第59話 学園生活を彩る物、それ即ちイベント也
お待たせ致しました!
これより第2.5章、課外授業編のスタートです!
今日はいよいよ、課外授業の日だ。
行き先はポーション工場、そしてA組とD組、B組とC組に分かれて実施されるのだ。後者は後日、別の日に課外授業を行うとの事だ。先発組に所属しているのは、少しラッキーに思えてくる。
……恥ずかしながら、私は遠足や修学旅行といったイベントを控えると、どうしてもソワソワしてしまうタイプなのだ。前日に中々眠れない事もあった。そして昨晩も中々寝付けなかった為、魔法の練習をして身体を疲れさせ、強引に寝た。その甲斐もあってか、新しい魔法を習得する事が出来た。
除湿魔法、『ドリッピング』。湿度の高い空気から水を取り出し、空間内の湿気を取り除く魔法だ。この魔法を応用すれば、雨を降らせる事も可能になる。と、大魔女マギナさんから貰った魔導書に書かれている。
早い話がこの『ドリッピング』は、更に高難易度な魔法を習得する為の前段階だ。とはいえ、使える魔法が増えたのは純粋に嬉しい。
それ故に私は集合場所の教室で、紙コップを片手に除湿魔法を友人らに披露しているのだ。
「『ドリッピング』」
私が魔法を唱えると、紙コップの上空にある空気に霧の様なモヤが薄っすらとかかり、その中から水が紙コップへと注がれていく。
「おぉ〜。セーラ、やったじゃん!」
「心なしか、空気も軽くなったね。蒼蘭ちゃん!」
「えへへへへ」
友人二人に褒められた私は、つい笑みを溢してしまった。だが、これは仕方ないだろう。頑張ったことを褒められて嬉しくならない人間は居ない。ましてや学園の美少女になら、尚更である。
それに、この除湿魔法には高い汎用性がある。今は6月、梅雨真っ盛りだ。空気はジメジメしているし、この魔法は大活躍間違いなしだ。おまけに最近、湿度のせいか変な夢を見るようになったのだ。
何も無い、或いは何も見えない真っ暗な部屋の中で、うつ伏せになったまま動けなくなるという、何とも不気味で気色悪い夢だ。辺りはよく見えない癖に、肌に纏わりつく嫌な湿気は鮮明に感じていた。一瞬、『これも未来予知か?』とも考えたが、今までの予知と毛色が違いすぎる。誰かが襲われる訳でも、建物が火事になる訳でもなく、ただ延々とジメジメとした感覚を味わうだけ。なので、多分これは夢だろうと私は結論付けた。
「はーい、皆さん。おはようございます」
ここで担任の早苗先生がやってきたので、楽しい談笑タイムは一旦お終いだ。
「おはようございます!」
『課外授業の栞』を片手に、私達は朝のホームルームへ突入する。栞の表紙には、フラスコを片手に考え込む青髪の少女と、黒板の前で博士帽を被り、青髪の少女に勉強を教える眼鏡をかけた黒髪の少女が描かれていた。
表紙の少女達、そのモデルは私と聖である。と言うのもこの栞は生徒会が作成したもので、私達は一昨日、表紙のモデルをお願いされたのである。字実会長、厳密には別人格のティスル師匠が書いた力作だ。
◆
「御二方には『感謝感激雨あられ』ですな〜!話題の美少女転校生に、黒髪美少女眼鏡っ娘な我が同好の士である聖氏なら、課外授業の栞も更に華やかになると言うもの!自分、ペンを持つ手が止まりませぬぅ!」
『ティスル師匠』なる生徒会書記が興奮冷めること無し、と言わんばかりにペンを走らせる。
「そういや、何で『ティスル師匠』なの?」
私はその時、ふと聖に尋ねてみた。
「それはね、初等部の頃から私に勉強だったり『漫画やアニメの楽しみ方』を教えてくれたから、だよ」
「ほー、『オタク文化の師匠』って事だったんだ」
「うん。それと、会長は自分の『二重人格』に悩んでいたみたいでさ……。歴史のある魔女の家柄だと、『先祖代々伝わる魔法を、何としてでも伝授させる』って感じに、子供に厳しく教える人が多いの。特に会長みたいな一人っ子だと、親からの圧力が凄いみたいで……」
「なんか、随分とシビアな話だね……」
「そんな時でありますな。自分が現実逃避を兼ねた趣味で描いた絵を、聖氏が褒めてくださったのは」
スケッチブックから目を離さずに、ティスル師匠がしんみりとした声色で語りかける。
「忘れもしませぬ……あれは初等部の頃、図書館の隅でコッソリ絵を描いていた時のこと……」
「私が読み終わった本を本棚に戻そうとしたら、頭から血を流して倒れている人がいてさ……それが字実会長だったって訳」
「うわぁ……随分と衝撃的な出会いだね」
「あの時は肉親からのプレッシャーで、現実逃避を繰り返しておりましたからなぁ。そして、勉強を疎かにする自分を、『主人格氏』は許さなかった。いや、あの時は何処からが主人格で、何処からが自分なのか曖昧でした。そんな折、手当をしてくれた聖氏が、自分のイラストに見惚れてくださったのですよ」
「そう。そこから会長と仲良くなって、私が名付けたの。会長のペンネーム、アザミの花の英語名『ティスル』から取ったんだ」
「ペンネーム『ティスル』の名で、学園新聞に4コマ漫画を掲載したり、ネット上の学園掲示板でイラストを投稿した事もありましたなぁ。その掲示板は廃止されましたが、今となっては良い思い出であります。何せ、『もう一人の自分の存在意義』を勝ち取れた訳ですからな」
ティスル師匠はペンを置き、私達に微笑んだ。
「そう深刻な顔をしないでくださいまし。要は『学園生活の中で自分なりの楽しみ』を見つければ良いのですぞ。
……そして自分が思うに、学園生活を彩る物、それ即ち『イベント』也!学園の魔女達は勉学に励むと同時に、ストレスを抱えすぎぬ様、イベントを全力で楽しんでいる訳ですからな!そう言う意味では、蒼蘭氏とアディラ氏の演習は中々に盛り上がれました!遅ればせながら、感謝致しますぞ!」
師匠はスケッチブックを開き、完成した栞のイラストを見せてくれた。
「課外授業、是非楽しんで来てくださいな!自分も主人格も、心からそれを望んでおりますとも!」
ティスル師匠の柔らかい画風からは、彼女の人柄が滲み出ていた。字実会長がリリアちゃんを歓迎してくれた事、そしてティスル師匠が後輩に行事を楽しんで貰いたがっている事からよく分かる。多分この人は、とても優しい人なのだろう、と。
◆
ホームルームを終えてバスへ乗り込んだ後も、私はしばらく栞から目を離せないでいた。素敵なイラストの描かれた表紙から、巻末にある学園の創設者-『アゲハの大魔女』からのメッセージまで何度も読み返している。
『困った時はこの栞を見直して、よく学び、よく楽しめる課外授業にして頂戴な』
これが、マギナさんから私達生徒に向けられたメッセージだった。
「〜〜♪」
「蒼蘭ちゃん、凄くご機嫌だね」
「ふぇっ!?」
鼻歌混じりに冊子を眺めていると、隣に座っている聖にいきなり声をかけられた。
「だって、私にとっては初めての学園行事だもの。しかも、『魔女の学園』のね。そりゃ楽しみに決まっているじゃない!」
「そっか、良かった。蒼蘭ちゃん、この前まで課外授業に乗り気じゃなさそうだったからさ。私、心配だったんだよ?」
若干言い辛そうに、彼女は小声で話しかける。
確かに彼女の言う通り、ポーション工場の歴代研修者に我が姉の名を見た当初は、『魔法の分野でも成果を上げている姉』と自分を比較して酷い劣等感に苛まれていた。だが、今はもう大丈夫だ。
「大丈夫。この前、お姉ちゃんとも電話でお話し出来たし、私も少し自分に自信を持てるようになったから!
何ならさ、もし工場でお姉ちゃんに会えたら、聖達の事を紹介したいな。『魔女の学園で出来た、私の新しいお友達です』ってね!」
私はいつも通り、満面の『蒼石スマイル』で応えた。
「やっぱり、蒼蘭ちゃんは笑顔でいてくれた方が良いね」
聖もまた、優しげな微笑みで返してくれた。
「セーラ、ひじりん、二人もトランプに混ざらない?」
通路を挟んで隣の席から、炎華が声をかけて来た。彼女の隣に座る美雪と、前方に座る明星もこちらへジェスチャーを送っている。
確かに、目的地に着くまで時間もある。こういう時に遊びに誘ってくれる友人とは、何と得難く有難い存在なのだろう……。やはり都会のギャルは凄い。オタクと日陰者とお上りさんに優しいギャルは実在したのだ……。
「折角だし、混ぜて混ぜて!聖も良いよね?」
「うん、よろしくお願いしまーす!」
「んじゃ、定番の大富豪にしよっか?
……た・だ・し、大貧民には罰ゲームが待ってま〜す♡」
炎華がニヤけた笑みで取り出したのは、ピンク色のハートマークで彩られたトランプだ。よく見ると、『罰ゲームトランプ』とか書いてあるじゃないか!?
「何コレ!?こんなトランプ、見た事ないよ!?」
「蒼蘭ちゃん、これはパーティグッズでよくあるヤツだよ。普通のトランプより、少し過激な遊び方をしたい人用の玩具なの」
「ちょっと見せて……『恋バナ』に、『萌えきゅんポーズ』、『恋人繋ぎ』に『ポッ◯ーゲーム』、それに……ほ、ほ、『ほっぺにキス』!?」
「こないだ、炎華とお出かけした時に買って来たの。バスの中で遊ぶ用に、ね」
そう話す美雪も、何だかノリノリな様子だ。恐るべし、都会のギャル!
「要は負けなきゃ良いんでしょ?大丈夫、大丈夫!折角だし、遊ぼうよ!」
明星まで乗り気である。
……どうする?やるしか無いのか?でも、流石に女子高生に『ポッ◯ーゲーム』やら『キス』をするのは洒落にならない気がする……。
「コラ、そんな如何わしい玩具で遊んではいけません!学生は学生らしく、健全に遊びなさい!」
先頭の教師席からやって来たのは、胡桃沢博士……もとい胡桃沢『先生』である。彼女は『罰ゲーム』トランプを取り上げて、普通のトランプを炎華に手渡した。
そう、今回の課外授業。彼女も同行しているのだ。博士は錬金学の非常勤講師なので、ポーション工場の見学に同行するのはおかしな事ではない。
何なら一人の生徒である私を自分好みな女の子に変身させるスーツを着せたり、バニー服やゴスロリ服を着せたりしておきながら『健全に遊べ』とほざいている事の方がよっぽど可笑しくて滑稽な話である。
「このトランプは課外授業が終わるまで没収です。後日、職員室まで取りに来なさい!」
「は〜い」
炎華と美雪は少し不満気な様子だが、すぐさまトランプを配りはじめた。
こうして何回か遊んでいるうちに、目的地へと辿り着いた。東京を離れ、四方が山で囲まれた辺境の地。魔女の薬を研究・開発している、工場に。