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第58話 幕間 顕現せし時の魔女

今回の幕間で、第二章はお終いとなります。

それでは、リリアちゃんの学園見学の続きをご覧くださいませ。

 かくして人形の様な愛らしい銀髪ゴスロリ美少女は、A組のお姉さん達にもみくちゃにされてしまった。色んな人に頭を撫でられて、頬をプニプニされて、照れ臭さでつむじが沸騰しそうである。大分人がはけたタイミングで、一人の魔女が此方に歩み寄って来た。


「何だか楽しそうな事をしているじゃない?」


 遠目でも映えるオレンジ色の髪、遠くからでも耳へよく通る声、スラリと伸びた手足を携えたスレンダー美少女、『アディラ・ナヴァラトナ』だった。

 彼女は銀髪の少女と目線を合わせるべく、しゃがんで話しかけて来た。仕草こそ穏やかだが、彼女の瞳は何かを探る様な鋭さを醸し出している。


(……まさか、正体がバレた?)


 だが彼女から出された質問は、私の心配が杞憂である事を証明した。


「貴女、セイラの従姉妹なんですってね。なら、この私について何か聞いているかしら?」


 どうやら、蒼蘭が『柘榴石(ガーネット)の魔女』について、どれだけ話しているのか知りたがっているみたいだ。


「えっと、貴女は『柘榴石(ガーネット)の魔女』のアディラさんですよね?ナヴァラトナ財閥のお嬢様で、特進クラスの生徒さん。蒼蘭お姉ちゃんは、『とっても強くて頼りになる砂の魔女』だって言ってました。ショッピングモールで大活躍したって聞いてます」


「ふぅん……最低限、伝えるべき事は伝えているみたいね」


 リリアちゃんの言葉に、アディラ嬢は大いに気を良くしたみたいだ。目を瞑り、蒼蘭ちゃんの伝えた(体にしている)言葉を噛み締め、口角を上げている。


「でも、私の偉大さは体感しない事には分からないわ。この国でも言うでしょう?『百聞は一見にしかず』ってね。

 今日は『特別に』、私の魔法を体験させてあげるわ」


 アディラ嬢が校庭の地面に手をかざすと、魔法陣が浮かび上がり、その中から砂の巨人『砂漠の傀儡(デザート・ゴーレム)』が出現した。その巨人は手のひらを地面スレスレに差し出し、アディラはそこに足をかけた。


「さぁ、私の手を取りなさい、リリア!」


「え?は、はいっ!」


 私が令嬢の手を取ると、彼女はそのままグイッと私の身体を引き寄せた。つまり私は、ゴーレムの手のひらの上に乗る事になったのだ。

 そのまま巨人の手のひらが上昇し、視線がどんどん高くなっていく。


「わぁ!高い、高いです!」


「大丈夫よ。足場は十分広いし、怖かったら私の手を握ったままで構わないわ。

 それより、どう?良い眺めでしょう?」


 アディラ嬢の言う通りだ。私の目線は地上の生徒を追い越して、地上から2m程の上空にいるのだ。その眺めもさることながら、『ゴーレムの手のひらに乗る』と言う貴重極まる体験を味わっているのだ。こんなの、感極まらない方がおかしいという物だ!


「凄いです!眺めも良いですし、ゴーレムに乗るなんて体験が出来るなんて!消防車の梯子に乗るより、ずっと貴重な体験です!ありがとうございます、アディラさん!」


「ふふん、そうでしょう、そうでしょう?先達の魔女たるもの、小さな魔女には優しく、そして素敵な体験をさせてあげないとね。

 折角だし、このまま校庭をぐるっと一周してみましょうか?」


「良いんですか?」


「勿論、貴女の従姉妹では絶ッ対にさせてあげられない経験をさせてあげるわ!

 というわけだから、会長さん。この子、ちょっとだけ借りるわね!」


「それは良いけど、あまり遠くに行かない様にするんだぞ!」


「そんな事、重々承知していますわ!それでは、ごめん遊ばせ!」


 令嬢の魔法により、ゴーレムはズシン、ズシン、と足音を立てて進んでいった。

 何だか、今日のアディラは凄く輝いて見える。強くて、顔も良くて、更に子供に対して優しい。この令嬢、もしかして最強なのか?


 ◆

「なんかラトナっち、ご機嫌だったね。アレかな、ちっちゃい子には優しいタイプなのかな?」


「ナヴァラトナさんの意外な一面を見ちゃったね、炎華ちゃん」


「いえ、普段の高飛車な言動のせいで勘違いされがちですが、彼女は決して悪い人ではありませんよ」


 D組の生徒二人が話しているところに、何処からともなく副会長の錫宮 菊梨花がやって来た。


「すずみー、いつの間に?」


「驚かせてしまい、すみません。何やら校庭が騒がしかったので、様子を見に来たのです」


「騒ぎの原因があんな可愛らしい魔女だなんて、驚いたかい?」


「会長……そうですね、確かに驚きです」


 菊梨花は苦笑いを溢す。


「確かに錫宮さんの言う通り、ナヴァラトナさんが別に悪い子じゃないのは知ってるけど……。何か、今日はやけにご機嫌だった気がしたんだよね」


「彼女、割とおだてに乗せられやすい所があるのですよ、白百合さん」


「そうなんだ……」


 そんな事を話していると、突如としてけたたましいスマホの着信音が鳴り響く。


「すまない、私のスマホだ。もしもし、言葉(ことのは)ですが……何だと!?」


 電話からの連絡に、字実の顔つきが険しくなる。


「『研究棟の実験室からラットが脱走した』だと!?しかも、全匹が魔法薬を投与されている!?その薬は一体どう言う効果が……」


 会長の質問が終わらない内に、彼女らはその答えを目撃する事となった。校庭には10匹程の、3m強の体長を誇る巨大なネズミが出現したのだ。しかも、変化したのは大きさだけではない。ネズミ達の筋肉は膨張し、二足歩行で歯を剥き出しにしながら涎を垂らしている。

 凶暴さに目覚めた雑食性の哺乳類達は、地を這う小さな哺乳類に襲いかかった。


「クッ……すまないが皆、手を貸してくれ!菊梨花君と炎華君は、私と共にラットの討伐を、聖君はリリアちゃん達の元へ!」


「了解!」


 会長の指示により、魔女達は事態の収集へ向かった。


 ◆

「え、何あれ?」


 銀髪の少女は砂の手の上で、遠目に見える異質なラットの姿を見て、唖然とした声色で呟く。巨大化した実験ネズミは炎で焼かれたり、刀で斬られたり、或いはスクロールから放たれる光線に撃ち抜かれたりしている。


「リリアちゃーん!ナヴァラトナさーん!早く降りて、安全な場所まで逃げて!」


「ヒジリ、これはどう言う事なの!?」


 アディラはゴーレムの手を再び地面に降ろすように操作しつつ、大声で呼びかけながら駆け寄って来る治癒魔術師に状況を尋ねる。


「研究棟から、巨大化する薬を投与されたラットが脱走した見たいなの!」


「はぁ!?よりによって、何でこんな時に……!」


 アディラの語気には怒りと呆れが滲み出ている。魔女の学園において、実験のトラブルというのは時折見られる光景である。『魔法』という超常的な代物を扱う以上、科学の実験よりどうしても事故の発生率が上がってしまうのだ。

 それがよりにもよって、幼いお客様が居るこの日に起きてしまったのだ。彼女が危険に晒される可能性があり、そして彼女が()()()()()()()()()()()()可能性も有るではないか!

 この世界において、魔法は年々衰退していっている。理由は様々だが、一番の要因は『担い手となる魔女の減少』である。彼女らは魔法の研鑽への意義を見失ったり、或いは『魔法という超常の力への恐怖』を理由に魔法を手放すのだ。

 だからこそ、リリアの様な幼い見学者は丁重に持て成す必要がある。魔法の素晴らしさ、魔法を学ぶ事の楽しさ、それらを感じ取って貰う絶好の機械なのだから。故に、学園の生徒達はリリアを歓迎したし、アディラもこうして自分の魔法を披露しているのだ。アディラ個人としては、その意義を理解していない学園の愛玩動物(マスコット)には思うところがあるのだが……今はそれどころではない。


 ゴーレムの手の甲がゆっくりと地面に置かれ、指先がボロボロと崩れて砂のスロープになった。アディラはリリアの手を引いて、砂の安全スロープを駆け降りる。


「一先ず、校舎の西側玄関までリリアを連れて行くわよ!実験室とは反対側、そこまでは来ていない筈だわ!」


「分かった!リリアちゃん、走れる?」


「はい、大丈夫です!」


 距離にして30m、彼女達は安全と思われる場所まで駆け出した。


「良い、暫くはこの近くに居てね?」


「分かりました、聖お姉さん!」


「ヒジリ、私達はラットを倒しに行くわよ!」


「うん!」


 彼女達は炎華達がいる方へ駆け出した。リリアは彼女達の後ろ姿を遠目で確認する。

 だが、彼女は見てしまった。校舎の窓から、一匹のドブネズミが飛び降りて来る光景を。


「あ、危ないッ!」


 少女の叫びも虚しく、空中で薬の作用が発現したラットが二人の魔女に襲いかかる。


「きゃあっ!」


 完全に不意を突かれ、アディラと聖はラットの爪で負傷してしまった。少女が血を流す光景を、ラットは嬉々として楽しんでいる様だ。

 しかも最悪なことに、窓から飛び降りたネズミは一匹ではなかった。後二匹の実験用ラットが、空中から二人の少女に襲いかかる。聖の回復魔法も、間に合いそうにない。


 だがリリアは、否、『惺』は、この状況で彼女達を助ける方法を、一つだけ知っていた。


「『変換(スイッチ)』」


 リリアの身体が淡い光に包まれ、幼い少女の身体が18歳の少女の物へと変貌する。銀髪のツインドリルは解かれ、光が収まった瞬間に濡羽色の髪がブワッと舞い、腰の長さに落ち着いた。


「『時の戯曲(クロノ・アクト)-加速(シュネル)』!」


 そして、黒髪の少女は地を蹴り、目にも止まらぬ程の勢いで駆け出した。より詳細に言えば、彼女の『時魔法』で、彼女自身の動きを加速させている。故に惺から見れば、ラットの動きも二人の魔女の動きも、とてもゆっくりに見えている。


 ショッピングモールの戦いと同じだ。

 否、あの時よりも身体が軽い。

 雨海 惺の身体は、時魔法の行使に最適化された身体と言って良い。故に、瑠璃海 蒼蘭の時よりも身体に負荷をかけずに移動し、二人の魔女を両腕に抱え、ラットの攻撃から遠ざける事に成功したのだ。


「一体……何が起こったの?

 というより、貴女は誰なのよ!?」


「あの、貴女が私達を助けてくれたんですか?

 お名前は、何て言うのですか?」


(………………)


 地面に降ろした二人の魔女からの質問に、惺は少し思案する。一応自分は『被験体』の身だ。本名を名乗る訳には行かない。

 ……という建前がある以上、ここは『謎の魔女』としてカッコ良く偽名を名乗っても許される場面だろう、と惺は考えた。


「我が名は、クロニカ……『クロニカ・ナハト・ヘルゼーア』。

『時の魔女』、或いは『宵闇の預言者』と呼ぶと良いわ」


 クロニカの名乗りを聞いて、アディラは怪訝そうな表情を、そして聖はクロニカに見惚れる表情を浮かべていた。それを見て、惺は心の中でガッツポーズをした。彼女らの反応を見るに、名乗り口上は中々の成功度合いと言えるだろう。


 獲物を取り逃がしたラット達は、咆哮をあげて時の魔女へ襲いかかる。だが、距離も時間も十分に稼いでいる。聖の回復魔法で、彼女とアディラの傷を治せる程度には。


「撃ち抜け、『柘榴石の魔弾(ガーネット・バレット)』!」


 砂を圧縮させた緋色の弾丸が、ラットの脳天を次々に貫いた。三人の魔女は油断なく周囲を警戒したが、迫って来る実験動物は居なかった。


「おーい、ひじりーん、ラトナっちー!」


「脱走したラットは、これで全部との事です!対応、お疲れ様でしたー!!」


 炎華と菊梨花が、叫びながら此方に駆け寄って来る。


「なら、私の役目は終わりね。

 さようなら、素敵な魔法使いさん達。また何処かでお会い致しましょう」


 濡羽色の髪を靡かせながら、彼女は別れを告げた。次の瞬間には、時魔法による加速で見えない所まで立ち去ってしまっていた。


「『時の魔女』、クロニカさん……」


 聖は思いを馳せる様に、小声で謎の魔女の名を呟いた。黒髪の美しい魔女に見惚れた、と言うのも嘘ではない。だが、それよりも大きな理由で、聖はクロニカに心を奪われたのだ。


(何だか、蒼蘭ちゃんに似ていた気がするな……)


 クロニカの瞳と表情には、見覚えがあったのだ。あの夜の事件、自分を助けに来た『蒼石(サファイア)の魔女』だ。彼女が自分に手を差し伸べて来た時の表情。その面影を、聖はクロニカに感じていたのだった。


 ◆

(いやぁ、中々の成果じゃないか!?短時間とはいえ、時魔法も使えたし、『ミステリアスな()()お姉さん』として振る舞えた!)


 私はこの上なく上機嫌だった。正直な話、今にも踊りたくなるレベルだ。

 が、私は今更ながら大きな見落としに気づいてしまった。


(……これって、『リリアちゃん』が突然消えた事になるんじゃないの……?)


 ヤバい、これは非常にヤバい!

 リリアちゃんのスーツは今、透明な外皮となって(わたし)の身体を覆っている。そして、これは時間が経たないと元には戻らない。つまり、今日一日リリアちゃんのお相手をしてくれたお姉さん達に、多大な心配をかける事になる。ついでに言えば、とんでもない騒ぎに発展する可能性が高い!


(ヤバいヤバいヤバいヤバい!どうする、どうすれば……!)


 私がアタフタとしていると、校舎の物陰から手招きする者がいた。


(胡桃沢博士!?)


(コッチだ、惺!)


 小声で呼びかける博士に連れられ、私は空き教室に転がり込む。


「おおよその状況は分かっている。

 ……本当なら、無闇に『惺』の姿を生徒達に見せたくは無かったのだが……」


「すみません……、『聖とアディラを助けなきゃ』って思いで、つい……」


「まぁ、状況が状況だ。深くは責めない。それに、咄嗟の判断とはいえ偽名を使ったのはナイスな判断だ。それに、君の姿を間近で見たのは数名、十分誤魔化しが効く範囲だ。

 それより君の事だから、彼女達に心配をかけたくないんだろう?ほら、『リリアちゃんスーツ』のスペアと洋服を持って来た。これを着て、彼女達に挨拶をして来るんだ!」


「ありがとうございます!『渡りに船』とは正にこの事です!」


 私はリリアちゃんに着替えながら、ふと疑問が思い浮かんだ。


(何で博士はこの状況を詳しく知っているんだ?)


 研究棟って、胡桃沢ラボからはだいぶ離れている筈だけど……。いや、今は細かいことを気にしている場合ではない。私は再びリリアちゃんの姿となり、聖達の元へ急いだ。


 ◆

「聖お姉さーん、炎華お姉さーん、会長さーん、アディラさーん!」


 世話になった生徒達の名を叫びながら、銀髪の少女は駆け寄った。


「リリアちゃん!?

 ああ、良かった!急に居なくなったから心配したんだよ?」


「心配をおかけして、ごめんなさい。クロニカさんって言う魔女のお姉さんに、安全な場所まで案内されたんです」


 リリアの言葉に、財閥令嬢は思案を巡らせる。


「『時の魔女-クロニカ』ね……何処の誰だか知らないけど、少しは骨の有りそうな女ね」


「『クロニカ』って、ひじりん達と居た黒髪のおねーさんの事?会長、学園にあんな感じの先輩居ましたっけ?」


「少なくとも、私は知らないな……。

 いや、その話は後だ。リリアちゃん、折角の学園見学だと言うのに、危険な目に遭わせてしまったね。学園の生徒会長として、私から謝罪をさせて欲しい。怖い思いをさせて、本当に申し訳ない!」


 字実会長は銀髪の少女に向き直ると、深々と頭を下げた。


「そんな、頭を上げてください!会長も、今日お世話になったお姉さん達も、誰ひとり悪くないじゃないですか!」


 リリアの声に、字実はゆっくりと顔を上げた。


「……なら、君に質問をさせて欲しい。

 今日一日、学園で過ごした時間はどうだった?リリアちゃんは、『魔法』についてどう思った?」


「『楽しい』と感じました。学園見学も、魔法その物についても」


 リリアは曇りなき瞳で、真っ直ぐに彼女らを見つめてそう答えた。


「魔法の木の実、炎の魔法、砂のゴーレム、色んな魔法が出る魔法陣、日本刀の魔法、それからどんな怪我でも治せちゃう魔法!今日一日、素敵な魔法に沢山出会えました!こんなの、楽しいに決まっているじゃないですか!」


 満面の笑みでリリアは答え、それを聞いた学園の魔女達は表情に差はあれど、皆が嬉しそうだった。


 ◆

(翌日、昼休みの食堂にて)


「……って事が昨日あってさ。リリアちゃん、とっても楽しそうだったよ」


「そっか、それは良かった。二人とも、ありがとうね。従姉妹の面倒を見てくれて」


 私はいつも通り、『蒼蘭』として二人の友人と昼食を取っている。当然ながらリリアの従姉妹として、彼女らに礼を言うことも欠かさない。


「良いって事よ!こうしてデザートも奢ってくれた訳だしさ!」


 ティラミスを食べる友人に、私は一つ質問を投げかけた。


「ところで、さっき話に出てた『クロニカ』さんなんだけどさ……二人は彼女にどんな印象を持った?」


「んー?あーしはちょっと遠かったからな〜。でも、パッと見は美人さんだったかな?髪サラサラだったし。ひじりんはどう思った?」


 炎華は近場で見ていた聖へ話を振る。


「炎華ちゃんの言う通り、綺麗な人だったよ。それと、カッコよく私達を助けてくれて……」


 友人はここで言葉を遮った。


「ん、どうしたの、聖?」


「何か……蒼蘭ちゃん、凄い嬉しそうに話を聞いてるなーって」


 私は聖の言葉にハッとして、頬を手で押さえた。いつのまにか、口角はだらしなく上がっており、かなりニヤついた表情を浮かべてしまっていた。


「べべべべべべ別に!?ただ、ね!一応、私だって『時の魔女』には興味がある訳で!?いやー、私も会いたかったなー!

 ……それでさ、他にどんな事を思った?」


「……私の勘違いかもだけどさ、『ちょっと蒼蘭ちゃんに似てる』って思った」


「……へ?」


 友人の発言は、高揚した私の心を一気に奈落の谷へ急降下させた。

 背中から冷や汗が噴き出て、私の身体は嫌な湿気を背後に発生させた。


「もしかして、さ」


「……はい」


「クロニカさん、蒼蘭ちゃんの親戚だったりする?」


「…………」


 良かったぁぁぁ!

 バレてなかったぁぁぁぁぁ!!


「いやぁ、違うよ?」


「そうなんだ……じゃあ、私の勘違いかな?」


 よしよし、これで話は終わり……とはならなかった。


「そんな訳がないでしょう?」


 背後に現れたアディラ嬢に頸を掴まれて、私は逃げ道を失ってしまったのだ。


「アディラ……さん?一体それはどう言う意味で……」


「白々しいわね、この青ウサギ!『時魔法』を使える魔女なんて、そんなポンポン現れる訳がないでしょうが!?どうせ貴女の従姉妹とか叔母とかでしょう!?」


「いやホントに、本当に我が家の親戚じゃないって!そして揺らさないで、さっき食べたカルボナーラが出ちゃうかもだから……」


 ここでアディラは、酔いそうになった私から手を離した。


「良い?あの魔女は、将来ナヴァラトナ財閥の『魔法事業部』にスカウトするんだから!財閥の一人娘にして、『柘榴石の魔女』の私が、魔法関連の分野にも事業を伸ばすつもりなの。

 そうだ。折角だし、リリアにも貴女から声をかけなさい。あの子も成長すれば、優秀で可愛げのある魔女になってくれる筈だわ」


「あはは……まぁ、一応声はかけておくね」


「あれ、セーラには声かけないの?」


「そうね……まぁ、『どうしても』って言うんなら?セイラが『是非アディラ・ナヴァラトナ様の下で働かせてください』っていうんなら?下っ端の社員として使ってあげても良いけど?」


(何なんだよ、その扱いの差は……!?)


 ……という心の声を堪えつつ、私はアディラ嬢からの質問攻めを辛うじて躱しきる事に成功したのだった。


 ◆

(そして夜、女子寮の自室にて)


「〜〜♪」


 私は歌を口ずさみながら、浴室で入念に身体を洗っていた。蒼蘭ではなく、惺……もとい『クロニカ』の姿で、だ。既に蒼蘭の身体は洗っており、普通ならそれで中の人間の衛生も保たれる。だが今日の私は、自分自身の身体も洗いたい気分だったのだ。濡羽色の髪を洗い、トリートメントで髪質を保つ。女性の身体になった私は、周囲の魔女に負けず劣らずの美少女だ。それに、聖が褒めてくれた容姿だ。偶にはこうして、()()()()の身体のケアをしたってバチは当たるまい。


 入浴を終え、乳液と化粧水で入念なスキンケアを施す。その後、博士から貰った惺ボディに合わせたサイズの下着と部屋着を着用した。既に夕食は済ませたし、夜も遅い。誰かが訪れる事はないだろう。


 私は鏡の前へ行き、小声でポーズの練習を取った。

 オーソドックスに、手のひらで顔を覆い、指の隙間から瞳を覗かせるポーズで決めゼリフを言う。


「我が名はクロニカ、『宵闇の預言者-クロニカ』とは私の事だ!」


 う〜む、もうちょい捻りを加えても良いな。

 私は引き出しからタロットカードを取り出し、『運命の輪』のカードを指で挟み、再び鏡の前に立つ。


「周り出す運命の輪、絡み合うは(えにし)の歯車。このクロニカに引き寄せられし者よ、己が命運を見定めるが良い!」


 ふむ……我ながら中々の出来だ。

 さて、そろそろ蒼蘭ちゃんに戻って、明日に備えて寝るとしよう……。


 ◆

(時を同じくして、胡桃沢ラボの地下室)


 私こと沙織お姉ちゃんは、リアルタイムの映像と昨日録音したリリアちゃんボイスに囲まれて、幸せなひと時を送っていた。

 リリアちゃんに渡した熊のぬいぐるみ、そしてハンドバッグ。それらに小型の盗聴器を仕掛けていて良かった!お陰で、『自分より年下の女の子達に、更に年下の女の子として扱われ、恥ずかしさで悶々とする惺ちゃん』の音声がゲット出来たのだ。


 加えて、今惺ちゃんが練習していた『時の魔女』としての振る舞い方!美少女で愛らしい妹の、採れたて新鮮な映像だ。しかも普段と違って、惺ちゃんが頑張ってクール路線を目指している光景だ。こんなレア中のレア映像、お目にかかれた沙織お姉ちゃんは、その幸せを噛み締めているのだ……。


 ◆

(そして、『アイン=ソフィア王国』の王城にて)


 大賢者ラジエルは興奮のあまり、大事な星座盤を落としてしまった。幾ら魔法で治せるとはいえ、雑に扱うべき物ではない。

 ラジエルの心臓は、激しく鼓動を打つ。占星術で見た、あの運命力。強大な運命因子の力が、ほんの数秒だけ現れたのだ。その座標は『瑠璃海 蒼蘭』、我が国の冒険者達の尽力で見つけ出した、『運命因子』と全く同じであった。

 蒼蘭が他の運命因子に出会ったか、それとも蒼蘭が秘めている力が想定以上だったのか。その二つなら、流石に後者の方が起こり得そうな事だ。


 そして一番にラジエルを驚愕させたのは、運命力の強大さである。その力、かつてこの世界に召喚された『勇者』に引けを取らない程の代物だった。


(落ち着け。こう言う時こそ、目当ての物に辿り着きそうな時こそ、落ち着くんだ)


 ラジエルはBランク冒険者パーティ、『宵の地平線』に助力をした。神の使徒たる『大神官』が、彼らの運命に介入したのだ。常人であれば、大神官が望んだ未来へと運命を狂わされる。

 だが蒼蘭は、『大神官ラジエル』の介入を跳ね除けてみせた。あの程度の介入では、彼女を捕える事は不可能だと言う事だ。


(ボクにはもっと情報が必要だ。『大賢者ラジエル』であるこのボクが動くのは、もっと情報を集めてからでも遅くはない)


『賢い子に育ちますように』、自分の名前の由来を思い返しつつ、彼女は慎重に結論付ける。そしてラジエルは星々の輝きを見届けた後、王城の図書館を後にしたのだった。

これにて、第二章終了です!お付き合い頂き、ありがとうございました!


『クロニカ・ナハト・ヘルゼーア』、謎多き時の魔女の登場で、物語は大きく動き出す……といったところでしょうか。

(※ナハト(Nacht):ドイツ語で『夜』や『闇』、ヘルゼーア(Hellseher):ドイツ語で『占い師』や『千里眼』の意味)


因みに惺ちゃんは、炎華の魔法に憧れたり、必殺技の習得に乗り気だったり、そして今回の名乗りだったりで中二病の症状があります。そんな惺ちゃん、もといクロニカさんの事を、生暖かい目で見守って頂ければ幸いです。


第二章は、第一章のラスボスだったアディラ嬢を『頼れる仲間ポジション』として描写したかったので、今回の幕間でも彼女を活躍させました。

それと、『別人になりすます事で、知り合いの意外な一面を知る事になる』というのも、皮モノや他者変身モノの醍醐味だと私は考えたので、今回の幕間を書いた次第でございます。


さて、次の章ですが、書き溜めてから一気に投稿しようと考えています。と言うのも、色々なコンテストに応募するなら、チマチマ更新するよりキリの良いところまで更新していた方が良いのではないか、と考えたからです。

ハーメルンでも同時投稿していますが、お気に入りの増減や評価のつき方を見るに、恐らく読者の皆様も、途中途中の更新よりキリの良いところまでドカンと投稿した方が読みやすいのだという結論に至りました。


その為、次の更新まで大分時間が空いてしまうと思われます。なので、気長に更新をお待ち頂けますと幸いです。


最後に、もしよろしければ肯否関わらず、感想や評価等を頂けますと幸いです。

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