第60話 ポーション工場
相も変わらず1話ごとの文字数が安定しておりません……。何卒、ご容赦の程を……
「すぅーー、ふぅーー」
私はバスを降りてすぐに、深呼吸をして心を落ち着かせた。手元の荷物は見学用のリュックのみで、着替え等の宿泊用の荷物はバスが一足先に旅館まで送り届ける事になっている。
「セーラ、どうかした?あ、もしかして酔ったとか?お茶とか飲む?」
「もし辛かったら、私に言って。回復魔法をかけるから」
炎華と聖が少し心配そうな表情をこちらに向けて来た。
「バス酔いじゃないから、心配しないで。単に心を落ち着かせただけだから」
「どゆこと?」
炎華の質問に、私は自嘲を込めて返答する。
「……自分で言うのもアレだけどさ、『私ってちょっと子供っぽいところがあるな』って時々思っちゃうの」
「あ〜、それは……」
「う〜ん……」
言い淀みながら、二人の友人は顔を逸らした。残念な事に、彼女らは否定してはくれない様だ。いや、無理もない。魔法の授業や東京見物、A組校舎に行った時さえ、私は子供の様にはしゃいでしまったのだから。
そう、自覚はあるのだ。自分の精神年齢が少し幼い事ぐらい。だから別に、自分より年下の女子高生から無言の肯定をされたところで…………。
やっぱり、ほんのちょっぴり辛い。
「コホン。そして、ここは魔法薬の工場。きっと、私が見たことのない物が沢山ある筈。だから、私は『うわぁ〜、凄〜い!』とか、『何あれ?面白そう!』みたいな、子供っぽいリアクションを絶ッッッ対に取らないように、心掛けようと思う訳よ!」
「別に、蒼蘭ちゃんがどんな反応をしても良いと思うけど……」
「そそ、セーラは初めての場所なんだし。ま、あーしらも本格的に見学するのは初めてだけど」
「ダメ。私はもう少し大人っぽい振る舞いを身につけないといけないわ」
自分の子供っぽい部分は、少しずつ直していくべきだろう。何せ、私の『真の姿』は『時の魔女-クロニカ・ナハト・ヘルゼーア』なのだから。今のうちからクールで知的な、黒髪ロングのお姉さんとしての振る舞いを習得しておきたい。そして次に彼女たちの前に現れるとき、颯爽と登場して一目置かれたいのだ!
「あら、貴女にそんな振る舞いは似合わないわ、セイラ」
声がした方向を向くと、そこには先に到着していたA組の生徒がいた。そして当然、そこには声の主である『柘榴石の魔女-アディラ・ナヴァラトナ』が腕組みをして仁王立ちをしていた。
「どういう意味よ、アディラ」
「別に。折角の楽しい楽しい課外授業、はしゃぎたくなる気持ちを無理に気持ちを抑える必要は無いわ」
つまり、『このイベントを心から楽しめ』と?
なんだ、今日の彼女はずいぶん親切な気が……
「それに、この工場にはポーションの材料になる珍しい植物も沢山……、ひょっとしたらセイラの大好物、『美味しくて希少なニンジンさん』も生えているかもしれないわよ?」
「だぁ~~れが『ウサギさん』だ!?」
クソッ、やっぱりからかってきやがった!
「全く……、相変わらずですね、ナヴァラトナさんは」
「ほら、そこの『仲良し宝石魔女』の二人組。早いとこ整列して、見学開始と行こうぜ」
菊梨花と風歌、生徒会役員二名に窘められてしまった。
「誰が『仲良し宝石魔女』よ!」
今度はアディラが、自身への揶揄いへ食って掛かる。それを華麗にスルーして、A組一同は整列を開始した。
(『仲良し宝石魔女』、ね……)
正直なところ、アディラが私をどう思っているのかは未だに量りかねている。以前、風歌は私を『アディラ嬢のお気に入り』と評していたが、本当なのだろうか?まぁ、少なくとも本気で嫌われてはいない……とは思う。アディラの高飛車な言動も、彼女出自とその確かな実力に裏付けされた物である以上、私もアディラ嬢の事は嫌いではない。実際、味方に回ると凄く頼れる存在だ。
◆
「それでは、暁虹学園の皆さん。早速施設を案内致しますね」
工場の職員と思われる白衣の女性二人が、それぞれのクラスの案内役を担う事になった。正面玄関の自動ドアを通過して、職員さんがカードキーで最初の扉を開ける。ここで一旦A組とは別れて、私達D組は巨大エレベーターで地下へと向かった。
そこに存在するのは最初の工程を担う機械だ。具体的には手足の生えた根っこの塊……『マンドレイク』を畑から収穫したり、収集したそれらを葉と根に切り分ける機械だ。
「マンドレイクは通常、土から取り出すと吐き気や体調不良を促す悲鳴をあげる植物です。ですが、ご安心を。この遺伝子改良された『サイレント・マンドレイク』は、収穫時に一切の悲鳴を発しません」
職員さんが私達生徒に説明をしてくれた。事前学習で一応知識は仕入れていたが、実際に見ると感嘆するより他はない。
何故ならこの遺伝子改良を施したのが、何を隠そう我が不肖の姉にして稀代の天才、『雨海 沙織』なのだから。文武両道にして才色兼備、『どうしようもないブラコン/シスコン』である点に目を瞑れば非の打ち所がない人物である。事実彼女はその類稀なる頭脳で、魔法の世界においても功績を残している。
「凄いな……このマンドレイクが、色々なポーションの材料に……」
私は思わず、食いつくようにガラスの敷居に張り付いて、収穫されるマンドレイク達を眺めていた。魔女にとって身近な魔法薬、その発展に身内が貢献していると思うと、感嘆する他ないだろう。
「瑠璃海さーん、そろそろ次の設備へ行きますよー」
担任の早苗先生に呼ばれ、私はハッと我に返った。客観的に見れば今の私は、水族館の水槽に張り付いて深海魚やアザラシを眺める子供の様ではないか!
事実、学友達は『やれやれ、仕方ないなぁ蒼蘭ちゃんは』とでも言いたげな生温かい視線を向けている。
「すみませんでした!」
足早に同級生達に合流する。いかん、いかん。もっと落ち着いた、クールな反応を心がけねば!もう子供っぽい蒼蘭ちゃんからは卒業と時だ!
◆
(ポーション作り体験コーナーにて)
「はぁぁぁ……」
「え、どした、セーラ?そんなに長い溜息をついちゃって」
「工場見学、あんなに楽しそうだったのに……」
「いや、楽しかったよ?物凄い面白かった、それは事実。でも、それが問題なの!結局、私は自分が決めた目標すら守れず、動物園に来た子供の様に楽しんでいるだけだったわ……」
あの後に見たマンドレイクの葉や根を細かく切り刻む機械や、それを煮込む大鍋やポーションを瓶詰めする機械にはまたしても食いつく様に見てしまった。他にも乾燥した薬草や種を巨大な石臼で擦り砕いたり、食虫植物をはじめとする植物の見学だったりと、この工場にある物は新米魔女の知的好奇心を刺激して止まない物ばかりだった。
故に、私は心の内から湧き上がる『ワクワクする気持ち』を抑えられず、ついはしゃぐ様なリアクションを取ってしまったのだ……。
ていうか、博士だ!胡桃沢博士!
彼女は職員さんを差し置いて、何故かやたらと私に施設の解説をしてきたのだ!他にも見学者用のハンドルを回させて石臼の体験をさせて来たり、『食虫植物の餌やり』なんかも体験させてきたのだ。後者に至っては用意の良いことに、魚釣りで使う様な練り餌を持っていたのだ。食虫植物用に配合された練り餌を使ったエサやりは、確かに貴重な体験だった。巨大なハエトリソウみたいな植物が、あげた餌を咀嚼した時はびっくりして悲鳴をあげてしまったのだ。そして、それを見守るクラスメイトの優しげな視線やクスクスとした笑い声が……。
いや、もう切り替えよう。次はメインイベント、ポーション作り体験だ。3〜4人の班に分かれて行う、調理実習の様な形式で行われる。何せ、『本物の魔女が扱う、本物の魔法薬』を作るのだ。魔女になって日の浅い身だが、こんなファンタジーでメルヘンチックな体験が出来るなんて、魔女になって良かったとしみじみ思う。因みに、ここでもA組とは別行動である。何でも特進クラスの生徒達は、より調合の難易度が高いポーションを作るらしい。一体どんな代物が出来上がったのか、後で菊梨花かアディラ嬢に見せて貰おう。
さて、早速調合開始だ。
調理台に用意されたのは、先ほどの見学にも出てきた『サイレント・マンドレイク』に、形はブルーベリーだが色合いは血液の様に真っ赤な『ブラッド・ベリー』、そして口当たりと味を整える為のハチミツ、後は包丁やまな板、そして大小2種類鍋といった調理器具である。
手順は栞に書いてあったので、何度も見返した私達はしっかりと覚えている。
まずはマンドレイクの皮剥きだ。流水で泥を洗い落とし、包丁の先端を使って一箇所だけ切り込みを入れる。茶色い皮には薄い毛が生えており、非常に切りにくい。このまま皮を剥くのは非常に困難である。
そこで登場するのが小さな鍋だ。既に炎華が湯を沸かしており、そこに切り込みを入れたマンドレイクを投入し、10秒から20秒ほど湯に潜らせる。そうしたらトングで根の塊を取り出し、流水で一気に冷やす。そうする事で皮が柔らかくなり身も少し締まる為、先程入れた切り込みから簡単に皮を剥く事が出来るのだ。
皮剥きが終われば、次に来るのは切る工程だ。私達は各々が剥き終わった根をまな板に乗せて、包丁で切る。色合いを見ると、皮を剥いたジャガイモそっくりだ。
「これ、どのくらいの大きさで切れば良いんだろ?」
取り敢えずカレーを作る時と同様に、一口サイズに切ってはいるのだが、初めての作業なのでこのサイズで良いのかは自信がない。
「あー、どうせこの後すり鉢使うから、あんま拘らなくて平気へーき。今のセーラが切ってる感じで大丈夫だから」
炎華は私の呟いた疑問に答えながらも、手際よくマンドレイクを切っていた。包丁の動きも、まな板から聞こえてくる音も、トントンと小気味良いリズムを刻んでおり物凄く手際が良い。
「炎華ってさ、もしかして料理得意な人?」
「んー、言ってなかったっけ?あーしの実家、食堂なんだ。学生街にある『キッチンえびぞめ』ってお店で、エビフライが美味しいの。あーしも夏休みや冬休みに実家帰ったら、お店で料理してるの。いつか連れて行ってあげるよ。セーラの事も、パパとママと弟にも紹介したいし」
「お店でお手伝い出来る程の料理上手……炎華の女子力って幾つよ?まさか、53万超えてる?」
「え〜?別にあーし、二回も変身を残してたりしないけど?」
冗談めかしたやり取りの裏で、私は舌を巻くしかなかった。だってそうだろう?明るくて、フレンドリーで、優しくて、友達思いで、適度にからかい上手で、カッコいい炎魔法も扱えて、オシャレにも精通している都会の美少女ギャル、それが炎華だ。その上料理も得意とか、もう女子力の塊じゃないか。何だこのギャル、無敵か?私は知らず知らずのうちに、最強の存在とエンカウントしていたのか?
「おっと、そろそろ調合に戻らなきゃ。取り敢えず、サクッと切り終えちゃおっか?」
「そうだね。炎華はもう切り終わったから、私も急がないと」
「いやいや、刃物は危ないから、ゆっくりで大丈夫。セーラも無理しないで、自分のペースで良いからね。ほら、ひじりんがやってるみたいにさ」
炎華はもう一人の班員に視線をやる。聖は若干震える手で慎重に、包丁でマンドレイクを刻んでいる。トン、トン、とゆったりしたペースの音が、まな板から聞こえてくる。その音が持つ緩やかさとは対照的に、聖の表情は真剣その物である。今話しかけたら確実に驚かれる、そう思わせる程の集中力だ。
「分かった。特に急がず、さっきのペースで切っていくね」
「そそ、自分のペースで大丈夫。てか包丁捌きを見た感じ、セーラも多分料理出来るタイプっしょ?」
「小学5年生辺りからは、お姉ちゃんと家事を分担してたからね……。一応、一通りの料理は出来るつもり」
「へー、やるじゃん!」
「えへへ、ありがとう。あと何だか炎華って、『お姉ちゃん属性』って感じだよね。面倒見良い方だし」
「えー、急に何よ。褒められたって、『炎華おねーちゃん』からは何も出て来ないよ〜♪」
ふと思った事を口にして、友人のギャルが笑いながら返す。女子高生同士が行う、取り止めのない会話である。だがその裏で、生徒達の班を見回っていた胡桃沢博士が何故か盛大にすっ転んでいた。
「胡桃沢先生!?どうしたんですか、大丈夫ですか!?」
工場の職員さんが駆け寄り、横転した非常勤講師に肩を貸す。
「大丈夫……ちょっと意識が飛んだだけだから……」
場が少しの間ざわついたが、博士が椅子に座って安静にしたのを見て、私を含めた生徒達は皆が作業を再開した。因みに、聖は集中していた故か、この騒ぎに気づいていない様子だった。
◆
さて、次に使うのはすり鉢とすりこぎ。切ったマンドレイクをすり潰しつつ、ブラッド・ベリーを混ぜ合わせる工程だ。これは各班に1セットずつしかないので、交代で作業を行う流れだ。
「では、聖の親方。トップバッターをお願いします!」
「え、私!?」
私がすり鉢を差し出したのを見て、聖はギョッと驚いた。
「だって、聖は治癒魔術師でしょ?なら聖が回復薬を調合すれば、効き目とかご利益が上がりそうじゃない?」
「確かに、大人の魔女だったらそういう効果も出てくるけど、学生の内だと難しいんだよ」
「え、そうだったの?」
知らなかった……意外とシビアなんだな、魔女の世界って。
「でも、お手本を見たいから、やっぱり聖にお願いしたいな」
「そう言う事なら、了解だよ!炎華ちゃん、すり鉢を押さえる係をお願いね」
「オッケー、早速やっちゃおう!」
炎華がガッシリとすり鉢を押さえ、聖はすりこぎを振り下ろしてマンドレイクを潰していく。その後に両手ですりこぎを持ち、グリグリと動かしてすり潰していく。
「最初の方は、叩いたり擦り付けたりして、素材を細かくするのがコツだからね。蒼蘭ちゃんも、やってみて」
順番を回されたので、聖から受け取った調理器具で材料をゴリゴリと細かく押し潰す。聖は炎華と交代して、すり鉢を押さえる係をしてくれている。
「聖、力加減はこれくらいで大丈夫?」
「うん、大丈夫。その調子でゴリゴリしていって」
叩いたり、すり潰したりを繰り返す中で、若干手に重みを感じる様になった。
「なんか、段々回しにくくなってきたような……?」
潰された根から水分が出て、しっとりした感触になっている。それが回し辛さを生んでいるのだ。
「これ、水とか牛乳とか混ぜた方が良いんじゃないの?マッシュポテトやホットケーキ作る時だって、重くなったら牛乳とか入れているじゃない」
「セーラ、忘れちゃったの?もう一個、ポーションの材料があるっしょ?」
そう言うと、炎華はブラッド・ベリーの入ったガラスのボウルを持ってきた。
「ブラッド・ベリーを潰して出た果汁を使えば、良い感じに混ぜ易くなるよ!そんじゃ、投入〜♪」
炎華は小さな果実を幾つか摘んで、すり鉢の中に放り込んだ。私は実を潰すことを意識しつつ、再度材料を混ぜ合わせる。ブラッド・ベリーからはその名の通り、動脈血の様に真っ赤な果汁が溢れ出てきた。それをすりこぎでマンドレイクに馴染ませる。
「本当だ。炎華の言う通り、だいぶ混ぜ易くなった!」
「セーラ、良い感じに混ざってるじゃん。もうちょい混ぜたら、一旦鍋の中に移しちゃおっか」
「そっか、まだ材料は2/3ぐらい残ってるもんね……。一度にすり鉢で潰すのは無理だから、混ぜ終えたらさっさと移さなきゃよね」
私は後二、三回すり鉢を回した後、空の大鍋にすり潰した材料を投入した。そして、私達三人で交代しながら材料を次々に調合していった。
「ここまで来たら、後は火にかけて全体を馴染ませる。お好みでミントやハチミツで風味を整えたら、布でろ過させる。冷ました後、仕上げにポーションの瓶に入れたら完成、だね!」
栞で今一度、手順を確認した私は自然と気分が高揚してしまった。ポーション作りもいよいよ終盤だ。配られたボトルは蓋までガラスで出来た、RPGゲームに出てくる様なデザインである。
今回の課外授業を通じてまた一つ、自分がより『魔女らしい行動をする』事を体験した。私の人生のアルバムは、ここ一ヶ月足らずで色鮮やかな、そして幻想的な思い出で染まっている。
「んじゃ、最後は……あーしに任せて貰おっか?」
「お願いします、炎華先生!」
餅は餅屋。火を使う工程なら、炎属性のギャルに任せるのが一番だ。彼女は配られたスルロールを広げ、大鍋の下に敷いた。そしてスクロールに手をかざし、描かれた魔法陣を起動させる。
学園の授業で作った物と異なり、これは魔力を流せば誰でも炎が出せる一級品だ。だが当然、炎の魔法を得意とする魔女が扱った方が、より繊細な火加減調整が可能になるのだ。
彼女は鼻歌混じりに鍋をお玉でかき混ぜて、材料をじっくりコトコト煮込んでいる。
(何か、様になっているな……)
月並みな意見だが、煮込んでいる炎華を見てそう思った。ここがポーション工場でなく、食堂やレストランだったとしても何ら違和感がないだろう。彼女が厨房に立ち、包丁を振るい鍋で煮込む光景がありありと脳裏に浮かぶのだから。
私は友人の横顔を、まじまじと見つめていた。それを自覚したのは、見つめられている事に気がついた炎華がこちらに微笑み返した時だった。私は気まずくなって目を逸らし、自分の顔が熱を帯びているのを実感した。
◆
程なくして、無事にポーションは出来上がった。瓶の中身を飲むなり怪我をした箇所に塗るなりすれば、たちまち傷は修復される筈だ。
何ヶ月も保存できる物ではないが、正直家宝にしたいレベルだ。自分で作った魔法薬、思い入れが出来て当然だろう。私はガラスの瓶を、暫くうっとりとした目で見つめていた。
大人のレディになるのって難しいね……。
でも、楽しく見学をする事で喜んでくれる人は確かに居ますよ。