第67話 少女を蝕む魔性の茸(くさびら)②
二話掲載分、後編でございます。
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魔術師グザヴィラは、運命因子が生み出す珍味に舌鼓を打っていた。もう他に捕らえた魔女の事など、眼中に無い。所詮彼女らはオマケだ。異世界の魔女から、より効率的に魔力を採取するための茸。その品種改良の為の実験動物に過ぎないのだから。
仮に『覇王ダルト』がこの世界を手中に収めた場合、自分の魔法が最も重宝される。グザヴィラは、そう信じて疑わなかった。
何故なら、この魔法は宿主から力を奪い、茸という形で保存できる。つまり魔法が衰退しつつある脆弱な世界の住人を、本来なら殆ど価値の無い者をも『苗床』という形で有効活用してやれるのだ。更に研究が進めば、魔力を一切持たない人間からも、その生命力を魔力に変換させる事だって可能になるかもしれない。そんな『劣等な生物に付加価値の与える魔法』、完成すればそれは大いなる『偉業』となる。
(いや……覇王なぞよりも、この魔法が『運命の女神セフィリア』の目に止まれば……私は神に選ばれた偉業を成した事になる。そうすれば、私も晴れて『大神官』の仲間入りだ!)
彼らの世界で『大神官』とは、全能にして運命を司る『女神セフィリア』より授かる役職だ。覇王の配下、『大賢者ラジエル』もその一人だ。そして、女神の御使たる大神官の席は全部で十個。だがグザヴィラが知る限り、歴史上で全ての席が埋まった時は無い。今もまだ、『大神官』の空席に座るべく、多くの魔術師が日々研鑽を重ねているのだ。
もし自分が『大神官』となった暁には、更に力を蓄えてやる。そして、常に飄々とした態度を崩さない、あの生意気な大賢者ラジエルすら上回る存在になってみせる。野心家のグザヴィラは、自分に待ち受ける筈の輝かしい未来に思いを馳せ、瞳をギラつかせた。
(そうだ、この娘を手中に収めた私が、神に認められない訳が無い。未来を変え得る、『運命因子』を!)
蒼蘭が未来を変える力を持つ事は、ここに運ばれて来た魔女達の数で理解できた。予定よりも人数が少ない。しかも、密かに大物として目を付けていた『双子』が居なかった。自分の計画が完璧である以上、外部からの邪魔が入ったとしか考えられない。そして、堅牢なプランに穴を開けられる存在がいるとすれば……『運命因子』を置いて他に居ないだろう。
「うぅ……」
地に伏した青髪の少女が呻き声を上げ、グザヴィラを睨む。
「ウォーター……バレット」
少女は人差し指を魔術師へ向け、少女は必死の抵抗を試みる。だが放たれた水は、『弾丸』と呼ぶには余りにも貧弱で、それこそ玩具の水鉄砲程度の威力だった。とは言え機嫌の良いグザヴィラは、蒼蘭の抵抗を目障りだとか、煩わしいとは考えない。寧ろ蒼蘭の人形の様に可憐な容姿と相まって、愛おしさすら感じている。
「ああ……素晴らしい!貴女は私が今まで出会った中でも、最高の『素材』だ!」
感極まった魔術師は突如として語り出す。
「先ず容姿が高水準だ。肌の質感、潤い、そして顔立ちは良好であればある程に良い。茸の育つ環境としても、そして茸が肌を覆う際の、『美しき物を汚す』感覚を味わう素材としても最高だ!普段は市場で買い取った奴隷を使っているが、アレは色々と手間がかかる。無論売り物として最低限の『手入れ』はされているが、『苗床』として機能しない。栄養状態も劣悪、肌の質など言うまでもない。……まぁ、奴らに食事を与え、入浴させ、安心しきった時に実験素材にするのも、それはそれで楽しみではあるのですけれど……。希望から絶望へと叩き落とされる少女の顔は、いつ見ても美しい……。
加えて貴女は『運命因子』、国王が、女神が喉から手が出る程に求めて止まない存在だ。
ならば!
貴女を献上する事で得られる地位、名声、その他諸々!あぁ、私にはきっと、輝かしい未来が待ち受けている!あの『大賢者ラジエル』をも、いずれは我が足元に這いつくばらせてやれる!青髪の魔女よ、貴女には感謝してもしきれない!あぁ、身体が熱い、興奮で頭が溶けてしまいそうだ……!」
グザヴィラの息が荒くなり、顔には汗が滲み出ている。
それはそうだろう。
実際、部屋の温度は上がっているのだから。
「おや?」
魔術師は倉庫の扉が、不自然な変色をしている事に気がついた。まるで鍛冶屋が毎日鍛えている鋼の様に、鉄の扉は真っ赤に燃えていた。
「おりゃあッ!!」
比喩ではなく、高温で熱された扉は、魔女の叫びと共に吹き飛んだ。
「何ッ!?」
「悪い魔術師さん……みーつけた!!
『天翔る気炎の猛禽』!」
金髪の魔女が放った炎は、燃え盛る鷹に姿を変えた。そのまま獲物を襲撃する猛禽類の様に、グザヴィラの顔面目掛けて一直線に飛び込んだ。
「ぎゃあああああ!!」
灼熱の炎に焼かれ、魔術師は悲鳴を上げる。
「何故、何故だ!?お前たちが頼りにしていた機械は破壊した筈だ!何故、ここが分かった!?」
顔面の火を振り払いながら、グザヴィラは問い詰める。
「だって、私の『白衣』は無事だもの。貴方は発信機だけに気を取られて、白衣の仕掛けに気が付かなかったのよ」
その問いには、蒼蘭がゆっくり立ち上がりながら答えた。
「『仕掛け』だと?」
「見た目はただの白衣、でもたっぷりと塗りつけてあったのよ……『女王蜂のフェロモン』がね!
それを働き蜂さんに辿って貰えば、天然の発信機の出来上がりって訳!」
誇らしげに語る蒼蘭の周りを、数匹の蜜蜂が旋回している。働き蜂の嗅覚はとても鋭く、自動車の中に紛れ込んだ女王蜂を追って、働き蜂が大量に群がって来たという出来事もある。白衣に塗るフェロモンも、それを追跡する働き蜂も、雨海沙織の魔法があれば両方とも簡単に準備する事が出来るのだ。
その様子聞いたグザヴィラは、機嫌が悪そうに少女達を睨み付ける。
「お前たち……よりにもよって『蟲』を使って私を探し当てたのか!?」
「ええ、そうだけど…………」
『蟲』という言葉に引っかかる物を感じた蒼蘭だが、すぐさまピンと来た。そして彼女はグザヴィラに対し、小馬鹿にする様な表情を見せる。
「あ、もしかしたら……宮廷魔女の『蟲使い-アラキーネ』だったら、こんな仕掛けは簡単に見破っていたでしょうね。まぁ、貴方がそれに気が付かないってことは、案外大した魔術師じゃないのかしら?」
蒼蘭の挑発により、グザヴィラは瞬く間に頭部へ血を上らせた。
「調子に乗るなよ、小娘風情が!どうやらお前はまだ多少動ける様だが、他の苗床共はどうかな?私の機嫌次第では、お前の後ろにいる魔女達の命は無いぞ!?」
蒼蘭の予想通り、渋谷で出会った『宮廷魔女』の事はグザヴィラも知っていた様だ。そして、先程の長い自分語りから察するに、目の前にいる魔術師は相当陰湿で、自尊心が高いタイプだと蒼蘭は読んだのである。そして自己紹介の際、グザヴィラは自分を『宮仕えの魔女』に類する役所を名乗らなかった。王宮に仕える魔術師なんて、多少プライドが高い人間なら名乗りたくなる肩書きだろう。だが、それをしなかったという事は、グザヴィラは宮廷の魔術師ではない。最もその立場を羨み、宮廷魔女への嫉妬が存在するかは不明だった。なのでカマをかけてみたのだが……何と的のど真ん中を撃ち抜いた様だ。
「あー、やっぱり貴方、大した魔術師じゃなさそうね。私が何のために、貴方とおしゃべりをしていたのか分からないの?」
「……ハッ、本当にそう思うのか?お前は多少は運命に干渉できる様だが、小娘程度の浅知恵などお見通しだ!この部屋には金髪以外にもう一人、黒髪の魔女が入って来ていたな?確か……『治癒魔法』の使い手だったな?」
グザヴィラは、目の前にいる魔女の思惑を暴いてみせた。『知恵比べ』なら異世界人に負ける訳がない、そう考えた魔術師は少し余裕を取り戻す。
「まさか、既に私達の情報を……!?」
「何のために冒険者を使ったと思っている?あの日銭稼ぎ共は所詮、情報収集の為の捨て駒に過ぎなかった。故に、私は貴様らがどう言った魔法を使うのかを知っている。そして、お前がこうして時間を稼ぎ、黒髪の魔女に寄生させた茸を処理させるつもりだろう?
だが、この短時間で処理できると思うか?研究に研究を重ねた私の魔法、当然だが生半可な『治癒魔法』では解除不能だ!」
グザヴィラが勝ち誇った笑みを浮かべると、懐から水晶玉を取り出し、魔力を込めた。
「貴様らを痛めつけて、『運命因子』以外は全員私の研究材料にしてくれるわ!魔法の治療より、私が魔物を呼び出す方が断然速い!残念だったな!!」
「果たして、本当にそうかしら?」
「は……?」
不敵に笑う青髪の少女から、ポロポロと寄生した茸が取れ落ちる。そして、彼女の背後にいる魔女達からも、茸が綺麗さっぱり消えていたのだ。
「『リフレッシュ・オーラ』!」
既に聖が倒れている魔女達を含め、寄生キノコの処理を完了させていたのだ。彼女の魔法、『リフレッシュ・オーラ』は身体に有害な物質をシャットアウトさせる代物だ。例えば二酸化炭素や一酸化炭素は肺から吸収されなくなり、身体に寄生した生き物は体外に追い出される。
「な、何故だ!?その様な低級魔法で、私の茸を引き剥がせる訳が無いだろう!?」
魔術師の問いに、聖は相手をしっかりと見据えて返答する。
「確かに、私は汎用魔法しか使えない落ちこぼれの魔女。だから、これは私一人の成果じゃ無い!蒼蘭ちゃんの魔法が、みんなの治療をサポートしたの!」
自分達より格上の魔術師に啖呵を切った聖を見て、蒼蘭は内心で舌を巻いた。
「聖の言う通り、私の除湿魔法『ドリッピング』で、倉庫内の湿度を下げたのよ。貴女が私の身体で栽培した茸に夢中になっている隙に……そして私の『必死に抵抗している演技』に騙されている時にね。ほら、床が濡れているのに気が付かなかった?」
魔術師の視線が床に行く。
蒼蘭の言う通り、床は空中の水分が滴り落ちた事で水浸しになっていた。湿度を下げる事で菌糸類の成長を阻害し、魔法による治療の難易度を下げたのだ。
「…………ッッ!!」
魔術師の思考は、苛立ちに支配される。見下していた相手に、自分の計画を悉く崩されたのだから。
そして、脳のリソースを感情に奪われた際、最も大きな隙が生じる。床に張った水に魔力を帯びた波紋が生まれ、青い刃が出現する。
「『アクア・エッジ』!」
ザシュッ、という音を立てて水の刃が魔術師を切り付け、
「『緋色に燃る炎の水車』!」
轟々と燃え盛る車輪がグザヴィラへ突撃する。
「あ……ぐは……」
魔術師は数歩、後ろへよろめいた。炎華が乗り込んだ時に放った初撃と併せ、かなりのダメージを負わせた。
「ク……ククク……まさか、この程度の魔法で私を倒せると思ったのか?」
否、負わせた筈だった。
刃の切り傷が、炎による火傷が、瞬く間に魔術師の身体から消え失せる。
「え、何で…………?」
「疑問に思うか?なら、次は私が答え合わせをしてやろう!『ドリアード・マザー』、全員嬲り殺しにしてやれ!」
グザヴィラの呼び掛けに、倉庫の壁を破壊しながら植物の魔物が出現した。先程植物園で見たドリアードよりも二回り程巨大な、そしてより強力な魔力を携えた魔物が現れた。
樹木の幹に鎮座した女性……『ドリアード・マザー』の本体が淡く光ると、それに呼応するかの様に魔術師の傷は癒えていった。
「……!まさか、魔物が傷を癒している……!?」
「って事は……あーしら、あのデッカいのを先に倒さなきゃってコト!?」
聖と炎華が驚愕の声を上げ、魔術師グザヴィラはニヤリと口角を上げる。
「私を本気で怒らせたことを、貴様らの身体に『後悔』として刻みつけてやろう……!その小綺麗な肌へ、生傷と共になぁ!!」
戦いはまだ続きます。
書き溜め分がドバドバと放出されておりますが、7/23のネット小説大賞までに2.5章を書き切って更新する事を目標に頑張っております。この三連休でスパートをかけるので、もしよろしければ応援して頂ければ幸いです。