分達を見下ろす瞳の色は、『慈悲』や『温情』という言葉とは対極に位置していた。
「この時期は暑いですからねー。それにこういう薄暗いところって蚊とかアブとか出るんですよ。もしかして、貴女達も刺されたんですか?虫刺されって意外とバカに出来ませんよ?虫によっては、運んで来ますからね。病気とかウイルスとか……『可愛いメイドさんが働いている喫茶店をメチャクチャにしようとする輩を懲らしめる薬』とか」
始末屋の言葉で、脚や手に痒みを感じていた事を思い出した。その原因は蚊、それもSAORIの固有魔法『遺伝子操作』によって生み出された蚊だ。それがSAORIの血を僅かに、自分達へ流し込んだのである。微量とはいえ始末屋の血を体内に取り込んだ事で、内側から『改造』されてしまったのだ。
「どうして……こんな酷い事を……」
「『酷い』ねぇ……それじゃ、このカバンの中身を見て、もう一回言ってみて?」
始末屋は二人組が持っていたカバンを無造作に開けて、中にある薬瓶と包装紙を取り出した。それは『違法ポーション』と呼ばれている、所謂魔法の世界における『毒物』や『麻薬』の様な代物だ。
「ねぇ、この『違法ポーション』で何をしようとしていたの?」
「そ、そんな物知らない!誰かが私達の荷物に紛れ込ませたのよ!」
どうやら暑さで記憶が錯乱している様なので、心優しい沙織は目覚めの拳を一発お見舞いする。頭部はまだ人間のままなので、殴られた魔女は頬を腫らし奥歯をぐらつかせた。この時、自分たちの鞄から、1匹のテントウムシが這い出て来た事に二人は気がついた。どうやら、最初から違法ポーションの事は勘づかれていたらしい。
「もう一回質問するね?どうしてこんなお薬を持っていたの?正直に話してくれれば、貴女達の身体は元に戻してあげるけど?」
沙織は懐から赤い液体の入った試験管を取り出し、仰向けになった半グレ魔女を見下ろした。
「ッ……商売の為よ!あの喫茶店で、ある人と取り引きする予定だったのよ!このポーションを売れていれば、今頃札束の山が手に入ったのに!」
「はい、ダウト。罰として、これを飲みなさい」
沙織は試験管の液体を無理矢理飲ませ、数秒の間を置いた後に、
「ぎゃああああああ!!」
路地裏に絶叫が響き渡った。何故なら、液体を飲まされた魔女の目に映る世界が、突如として幾つも増殖したからだ。薬を飲まされた魔女の瞳は、トンボをはじめとする昆虫の様な複眼に変質した。普段見ている光景に無理矢理別れを告げさせられ、不届者はパニックを起こしたという訳だ。尤も、沙織が尋問用に持ち歩いている魔術道具のおかげで、幾ら取材対象が声を上げたところで誰も気が付かない。
「単なる取り引きなら、魔女が経営している喫茶店なんて使うわけないじゃない。普通の喫茶店とか公園とか使うでしょうが。
……それで、貴女はちゃんと話してくれる?それとも、お友達以上に酷い目に遭いたいの?」
始末屋は、もう一人の方へ向き直る。
「話す!話す、話す、話すからぁッ!わたっ、私達はボスに命令されただけなの!『表社会にいる魔女の芽を摘んで来い』って!魔女学園の生徒が被害に遭えば調査の為に魔法機関は確実に人員を割かれるし、『異世界人』も動き易くなる筈だって!」
始末屋の冷酷な瞳と、相棒の変質した眼を直視した女性は、助かりたい一心で涙ながらに口を開いた。
「へぇ……その話、もっと詳しく聞かせてよ。特に、貴女達の組織やボスについてさ」
「話します、話しましゅから、命だけは……」
口調だけは穏やかさを取り戻した沙織は、更なる尋問を重ねていった。
◆
都会なら何処にでもありそうな、古ぼけた廃ビル。ここ最近で勢力を増した裏組織『伏魔殿』のアジトがこの建物であった。廃ビルと言っても、魔法によるリフォームのお陰で外観は周囲の雑居ビルと遜色ない程度には綺麗であり、道行く人々は誰もここが犯罪者の溜まり場とは思わない。悪い魔女の根城は、何もお菓子の家とは限らないのだ。
ビルの最上階にある一室で、伏魔殿を総べる女ボスは上機嫌で高級ワインを嗜んでいる。部屋には最近の『稼ぎ』の成果が金品や芸術品として、所狭しと飾られている。部屋に集めた側近の部下もまた、それらを恍惚とした目で眺め回していた。
無理もない。彼女らに与えられた魔術道具と、それにより引き起こされた悪魔騒動が、『表社会の魔女達を疲弊させ、混乱に陥れた』という歪んだ成功体験を与えてしまったのだから。ただ悪魔を召喚するだけでなく、騒ぎに乗じて金品を奪ったり、敵対関係の組織を巻き込んで物理的に崩壊させたりしたお陰で、伏魔殿の財政状況は鰻登りだ。
「うふふふ……今頃は『魔女の家』とやらも、大勢の客を巻き込んで再起不能ね」
「ええ。この調子なら、いずれ社会を引っくり返す事も夢じゃありませんわ」
女ボスとその側近は大層な上機嫌だ。悪魔を呼び出す水晶玉以外にも、異世界人は多くの魔術道具を与えてくれた。目に見えて分かりやすい『力』という物は、往々にして人を増長させてしまう毒物にもなり得る。故に、彼女らは優雅なひと時を楽しんでいるのだ。
だが突如として事務所のドアが開け放たれ、一人の構成員が転がり込んできた。それは今日、例の喫茶店で違法ポーションを料理に盛り込ませに向かわせた者だった。彼女の服はボロボロで、全身が汗まみれで顔は青ざめていた。
「一体何事かしら?連絡を寄越さずに戻ってくるなんて」
「た、た、大変です!アイツが、SAORIが現れました!!」
『始末屋SAORI』の名を聞いた構成員達は、一斉に身を硬直させた。噂に名高い、苛烈で残虐な処刑人に、あろう事か自分達が目をつけられたのだから。
「私達はバラバラに逃げて、何とか撒く事は出来ましたけど……SAORIに目をつけられたら、きっと何処までも追ってきます!」
動揺する他の構成員を他所に、ボス側近の魔女は出来るだけ平静を保ちつつ、床で蹲った汗だくの下っ端に質問をする。
「何処で目をつけられたの?SAORIは今、何処にいるのか、目星はついているのかしら?」
「はぁ、はぁ…………アイツは………………SAORIの居場所は………………………………
貴女の目の前よ」
「え?」
次の瞬間、伏魔殿の幹部は派手に殴り飛ばされた。
「痛あッ!」
殴り飛ばされた女性は、煙を上げる頬を押さえて狼狽する。
「肌が、肌が痛くて熱い!な、何で!?」
その肌は打撲だけでなく火傷になっている。
「お前、一体何を!?」
「だ、か、ら、私が貴女達の言う始末屋さんなんだってば」
来訪者は自分の首筋に指をかけると、顔の皮を脱ぎ捨てた。そして顕になった顔を見て、室内の全員が驚愕する。
「『始末屋SAORI』!?」
「あ、アンタ、人の顔の皮を剥いだって言うの!?」
「え、私ってそんな事する人だと思われてたの?ちょっと心外かも……」
始末屋と呼ばれた沙織が溢した言葉は、満更嘘でもない。自分は妹想いの優しいお姉ちゃんなのに、このマスクだって自分の魔法で一から使った物なのに、どうしてそんな酷い事を言われないといけないのだろうか?と、沙織は本気で思っている。
「そんなに酷い事を言うなんて、やっぱり貴女達は悪い魔女だったんだ。可愛いメイドさんのお店を滅茶苦茶にしようとした悪者だったんだ。だから、『消されても』文句は言えないわよね?」
光の灯っていない瞳で、沙織は妹達を陥れようとした不届者達を見据えた。始末屋が発する身の毛がよだつ程の殺気を浴びれば、普通ならそれだけで身動きが取れなくなる。だが、この部屋に居る者達は違った。
「やれやれ、あまり『伏魔殿』を舐めるんじゃないよ!」
構成員が一斉に武器を構える。それらは全て、異世界人から報酬として受け取った魔術道具である。
炎魔法に適性が無くとも、最上級の炎魔法が扱える『火精霊の杖』。
飛竜の牙と骨を素材に作られた、一軒家を両断する程の鋭い切れ味と強力な風属性の魔力を携えた『飛竜の剣』。
熱帯のジャングルや灼熱の砂漠ですら溶ける事はなく、どんな環境下でも大岩を貫く程の強度を誇る『氷結巨人の槍』。
今挙げた三つ以外にも、強力な武器が目白押しだ。加えて、『伏魔殿』の女ボスの固有魔法は『摂取したアルコールを魔力に変換する』物だ。先程まで高級ワインを嗜んでおり、魔力は有り余っている。『火精霊の杖』を手にした彼女は揺るがない勝利を確信していた。
だからこそ、『伏魔殿』が全員地に伏しているのは何かの間違いである筈なのだ。
「は…………?はへ…………?」
「な、何が…………起こって…………ゲホッ!」
ある者は毒で呂律が回らなくなり、ある者は腹部に受けた拳により血を吐いた。
「なーにが『伏魔殿』よ。貴女達なんて、『害虫の巣』が良いところだわ」
付着した埃を払うかのように、手をパンパンと鳴らしながら沙織は地べたを這う虫ケラに侮蔑の視線を向けた。自分らに向けられたその視線を目にした魔女達は、今まで味わった事のない恐怖心を先程の光景と併せて味わった。
雨海 沙織が何をしたのか、自分らの身に起こったのかが分からなかったのだ。いや、厳密に言えば目は見えていた。故に、沙織が魔法で自分の身体を変質させ、右腕は赤色、左腕は黄色のヤドクガエルと同じ腕にした事も視認していた。そして、構成員達の攻撃を避けつつ、身体と身体の合間を縫いながら、まるでこの部屋がアクション映画の撮影場所と勘違いしてしまう程の身のこなしを見せた沙織が、次々と部屋中の魔女達を倒していったのだ。
が、実際起こった出来事を視認していても、沙織が繰り出す人間離れした動きと、これだけの人数が居ながら一人も始末屋へ反撃が出来なかった事実を、脳が理解する事を拒んだのだ。
「さてと……あ、ちょうど良い物があるじゃない。借りるね」
始末屋は事務所から、開きっぱなしのノートパソコンとプロジェクターを拝借した。そして、懐から取り出したUSBを差し込み、スクリーンのリモコンを操作して『上映会』の準備を始めていた。
自分達に激痛を味わせた者が今、まるで会社でプレゼンテーションでも行うのかと錯覚する様な事をしている。その歪さが、彼女らに更なる恐怖心を掻き立てた。
妹のお仕事風景をお届けしたのなら、次は当然、お姉ちゃんのお仕事風景の番です。
尚、作中でも触れていますが、沙織お姉ちゃんが作る『魔女っ子スーツ』は彼女が髪の毛などの遺伝子を元に、一から真心込めて作り上げた物です。決して人の皮を剥いだり、人間を皮だけにする様な残酷な事はしません。沙織さんは優しいお姉ちゃん、特に年下の女の子にはとびっきりの思いやりで接する素敵な魔女なのです。
尤も、可愛い可愛い妹ちゃんに危害を加える輩は人間扱いしてくれない事が殆どなので、その点はご了承願います。
次回の更新は明日か、次の金曜日の予定です。




