第6話 投げキッスと第二魔法
俺は手のひらを目の前に突き出し、炎華に魔法を繰り出す。
「ウォーター・ボール!」
水魔法で作られた野球ボールサイズの球体が、蒼蘭の声に合わせて飛んでいく。
「なら、あーしも……ファイア・ボール!」
炎華は避けもせず、真正面から魔法をぶつけてきた。水は瞬く間に蒸発し、白い蒸気が発生する。
「へぇ〜、セーラやるじゃん!?
もしかして、そこそこ強い?」
「まさか、炎華だって今のは様子見でしょう?」
俺が着ている蒼蘭の身体が持つ魔力は、あくまで平均値だ。赤点も落第もないが、かと言って突出した魔力量という訳でもない。
一方相対するは、噂を聞く限りかなりの実力者。この演習では勝ち目が無い、良くて引き分けだろう。
だが、手を抜くつもりはない。この学園に入学した意味が無くなる。兎に角、この『魔法』という力により慣れる必要がある。
「これならどうかしら?
サファイア・ソーサー!」
円盤状の水魔法だ。フリスビーの様に回転しながら、炎華目掛けてカッ飛んでいく。
「まだまだヨユーだし!
ファイア・ボール!」
先程と同じ魔法だ。だが、こっちは先程より強力な魔法だ。サファイア・ソーサーなら、炎華の火球を難なく押し切れる。
「か〜ら〜の〜?
ファイア・バレット!」
火球が水の円盤にぶつかるより前に、ギャルの手が拳銃の形を取る。人差し指から炎の弾丸が高速で発射され、先程放たれたファイア・ボールに吸い込まれていく。
すると火球は炎を取り込み成長し、サファイア・ソーサーを相殺してしまった。
「嘘……凄い……」
思わず感嘆の声を漏らす。魔法の組み合わせで、強力な技を放てるとは。こんな芸当、初心者の俺にはできなかった。
「ふっふっふ……あーしの凄いトコ、もっとセーラに見せたげるよ!
と、言いたいけど……もうすぐ授業終わっちゃうし、昼休み短くなるのは嫌なんだよね〜。
セーラには悪いけど、一気に決めちゃうから!」
そういうと、炎華は手をピースの形にする。そして人差し指と中指を閉じて、薄くリップを塗った唇に近づけ……
「食らえ、炎華の必殺技☆
『熱情の口付け♡!』」
何と、俺に投げキッスをしてきたのだ!
いや、単なるキスではない。二本の指先から、ハート形の炎が発射されている。それは彼女を離れ、フワフワとした軌道で迫ってくる。これも歴とした魔法だ。
だが、正直……それどころではない。心臓の音はバクバク言っているし、頭がボーッとしはじめている。脳と身体が、フワフワとした感覚に包まれてしまう……。
だって投げキッスだぞ?
金髪美少女ギャルが俺に向かって、あざとくウィンクまでキメて、投げキッスをかましてきたのだ。
こんなの……誰だって心拍数が上がってしまうだろうが!?
「瑠璃海さん、気をつけて!!」
聖が声を張り上げる。
黒髪美少女の声援と美少女ギャルの投げキッスで、俺の心拍数は最高潮に達してしまい……。
視えた。
いや、勿論何か如何わしい物が見えたとかではない。
信じ難い事だが、瑠璃海蒼蘭にはもう一つの魔法がある。
胡桃沢博士との訓練中に目醒めた、新しい力。
未来視、要は予知能力だ。
正直言って全然使いこなせておらず、好きな時に望んだ先の未来が見える訳でもない。
分かっているのは、蒼蘭の身体が『興奮状態になった時に発動する力』……だろうという事だ。
まだ研究サンプルもエビデンスも少なく推論混じりではあるが、少なくとも胡桃沢博士はそう結論付けた。
この予知が正しいかはもうすぐ分かる。
ハート形の炎は周囲の魔力を取り込み、瞬く間に大きく膨れ上がる。そしてバチバチ……とその身を迸らせ、
強大なプラズマ砲となり、赤い閃光が発射された。
…………
……
完璧に予知通りだ。
俺はプラズマ砲が放たれる直前に、右方向に跳躍した。
倒れ込む様に、滑り込むように姿勢を低くし、弾道の縦軸・横軸の双方から身を躱す。
そして赤い閃光は俺の身体を大きく外れ、轟音と共に地面に衝突する。
……これ、安全装置はちゃんと作動するんだよな?ちょっと不安になったぞ。
「そこまで、時間切れだ!ここで演習は終わりとする!」
体育教師の号令で、対人演習は打ち止めとなった。
「マジで!?
初見で避けられたの初めてだわ〜。
セーラって、ひょっとして凄い魔女なの?」
「あははは……、そんな事ないよ。
何となく、直感で避けただけだから。」
愛想笑いで誤魔化すが、周囲はそうもいかないらしい。
あっという間に囲まれて、称賛や健闘を讃える声を頂いてしまった。
その中には、黒髪のおさげ少女もいた。
「そうだ、白百合さん。お昼休みは、私とご飯を食べない?」
「うん、良いよ。授業でペア組めなかったし、私も瑠璃海さんとお話ししたいから。
そうだ、炎華ちゃんも一緒にどう?」
「良いの?やったー!」
聖はにこやかな顔で了承してくれて、炎華の事も誘ってくれた。良かった、これで今夜起こる事態に対処できるかもしれない。
そう、俺は視てしまったのだ。
今夜、聖に危険が迫る事を。
何者かに操られた炎華に、聖が襲われる光景を。