第56話 幕間 魔女っ娘スーツ(新作)①
最近は普通のローファンタジー小説(当社比)になっている気がしたので、ここいらで『皮モノ』要素マシマシな幕間を投下します。
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「ん……ん〜……」
どうやら昨晩の私は、ベッドの上で寝落ちしていたらしい。昨日は一日中、魔法の検証に係りっきりだったからな。マギナさんから貰った魔導書の熟読、そして『時魔法』の実験だ。
例えば、私が今握りしめている砂時計。これは普通に使う分には3分間の時間が計れる。カップ麺を作るのに重宝する為、編入時に持って来た私物の一つだ。私は昨日、これを時魔法の特訓に活かせないか試していたのだ。
何もしなければ、砂はスマホの時計と同じく『キッカリ3分間』で落ち切る。だが、ここで私が時魔法を用いて、『砂の落ちる時間』を遅くしたり、逆に速くしたりをする。より具体的に言うと、砂時計をひっくり返した後、時魔法で『砂の落ちる時間』を遅くする。すると、スマホのストップウォッチ機能では3分が経過したのに、『時計の砂は落ち切っていない』という現象が発生するのだ。
この現象を用いれば、『3分よりも如何に速く砂を落とすか』や『3分間経過後にどれだけ砂を残しているか』という、『時間の見える化』による時魔法の修行に大いに役立つと判断した。我ながら、画期的且つ理に適った修行法だと思う。
そして疲れ切った私は、パジャマに着替えもせず、『魔力活性化用衣装』で倒れたらしい。そう、即ちバニーガール服で、だ。
……いや、これは仕方のない事だ。確かに、私の身体は完全に女の子になっている。だが精神面においては、男性の部分はまだ残っている。でなければ、鏡に映るバニーガール蒼蘭ちゃんを見て心拍数が上がったりはしない。
つまり、まだ私の『魔力活性化』体質は残っている。効率よく魔法の特訓をするには、この体質を活用した方が良い。事実、これを着るのと着ないのとでは、砂時計の時間操作に大きく違いが出ている。具体的には20から30秒くらい違うのだ。故に、私は仕方なくあの変態博士からの差し入れを使っているのであって、何もやましい事は考えていないのである!
……さて、眠い目が覚めて来たところで、私はスマートフォンを確認した。そこには、胡桃沢博士からのメッセージが届いていた。
要約すると、私が着ている蒼蘭ちゃんの皮の改良とメンテナンス、それから『試作品を試して欲しい』との事、だ。
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「すみません、メッセージにあった『試作品』って何のことですか?」
私はラボに着くなり、博士に質問を投げかけた。
「そのまんまの意味さ。今君が着ている『魔女っ子スーツ(仮)』は、『水の魔女-瑠璃海 蒼蘭』。それを着た君は見事に水の魔法を使いこなしている。固有魔法すら習得するレベルにね。
だが、君が他系統のスーツを着た場合、果たしてどうなるのか……。研究者として、是非とも実験したいと思ってね」
そう言うと博士は、部屋の奥から二つの箱と一組の下着を取り出して来た。
「それぞれの箱に、蒼蘭ちゃんとは別のスーツが入っている。丁度蒼蘭ちゃんスーツのメンテナンスをしたかったからね、良い機会という奴だ。
……当然、箱の中にいる彼女らも、私が趣向を凝らして作成したものだ。きっと、君も気にいるだろうさ♪」
博士は箱を押し付け、私を別室へと連れていく。バイタルチェック時に使っている、着替えの部屋に。
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取り付けられたファスナーを下ろし、私は蒼蘭から惺へと変身する。脱いだスーツをベッドの上に置き、早速一つ目の箱を開けた。
中には萎びた肌色の皮が、アパレルショップの服の様に、丁寧に折り畳まれて入っていた。そして畳まれた胴体の上には、赤髪でツインテールの少女の顔が、光の無い虚な瞳で鎮座していた。何も知らない人が箱を開けたら、泡を吹くか腰を抜かす様な光景である。
何度もスーツを着ている私は動じる事なく、少女の身体を箱から優しく取り出した。両手で少女の肩を掴むと、萎びた両足が重力でだらんとぶら下がる。ツインテールの頭も、首が座らず生気を失った状態だ。
私は自分の右足を背中にある、既に開かれたファスナーに入れた。ペラペラだった少女の足は、『中身』を得た事で途端に生気と瑞々しさを取り戻す。
まだ外にある左足と比べると、蒼蘭ちゃん程ではないが今の私の足より短い。『自分より小さい身体に入る』、魔法というのは摩訶不思議な代物だ。
そのまま少女の左足を膨らませ、垂れ下がった両手にも私の両手を入れた。手のひらを握ったり開いたりして、手の感覚を確かめる。
最後に私の頭を、赤髪の頭に仕舞えばお着替え完了だ。私は鏡の前で両腕を伸ばしたり、身体をくるりと回したりして今の身体を確認する。
瞳の色は紅玉を連想させる真紅の色、そして目元が上がっているつり目な美少女だ。それと蒼蘭ちゃんモードの時より、視界がだいぶ高い。そして奇妙な感触だが、ほんの少しだけ肩が軽い。蒼蘭ちゃんも、そして何の因果か私自身も、普段からJカップの重りを両肩で支えているのだ。この赤髪少女もかなりのサイズを持っているが、蒼蘭ちゃんのダイナマイト・トランジスタグラマーボディに比べれば肩への負担は少なくて動きやすい。
おっと、流石にいつまでも裸でいるのはマズい。私は箱の中に懇切ご丁寧に用意された、下着と服を着用する。……ちゃんとこの身体にフィットするサイズの下着まで用意されている、ねっとりとしたホスピタリティがドロドロと溢れる程に行き届いたお心遣いだ。
「うん、これでバッチリ!」
鏡に映る赤髪ツインテールの少女は、白い半袖ポロシャツに紺のプリーツスカートという爽やかコーデに身を包んでいる。今更ながら、声も蒼蘭ちゃんの物とは違っていた。
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私は着替えの部屋を出て、事前に指示された集合場所を目指して階段を降りる。地下にある実験室、ここで魔法のテストを行うらしい。コンクリート壁で覆われたこの広い空間は、屋内射撃場を連想させる。
「おお、ちゃんと身体にフィットしているみたいだね!『魔女っ子スーツ-小夏川 茜ちゃんver.』、第一段階はクリアだ!」
「相変わらず、スーツの身体に名前があるんですね……」
「勿論だとも!茜ちゃんは身長158cmでサイズはGカップ。平均より少し低い程度の、勝気なツンデレ系美少女さ!」
「精神面のプロファイル要ります?中にいるの惺なんで、別に勝気でもツンデレ系でもありませんよ」
「そうかな?茜ちゃんの顔つきで、『別にアンタの為なんかじゃないんだからね!』って台詞を言ったら映えると思わないかい?」
「まぁ、それは……」
思わなくもないが、今は置いておくべき話題であろう。
「兎に角!この茜ちゃんボディでは、どんな魔法が使えるんですか!?」
「そうだね、茜ちゃんの魔法は『炎』の魔法だ。ちょうど君の友達、炎華ちゃんと同じ魔法だね。
では早速、あの的に向かって魔法を打ってみてくれ」
距離は約50m、後ろは燃えないコンクリートの壁だ。火事を避けるというこの安全面への配慮、胡桃沢博士は確かに研究者としてはかなりの凄腕だ。
「わかりました」
私は的に向かって手のひらを向ける。身近にお手本がいるのだ。炎華がやっていた事を、見様見真似でやってみよう。先ずは小手調べの汎用魔法からだ!
「『ファイア・ボール』!」
私は的に目掛けて魔法を詠唱する!
しかし なにも おこらなかった!
「あ、あれ?」
驚くほどに何にも起こらない。流石に炎華ほど強力な炎魔法は使えないにしてと、マッチ棒程度の炎すらも起こらない。
「えーっと、ならもっと強力なヤツ!
そうだ、『緋色に燃る炎の水車』!」
友人がいつも使っていた、燃え盛る炎の車輪。ちゃんと記憶を思い返して唱えたのだが、やはり何も出てこない。
「うーむ、やっぱりこうなるか……」
博士は顎を指で摘み、何かを考えている。
……マズい、実験は失敗か?私の所為で、せっかくの研究が……。
「もう少しだけ、試させてください!」
「え?ああ、分かった。但し時間も惜しい、あと一回だけ試してくれれば十分だ!」
「わかりました!」
これが最後のチャンス。なら扱うべきは炎属性ギャルの必殺技。私は指先を唇に当て、ウィンクを決めながら、恥ずかしさを噛み殺しつつ、的に向けて投げキッスをする!
「キ、『熱情の口付け♡』!」
遂に三度目にして、『何も起こらない』状況から抜け出す事が出来た。
「グハァッ!」
……どうやら私の『熱情の口付け♡』は、女の子が大好きな変態研究者に鼻血を吹き出させ、仰向けに倒れさせる魔法らしい。
◆
「いやぁ、予想外の収穫だったよ♪」
私達は実験場を出て、一階のリビングにやって来た。私は椅子に腰掛け、満足気な博士に入れてもらったオレンジジュースを頂いているところだ。
「いや、実験は物の見事に失敗しましたけど……」
私の呟きに対し、博士は呆れ混じりの苦笑いをする。
「そもそも、他人の固有魔法を真似るなんて、余程の魔女じゃないと不可能なんだよ?何故、わざわざ炎華ちゃんの魔法を使おうとしたんだい?」
「だって……炎の魔法が使えるってなったから、取り敢えず試してみたかったんです。炎華の使う魔法、どれも威力高くてカッコいいし。火の粉や火花すら出ないとは思いませんでしたけど……」
「まぁ、気持ちは分かる。別に責めるつもりはないさ。そもそも、実験に失敗は付きものだよ。研究と言うのは、こう言った地道な挑戦と改善の積み重ねさ。寧ろ、今回の実験では大いに得るものがあったさ」
「得るものですか?」
「恐らくだが、『魔女っ子スーツ』を着たとしても、扱える魔法には『向き不向き』があると見た。惺、君の身体は水や時の魔法を扱う事に向いているが、炎系の魔法を扱うのは向いていない様だ。
これが判明しただけでも、この実験には大いに価値があった。君が炎華ちゃんの固有魔法を使おうとした様に、『モノは試し』という言葉もある。後は更に実験を重ねて、『魔女っ子スーツ』を実用化へ近づけるだけさ」
胡桃沢博士はにこやかにウィンクをして、私を励ましてくれた。
良かった。
私も一応は彼女の助手である。その仕事をキチンと果たせたのなら、それに越したことはない。
「そうだ、次はスーツの『新機能』を試して貰おうか」
「新機能、ですか?」
「うむ。先ず、椅子から立ち上がってくれ」
「はい」
私は言われた通りに起立する。
「次に目を瞑って、『スーツを脱いだ直後の感覚』を思い出すんだ。或いは、君が自分の皮膚を脱ぐ、そんなイメージを脳に描いてみて欲しい」
感覚……肌の内側から別の肌を露出させ、外気に触れる感覚か……。
「出来ました」
私は目を瞑ったまま、博士に返事をする。
「後は、『変換』と発言するんだ」
「……『変換』」
意図がよく分からないまま、博士の指示に従ってみる。すると突然、私の身体が内側から眩く光出した!
瞼を閉じていても光が分かる程に眩しい。全身の感覚が一瞬だけ遮断される。これ、大丈夫なヤツか?まさか、自爆機能とかじゃないよな?
「うぅ……一体何が……?え、アレ?」
声が変わっている。否、戻っている。一昨日、18歳の黒髪少女になったばかりの自分の声に、だ。
「嘘……?視界も戻っている!?何で、一瞬で元の身体に!?」
この現象……一体何が起きていると言うんだ!?
「ふっふっふ……これがスーツの新機能!着ているスーツを、一瞬で脱ぐ事が出来る新機能さ!」
「今の一瞬で、元の身体に戻れるなんて……」
「それだけじゃないよ。今の君は、ちゃんと服を着ているだろう?」
博士に言われて気がついた。今の私は茜ちゃんのファッションとは異なり、漆黒でオフショルダーのワンピースを着ている。それだけでなく、下着のサイズまで惺の身体にフィットしているではないか!?
「服が、身体に合わせて変化したって事ですか!?なら、茜ちゃんの『皮』は一体どうなったのですか!?」
「消えたわけじゃないから大丈夫、安心してくれ。君の皮膚を覆う、透明な外皮になっただけさ。その外皮を脱ぐには……これまた君の『イメージ』が必要になるね」
「と言いますと?」
「ほら、これまでは君がスーツを着た後に、私が逐一ファスナーを剥がしていただろう?アレは効率が悪いからね、皮を来たら自動でファスナーが消える様に改良してみたんだ。だから脱ぐ時は、ファスナーの持ち手を出現させる様に念じるんだ。ほら、いつも君が蒼蘭ちゃんを脱ぐ時の様に、ね」
「分かりました、やってみます」
先程の様に目を瞑って強くイメージをする。すると頸から小さく『チャリン』という音が聞こえて来た。
「ッ!?ホントに出て来た!」
「よしよし、これで実験は粗方成功だ!後は外皮を脱げるかを試しつつ……もう一つのスーツの試着をお願いしようか」
満足そうに微笑む博士に促され、私は再び更衣室へと連れて行かれたのだった。私はベッドの上に脱いだ服を置き、再度裸になる。頸のファスナーを下ろし、先程の様にスーツを脱ぐ。
……うわっ、本当に透明な皮になっている!
時間経過で元の茜ちゃんボディに戻るらしいので、私は透明なスーツをベッドに広げ、二つ目の箱から新作スーツを取り出した。
中に入っていたのは、銀髪でツインテール…髪が巻かれた所謂『ドリルテール』の女の子。蒼蘭ちゃんよりずっと小さい、10歳くらいの少女を模った皮である。
……なんだろう、この無駄に凝ったバリエーションやディテールは……。私はいよいよ心配になりつつも、その小さなスーツに脚と袖を通す。
着用時には蒼蘭ちゃんスーツよりも、強固な締め付けが襲いかかる。だが、それも一瞬のこと。大学生から小学校高学年にまで身体が遡っているのに、まるで元々自分が10歳程度の少女だったかの様に思わされる。
顔を押し込み、瞼を開けると、そこには幼さと瑞々しさをふんだんに醸し出す、冬の雪原の若き美しい銀髪と、エメラルドを思い起こさせる翠眼を携えた少女が映っていた。
……幼い少女の裸体を観察する趣味はない。私は用意された服に袖を通す。フリルのついた、真っ黒なゴシック・ロリータファッションだ。着替えた終わった後、鏡に現れた銀髪の少女は、やはり息を呑む美しさだった。
また違った美少女が学園内に……?
今後もこういった『皮モノ』要素のある話を捻じ込める時に捻じ込みたいな〜と思う所存でございます……
生存報告も兼ねて、一先ずの更新はここまでとさせて頂きます。