第72話 幕間 頑張れ、乗り切れ、期末試験!
先にハーメルンで投稿していた第2.5章幕間、こちらにも投稿開始致します。
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「あー、流石に疲れてきた……」
私は机に向かって問題集を解きながら、頭を抱えている。その理由は、7月頭に期末試験が控えているからだ。学校の定期試験とは学生の成績、ひいては将来の進路や学校生活における精神的な安寧にも繋がる、大事なイベントだ。しかも魔女学園の『期末試験』、当然普遍的な高校のソレとは訳が違う。
その違いの最たるは、通常の高等学校とは全く異なる試験内容だ。今までの人生、小・中学校、そして『一周目』の高校生活ではまるで縁のなかった『魔法のお勉強』が試験科目となるのだ。当然ながら、新しく覚えるべき事が沢山ある。『魔法基礎学』、『魔法系統学』、『錬金学』、『術式魔法学』、『魔法史』、その他諸々……。兎にも角にも、頭の中に知識を仕入れないことには始まらない。
まぁ、ぶっちゃけて言えば、『魔法の勉強』それ自体は苦ではない。誰にだって覚えがあるだろう。子供の頃に読んだ絵本にいた魔法使いに憧れた経験が。そして中学生や高校生の頃にノートへと綴った魔法への憧憬が。それが今、私にとっては現実のものになっている。当然、興味関心は尽きないし、勉学へのモチベーションも上がるというものだ。
それに例えば、将来いつ使うのが分からない日本史や世界史の知識よりも、魔法の世界の歴史を学んだ方が面白いし有意義だ……と思う。勿論、歴史が好きな高校生だって世の中には沢山いるだろう。だが、生憎私は歴史系の勉強が苦手だった。その反動もあってか、今やっている『魔法史』の勉強の方が何倍も頭に入りやすかった。それに加えて私の身近には……歴史に名を残した『アゲハの大魔女』がいるのだ。仮にも偉人に師事しておきながら、魔法史の試験で赤点などあってはならない。故に、700年前に世界中を巻き込んだ『赫の厄災』をはじめとして、マギナさんが関わっている歴史的事象は特に力を入れて学んでいる。
だが、幾ら興味を惹かれる学問とは言え、疲れるものは疲れる。実際、私の集中力は限界を迎えていた。
故に、こういう時は『息抜き』が必要だ。
それも、休憩後にとびっきり頑張れる物が望ましい。
私は椅子から立ち上がり、軽く伸びをした後、秘密の金庫の鍵を開けた。そこには、まるで洋服の様に折り畳まれた少女の皮……『魔女っ子スーツ』が収納されている。その中の一つ、赤髪の少女……『小夏川 茜』の身体を取り出し、ベッドの上に置いた。そしてクローゼットの中から衣服を取り出し、そちらもベッドの上に置く。
私は部屋着を脱ぎ捨て、『お着替え』に取り掛かる。
開け放たれた茜の背中から、自分の脚を茜の身体に収納する。この時点では、まだ茜の脚に皺が残っている。惺が蒼蘭の身体を着るのとは違い、自分よりも大きな身体を着る事により起こる現象だ。纏
とは言え、これは完全に着込めば治まる事なので、私は気にせず反対側の脚と両腕を茜の中へと仕舞い込む。
(体格差のせいかな?ちょっと重い……)
蒼蘭ちゃんの小柄な身体に、一回り以上大きな茜の身体がま纏わり付いているのだ。これは致し方ない。私は鏡を見ながら頭部の皮を被り、顔の位置を調整する。やはりサイズの差故か、顔には若干皺が残ってしまう。
が、それもこれも、背中を閉じれば解決する。
ジジジ……ジジ……
もはや聞き慣れた金属音が発生した後、ファスナーが完全に閉じられる。すると、身体中の皺が見る見るうちにピンと伸び、視界が一段階高くなった。茜の身体に、自分の身体が調整されたのである。
赤髪の少女に変身した私の身体を、鏡でまじまじと確認する。
(うん、特に異常は無いな)
最低限確認すべき事が終わったので、私は自分の手を、蒼蘭ちゃん程では無いが発育良好な乳房へと伸ばしかけて……止めた。これはあくまでも『ちょっとした息抜き』だ。一度身体を慰めはじめたら、底なしの快感へと陥り、あっという間に時間が経ってしまう。
私は茜の身体に合わせた下着を身につけ、クローゼットから引っ張り出して来た洋服を着る。
そう、頑張る人を応援する球場やスタジアムの華……『チアガール』に、だ。
着替え終わった私は、ポンポンを手に持って鏡の前に行く。そして、スマートフォンを鏡の隣に取り付けたケースに入れて、録画ボタンを押した。
……コホン。
「ほら、この茜様がアンタを応援してあげるわ!いつもアンタが頑張ってるの、あたしはちゃんと知ってるんだから!さぁ本番まで後少し、ラストスパートかけちゃいなさい!」
鏡に向かって決めポーズをし、見様見真似でチアダンスを披露する。
「フレー、フレー!せ・い・ら!フレー、フレー!し・ず・く!」
鏡の中の美少女は、元気溌剌な笑みを浮かべてポンポンを振り、頑張る高校生を応援した。
そう、これが……鏡の中の美少女に応援してもらうのが、私の息抜き方法なのである。
最初は、ほんの出来心というか、単なるおふざけのつもりだった。しかし試してみると、元が男である私には効果覿面な息抜き方法だった。
男であれば誰だって、可愛い女の子に励まして貰えば、やる気もどんどん漲るという物だろう?そして、今の私の部屋には……幾つもの美少女のスーツと、様々な衣装が備わっている。これを有効活用しない手はないだろう。
私はスマホを取り出して、先ほどの『チアガール茜ちゃん』の映像を確認する。自分を励ますべく、恥ずかしさを抑えながらも応援してくれる女の子が、液晶画面に映し出される。ダンスがややぎこちないが、『普段チアガールとは無縁な女の子が、誰かを応援する為に実行した』と考えれば、そのぎこちなさも『深い味わい』へと変貌する。
そして私は、過去に撮影したスマホの動画を確認する。例えば、真っ白な半袖のロリータファッションに身を包んだ銀髪の少女、『如月リリア』ちゃんからの応援メッセージ。
『私……お姉さんが頑張っているの、ちゃんと知ってます!だから……きっと大丈夫です』
普段はおとなしい彼女が、誰かの為に声を張って応援している。何とも健気でいじらしい光景だ。大好きなクマのぬいぐるみを抱き抱え、応援する事の緊張を堪えようとしている所も愛おしい。
次に茜ちゃんの応援メッセージ、『メイドさんバージョン』だ。こちらは全身鏡をテーブルの側に置いて撮影した動画である。彼女はミニスカメイド服に身を包み、お盆にメロンソーダが注がれたコップを乗せている。
『お勉強の後は冷たいドリンクよね。アンタの為に用意してあげたんだから、感謝しなさいよ!……はぁ?『美味しくなるおまじない』ですって?調子に乗んな、バカ!
……分かったわよ、一回だけね。お、『美味しくなーれ、萌え、萌え……キュン』
……これで満足?だったらさっさと飲みなさい!』
テーブルの上にドリンクを置いて、赤面しつつもおまじないをかける、赤髪の可愛らしいメイドさんからの応援だ。
最後に、こちらは年上のお姉さんからの応援メッセージだ。濡羽色の髪を耳元へかき上げ、『時の魔女-クロニカ』は優しく、そして仄かに妖艶さを醸し出す微笑みで、カメラの向こう側で頑張る者を応援する。
「貴女の運勢も、貴女が積み重ねてきた努力も、『時の魔女』の前では全てお見通しよ」
そういうと、クロニカはタロットカードを一枚めくった。
「そして貴女の運勢は……『正位置の太陽』、希望と成功を携えた未来が待っているわ。後はゴールまで辿り着くだけよ。さぁ、もう一踏ん張り、貴女ならきっと大丈夫よ」
占い師でもあるクロニカは、相手の運勢を預言して声援送るのだ。彼女の黒髪も相まって、程よいミステリアスさを醸し出している。
……そう、お姉ちゃんが作り出した『魔女っ子スーツ』は年下ヒロインばかり。故に、お姉さんは自前で用意する必要があるのだ。
『自画自賛』の四字熟語が一瞬頭を過ぎるが、これは違う。断じて違う。まず、鏡に映る自分に励ましの言葉をかけるのはよくあるメンタルケア手法だ。それに、映像を見れば分かるが、彼女らは『雨海 惺』ではない。全員が見目麗しい女性ではないか。誰だって美少女に励まされればやる気が溢れてくる。私だって元は完全な男子学生、複数の可憐な女性からの応援を見れば、勉強の疲れなど忽ち吹き飛ぶというものだ。
さて、そろそろ休憩も終わり。試験勉強に戻るとしよう。
◆
(7月第一週、土曜日)
「ふぅ……」
私は学園の近くにあるスーパーマーケットで買い物を済ませ、小さくため息をついた。夕方とはいえ流石にもう夏、外に出れば熱気が肌に直撃する季節だ。蝉の鳴き声も煩わしく響いている。
期末試験は昨日で終わりだ。感触としては、悪くない出来だと思う。まぁ、結果は試験休みが終われば分かる事。今更憂いても、それこそ未来を予知しようと、既に終わった試験の結果は覆せない。命運は定められた、後は告げられる結果を待つのみだ。
スーパーを出た私は、沙織お姉ちゃんの棲家へ赴いた。玄関をくぐり、手洗いうがいをして、購入した物を台所に並べ、エプロンを装着する。昨日はカラ友達とのお疲れ様会に出席したので、翌日になってしまったが……私はお姉ちゃんに夕食を作ることにしたのだ。
キャベツと玉ねぎを刻みながら、この試験期間の事を思い起こす。分からない事は先生に尋ねたり、聖の提案で会長に術式魔法学の勉強を見てもらったり、図書室で炎華達に一般教養科目についてアドバイスを送ったりと、色々な人と期末試験を乗り越えた。
とはいえ、結局のところは自分一人で勉強する時間の方が圧倒的に長かった。それはそうだ。私自身が机に向かわない事には、上がる成績も上がらない。
そして、その『私自身』の勉強時間を支えた物が何であるかを考えた結果……私はこうして台所に立っているのだ。姉貴へのお礼として。
あれこれ考えているうちに、キャベツもタマネギも食べやすい大きさになった。ここは学園の敷地内だから、今の私は蒼蘭ちゃんの姿だが……この小さな身体を動かすのも手慣れてきた。後はフライパンに油を敷き、野菜を炒めてから豚肉と冷凍のシーフードミックスを放り込み、最後に麺を入れた。暑い季節には少々塩分濃いめの料理が欲しくなる。そんな時こそこの料理、『海鮮入りソース焼きそば』の完成だ!
だが、私は気づいてしまった。
この匂いに釣られて、ダイニングルームにやって来る人影の事を。
薄暗い廊下を、ひたり、ひたりと裸足の足音を響かせながら、一歩、また一歩と近づく者の存在を。
それは頬が若干痩せこけ、目の下に濃い隈を作り、瞳孔の開いた漆黒の瞳は虚の空間を見つめていた。
「あ……アあ……」
人影が焼きそばが盛られた皿に手を伸ばす。宛ら生者の血を求める腐乱死体のようだ。
「ていっ!」
私はゾンビめいた人影にデコピンを喰らわせる。
「あ……シ……シズ……く……」
もう一発デコピンを喰らわせた後、
「取り敢えず手洗ってこい、バカ姉貴!夕飯はそれからだ!」
「はいっ!」
私はお姉ちゃんを正気に戻す事に成功した。
…………いや、正直なところ、本当に正気に戻せたかどうか自信がない。何故なら、特に手の込んだ料理でもなく、シーフードミックスを入れた程度のアレンジしか加えていない普通の料理を、大粒の涙を流しながら頬張っていたのだから。無論、喜んで食べてくれるのは、作った側からしたら大変にありがたい。だが、ここまで感涙に咽び泣かれると、正直反応に困る……。
(え、私、余計な物混ぜてないよね?)
不安に駆られた私も焼きそばを食したが……うん、普通の焼きそばだ。味が気持ち濃いめの。
◆
「沙織お姉ちゃん、完全復活でぇーす♪」
そう叫んだ我が不肖の姉は、肌のハリとツヤを取り戻し、瞳には希望の光を宿し、身体中から有り余る活力のオーラを垂れ流していた。
「もー!お姉ちゃん、しず君に嫌われちゃったのかと思っちゃったよー!」
復活した姉は早速ハグを求めるポーズをしてきたが、私は華麗にスルーを決め込んだ。
「別に、嫌ってはいないし。定期的に送って来るお姉ちゃんの『差し入れ』自体は、色々役に立ってるからさ……ほら、魔法の特訓とかで!だから、一応お礼を言って置こうかな、と」
「んー?じゃあさ、じゃあさ!また、しず君に可愛いお洋服、差し入れしても良いかな?勿論、蒼蘭ちゃんだけじゃなくて、茜ちゃんやリリアちゃん、それとしず君用のお洋服も用意しちゃう!」
物凄く上機嫌に身を乗り出して、お姉ちゃんは私に提案をしてきた。
「全く……私の部屋のクローゼットがパンパンになる日も近いな、こりゃ」
「だったら、タンスとかも買っちゃう?お姉ちゃん、良いやつ買ってあげるよ〜♪」
「そこまでは要らん、要らねえから!」
私はお姉ちゃんからの提案を断ると、冷凍庫に入れた『デザート』を取り出した。
「それより、これ食べよ」
「あ、このアイスって!?」
そう、二人で分けて食べるタイプのアイス。
「お姉ちゃんの秘密基地に案内して貰ったからな。ならあの時みたいに、こうやってアイスを食べるのもアリかなって」
そう言って私が差し出したアイスを受け取ると、姉貴は私の頭を思いっきりワシャワシャと撫でまくった。
「あーもー、しず君ってば可愛いんだから!ありがとう、ありがとうね、しずくーん!!」
「あー、うっとおしい、暑苦しい、離れろ、髪ボサボサになるからそろそろ撫でるのを止めろ!」
姉貴のスキンシップに思わず悪態をついてしまったが、元気を取り戻した彼女を見て、私は少し嬉しくなった。
翌日、私の部屋の前に衣類の入った段ボールが置かれていたのは、また別の話である。
沙織お姉ちゃんの蘇生が無事に完了しました。
因みに蒼蘭ちゃんの課外授業から約二週間程、沙織お姉ちゃんの目に映る世界は闇に覆われておりました。
そして元気がないから確認していなかっただけで、蒼蘭ちゃんの『息抜き光景』はバッチリ録画されてます。これで沙織お姉ちゃんは夏バテとは無縁の健康的な生活を送れますね!




