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第64話 侵食する魔草

今回から本格的なバトルパートに入ります。

(翌日、再びのポーション工事)


 今日は工場内で栽培している、ポーションの材料となる植物の見学だ。魔法農薬、空調、そして魔法由来の人工照明による屋内栽培を実現させている。天候や季節に左右されず、常に一定以上の材料を育てられる仕組みだ。


 私は姉貴、もとい胡桃沢博士より渡された白衣に身を包み、見学中も周囲に視線を配っている。今日はA組とD組が一緒に施設を見学しており、昨日より人が密集しているのだ。敵が魔女達の一網打尽を狙うなら、確かに昨日より今日が狙い目だろう。


 そんな私の姿を、カラ友の美雪と明里は少し怪訝な表情で眺めていた。


「蒼蘭、その白衣どうしたの?」


「おー、るみたん博士みたい。気合い入ってんねー」


「これは……その……胡桃沢先生から、この後実験の手伝いを頼まれていて……」


 私は咄嗟に誤魔化した。

 昨日話し合った事だが、まだ起こっていない未来の事柄で、必要以上に騒ぎ立てるのは得策ではない、と言うのが姉貴の言い分だ。確かに、余計なパニックを起こす事は避けねばなるまい。また、発生していない出来事に対しては、残念ながら学園や魔法機関からの応援は望めない様だ。

 故に、若干心苦しいが、美雪と明里には事情を伏せている。まぁ、予知の写真に彼女らは居なかったから、多分大丈夫だと思うが……。


 また、私が白衣を着ている理由だが、万が一拐われた場合に場所を知らせる為だ。衣服の裏には、魔術道具(マジック・アイテム)の発信機を忍ばせてある。これで、姉貴は私の居場所を特定できるという寸法だ。


 さて、いよいよ見学も大詰めだ。私達は、工場内でも一番広い、ドーム状の栽培施設に足を踏み入れた。今のところ、特に変わった事は無い。


「はーい、皆さん。本日の目玉、巨大植物園ですよー」


 強いて言えば、今日は工場の研究員に交じって、A組の先生も引率をしている事ぐらいか?普通こう言うのって、普段工場に勤めている職員がやるモノじゃ無いのか?……ああ、ダメだ。何もかもを一々疑ってたらキリがない。一旦は屋内植物園の見学に集中するか。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざっと一通り見学したが、取り分けて不自然な所は見当たらない。……しっかし蒸し暑いな。そりゃ植物に適した環境作りのためだろうし、仕方ないと言えば仕方ないのだが。ハンカチで汗を拭いながら歩いていたら、何やかんやで最奥まで到達してしまった。


 そこに聳え立つのは、ドームの天井付近にまで伸び伸び育った大樹であった。テレビで見た縄文杉を想起させる、立派な大木だ。お参りでもすればご利益があるだろうか?


「皆さーん、もっと近くに寄ってくださいねー」


 職員さん達の誘導に従い、私達生徒は大樹の根元に近寄り……


「いや、ダメだ!みんな、近くに寄っちゃダメ!」


 私は咄嗟に叫び、後方へ退いた。

 突然の奇行を目撃した学友達からの視線が痛いが、ここは心を強く持つ。


「みんな、栞を見てなかったの!?植物園の見学では、根っこを痛めない為にも無闇に近づいちゃダメだって!」


 確か、鹿児島の縄文杉とかにもそう言うルールがあった筈だ。それに、他の草花は花壇と柵で覆われているのに、この巨大樹だけ足を踏み入れて良い事なんてあるのか?

 私の発言を受けて、聖と炎華が援護してくれる。


「そう、蒼蘭ちゃんの言う通り、近づいちゃダメ!」


「そうだ、早先(さなせん)目線だと根っこに近づくのはOK、NG?」


 急に生徒に話を振られた園芸部顧問の早苗先生だが、いつもの調子でほんわかと返答する。


「勿論、木やお花さんが傷ついてしまうのでNG(えぬじー)、良くない行動ですねー。それに、滅多に見れない巨大樹ですもの。あまり近くだと、上を見上げる時に首を痛めてしまいますよー」


 園芸部の先生がこう言っているのだ。なら職員達の行動は、やはり不自然ではないだろうか!?


「確かに、写真撮るのに上見切れんのは、ハッキリ言って萎えぽよ〜……およ?」


 スマホで撮影をしていた美雪が首を傾げた。


「みゆみゆ、どした?」


「葉っぱ、何か茶色くなってね?」


 すぐさま上を見上げ、肉眼で異常を確認した。美優の言う通り、先程まで樹木を彩っていた青々しい葉が、急激にその色彩を取りこぼしているではないか。否、それだけではない。枝が萎れ、木の幹が痩せ細り、動画の早送りと錯覚するレベルでみるみる内に大木が老いて行くのが分かる。


「危ない!上から何か降ってくる!」


 ギャル友のスマホを覗き込んでいた炎華が声を上げる。何故なら、大木が携えた特大サイズの枝が、ボロボロと崩れて落ち、更には地上へ振ってきたのだから!その光景を目の当たりにすれば、流石にこの異常事態に気がつく。根元へ近づいた生徒達も、一目散に距離を取った。折れ落ちた巨大な枝は、位置エネルギーを存分に携えて地上へ落下した。立ち込めた轟音と土煙が、生徒達の命を奪うに足り得る代物だった事実を、何よりも雄弁に語っていた。


 だが、異変はそれに留まらない。頂上部の木や枝が痩せ細っている中で、大樹の幹-取り分け下半分の辺りが奇妙な膨らみを帯びていたのだ。


 瞬間、大木が悲鳴を上げる。


 メキメキと音を立て、樹木の内部から別の樹木が現れた。否、これは唯の"植物"ではない。何故なら幹の中央には、全身が緑色をした人形の異形が鎮座していた。多分これは、ファンタジー世界ではお馴染みな植物の魔物、『ドリアード』だ。


 ドリアードが両手を天に掲げると、身体である樹木から直径1メートル程の実が落ちた。それも一つではない。何個も何個も、ボトボトと降ってくる。

 地上へ落ちた果実は衝撃で潰れたが、その中からは更なる植物モンスターが這い出てくる。花弁の中央が牙を持った"(くち)"となっている、人喰い植物(マンイーター)達だ!


 マンイーターは生誕するや否や、餌を求めて此方へ駆け寄ってくる。花からは蜜ではなく涎を垂らし、沢山の女子高生(ごちそう)目掛けて飛び掛かる。


 が、結論から言えば、奴らが食事にありつく事は不可能であった。何せ目の前にいるのは無力な餌ではなく、魔法を学問として納めた『魔女学園の生徒達』なのだから。


「『ファイア・ボール』!」


「『ブライト・スピアー』!」


「『柘榴石の魔弾(ガーネット・バレット)』!」


 D組の友人二名と、明らかにオーバーキルな魔法をブチかましたA組の財閥令嬢が先陣を切り、次々に魔物を討伐しにかかる。


「戦闘魔法が使えない人や、戦いが苦手な人は先生の側に来てくださーい!」


 普段はのんびりとしている早苗先生も、この緊急事態には声を張り上げる。何人かの生徒は彼女の元へ寄るのだが……。

 いや、待て。何で声を上げている『大人』が一人だけなんだ?

 A組の先生は?工場の職員さんは?何をやっているんだ?

 先程落下した枝や木の実に押し潰された、とかではない。彼女らは今も、ドリアードの側で棒立ちしている。


 何故?

 この異常事態が見えていないのか?


 私だけでなく、恐らくこの場にいる全員が思ったであろう疑問は、最悪の形で返答がなされた。彼女らの皮膚が緑色に変色し、着ていた衣服を突き破りながら身体を変形させ、小型のドリアードへと変貌したからだ。


「え……?な、何で先生が……!?」


「一体、何がどうなっているの!?」


 その場のほぼ全員が阿鼻叫喚の渦に呑まれる中、昨晩姉の部屋で"会議"を行った私達は互いに目配せし、周囲をくまなく観察する。リアクションに多少の差はあれど、『人に化けていた植物モンスター』に驚いていない者は存在しなかった。


 そう、私達は昨晩、擬態する植物モンスターの存在を、一足早く知る事となったのだ。


 ◆

(回想:昨晩、沙織お姉ちゃんの部屋にて)


「多分ですけど、やっぱり『キノコの天ぷら』が怪しいんじゃないかと思います」


 聖の声に、私は同意する。


「うん、そうとしか考えられないよね。ターゲットはA組の生徒なのに、アディラを敢えて無視する理由が無いもん。何てったって『4桁族』、魔力測定で学年トップクラスのスコアを叩き出した生徒なんだし」


 一方、私達の意見に「うーん」と難色を示す者が居た。


「でもさー、キノコの天ぷらが怪しいとしてよ?どーやって旅館の料理と一緒に出すのよ?旅館の厨房に、怪しいキノコ料理を持ってきた怪しい人が居たら、絶対に女将さんやスタッフさんとかの()()()()()()()()()()って」


 炎華の言う事も一理ある。異世界人、即ち外部犯が、どうやって地球の旅館に忍び込むのだ?

 仮に、もし私が相手の立場だったら、怪しまれずに潜入する為に何をするか……。


「例えば、厨房の()()()()()()()()()、とか?」


「………………」


 蒼蘭ちゃんが発したやや飛躍した意見に、学友達が若干の苦笑いを浮かべる。


「セイラ。貴女、スパイ映画の観過ぎではなくって?」


「……そうだ、そうだよ、しず……蒼蘭ちゃん!!」


 呆れ気味のアディラ嬢とは正反対な、閃きを得た歓声を上げたのは私の姉だ。


「魔女っ娘JK諸君、悪いんだけど30分くらい待ってて!ちょっと調べてくるから!」


 姉は通信用のタブレットを持って、部屋を飛び出してしまった。それから約20分程経過した後、チャットアプリから通知が届いた。一体何事かと思って開いたら、想像だにしなかった写真が送られてきた。

 一言で形容するなら、『人型の植物』だ。身体の緑色加減や、腕の代わりに寝巻きの袖から伸びた蔓が、被写体の正体を物語っている。

 私達は写真に映る植物型の異形に驚愕し、被写体を冷静に観察したところ、植物の魔物が既に亡骸である事を理解し、再び息を呑んだ。身体に付けられた無数の切り傷や打撃痕と言った負傷、そして青紫色に変色した身体の一部が、我が不肖の姉により完膚なきまでにボッコボコにされている事を理解した。


 それから更に10分後、姉は魔物の一部と思しき蔓を持って帰って来た。


「流石、沙織お姉ちゃんの()()()()だね!蒼蘭ちゃんの予想通り、この魔物は旅館の料理人に化けていたんだ!」


 やや興奮気味に報告する姉貴に対し、私達は唖然とする他なかった。眉間を指で抑えつつ、悩ましげな表情でアディラ嬢が口を開いた。


「サオリさん……でしたっけ?状況が今ひとつ飲み込めないのだけど……いや、恐らくこの場の全員が同じ心境だから、代表して私が質問させて貰いますけど……」


「何でしょうか、アディラさん?」


「まず、料理人の正体が魔物だと判明した経緯は?」


「部屋に乗り込んだら、正体を明かして襲って来たの。だから、お姉ちゃんの魔法で返り討ち」


 デンッ、と胸を張る姉に対し、私は苦言を呈する。


「い、いきなり部屋を強襲したって事!?推測が当たってたから良かったものの、料理人さんが無実だったらどうしてたのよ!?」


「あ、そこは大丈夫。いきなり犯人を決めつけてた訳じゃなくて、厨房から証拠を辿っただけだから」


 姉貴は懐から、チャック付きの小さなビニール袋を取り出した。そこには緑色の細い繊維が入っていた。


「これは野菜の筋とは違う、未知の植物の繊維だったの。だから、この繊維の持ち主を辿ってみたら、さっきの部屋に行き着いたって訳」


「『辿った』って……だから、どうやって?お姉ちゃん、まさか警察犬でも飼ってるの?」


「あ、気になる?気になっちゃう?」


 姉貴は私達に、目をキラキラと輝かせた顔をズイッと近づけて来た。


「なら、ご覧あれ!これが沙織お姉ちゃんの固有魔法、遺伝子改造(テクノ・ゲノム)だ!」


 すると姉貴が懐からナイフを取り出し、いきなり自分の手を傷つけた。


「お姉ちゃん!?血、血が出てるって!」


「そう、沙織お姉ちゃんの魔法は、お姉ちゃんの血を触媒にしなくちゃいけないの……よっと!」


 手のひらの血を指で飛ばし、テーブルに置かれたマグカップに命中させる。すると白いマグカップは淡く光り、純白の毛並みを持つウサギに変身したのだ!


「うわっ、ビックリした!え、何これ、本物!?」


「そ、本物のウサギさんよ。撫でてみる?」


 テーブルに鎮座する小動物へ恐る恐る私が手を伸ばすと、ウサギは自分の頭を私の手のひらへ擦り付けてきた。驚くべき事に、手触りも体温も、そして筋肉の動きさえもが『本物』である事を証明していた。


「わー、可愛い!」


「セーラ、あーしにも撫でさせて!」


 聖と炎華も、頭や顎を指で撫で回す。ウサギは嬉しそうに目を細めているではないか。


「ラトナっちも撫でる?」


「いや、別に私は……」


 必死に興味がないフリをしている財閥令嬢だが、ソワソワしているのが隠しきれていない。それを見た聖がウサギを抱き抱えて、アディラの側に近づいた。


「遠慮しないで、撫でてみなよ。凄いんだよ、沙織さんの魔法!」


 聖に褒められたお姉ちゃんは、満更でも無さそうに頬を緩める。すると、ウサギの表情も心なしか蕩けたものになった。どうやら、生みの親の感情と連動しているらしい。しっかしまぁ、姉貴もウサギちゃんもニヤけちゃってからに……。


「流石、蒼蘭ちゃんのお姉さんだよね!姉妹揃って『凄い魔法使い』だなんて!」


「えー、もー、急に何よ、聖?お世辞を言ったって、私からは何も出ないけどー?えへへへへへ♪」


「うわ……骨抜きウサギが二匹になったわね」


 白い小動物を撫でながら、アディラは呆れ気味に呟いた。


「お世辞なんかじゃないよ!さっきだって、誰かが料理人さんに化けているって言い当てたのは蒼蘭ちゃんだし!」


「あー……それはね……」


『身近な人に化けて、周囲に怪しまれずに溶け込んでいる』


 普通であれば辿り着くことのない推理だ。それこそ、常日頃から()()()()()()()()()()()()()()()者にしか思いつかない発想である。だからこそ、私はその可能性を考えつき、姉貴がその推測を拾った訳なのだが……。

 そんな事を皆に話せる訳も無く、そして聖の混ざり気の無い純度100%の称賛には若干気が引けてしまう……。


「……コホン。兎に角、敵がこうして人に化ける魔物を送り込んで居るのは分かったわ。だから、それを踏まえて、対策を考えましょう!」


 ◆

(現在)


 私達が観察する限り、全員が魔物の擬態に大なり小なり驚愕していた。つまり少なくとも、この植物園エリアには他に紛れ込んで居る者は存在しない。これは姉貴の作戦で、化けている魔物が何匹居るかを炙り出す、というものだ。カラ友達に事情を伏せていたのもこの為で、既に魔物が紛れ込んでいる状態では、逃げる事も危険が伴う。だからこそ、ここで迎え撃つのが最善の方法だ。


 そして敵味方の判別が明確になった以上、様子見の必要は無くなった。


「撃ち抜け、『ウォーター・バレット』!」


 ドリアードの眉間に標準を定め、私はヘッドショットを決めにかかる。だが水の弾丸が一直線に飛翔する中、ドリアードと配下の擬態植物は奇怪な行動に出た。


 歌だ。

 魔物が唄っている。


「……ッ!」


 突如として気分が悪くなる。平衡感覚が乱され、私は足元をふらつかせる。『ウォーター・バレット』は命中こそしたが、効き目が全くないみたいだ。


「大丈夫……?蒼蘭ちゃん!」


「セーラ、あーしらの手に掴まって!」


 聖も炎華も具合が悪そうだが、私より症状は軽そうだ。どうやら歌の効き目には個人差があるようで、D組の生徒達は比較的症状が軽いらしい。


 だが反対に、A組生徒の症状は深刻である。

 いや、これは『症状』と言っても良いのだろうか?

 ()()()()()()()()()()()()()この状況は、何と表現したら良い?


 更に悪い事に、茸を生やした生徒達は、魔物の歌に惹かれる様に、フラフラと前進していった。紫色の茸は妖しく光り、宿主にされた少女達の瞳からは対照的に光が失われている。


 魔女に寄生し、操る茸。その茸を操る植物の魔物、ドリアード。そして、これらの魔物を呼び寄せた『黒幕』が、恐らく近くに潜んでいる。


(まさか課外授業で、()()()()()()について勉強する羽目になるとはね……)


 ちっっとも嬉しくないサプライズだ。課外授業を台無しにした黒幕に、私は早くも苛立ちを覚えていた。

果たして、この状況を打開する方法が、蒼蘭ちゃん達にあるのか……?次回へ続く!

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