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第73話 幕間 路地裏の占い少女

第2.5章幕間、2話目投稿です。


今回はかなり長めとなっております。

何処かで区切ろうかなとも思ったのですが、何処で区切ったら良いのか自分でも分からなかったので、このまま上げてしまいます。お付き合い頂ければ幸いです。


ところで皆様は、可愛い占い師に自分の運勢を占って貰いたいですか……?

 ◆

 初夏の日曜日、時間は夕方、場所は暁虹学園最寄駅から二駅程離れた繁華街。学園の女子生徒達も御用達の店が立ち並ぶエリアだ。無論、普遍的な高校生もこの繁華街には足を運び、今日は普段よりも学生の人数が多く見られた。


 理由は大きく分けて二つ。


 一つ目は何処もかしこも期末試験シーズンだからだ。最後の追い込みの為にカフェで勉強をする者、試験終了後の気晴らしにカラオケやゲームセンターで遊ぶ者、或いは現実逃避を決め込む者……そう言った学生諸君が集まっているのだ。

 二つ目は今夜、この繁華街から近くの神社にかけて『七夕まつり』が開催されるからだ。通行人を見れば、浴衣に身を包んだ女性が多く見受けられ、繁華街の中では出店をやっている店舗もあった。やはり祭りという非日常的イベントは、多くの人を引き寄せる魅力がある。


 そして、多くの人で賑わう繁華街の中には、夏服に身を包んだ青髪の少女-瑠璃海 蒼蘭の姿もあった。蒼蘭はアクセサリーショップの新商品を見たり、購入したフルーツジュースを飲んだりして繁華街を散策していた。一昨日期末試験を終えた彼女は、心の洗濯に精を出している。試験勉強が大変だった分、とにかく楽しんで気分を晴れやかにしたかったのだ。


 蒼蘭が天真爛漫な笑みを溢す度に、軽やかな足取りで身体を……取り分け素晴らしい発育を誇る豊満な乳房を揺らす度に、周囲の視線は彼女に釘付けとなる。夏場の服装はどうしても肌の露出が多く、身体のラインがくっきりと分かる物になってしまう。それ故に、蒼蘭の身体は異性・同性問わず視線を集めてしまうのだ。


 それがたとえ、()()()()()()()()()()()()、だ。


 事実、蒼蘭を尾行する二名の男女が居た。

 彼らは地球人ではなく、異世界からの来訪者。彼ら魔術師の目的は『運命因子の少女』、瑠璃海 蒼蘭を手に入れる事だ。


 蒼蘭の歩くペースが上がり、尾行する者もまた自らの足を速める。道ゆく人々が二人組を怪しまないのは、簡易的な認識阻害魔法によるもので、通行人達は『青髪の少女と偶々行先が同じになった人の事』など気にも留めない。そして、魔術師は二手に分かれた。人気の少ない路地裏で、ターゲットを挟みうちにする為だ。一人は足早に回り込み、もう一人は蒼蘭の跡を付ける。そして彼女が右折したのを見計らい、一気に追い詰めにかかった。


「あれ……?」


「馬鹿な……いない!?」


 そう、右折した先の路地裏には青髪の少女どころか、誰もいなかった。この道にはゴミを捨てる箱や自動販売機なんかデカいはこの陰といった、身を隠せそうな場所もない。当然、電信柱(はいいろのき)や建物の死角などには居ないし、そもそもこの短時間で完璧に隠れることは不可能だ。

 ならば他の可能性として、魔法を使って姿を消したか、或いは転移魔法の類いで場所そのものを移動したのではないか、と二人の魔術師は考える。だが、その考えはすぐに彼らの中で否定された。どちらの魔法も、発動までに多少なりとも時間がかかるからだ。少なくとも右折してからの僅かな時間で、何の痕跡も残さずに扱える代物では無い。


「アンタ、本当にこの道であっているのよね?」


「当たり前だろ?ずっと跡を付けていたのはオレなんだから!」


「じゃあ、何で誰も居ないのよ!?」


「オレを疑うってのか!?」


 忽然と消えた運命因子を前に、二人の魔術師は口論になってしまう。


「あの……すみません、何かお困りでしょうか?」


 二人組は、自分達に向けられた幼い声に口論を遮られた。まさか突然、しかもこんな小さな子供に声をかけられるとは思っていなかった。驚きの感情を抑え、平静を装いながらも彼らは少女をまじまじと観察する。

 夏だと言うのに全員を覆う漆黒のローブを身に纏い、手にした手提げカバンも同じく真っ黒であった。服装だけを見るなら明らかに怪しい人物だが、フードを脱いだ少女の顔立ちと表情が、彼らの警戒心を解いた。


 声の主は冬の雪原の連想させる美しい銀髪と、エメラルドを思い起こさせる翠眼を携えた、まだ10歳程の幼い少女だった。見知らぬ大人へ話しかける緊張故か、少女の口元は震え、横顔には仄かに汗が滲んでいた。


「え、えっと……お取り込み中すみません。でも、何だかお困りの様子でしたので……」


 おどおどした様子で、銀髪の少女は辿々しく言葉を紡ぐ。魔術師二人組は互いに目を合わせた後、女性の方が膝を屈めて少女に目線を合わせた。


「ねえ、お嬢ちゃん。この辺りで、青い髪の女の子を見なかった?」


「『青い髪の女の子』……ごめんなさい、私は見てないです」


 魔術師の表情には明らかな落胆の色が現れた。無論、これは僅かな可能性に賭けた質問だ。この結末は分かっていた事で、この銀髪の少女を責めるのは筋違いだと理解している。とは言え、『大賢者ラジエル』直々の依頼に失敗したとなれば、しかも目の前で見失った事が明るみになれば、彼らの評判には少なからず傷がつく。それ故に、魔術師達はあからさまに気を落としているのだ。


 だが、そんな彼らにも救いの手は差し伸べられた。


「あの、もし良かったら、私が『占い』で探しましょうか?」


「占い?」


 聞き返した魔術師へ頷くと、銀髪の少女はローブを脱いだ。そして、サテンのローブは漆黒のテーブルクロスとなり、布の裏からいつの間にか出現していたテーブルに覆い被さった。宛ら、ハンカチの中から花束や鳩を出す奇術師の様だった。


「私、占い師の卵なんです。カード占いや星座占い、後は……こういった事も出来ます!」


 重々しいローブ姿から、半袖のゴシック・ロリータな服装へと変貌した少女は、両手で氷の球体を作ってみせた。


「『水晶占い』ならぬ、『氷占い』です!」


 魔法で作った氷の水晶玉を、銀髪の少女は空中にふわふわと浮かせている。この光景を見た魔術師達の目の色が変化した。


 この少女も自分達と同じ、魔法使いだからだ。


 となれば、少女の提案である『占いによる人探し』にも、ある程度の信憑性が生じてくる。何故(なにゆえ)に見ず知らずの自分達にこの少女は声をかけたのか、という疑問も無いではないが、相手は所詮子供だ。いざとなれば二人がかりで抑え込めるし、それこそ見ず知らずの少女が自分達に敵対する理由の方こそ存在しないではないか。


「なら、お言葉に甘えて占って貰おうかしら?」


「お嬢ちゃん、オレ達は幾らお代を払えば良いんだ?」


「いいえ、お代は要りません。『困っている人を助ける』のが、占い師の使命なので!」


 そう言うと、少女はカバンから奇妙な絵柄のカードを取り出した。


「それでは、私が一番得意な『タロット占い』で、人探しを手伝わせてください」


 銀髪の少女は小さな手でカードをシャッフルし、異邦の魔術師達はこの物珍しい占いに興味を持った。少女が扱う『タロット』なるカードは、彼らの世界には存在しない代物だからだ。大賢者ラジエルが広めた『トランプ』なる異世界のカードとは、どうやら別物だという事実も彼らの興味関心を刺激した。


「シャッフルだけでなく、カードをテーブルの上でよく混ぜてます。そして、カードをまとめたら、最後の仕上げに、御呪(おまじな)いをかけます」


 銀髪の占い師が手をギュッと握りしめた後、手のひらを開く。すると、少女の小さな手から大きな雪の結晶が飛び立った。その不思議な仕上げに、魔術師達は思わず見惚れてしまった。彼らの視線は暑い気候でも溶け落ちない、ふわふわと舞う幻想的な六花の結晶に釘付けとなった。やがて、透明な結晶がカードの束へ舞い戻ると、銀色の粒子となって消えてしまった。


「それでは、最初にお兄さんとお姉さんが探している女の子について占ってみましょう。具体的には、()()()()()()()()()()()()()()()について、です」


 銀髪の少女はカードに手をかざすと、滑らかな指使いでカードを一枚めくった。現れたのは、男女の二人組……『恋人』のカードだ。


「逆位置、逆さまの『恋人』のカードです。このカードは、恋愛を始め、人と人との縁を暗示するカード……。それが逆さまという事は……もしかして、お兄さん達と探している女の子は『まだ会った事が無い』のではないですか?今日初めて会う予定だった、そんな間柄だとカードは示しています」


 二人のお客様は早速、目の前の占い師に度肝を抜かれた。『人探し』と聞けば、普通は自分の家族や友人を思い浮かべるだろう。だが、この少女は自分達と運命因子との関係を、たった一枚のカードで言い当てたのだ。名前も知らないこの少女、どうやら魔術師や占い師としてはかなりの逸材、光る原石と言っても過言では無いようだ。


「えっと……当たってますか?」


「あ……ああ、当たってる。大正解だよ、お嬢ちゃん」


「そうですか、良かった……」


 胸を撫で下ろす銀髪の少女に対し、女性の魔術師が身を乗り出した。


「ねぇ、私達はその女の子と出会えるのかしら?その辺りも占って貰える?」


「あっ、はい!それでは、占いを続けますね!」


 銀髪の占い師は再びカードの束に手をかざし、次のカードをめくってみせた。描かれていたのは、箒に乗った魔女の絵……『魔術師』のカードだ。それをみた占い師の顔が、パァっと明るくなった。


「わぁ、正位置の『魔術師』です!真っ直ぐな魔法使いのカードは、『はじまり』や『希望』、『成功への期待』って意味が込められている、とってもラッキーなカードなのですよ!」


「って事は、オレ達は……」


「はい、探している女の子に出会えます!」


 まるで自分の事の様に、占い師は満面の笑みで客の福音を喜んだ。


「だったらさ、お嬢ちゃん。お姉さん達が探している子は今、何処に居るのかも占えるかしら?」


「はい、勿論です!お姉さん達が探している女の子は、次のカードが教えてくれます」


 銀髪の少女がカードを(めく)る動作に、魔術師達はすっかり見入っている。無理もない、彼らには『成功』の兆しが見えると、確かな腕前の占い師が言っているのだから。彼女の細く小さな指は、大きな車輪のカードを指し示した。


「このカードは『運命の車輪』、『チャンス』や『好転』、そしてお客様の『運命』を示してくれるカードです。そしてそれが正位置、真っ直ぐな状態だと、素晴らしく『運命的な好機』に恵まれているのですよ」


「そう、それは嬉しいのだけれど……具体的にその子が何処にいるのかは分かるかしら?」


 少々アバウトな占い結果に、魔術師はやや困惑の表情を浮かべた。


「ああ、ごめんなさい。少し曖昧な答えをしてしまいました。でも、居場所を占うカードが『運命的な好機』を暗示してくれたのたら、最早答えは明確です。きっと、その女の子は近くにいますよ」


 そう言うと、銀髪の少女はテーブルの下から、木製の円枠を取り出した。そして少女は氷魔法を使い、枠の中に鏡を作り出す。


「例えば……そう、()()()()()()()()()()


 鏡が完成した瞬間、その中には予想だにしないものが映っていた。魔術師達の背後には、探し求めていた『運命因子の少女』が大きく武器を振りかざしていたのである!


「ふんっ!」


 蒼蘭は手にした棒状の武器で、まずは男性の魔術師を殴りつける。この完全なる奇襲に、異邦の魔術師は咄嗟の反応すら出来ない。


「あぎゃっ!」


 バチバチと魔力が迸る武器により、占い師のお客様は地に伏した。蒼蘭が手にしているのは、電気の代わりに魔力で動かすスタンガンだ。これは異世界人が持ち込んだ魔法の武器からヒントを得て作られた代物だ。先客からのお土産は、雨海沙織をはじめとする研究者の手によって分解され、再利用(リサイクル)されているのだ。素晴らしいエコロジーである。


「く、来るんじゃないわ!」


 相棒が倒れたのを見た女性の魔術師は、咄嗟に占い師の少女を人質に取った。右腕で少女の首元を締め上げ、左手でナイフを人質の頬に近づける。


「私に近づけば、この子の命は無いわ!武器を置いて地面に手を付けなさい、『運命因子』!」


 不意打ちを防ぐ為、そして咄嗟の安全マージン確保の為という面で言えば、『か弱い少女を人質に取る』事は卑怯卑劣ではあるが決して『悪手』とは言い切れない。


 最も、その人質が()()()()()()()()()()()場合に限るが。


「『変換(スイッチ)』」


 銀髪の少女、『如月リリア』がそう呟くと、彼女の身体が身体が淡い光に包まれ、銀髪少女の身体が18歳程の黒髪少女の物へと変貌する。当然、体重も年相応の物になる為、女性の魔術師が片腕で抑え込むのは不可能となる。


「……ッ!?」


 右腕に生じた違和感により、魔術師は咄嗟に人質から離れ、後方に飛び退いた。そして、突如として現れた濡羽色の髪を持つ少女と、ターゲットにしていた青髪の少女を交互に確認し、魔術師は真相へと辿り着く。


「なるほど、アンタ達はグルだったって訳ね。仲間を可愛い女の子に化けさせて、私達を引き付けて、背後からの不意打ち……随分と汚い手を使うじゃない」


「えー、ひどーい!蒼蘭ちゃんは、ただ悪い魔法使いをやっつけただけなのにー!」


『シクシク』、『メソメソ』と言った効果音(オノマトペ)を口ずさみながら、蒼蘭は大袈裟な泣き真似を披露する。青髪の少女が織りなす茶番と、それを(溢れんばかりの怒気を含んだ)横目で一瞥する黒髪の少女を前に、魔術師は自分の杖を取り出して魔法の準備に入る。ターゲットから逆に見つけられただけでなく、正体不明の協力者まで連れて来られたのだ。最早戦闘か逃亡するしか道は無い。当然、目の前の魔女達がすんなり倒される事もあっさり見逃してくれる事もあり得ない為、異世界からのお客様は強力な魔法を行使する。


「押し潰されろ、『ボルダー・フォーリング』!」


 魔術師の女性は魔力を練り上げ、空中に巨大な岩の塊を作り、蒼蘭達を推し潰しにかかる。岩の下敷きになるならそれで良し。落石を避けるのならば、道を塞ぐ大岩により自分をすぐさま追跡する事は不可能になる為、逃亡までの時間は十分に稼げる。どっちに転んでも状況を好転させられる、正に最善の一手だ。流石、大賢者から直々の依頼を受ける程の魔術師である。


 ただし、それは相手が『時の魔女-クロニカ・ナハト・ヘルゼーア』でない場合に限る。


「『時の戯曲(クロノ・アクト)-減速(ラングザム)』!」


 クロニカは時魔法を発動させた後、蒼蘭と一緒に落下する岩塊の下を走り抜ける。


「何、態々(わざわざ)潰されに来たって訳?なら、お望み通り…………」


『ペシャンコになれ!』とは続かなかった。何故なら、大岩はまるで綿で出来ているかの様に、とても『ゆっくりとした』速度で空を舞っているからだ。宙を舞う巨岩の下を、少女二名が走り抜けられる程に余裕があった。


「……ッ!く、来るな!」


「ヤダ♡」


 蒼蘭はあざとく笑うと、指先から魔術師の口元目掛けて、()ではなく()()を飛ばした。


「ゲホッ、ガハッ!」


 致死性こそ無いが、少量摂取しただけで全身が痺れる毒だ。飲み込まずとも、口に含むだけで身体の自由が奪われる代物だ。咳き込む魔術師を前に、クロニカはナイフを相手の額に突きつけた。


「聞きたいことがあるの。()()()()()()は何処かしら?」


「な、何の事かしら?」


「とぼけないで。貴女達が蒼蘭を誘拐しようとした事も、『悪魔を呼び出す魔術道具(マジック・アイテム)』をお仲間が持っている事も、時の魔女にはお見通しよ」


 クロニカの言葉を前に、魔術師は明らかな動揺を見せる。


「どうしてそれを……痛ッ!」


 時の魔女は刃先を額に擦らせ、僅かに傷をつけた。


「良いから答えて。誰かに被害が出てからだと、不幸になる人が現れてからだと遅いの。今ならまだ未遂って事で、穏便に済ませる事が出来るわ。でも、余り私達を待たせないで」


 頭部からじんわりと滲み出る温かい液体と、首筋へと移動したナイフにより、異世界からのお客様は口を割るしかなかった。


「は、反対側……店が並んでいる大きな道を、私達とは逆の方向から歩いてるわ!大きな魚を壁に括り付けた、奇妙な建物がある方向よ!二手に分かれて、運命因子を挟み撃ちにする予定だったの!」


 必死の情報提供を受けて、クロニカはナイフを魔術師の顔から離した。


「分かった。なら、貴女達のお友達も、私が迎えに行ってあげる」


 クロニカは手提げ鞄を持つと、そのまま走り去った。

 そして、その場に残った蒼蘭へ魔術師は言った。


「ちゃんと情報は喋ったわよ。これで文句はないでしょ?」


「そうね、後はクロニカちゃんが問題を解決すれば、全ては未然に防がれるわ。つまり、貴女達が起こそうとした誘拐事件と『悪魔騒動』は未遂のままになるわ」


 内心で安堵の息を漏らす魔術師だったが、


「えいっ」


 魔力スタンガンにより、迸る魔力を全身に浴びせられる。


「な、何で……未遂なら許してくれるって……」


「何を言っているの?『まだ起きていない事』については許してあげられなくも無いってだけで……()()()()()()()()は、もう許すも何もないでしょう?」


 自分達が追っていた青髪の少女が淡い光に包まれ、黒髪の女性へと変貌する。


「よくも……よくも『姉妹水入らず』の時間を……『可愛い妹とのドキドキ七夕デート』を邪魔してくれたわね!」


 蒼蘭ちゃんの『魔女っ子スーツ』を着ていた雨海沙織は倒れた魔術師の頭を踏みつけ、怒りに満ちた表情で二匹のお邪魔虫を見下ろしていた。


 ◆

 雨海(しずく)、もとい『時の魔女クロニカ』は濡羽色の髪を靡かせながら、路地裏を猛スピードで駆け抜ける。彼女はすぐに大通りへ出る事はせずに、ギリギリまで人通りの少ない道を走る事を決めている。運動が苦手なクロニカだが、『時の戯曲(クロノ・アクト)-加速(シュネル)』によりオリンピック選手も顔負けの速度で移動する事が可能になっているのだ。


 目指すは緑の看板のコンビニエンスストア、及びそこに出没する魔術師だ。


 昨晩、蒼蘭/クロニカは未来を予知してしまった。それは異邦の魔術師が召喚した悪魔により、幼い子供の目の前で両親が惨殺される光景だった。それは七夕祭りによる賑わいを見せる繁華街での出来事で、何の因果か沙織お姉ちゃんからお誘いを受けたお祭りの会場だったのである。恐らく、仲良くお祭りを楽しんでいた雨海姉妹が、偶然その惨劇の場に居合わせてしまうのだろう。


『期末試験も終わった事だし、お姉ちゃんとお祭りに行こうよ〜!』


 昨日の夕食で聞いたお姉ちゃんの言葉が脳裏に浮かび、クロニカは苦笑した。


(ほんと、何の因果だよ……全く)


 こんな未来を見てしまった以上、楽しくお祭り巡りだなんてやっていられない。故に、彼女ら姉妹は作戦に乗り出した。


作戦自体は単純明快、蒼蘭の皮を被った沙織が魔術師を誘き出し、路地裏にて姿を消す。ここで役に立つのが沙織お姉ちゃんの魔法、『遺伝子操作(テクノ・ゲノム)』だ。沙織は自分の血を触媒にして、着ていた服を擬態能力を持つタコに変化させたのだ。タコの中には海中の岩と見分けが付かない程に、擬態能力に長けた種類も存在する。故に、コンクリートに擬態して建物の壁面にへばり付けば人の目を欺く事など容易い。加えて異世界人は『魔法による潜伏・移動』の可能性ばかり考えて、生物が持つ能力、もっと言えば『魔法に由来しない手段による潜伏』を考慮していなかった。灯台下暗し、というヤツだ。


 そこに占い師のリリアちゃんが現れて、幼い見た目と的確な占いで注意を引きつける。お客様がお求めのモノは既に把握している為、それらしい言葉を並べ立てれば『敏腕美少女占い師』が誕生する。話す内容に合わせた三枚のタロットカードをテーブルの下に仕込んで置き、氷魔法で作った雪の結晶を空に浮かべて注意を逸らした隙に、タロットの束に乗せる。これは手品師御用達のテクニック、ミスディレクションだ。超常の力に精通している者ほど、逆にこうした単純な手が有効なのだ。そして頃合いを見て姿を現したお姉ちゃんが、背後から成敗(ふいうち)するという流れだ。


しかし、倒した二人組と、予知で見た悪魔使いの外見が一致しなかった。故に先程の街頭インタビューで、仲間の居場所を大まかに突き止めたのだ。繁華街の駅側には緑の看板のコンビニは幾つか存在するが、反対に神社側には一つしか無い。都会は同じコンビニが近い間隔で点在しているから厄介極まりない、何もそんな密集させなくても良いだろうに、とクロニカは内心で苦言を呈した。


 ◆

 魔術師はローブの下で、眼鏡を光らせる。

 道行く人々が談笑する光景を、仲間同士で和気藹々とする様を、恋人同士が手を繋いで歩く様子を、子供連れの家族が楽しそうにしている光景を、彼は目に焼き付けた。


 ここにいる誰もが、数刻もしない内に惨劇が起こる事など考えもしていない。地球人の滑稽さと、人々の幸せが壊れる未来の想像が、魔術師の表情を愉悦に歪ませる。特に仲睦まじい恋人や夫婦だ。そいつらには是非とも特大の恐怖を味わって貰いたい。大賢者から聞いた話だが、勇者の故郷には木に紙を綴りつける風変わりな催しがあるらしい。『タナバタ』と呼ばれるそれは、色恋にかまけて職務怠慢を引き起こした男女の御伽話が起源との事だ。今宵は、その男女が出会える日を祝い、自分らの願いを書き留めた紙を星空に捧げるのだと言う。


 何とも皮肉な話ではないか。


 男女の恋仲を祝う祭りで、彼ら彼女らの幸せが暗黒の絶望に飲まれるのだから。


 魔術師は漆黒のオーブを取り出して、魔力を送り込む。彼には恋人が居ない。強いて言えば、『魔術』が彼の恋人だった。魔術の研究に傾倒する彼の人生には、障害のパートナーとなり得る女性も青春の1ページを彩る恋人も存在しなかった。故に、彼は恋をする男女への(ねた)(そね)みが人並み以上には備わっていた。ペアで運命因子を尾行していた、魔術師組合内でも『実はデキている』と噂される男女二人組の魔術師にも嫉妬を向けていた。


 だが、それもここまでだ。

 このオーブが呼び出す悪魔は()()()の意向により、『子供だけは襲うな』と予め命令がされているが……。


(十分だ。幸せ溢れるこの街を、混沌と絶望に染め上げてやれるのだからなぁ!!)


 誰も彼の行動に気が付かない。オーブからドス黒いオーラが垂れ流されている事も、滲み出た漆黒の影が生き物の形を取りつつある事も。何も知らない民衆に向けて、惨劇の引き金を引く快感は何にも代え難い。魔術師の脳は、残虐と背徳の甘美に満ち溢れていた。


 が、その甘さは一瞬で砕かれてしまう。

 文字通り瞬きの間に、彼の目論見は手にしていたオーブごと粉砕されたのだ。


「……へ?」


 数秒の間を経た後、手のひらからオーブが粉々になって零れ落ちる感触により、ようやく魔術師は邪魔者の存在に気が付いた。


「誰だ、お前はッ!?」


 質問への返答は無い。数メートル先の黒髪少女は、手にしたタロットカードを投げつけ、魔術師が被っていたフードを切り裂いた。

 敵の顔を確認した少女は、流水の如き滑らかな動きで近づき、魔術師の首元に『ある物』を押し当てた。


「通りすがりの占い師、そして貴方に不幸をお届けする者よ」


「『不幸』だと……?」


「特別に教えてあげる。貴方のオーブを壊したカードをね」


 そう言うと、魔術師の首元から手を離し、地面に刺さったカードを引き抜いた。


「『正位置の塔』、『崩壊』や『災難』を表す最悪のカードよ。貴方()の企だては、この崩れ行く塔の様に瓦解したって事。それにしても、よりによってこのカードを引き当てるなんて……ほんのちょっぴりだけ、貴方には同情するわ」


『同情』

 謎めいた美少女がその言葉と共に、憐れみの表情を向けてくる。そのシチュエーションは、プライドの高い魔術師には耐え難いモノだった。


「何が『同情』だ!お前みたいな顔だけの女はいつもそうだ!いつも、いつも、いつも、僕の事を心の中で馬鹿にして、見下して!大した能力も無い癖に……」


 元気の良かったお客様は、急激に力を失い膝をついた。


「何だ……これ……」


「サソリの毒よ。死なない程度に調整してあるから安心して」


 占い師クロニカは地面からサソリのフィギュアを拾い上げる。これは玩具のサソリだが、沙織お姉ちゃんの魔法で、一瞬だけ本物のサソリへと変化させたのだ。

 動けなくなったお客様に、クロニカは肩を貸して立ち上がらせる。魔法を感知できない通行人達から見れば、具合の悪くなった通行人に手を貸す優しい黒髪の美少女である。


「おーい!」


 そこに雨海沙織が合流し、路地裏を通って繁華街の外へ出る。そこには護送車が駐車されており、既に先程の異世界人を収容した後だった。


「他に仲間は?」


「居ないよ。さっきの二人組からちゃんと聞いたから」


 クロニカが悪魔使いを止めに行った間、沙織お姉ちゃんはお休み中の男性魔術師を叩き起こし、『街頭インタビュー』を続行したのだ。魔力警棒で複数回殴られた後、異世界からのお客様は繁華街の治安維持に快く協力してくれた、という訳だ。


「それじゃ、後はお姉ちゃんに任せて、お祭りを楽しんでね!」


 護送車へ最後のお客様をご案内した後、沙織お姉ちゃんは魔法機関の職員と共に去っていった。


 ◆

(時の魔女クロニカ視点)


 さて、と。

 心優しいお姉ちゃんのお言葉に甘えて、気晴らしに勤しむとしますか。

 おっと、その前にやる事があった。


 私は足早に先程のコンビニ前へ戻ると、とある家族を発見した。私が予知で見た親子、甚平を着た男の子と、迷子にならない様にと手を繋ぐ両親だ。今宵、彼らは家族団欒の時をこの七夕祭りで過ごす事だろう。少年達の笑顔をこの目で見れて、私はようやく安心する事が出来た。


 自分の時魔法が、誰かを救った。

 自分の力が、誰かの笑顔を守った。

 なんて素敵な事だろう、と私は今日の行動を噛み締めた。


 課外授業の一件、『魔術師グザヴィラ』との戦いは、魔女としての私を数段上のステージへと押し上げた。『時の戯曲(クロノ・アクト)』を連続で使用しても息切れしなかったのが、私が成長した何よりの証拠だ。落下する大岩を減速させ、悪魔使いの元へと駆けつけ、更に投げつけたタロットカードを加速させてオーブを破壊し、首元にサソリを押し付けた。我ながら『時の魔女』としては中々の働きを見せたのではなかろうか?

 いや、今日の出来事は十分自信を持って良い筈だ。私は『運命の鍵』として、マギナさんの期待に応えつつある……と思っている。それに、魔法を人助けに使う事こそ、魔女が目指すべき姿だろう。具体的に言えば、『シンデレラにガラスの靴を授けた魔法使い』こそ魔女が目指すべき姿であり、『白雪姫に毒リンゴを渡した魔女』や『お菓子の家で子供を誘い食べる様な魔女』は反面教師とすべき存在だ。


 ……さて、あまり浸りすぎるのも良くないな。流石にこれ以上は、自画自賛の領域となるだろう。


「うっ……えぐ……」


 私がふと視線を下方にやると、何やら嗚咽を漏らす幼い少女が居た。どうしたのだろう?怪我でもしたのだろうか?お腹でも空いたのだろうか?生憎私は治癒魔法を使えないし、自分の顔を食べさせる事も出来ない。だが、悲しんでいる少女を放って置くのは、正しい魔法使いとは言えないだろう。私は少女の視線に合わせる様にしゃがみ、彼女に笑顔で話しかけた。


「どうしたの、お嬢さん?」


「…………」


「何か困り事?お姉さんが力になろうか?」


「うっ……うっ…………


 うえええええええん!!うええええええええん!!」



(えええええええええええええ!?)


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 泣かせてしまった!?

 え、これ、私のせいか?私の責任になるのか?

 待て、落ち着け、何がいけなかった!?何が彼女を悲しませる要因だった!?怖がらせる様なモノは何も持ってないぞ?ナイフも路地裏でお姉ちゃんに渡したし、怪しい物は持ち歩いていない!

 いや、もしかして、そもそも見知らぬ女の子に話しかけた事自体がマズい事だったか!?いや、もしかしなくても"それ"だ!それしか考えられない!このご時世、幼い少年少女に不埒な事をする輩が少なからず存在する以上、子供達に不安を抱かせる事それ自体が罪に問われてしまうと言う事か!?

 ああ、マズい、マズい、マズい!どうしよう、どうしよう、どうしよう!?道ゆく人達の視線が集まっている!今すぐこの少女を泣き止ませられなければ、潔白を証明出来なければ、私はお縄だ、投獄だ!


「あれ、クロニカさん?」


 慌てふためく私に、突如救いの手が差し伸べられた。


「聖!?」


 ああ、良かった!渡りに船、持つべき物は親友だ!


「聖、お願い!この子、どういう訳だかずっと泣いたままなの!私、どうすれば良いかな?どうすれば彼女に泣き止んで貰えるかな?」


 藁にもすがる思いで、私は親友に助けを求めた。

 ……いや待て、今の私は『時の魔女-クロニカ』であって、聖の友人の『瑠璃海蒼蘭』ではない。この前、ちょっと脱走した実験動物から助けた程度の、浅い関係だ。流石に馴れ馴れし過ぎたか?絶体絶命のピンチを救って貰おうと言うのに、些か誠意に欠けていたか?いや、聖が優しい子だと言うのは十分理解しているが、それでも関係性に応じた礼儀という物がある。


(ヤバい、絶対やらかした……)


 私の心は、海溝の如き暗く深い失意の底へと沈んだ。


「『リラクゼーション・オーラ』」


 すると、聖は徐に精神安定魔法を少女にかけた。


「うっ……ううっ……すぅ……」


 少女は落ち着きを取り戻し、深く息を吸った。


「大丈夫?良かったら、これで涙を拭いて、話を聞かせてくれる?」


「ありがとう……お姉さん」


 女の子は手渡されたハンカチで涙を拭い、聖にお礼を言った。その後、ポツリポツリと訳を話してくれた。


「私、怖いお化けを見ちゃったの……」


「お化け?」


 聖はとても真剣に話を聞いている。現に、こうして少女に聞き返している


「うん、お化け。黒い服を着たお兄さんが、大きなビー玉から怖いお化けを出そうとしてたの……。私、怖くて動けなくて……声も出せなかったの……。

 でも、こっちのお姉さんがやっつけてくれて……怖いお化けが居なくなったら、なんだか涙が止まらなくて……」


 少女は私の手をギュッと掴んだ。


「本当は、お姉さんに『ありがとう』って伝えなきゃいけなかったのに……私、涙が止まらなくて、上手く言えなかった。お姉さん、ごめんなさい!それと、お化けをやっつけてくれて、ありがとうございます!」


 少女の話を聞いて、全て合点がいった。

 この子には魔法が見えて、召喚されつつあった影の悪魔を認識できたのだ。こんな幼い子が正体不明の化け物を目にして、冷静でいられる訳がないではないか。


「大丈夫、大丈夫よ。お姉さん、気にしていないから」


 私は少女を安心させる為に、頭を優しく撫でた。


結衣(ゆい)!こんな所に居たのね!」


「ママ!」


 人だかりの中から、一人の女性が駆け寄った。


「もう、勝手に何処かへ行って……心配したんだから!」


「ごめんなさい。でも私、ママとおんなじ魔法使いのお姉さん達に助けてもらったの」


 結衣ちゃんのお母さんは、私と聖を交互に見つめた後に、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、娘を助けて頂いて」


「そんな、頭を上げてください!私、大した事はしてないですよ!?」


 何故か聖が慌てている。いや、貴女は十分大した事をしただろうに。


「ううん、眼鏡のお姉さんが私を落ち着かせてくれて、私は『忍者のお姉さん』にお礼を言えたの。怖いお化けをやっつけたお姉さんに、ありがとうございますって!」


 ほら、結衣ちゃんだってそう言っているんだから、聖もお礼を受け取らないと……。


「え、『忍者』?」


 思わず結衣ちゃんに聞き返した。


「だって、お姉さんはカードの手裏剣でお化けをやってけてたよ?」


 あー、なるほど……確かに忍者に見えなくもないか……。


「またね、眼鏡のお姉さん!忍者のお姉さん!」


 お母さんに手を引かれて、結衣ちゃんは再びお祭り巡りに戻って行った。私と聖は少女と母親に手を振ってお別れをした。


「ありがとう、聖!」


 私は結衣ちゃんを宥めてくれた親友に礼を述べる。


「聖がいなかったら、結衣ちゃんが泣いていた理由も分からないままだったわ。それに、結衣ちゃんの気持ちも聞けなかった……本当にありがとう!」


「クロニカさん……えっと、どういたしまして。それと、その……手……」


「あっ……」


 感謝のあまり彼女の両手をガッシリと掴んでしまっていた。


「ご、ごめんなさい!つい、貴女の助け船が嬉しくて……迷惑だったかしら?」


「いいえ!別に、そんな事はないです!」


 何故だか彼女もあたふたとした様子だが、聖は快く許してくれた。


「そうだ!もしこの後時間があれば、私に何かお礼をさせてくれないかしら?」


 私は親友に提案する。恩や借りと言うのは、早めに返すに越した事はないからな。


「『お礼』ですか?」


「ええ、何でも言って!」


 聖には日頃から世話になっているし、これは自分への戒めでもある。今日の私は時魔法による『万能感』に溺れていた。普段では出せない速度で走ったり、敵の攻撃を余裕を持って回避したり、人々に害を成そうとした魔法使いを瞬時に倒した事で、必要以上に良い気になっていた。私は泣いている少女一人すら笑顔に出来なかった。私が一人で出来る事など高が知れている。それを忘れて思い上がってしまった己を戒め、そしてそんな私を助けてくれた優しい魔女へ感謝をせねばなるまい。


「でしたら……もし、クロニカさんさえ良ければですけど」


「うん、うん」


「私と一緒に『七夕祭り』に行きませんか!?」

次回、七夕デート編!

沙織お姉ちゃん、(脳が)死す!


お楽しみに!!

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