第69話 沙織お姉ちゃんの『秘密基地』
今日も一気に二話放出です。
(ポーション工場・植物園)
「ああ、もうッ!いい加減に倒れなさいな!!」
未だ攻撃の手を緩めない魔物に対して、財閥令嬢の苛立ちの声が響き渡る。だが、無理もない。ドリアードが次々に魔物を生み出しては、学園の生徒たちが討伐する、そのイタチごっこがずっと続いているのだ。
「『柘榴石の魔弾』!」
勿論、隙を見てドリアード本体への攻撃も試みている。しかし、魔物が持つ自己回復能力により、決定打を与えられずにいた。今しがた放ったアディラの魔法も、確かにダメージを与える事は出来ている。単に砂を集めた『砂漠の傀儡』では、硬い種子の弾丸に押し負けてしまう。だが、砂をより強固な魔力で圧縮した魔法なら、魔物の種子すら跳ね除けて攻撃を撃ち込む事が出来るのだ。
だが、それでは足りない。
D組生徒達は、小型の魔物にかかりっきり。
A組生徒は殆どが魔力を吸い取られ、D組の担任、萌木早苗先生に介抱されている。
そして、今動けるA組生徒……アディラ、菊梨花、風歌だけでは、ドリアードを倒すには至らなかった。
アディラは、地面に空いた大穴を横目で見ながら、奥歯を噛み締めた。彼女は今、自分が成すべき事は当然理解している。だが、自分達が足止めを喰らっている間、蒼蘭や彼女を助けに行った魔女たちが無事である保証はない。
アディラは、敵がまさかここまで強力だとは思ってもみなかったのだ。当初の目論見では、自分に助けを求めてきた愛玩動物の目の前で、魔物騒動を起こした黒幕を自分がやっつける筈だった。そうする事で蒼蘭に恩を売りつつ、自分がどれだけ優れた魔女であるかを再認識させるつもりだったのだ。
だが今となっては……大穴の向こう側に居る、蒼蘭を含めた魔女達の無事を願う事しか出来ない。
(仮にも私に勝利した魔女なら……この『柘榴石の魔女』に対して『蒼石の魔女』を名乗ったのなら……簡単にやられるんじゃないわよ!!)
アディラは身体に残った魔力を使い切る勢いで、魔法の行使を試みる。この拮抗状態を崩すには、捨て身の特攻しか無いと踏んだからだ。
「落ち着いてください、ナヴァラトナさん。ここは先生にお任せ、ですよ〜」
ふんわりとした声色の、だが何処かシリアスさを含んだ忠告が、アディラを止めた。
「サナエ先生!?」
「はい、早苗先生です。この通り、皆さんの容態も落ち着いたので、先生も加勢しますね」
連れてきた一人の生徒の頭を撫でながら、アディラを落ち着かせる様に話す。
「雷葉、起きてくれたのか!?」
「フウの演奏で目が覚めた……。雷葉も戦う。眠いけど……フウ達も頑張ってるから、雷葉もちょっとだけ頑張る……」
双子のやり取りを見届けた早苗先生は、目を瞑り祈るように胸の前で手を組んだ。すると、早苗の周囲に魔力が集まってくる。植物園の草木が、彼女を応援するかのようにざわめきだした。
「これが先生の固有魔法……世界中を、植物の優しさで包み込みましょう…………
『薄荷繚乱』!」
先生が魔法の発動を終えると、ドリアードの周囲に『とある植物』が芽吹き出した。植物は植物園の豊かな土壌から栄養素を吸い上げ、瞬く間に生い茂っていく。
「あれってまさか……『ミント』?」
「ナヴァラトナさん、大正解です。ミントティーにチョコミント、先生の大好物に欠かせない植物ですよ〜♪」
生い茂るミントはドリアードが根差した土から、魔物が今まで拠り所にしていた栄養素を根こそぎ横取りしていく。ドリアードは突然の事態に慌てふためき、叫び声を上げながら蔓で草を薙いでいく。
だがミントの生命力・繁殖力は尋常ではない。切り裂かれても、土から根を引き抜かれても、次から次へと生い茂り、ドリアードの周囲を取り囲む。そして、ドリアードが携えていた魔物を産み落とす木の実は、栄養素が足りなくなって萎びていった。
これでドリアードは、新たな僕を生み出せなくなった。
即ち、反撃開始の合図である。
最初に動いたのは魔物の方だった。
魔女達から一斉に向けられる殺気に対し、いち早く反撃に出たのだ。木の実の代わりに出現させた蕾が大きく膨らみ、硬質な種子をマシンガンの様に噴出させる。
だが魔物の数が減った今、この一斉射撃には真っ向から立ち向かう事が可能になった。
愛刀『菊一文字』を手に、菊梨花が前に出る。彼女が魔力を込めるて振り回すと、鋼で作られてた刀が新体操のリボンの様に空中で踊った。
「『妖剣技-陽炎』!」
変幻自在に宙を舞う刃は弾道を逸らし、攻撃を全て受け流している。全ての種子は明後日の方向へ飛んでいき、この場にいる者を全て守っている。
「アタシも手助けするぜ!『転調』!」
休まずギターの演奏でサポートを行っていた風歌が、ここに来て奏でるリズムを変化させた。
「『地下より沸き立つ八分の心音』!」
八分音符のリズムに切り替えて、テンポアップした新しい曲を奏で出す。曲調が変化した事で、仲間の魔女達へ作用する精神高揚も効果を増した。
「はあああああッ!!」
アディラが自身の右腕に魔力を集中させる。
ドリアードの周囲は、ミントが生い茂っているせいで足場が悪い。故に接近戦は得策ではない。
ならば遠距離から魔法を叩き込む。そして、アディラ・ナヴァラトナには秘策があった。昨日同じ屋根の下で鑑賞したアニメーション、『双星の戦乙女』。強大な敵に立ち向かう主人公が、アディラに勇気と策を分けてくれた!
右手に集まった砂の魔法が、魔力で強固に圧縮され、柘榴石へと変質する。そしてアディラは、そのまま右手へ更に魔力を集中させた。
「撃ち抜け!『柘榴石の手甲-ロケットパンチ』!!」
圧縮に圧縮を重ねた魔力が、宝石の手甲を高速で噴出させる。橙色の拳はドリアードの核……心臓部へ直撃し、養分不足で踏ん張れない魔物を大きく仰け反らせた。その結果、『柘榴石の手甲』は魔物の身体から離れたが、胴体が抉られた事で魔物の核は露出したままだ。
「今だ!頼むぜ、雷葉!!」
姉の叫びに応える様に、妹は必殺の電撃を喰らわせる。
「『幾何学的演算式荷電粒子砲』!」
迸る電撃が極大のビームとなって、剥き出しになった魔物の心臓部に直撃する。ドリアードは周囲の空気を引き裂く様な悲鳴を上げ、遂には炭素の塊となって地面に落ちた。
「やった、やったわ!倒したのよね!?」
アディラの声色が、自然と晴れやかな物になる。それは当然だろう。見た事もない強力な魔物を、遂に討伐せしめたのだから。
「ええ。お疲れ様でした、ナヴァラトナさん」
菊梨花がアディラに労いの言葉をかけ、それを受けたアディラはハッとした表情をする。
「そうだわ、セイラ!あの娘達は大丈夫なの!?」
財閥令嬢は大穴へ駆け寄ろうとするも、魔力切れで力が入らず、よろめいてしまった。
「よせって、お嬢。今のアタシらが行ったところで、足手まといになるのがオチだ」
「雷葉も、疲れた…………眠い…………」
「…………ッ!」
風歌の言う事は正しい。今のアディラ達が駆け付けたところで、何かが出来る訳もない。
「大丈夫ですよ、皆さん。彼女達の元へは心強い研究者が……瑠璃海さんのお姉さんが向かったじゃないですか」
早苗は生徒たちを安心させようと、頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
(……後は任せましたよ、さっちゃん)
◆
(ポーション工場・巨大倉庫)
蒼蘭とグザヴィラは互いに睨み合ったまま、暫く動けずにいた。異世界の魔術師は『運命因子』の力を警戒して、自分から動くのを止めている。一方、蒼蘭は蒼蘭で攻めあぐねている状況だ。
(『時間停止』……新しい魔法に覚醒したのは良いけど、色々制約がありすぎる!)
蒼蘭は心の中で毒づいた。
相手の動きを問答無用で止める事が出来るのは確かに破格だ。しかし、時間停止中はこちらの攻撃も通用しない。となれば必然的に、時間が動き出す直前に攻撃を仕掛ける必要がある。
だが、蒼蘭には『ドリアード・マザー』とグザヴィラを仕留められる攻撃手段がなかった。厳密に言えば、グザヴィラの方は僅かだが可能性はある。割れたガラス瓶を、今度は相手の頸動脈や心臓に突き刺させば絶命させる事は可能な筈だ。そして、時魔法の『時間停止』を使えば、相手の攻撃に関係なく接近して喉元を掻っ切る事が出来る。これは決して、無謀な作戦ではない。
だが、『無謀』でなくとも『現実的』ではない。先ず、ガラス片の投擲で成し遂げるには難易度が高い。頸動脈は的が小さいし、そもそもさっきの投擲も刺さりが浅かった。
かと言って、魔術師グザヴィラに接近するのは危険だ。相手が茸を寄生させる手段は、食べさせるか身体に触れるか、だ。大浴場で自分に触れたのは、茸をより寄生させやすくする為だと、蒼蘭は漸く気がついたのだ。そんな相手にみすみす近づけば、今度こそ魔力を根こそぎ奪われる。しかも今の蒼蘭が持つ魔力は、聖から譲ってもらえた代物だ。故に、むざむざ敵に奪われでもしたら、彼女の献身を台無しにしてしまう。
(手元に何か武器でもあれば…………例えば手榴弾とかがあれば、ピンを抜いてから爆発するまでの間で、時間停止を解除すれば有効な攻撃手段になるのに…………)
とは言っても、無いものはない。
彼女の手には銃も爆弾もナイフも無く、周囲にはロードローラーもタンクローリーも無い。仮にあったとて、華奢な女子高生が持ち上げて武器にするなど不可能である。
次の手が思い浮かばないまま、時間だけが一秒、また一秒と過ぎていく。だが、ここで異世界人側に動きがあった。
「バカな…………ドリアードが倒された、だと?」
それを聞いた蒼蘭達の表情が、一瞬明るくなった。
(そっか、アディラ嬢達がやったんだ!)
これで植物園の安全は確保された。
同時に異世界からの刺客にとって、『後がない状況』に追い込まれた事を意味している。魔術師の表情が険しい物に変貌する。狩られる寸前の獣が必死の抵抗をする様に、追い詰められた敵も最後の抵抗に移る。
「こうなったら……『ドリアード・マザー』!魔力の出し惜しみは無しだ!ここにいる魔女達を全員…………」
グザヴィラの言葉は、けたたましい金属音に遮られた。
「へぐはァっ!?」
空気供給管の入り口を塞いでいた穴開きの金属板が音を立てて弾け飛び、魔術師の後頭部ににクリーンヒットしたのだ。
成人女性一人が余裕で入れる大きさの穴から、白いシューズが顔を覗かせる。内側から、金属板を蹴り飛ばしたのだ。
「とうっ!」
そして、中から一人の研究者が颯爽と現れる。
「蒼蘭ちゃん、大丈夫だった!?」
「お姉ちゃん!!」
沙織は蒼蘭に駆け寄り、抱きしめる。
「良かった……蒼蘭ちゃんが無事で……」
「うん、聖と炎華が助けてくれたから!」
「ああ、二人共ありがとう!」
沙織は一旦蒼蘭から離れると、両手で二人の女子高生と、同時に握手をして感謝の意を伝える。
「ありがとう、本当にありがとう!蒼蘭ちゃんのお友達!
ん……?妹のお友達って事は……私の『義妹』みたいなものになるのかしら…………?」
「え?」
「はい?」
炎華と聖が揃って困惑する中、
「そいっ!」
「あうっ!」
蒼蘭の手刀が沙織の頭頂部に直撃し、姉は頭をさすりながら頬を膨らませる。
「もー、何するの?心配しなくても、お姉ちゃんにとっての実妹は蒼蘭ちゃんだけだから、二人にヤキモチしなくて大丈夫よ?」
「いや、先ず妹の友達を勝手に妹にすんな。後、まだ戦いは終わってないから!」
蒼蘭が指差した方向には、後頭部を押さえながら恨めしそうな表情で睨んでくるグザヴィラの姿があった。
「貴様…………確か召喚したオークの群をぶつけた筈……何故生きている?」
「ん?そんなの、全滅させたからに決まってるじゃない?」
あっけらかんと言い放つ沙織に、魔術師は一瞬の呆然の後、
「ふ、ふふふ…………
あっはっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
壊れた様に笑い出した。
「そうかそうか、それは凄いな!それで?お前は魔力の消耗した身体で、態々何をしに来た!?」
魔術師の言葉に、蒼蘭は思わずギョッとして姉の方を見る。よく観察すると、沙織の呼吸はいつもより荒く、顔には汗が滲み出ている。
沙織が討伐したオークは全部で80体。本来オークとは数人がかりで倒す様な魔物で、A級以上の冒険者でやっと一対一の戦いができる、それほどまでに危険な魔物なのだ。幾ら沙織の毒が有効とはいえ、そして魔力回復用のポーションを所持していたとはいえ、強力な魔物の大群との戦闘を経た今、疲弊しているのは至極当然の結果である。
だが自身の消耗など意に介さず、沙織は魔術師を睨み付ける。
「それこそ決まりきった事でしょ?蒼蘭ちゃんを……大切な『妹』を守りに来たのよ!!蒼蘭ちゃんはね、昨日も今日も、ずっとこの工場を興味津々な表情で見学していたのよ!?いや、この課外授業の前だって!
『魔女達が使うポーションの工場を見学するんだ!自分も魔女に、魔法の世界の住人になれて良かった!』
って言ってたのよ?目をキラキラさせながらね!そんで、実際にこの工場に、お姉ちゃんのかつての職場に妹が来た!沙織お姉ちゃんはね、今日の課外授業の為に、上層部に掛け合って見学用の設備増設を打診したり、イベントの提案をしたのよ!?マンドレイクのベルトコンベアだって、食虫植物の餌やりだって、乾燥させた薬草を石臼ですり潰す体験コーナーだって、メインイベントの『ポーション製造体験』だって!!『一般客層に向けた改装』ってお題目はあったけど、それだって嘘じゃないけど、ぶっちゃけて言うと妹を歓迎したい気持ちが大半よ!!そして、蒼蘭ちゃんはとっても楽しそうに見学してくれたわ!お姉ちゃんは、その時の笑顔がとっても嬉しかった!
そんな蒼蘭ちゃんの…………世界で一番可愛い妹を守る為なら、魔力なんて関係ない!お姉ちゃんは幾らでも頑張れるんだから!!」
そう言うと、沙織は懐からリモコンを取り出し、倉庫内の空調を起動させた。
「施設中に張り巡らせていた植物は、ほぼ撤去したわ!これで、換気口は元通り、換気扇もエアコンも使えるようになったわ!貴方の大好きな湿り気ともおさらばよ!」
沙織の言う通り、巨大倉庫内の空気が新鮮な外部の空気と入れ替わるのを感じた。
「それで、何がどう変わると言うのだ!?『ドリアード・マザー』、そこの魔女を皆殺しにしろ!青髪以外は、死体がどうなろうと構わん!運命因子だけは、蘇生しやすい様に綺麗な死体が必要だからな!!」
凶悪な殺気が、少女達に向けられる。
その殺意に呼応する様に、ドリアード・マザーの身体に実る果実が、急速に成長する。目測で20個。即ち、あと数秒のうちに20体の魔物が産み落とされる。
そして、魔物の大群が生誕した場合、対抗する手段はない。
沙織はここに駆けつけるまでに、かなりの体力と魔力を消耗している。炎華も、そして友人に魔力を分け与えた聖も、魔力に余裕はない。
蒼蘭は前に出る。この中で、自分が一番余力を残している事を理解しているからだ。
「炎華、聖、お姉ちゃんの事、お願いしても良いかな?」
「蒼蘭ちゃん?お願いって…………」
「待って、セーラ。そう言うの無し、無しだから!自分が無茶しようとか、犠牲になろうとか、絶対ダメだからね!」
「いや、違う違う!誤解しないで!
私、あの魔物をやっつける作戦を思いついたの」
蒼蘭は心配する友人に対し、笑顔と不適な眼差しで応える。そして姉も含めた三人に、小声で『作戦』を伝えた後、
「それじゃ改めて、お姉ちゃんの事をお願いね!」
そう言い残して青髪の少女は駆け出した。
◆◆◆
あれは確か、私が小学三年生の春休みだった。私はお姉ちゃんに連れられて、近所の森へ行ったのだった。
「ジャジャーン!ようこそ、沙織お姉ちゃんの秘密基地へ!!」
そこは大きな木が生えていて、ロープとタイヤで作られたブランコがあった。すぐそばには、大きな木の枝と葉っぱで作られたテントもあった。
「え、凄い!これ、お姉ちゃんが作ったの!?」
「ふふん、凄いでしょ?放課後、少しずつ作ったんだ。お姉ちゃんにかかれば、しず君との秘密基地だってお茶の子さいさいなんだから!」
まだ子供だった私は、その時は純粋に姉の器用さと行動力を尊敬し、招待された秘密基地に目を輝かせていた。春休みの間、晴れている日は私達はそこで過ごした。駄菓子をテントの中で食べたり、ブランコで遊んだり、お姉ちゃんに手伝って貰って木登りだってした。
「お姉ちゃん、言ってくれれば僕も手伝ったのに」
何の気なしに呟いた私の頭を撫でながら、お姉ちゃんは優しく微笑んだ。
「お姉ちゃんはね、しず君をビックリさせたかったの。だから、内緒にしちゃった♪」
するとお姉ちゃんは、カバンの中から一枚の紙を取り出した。それは、3月30日の日付が入った、手作りのバースデーカードだ。
「誕生日おめでとう、しず君!!」
この秘密基地は、お姉ちゃんから私へのプレゼントだった様だ。私はその時、とても嬉しい気持ちで胸がいっぱいだった。
「ありがとう……本当に、ありがとう、さおり姉ね!とっても素敵なプレゼントだよ!」
だが、その森は夏休みを待たずして、住宅街建設の為に立ち入り禁止となってしまった。子供にとっての秘密の場所を、大人たちに取り上げられてしまい、私は深い悲しみに暮れていた。
(でも、沙織お姉ちゃんの方が悲しいよね…………)
中学校の放課後に少しずつ、丁寧に作っていたのだから。弟の為に、折角頑張って作ったのに、大人達の都合で取り上げられる。お姉ちゃんの優しさと頑張りまで奪った大人達には、私は子供心に強い理不尽さを覚えた。
でも、私には何もできない。お姉ちゃんが感じているであろう『悔しさ』や『悲しさ』を、何もしてない私に推し量る事なんて出来る筈が無い。
だからせめてもの慰めに、駄菓子屋で半分に分けるアイスを買ってきた。
「さおり姉ね、アイス食べて元気出して!」
「しず君、どうしたの?お姉ちゃん、元気無さそうに見えた?」
部屋に居たお姉ちゃんは、確かに私の想像よりは元気だった。
「え……そうなの?僕、てっきり秘密基地の事で落ち込んでいるんじゃないかって……。だって、ずっと一生懸命作っていたんでしょ?」
「そうだね。確かに、お姉ちゃんは頑張ったよ。しず君の誕生日に間に合う様に、そして喜んで貰いたくて」
「お姉ちゃんは、頑張って作った秘密基地を大人たちに取り上げられて…………悲しくなかったの?」
「うーん、悲しい気持ちも無くはないよ。でもお姉ちゃんは、しず君と秘密基地で遊べた時の楽しさの方が大きいかな?」
朗らかな笑みを浮かべると、お姉ちゃんは私が買ってきたアイスを二つに分けた。
「しず君だって、楽しかったでしょ?だから、お姉ちゃんとの約束を覚えていたんだよね?『夏休みになったら、秘密基地でアイスを食べよう』って!
だからさ、一緒に食べよ?」
お姉ちゃんが殆ど落ち込んでいない事を、この時の私は確かに喜んだ。だが私が荒れていた中学時代に、この事を思い出した。
そして、私は…………姉の優しさを妬んでしまった。
秘密基地を作り上げた行動力も、器用さも、そしてそれを台無しにされても尚腐らない心の広さも、私には持ち合わせていない物だった。私の姉は、全てが完璧だった。客観的に見れば、100人居たら100人が『理想の姉』だと応えるだろう。
だが、沙織お姉ちゃんのプレゼントが私に与えたのは、決して『嫉妬』だけではない。これは断言できる。
事実、私は嬉しかった。
今でも嬉しいと思う。
自分を喜ばせようとしてくれた事、その想いが詰まった秘密基地が、私は好きだった。
そしてこの工場は言わば、お姉ちゃんの『第二の秘密基地』だ。私を歓迎する為に、そして魔法の勉強に役立つ様にと、お姉ちゃんは様々なイベントを考えてくれていた。胡桃沢博士の姿で、鬱陶しいくらいに私に展示物の解説をしてきたり、体験コーナーで色々な物を勧めてきたりしていた。
そんな『秘密基地』を、今度は異世界からの来訪者が土足で踏み荒らしている。私には、それが許せなかった!
「『時の戯曲-加速』!」
私は地を蹴り、時魔法で身体を加速させ、ドリアード・マザーの元へ走り出す。接近戦は確かにリスキーだが、今の私には『作戦』がある。故に前言撤回、とにかく接敵だ。
だが相手だって黙って見てるだけではない。成長する果実を守ろうと、魔物の母が触手を振り乱して抵抗に出る。
(見える……見切れる!)
自分でも驚いているのだが、躱すのが精一杯だった触手の攻撃が、今では完全に動きを見切れる様になっている。今までで一番『時魔法』の調子が良い。これも、聖が魔力を分けてくれたお陰だ。
私は魔物の懐に滑り込み、奴の身体に両手を当てる。
魔術師の顔が歓喜に歪む。
当然だ。ターゲットが自分から出向いてきたのだから。
だから私は、その顔を『凍り付かせる』事にした。
比喩ではなく、物理的に。
「『時の戯曲-最高加速』!」
私は残った魔力を全て、時魔法に注ぎ込んだ。
時間を、最大出力の魔力で加速させる為に。
「時の魔法で『ドリアード・マザー』を枯らすつもりか!?無駄だ!この魔物の寿命は100年を軽く超える!100年以上の時間を、人の身で加速させる事な…………」
魔術師は急に沈黙した。
それはそうだろう。
魔物も、魔術師も、辺り一面が凍り付いているのだから。
「な……何故だ…………一体、何が起きた…………?」
魔術師の質問に応える訳ではないが、この現象は単純なカラクリである。
水は蒸発する時、周りから温度を奪う。
暑い時の打ち水が涼しいのは、この自然現象を利用しているからだ。
そして、この巨大倉庫内には私の魔法により、床全域が水浸しになっている。魔物も、魔術師も、私の水を浴びて濡れている状態だ。
更に、先程お姉ちゃんが作動させた空調による『換気』と『除湿』。このお陰で倉庫内の異様な湿度を下げてくれた。つまり、『水が蒸発しやすい』環境になったという事だ。
後は相手に纏わり付いた水が蒸発するまでの時間を時魔法で一気に早めたのだ。火を用いない加速度的な蒸発は、周囲の温度を次々に下げ、遂には倉庫全体を凍り付かせる事に成功したのだ。
『水』と『時』の混合魔術。名を冠するなら……
「『極光が照らす白銀の庭』……って所かしら?」
新しい私の固有魔法。紛れもなく『水』と『時』を操る魔女、『雨海 惺』にしか扱えない必殺の魔法だ。
「凄い…………蒼蘭ちゃんが、本当に全部凍らせちゃった!」
「よく分かんないけど、セーラ凄いじゃん!
…………てか寒ッ、めっちゃ寒い!ひじりんもさおりん姉もあーしの周りに集まって!」
炎華は室温を上げすぎないように離れた場所で、小さな炎を手のひらから出して、聖やお姉ちゃん、そして倒れている魔女達を温めている。親友二人にはお姉ちゃん達を寒さから守って貰うようにお願いした。炎華が居てくれて本当に助かった。どのぐらいの勢いで凍るか分からない以上、聖や姉貴、そして捕らわれた魔女達まで巻き込む可能性があったからだ。
『安心して!あーしの魔法でみんなを守るから、セーラは思いっきりかまして来てよ!!』
炎華のお陰で、私はありったけの魔力を使って加速させる事が出来た。そして、彼女の言葉と炎の魔法が、そして聖の献身と魔力の供給が、全員の生還を可能にしたのだ。
どうだ。
見たかよ、お姉ちゃん。
俺、いや、私達の力を。
どうだ、凄えだろ?
蒼蘭ちゃん、そして惺ちゃんの新しい固有魔法、炸裂です!