第3章6話 【急募】バ先に姉が出没した際の対処法
本日も看板メイド、蒼蘭ちゃんのお仕事風景をお届け致します。
さて、何やら蒼蘭ちゃんが、心の中で助けを求めているようですが……?
◆◆◆
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。
当店はどんなお客様にも、魔法の様なひと時を提供する喫茶店だ。迷惑客ならまだしも、まだ接客すらしていない状態で選り好みなどあってはならない。
例え、目の前にいるのが年下少女偏愛嗜好で、血の繋がった妹に自分好みのコスプレをさせるような、そもそも血の繋がった弟を自分好みの女の子にする様な変態であっても、だ。
しかし、この程度で屈してたまるか。私とて学園入学以降、多少なりとも修羅場を潜り抜けている。それに何より、いつのまにか店の外で行列が出来ている以上、ここで躊躇しては後ろのお客様へ迷惑をかけてしまう。メイドとしても接客業としても、それは避けなくてはならない。
……人が悶々と悩んでいると言うのに、この姉は何をニコニコ顔で佇んでいやがるんだ。相も変わらず小綺麗な顔立ちをしているのが余計腹立つ。夏だからなのか、それともイメチェンなのか、長かった黒い髪をバッサリと切ってボブカットにしている。その所為か普段と違う印象を醸し出しており、それが余計に姉貴の満足気な表情を引き立たせている。おい、待て、よく見ると化粧まで普段より気合い入ってないか?そんなにオシャレして行く場所が、妹のアルバイト先のメイド喫茶で本当に良いのか?いや、この年下ヒロイン好きにとって、女子高生が働くメイド喫茶など垂涎物に違いない。つまり、ターゲットは『看板メイドの蒼蘭ちゃん』だけではない、と言う事か!?
仮にそうであるなら、我が友人に接客を押し付ける訳にはいかない。私一人で沙織お姉ちゃんをお持てなしするのだ。私は大丈夫、惺は出来る子、私は世界一可愛いメイドさん、『魔女の家』の天真爛漫な看板娘…………。
よし!
「お褒めに預かり、光栄でございます♪」
私はスカートの裾を両手に持って、片足を半歩後ろに下げてお辞儀をしました。メイドさんとして礼儀正しく、それでも優雅さを醸し出す事を、意識して。
「あー、やっぱり可愛い!写真、後でチェキ沢山撮らせて!」
最初の『掴み』は完璧で、沙織お姉ちゃんのハートをキャッチ出来ました。その後、空いているお席へお姉ちゃんお嬢様をご案内です。
「コチラ、メニューとなっています。どうぞごゆっくりとお選びくださいませ」
「んー、お姉ちゃんは蒼蘭ちゃんが欲しいかな」
そう言うと、お姉ちゃんお嬢様はアタッシュケースをテーブルで開けました。すると、中には札束がギッシリと詰め込まれていたのです!
……待て待て、何だその大金は!?
「お姉ちゃんの専属メイドさんにしたいので、これで蒼蘭ちゃんの事をお買い上げしたいな!」
「はぁ!?」
あ、ヤッベ……声に出ちゃった。
「申し訳ございません、お嬢様。当店では、そう言った人身売買の様な事はしておりません」
すかさず仮面の店長が、厄介客の愚行を止めに入ってくれた。
「もー、流石に冗談よ!でも、これだけあればどんなお料理も記念撮影も取り放題よね?蒼蘭ちゃんの事、沢山指名しちゃうから♪」
「は、ははは……」
私は凝り固まった営業スマイルのまま、乾いた笑いで場を濁した。そりゃ、『何処からそんな大金用意した!?』とか、『メイド喫茶に億単位の金持ち込むんじゃねえよ!』とか、色々ツッコミたい所はある。が、一度言い出すと止まらなくなりそうなので、心の中でグッと堪えた。まぁ金の出所については、流石にヤバいお金、例えば遊園地で黒ずくめの男達からぶん取って来た様な代物ではない事を信じよう。姉貴の頭脳と技術力を持ってすれば、ジュラルミンケースいっぱいの札束をポンと稼いでいてもおかしくはない。
「それじゃ早速……クリームソーダとプリンをくださいな!」
「承りました、お嬢様♪」
自己暗示が完全に溶けつつあるが、まだ行ける、まだやれる。私はメイドさんの笑顔で、接客を継続した。
◆◆◆
並んでいたお嬢様も少しずつ入店して来ており、段々と忙しくなって来た。その中にはアディラ嬢と同じく、バイト帰りのA組生徒が含まれていた。聖、炎華、ロイ君、皆がホールを駆け回り、お嬢様方をもてなしている。当然、私も接客に勤しんでおり、たった今お姉ちゃんお嬢様のプリンに御呪いをかけた所だ。
「美味しくなーれ、萌え、萌え、きゅん♡」
あーもーなんか死にたくなって来た……。
知り合いが大勢見ている中で、実姉にメイドさんとしてのご奉仕とかどんなプレイだよ?どんな罰ゲームだよ?私、何か悪い事したか?現在進行形で身分詐称してましたわ、ごめんなさい。
「ねぇ、蒼蘭ちゃん」
「何でしょうか、お嬢様?」
「『あーん』して食べさせて♪」
「……はい?」
「だ・か・ら、お姉ちゃんにプリンを『あーん』して食べさせて欲しいなー♪」
想定外にして想像を絶するご注文が飛んで来た。私は看板娘としての意地と気合いで笑顔を保ち、口からため息が出るのを懸命に堪えた。
「……一口だけですよ?」
こうなったら乗り掛かった船、毒を食らわば皿までだ。私は隣に座り、プリンをスプーンで一口掬って、姉貴の口へ運んだ。
「美味しいですか?」
いや、流石に野暮な質問だった。美味いか否かなど、姉貴のだらしなく蕩け切った表情を見れば分かる。取り敢えず、プリンとクリームソーダを完食するまでは、姉貴も大人しくしているだろう。その間、私は他のお嬢様を持て成さなくては。いつまでも姉貴の相手ばかりはしていられない。
が、私が他のテーブルへ赴くのを止める者がいた。
5番テーブルのお一人様が、私の前に立ち塞がったのだ。
「…………」
私は極力笑顔を崩さないよう気をつけながら、彼女の出方を伺った。怪しげな挙動をするこの客、まさか異世界からの新たな刺客なのか?
「す、すみません!」
「はい」
「しゃ……写真!チェキ、一緒に撮ってください、『せいら』ちゃん!!」
「……ほえ?」
顔を真っ赤にしたお嬢様が差し出したのは、メニュー冊子の『お楽しみメニュー』のページだ。
あー、なるほど……この人が店内をキョロキョロしていたり、時々私の事をガン見していたのは、単に緊張していただけのようだ。多分、こういうお店には不慣れなお客様で、勇気を振り絞ってメイドさんとの記念撮影を注文した、と。
ならば、私がやるべき事は決まっている。彼女の勇気に応える事だ。お客様を疑った事への謝意と、私を選んでくれた事への感謝を込めて。
「勿論!ご指名ありがとうございます、お嬢様!」
私が満面のサファイアスマイルで注文を承ると、先程まで緊張で強張っていた彼女の顔が少しだけ綻んだ。
「聖、カメラお願いできる?」
「うん、任せて」
聖に撮影を依頼して、私は二人でハートマークを作るポーズを取って、お嬢様と撮影をした。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
メッセージ付きの写真を受け取ったお客様は、赤面しながら私達にペコペコとお辞儀をした。写真を見た彼女の顔を見れば分かる。とても喜んで貰えたようだ。
「瑠璃海ちゃん、次、雷葉とお願いできる?」
左右の手に聖、炎華、ロイ君、ツバメさん、そして一昨日撮影した茜ちゃんのチェキを持った雷葉が、私に声をかけて来た。
「最後に瑠璃海ちゃんと撮影すれば、コンプ出来るから」
「コンプ……全員との写真撮影を!?
あ、えっと……ありがとうございます。大トリに私を選んでくれて、嬉しいです!」
「この前来た時は瑠璃海ちゃん居なかったし、雷葉も時間無かったから、『茜ちゃん』って子としか撮れなかったの。ここは『期間限定』のお店だし、雷葉コレクター魂が全制覇しろって語りかけてくるの」
彼女とは短い付き合いではあるが、私や聖と同じ様にオタク気質な所がある。雷葉とはもしかしたら、話が合うのかもしれない。そんな訳で、雷葉お嬢様とは何枚かチェキ撮影を行い、真心込めたメッセージを写真に綴った。
「蒼蘭ちゃん、蒼蘭ちゃん、蒼蘭ちゃん!!」
何だよ、姉貴。店内で騒ぐな。
「沙織お姉ちゃんとも写真撮って!このお金で、出来るだけ沢山!」
姉貴はアタッシュケースを勢いよく開け放ち、札束を持って私に駆け寄って来た。
いや何枚撮る気だよ!?フィルム空になるわ!
「申し訳ございませんが、ただいま千円札を切らしておりまして……」
「じゃ、お釣りは蒼蘭ちゃんへのチップで良いから!」
この成金研究者、人が折角考えた出まかせの断り文句を札束で殴り壊しやがった。
「ですが、他のお嬢様もお待ちになっているかもしれませんので、何十枚と言うわけには……」
私はチラリと3番テーブルの2人組を見た。先程まで怪しく見えたのは、3番テーブルと5番テーブルのお客様だ。しかし蓋を開けてみれば、5番テーブルの客はただメイド喫茶で緊張していただけの初々しいお嬢様だった。なら、午前中から粘っているこちらのお二人様も、記念撮影を注文したいけど中々出来ずにいる、単にウブなお客様である可能性が出て来た。
2人組は私と目が合ったが、瞬時に視線を逸らされた。緊張しているのだろうか?なら、その緊張を解きほぐすのもメイドの務めだ。
「追加のご注文はいかが致しますか?」
私は3番テーブルへ赴き、お嬢様方に声をかけた。
「え、あ、いや……」
「私達は、その……」
「もしよろしければ、お嬢様方も『お楽しみメニュー』から、何かご注文されますか?」
二人組の視線が、私の顔と姉貴の顔を交互に行き来した。はて、私やお姉ちゃんの顔に面白い物でも付いているのか?いや、『面白い』と言うより、何だか萎縮しているようなリアクションだ。腕や脚を掻きむしりながら、目を泳がせまくっている。
……冷静に考えれば、私の姉を名乗る成人女性が億単位の金を持参してメイド喫茶で注文しているんだ。そりゃ萎縮もするだろう。アタッシュケースに詰め込まれた札束が発するオーラは余りにも圧倒的だ。仮に目の前のお客様が、日々朝から晩まで働いて、毎日残業をして、上司に無茶な業務量や納期を押し付けられて、心をすり減らしながらも真面目に懸命に働いていて、そして今日はなけなしの給料やボーナスを片手にメイド喫茶で癒されに来ているOLお姉さんだったら?自分より歳の若い女性が大金抱えて同じ空間に居たら?そりゃあ、尻込みもするし気後れするだろう。それだけでなく、嫉妬や反感を覚える可能性だってある。
「と、兎に角、大丈夫です!」
「あ、お会計!お金、ここに置いておきます!お釣りは要りませんので、それでは!」
二人は一万円札を数枚置いて、そそくさと立ち去ってしまった。どうも、よっぽど気分を害してしまったらしい。
「あれ、これって……」
テーブルの下には、先程の客が忘れた財布が転がり落ちていた。これは預かって置いた方が良いな……いや、今から走って届けに行くべきか?
「蒼蘭ちゃん、どうしたの?」
様子を見に来た聖が、声をかけてくれた。
「さっきのお客さんの忘れ物。今お店を出て行った人のだから、急いで追いかければ間に合うかもだけど……」
さて、どうしたものか……。
「二人とも、こういう時は沙織お姉ちゃんに任せなさい!お姉ちゃんがさっきのお客さん追いかけて、このお財布を届けてくるから!」
「そんな、悪いですよ!沙織さんもお客様なのに!」
「良いの、良いの、すぐ戻ってくるから。その代わり、帰って来たらちゃんと、お姉ちゃんとチェキ撮ってよ、二人とも!」
そう言うと姉貴は自分の荷物を席に置いたまま、カバンを持って駆け出した。
「本当に良かったのかな……?」
「大丈夫よ。お姉ちゃんは運動神経良いからすぐ追いつくだろうし、本人も戻って来るって言ってる訳だし。それより私達は……お姉ちゃんが置いていったモノをちゃんと保管しておかなきゃね」
私が開きっぱなしのアタッシュケースを指さすと、聖も苦笑いを浮かべた。全く、こんな大量の現金、置いていくなっての……。
だが置いていった物は仕方ない。私はアタッシュケースを閉じた上で更にガムテープでグルグル巻きにした後、更衣室のロッカーに放り込んで鍵を閉めた。今できる最大限のセキュリティを施して、私はホールへ戻った。
戻ってきた私へ向けるお嬢様方から、特に姉貴のことを知るA組生徒たちからは、何とも言い難い視線を送られた……。姉貴のアタッシュケースが退散した客だけでなく、周囲にすら微妙な空気感を生み出している。どうやら私が予知で感じた疲労感は、我が不肖の姉が原因みたいだな……。
心の中で溜息をついた直後、カランコロンとドアベルが鳴り響く。いけない、次なるお嬢様を歓迎せねば。
「すみません。こちらの喫茶店、テイクアウトのメニューはありますか?」
声の主は、一風変わったお客様。修道服に身を包んだ茶髪の少女で、年齢は中学生から高校生くらいの見た目だ。彼女の周りには二人の子供が、買い物袋を抱えている。どうやら彼女は子供達を預かる立場にいるらしい。孤児院のシスターなのだろうか?だとしたら、まだ若いのに立派な事だ。まぁ、単にコスプレ好きな女子中高生という線も無くはないが……。
仮に少し変わったお客様だとしても、先程の沙織お姉ちゃんに比べれば普通も普通だ。いや、魔女達の交流の場で『普通』と言うのは不適切かもしれないが……何はともあれ、私は私の仕事をするまでだ。メイド喫茶の最終日もあと少しで終わり、気合いを入れて頑張ろう。
【回答】
来てしまったものは仕方ありません。満面の笑みで可愛く接客をすれば、年下ヒロイン好きなお姉さんはきっと満足するでしょう。
さて、看板メイドさんのお仕事はもう少し続きます。シスター服を来た風変わりなお嬢様、彼女と連れの子供達を、見事に満足させる事が出来るのでしょうか……?
次回は日曜日更新です。
また、本作の感想や『メイド喫茶-魔女の家』のレビューコメントなどがありましたら、頂けますと嬉しいです。




