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第54話 妖精の姫と帰還の勇者

【お詫び】

第2章はあと1話の予定でしたが、2話に分割致します。理由は話の長さ……もありますが、今回ちょっと話が重いのです。なので、重い部分は今回語り切って、締めくくりは次回に回します。

 エプロン姿でカレーを作らされ、夕食を済ませた後に蒼蘭ちゃんの姿に()()()た俺は、胡桃沢ラボを出て寮にある自室へと歩いている。……完全に女の子になった以上、()って言うのも変か?


(私は雨海 惺。私は雨海 惺……『時の魔女-雨海 惺』!)


 おお、『時の魔女』!中々に素晴らしい響きじゃないか!他にも『宵闇の預言者』とか、『運命を見通す乙女』とかもカッコいいな!雨海 惺は正真正銘の魔女となった以上、一般人の間では『中二病』などと揶揄される様なセリフだって堂々と言える筈だ。

 何故なら、一般人目線では魔法は創作上の存在だが、私はそれを実際に扱えるのだから!


(いや、何を一人で盛り上がっているんだ……)


 昨日今日で色々な事が起こり過ぎて、テンションの乱高下が発生している。言うなれば精神のジェットコースター、自分でもおかしくなっているのは分かる。

 現状、性別を戻す方法は無い。この事態は客観的に見れば、驚愕の状況である事は間違いない。だが、俺がもっと驚いているのは、この状況を受け入れつつある自分がいる事だ。

 確かに、魔法を悪用する犯罪者や異世界人が起こす事件に巻き込まれまくっている現状では、完全に女の子になった方が良いのかもしれない。今の私は、魔法を扱うのに最適化されているのだから。客観的に見ても、『魔女になった利点』は大きい。


 だがもしかしたら、()の中には『それ以外の理由』が存在する可能性もある。

 例えば、毎朝の身支度。顔を洗い、髪を整え、制服に袖を通して鏡を見る。そんな時、髪のセットが上手くいくと嬉しい気持ちになるのだ。学園に来る前は、身だしなみなんて殆ど意識していなかったのに、だ。

 他にも……炎華からプレゼントされた、ライトブルーのロリータドレス。私は時折り、その服に袖を通している。渋谷の試着室で出会った、絵本の世界のお姫様。鏡を見ると、そんな可愛らしい彼女と再会出来るのだ。

 いや、それだけでは無い。今日のカラオケで着たメイド服、そして博士から貰った()()()()()()……。

 そう、『可愛い服』に袖を通す事への抵抗が無くなりつつあるのだ!何故なら、鏡を見ると可愛く着飾った、『自分自身という()()()』が目の前に居るからだ!


 詰まるところ……『女の子として振る舞い、可愛く見せる自分』に慣れてしまっているのだ。この状況、客観的に見れば非常にマズい事なのだが……どうしても、あの倒錯の沼から抜け出せないんだ!


 あぁ……ウダウダと考えていたら、もう自室に着いてしまった。鍵を開け、テーブルに紙袋を置く。河原で助けた優斗君から送られた、お礼のお茶菓子だ。先程、胡桃沢博士経由で渡された物である。

 そして俺……私はアディラ嬢との演習帰りの様に、ベッドに倒れ込もうとした。

 だが、止めた。ベッドが不自然に膨らんでいたから、だ。


「…………そこだぁッ!」


 私は毛布を勢いよく捲る……と見せかけてクローゼットの扉を開け放つ!


「うわぁッ!?」


 私の思った通り、クローゼットの中には『アゲハの大魔女』にしてイタズラ好きな妖精淑女、マギナさんが隠れていた。


「どうして分かったの、蒼蘭お姉様?」


 見破られるとは思ってもいなかったのか、マギナさんは私に問いかける。


「……()が思うに、マギナさんは色々と趣向を凝らすタイプです。だから、イタズラその物はしても、『同じ方法』は使わないと予想しました。まぁ、半分以上は直感ですけど」


「成程……やっぱりお姉様の推理力と洞察力は侮れないわ。次からはもう少し考えないと……」


「そもそも、普通に部屋で待っていてくれれば良いんですけど……。

 いや、ダメです。そもそも淑女(レディ)がチャイムも鳴らさず、勝手に部屋へ入るのはどうなんですか!?」


「確かに、それはごもっともだわ。でも、私は『妖精』なのよ?こうして偶に『イタズラ』の一つでもしないと、蒼蘭お姉様は私の事を『ただの凄い魔女』としか思ってくれないじゃない」


 巫山戯半分に頬を膨らませるマギナさんは、確かに愛らしい妖精の仕草だった。博士や姉貴程じゃないが、中々に難儀な人……妖精だ。


 いや、今はそんな事はどうでも良い。私はマギナさんの手を掴み、身を乗り出す。


「それよりも、ちょうど良かったです。私は貴女に聞かなきゃいけない事、相談しなきゃいけない事が山ほどあるんです!マギナさん、私と話をしてくれませんか!?」


 魔法世界の偉人に対して不躾な態度かもしれないが、私は必死なのだ。本当に彼女が1000年以上生きているなら、彼女の知識を借りずには居られないではないか。


「ふふふ、まさかお姉様からこんなに熱心にお願いをされるなんて……。勿論、構わないわ。私も、お姉様とじっくりお話しをしたかったの♪

 ……少し、テーブルを借りても良いかしら?」


 私が頷くと、マギナさんは何もない空間から杖を出現させ、空中に円を描く様に杖を回し、最後は杖の先端をテーブルに向けた。すると、テーブルの上にワームホールが現れ、そこからティーポットとカップ、更には陶器の角砂糖入れとミルクポットまでがフワフワと降りて来た。

 妖精の魔女は慣れた手つきで紅茶をカップへ注ぎ、私を手招きする。


「魔女のお喋りには、美味しい紅茶が欠かせないわ。さぁ、冷めないうちに召し上がれ」


 私はクッションに座り、カップにミルクと砂糖を入れて紅茶を啜る。相変わらず、彼女が淹れる紅茶は美味しい。


「……貰い物ですけど、食べますか?」


 私はテーブルに置いた紙袋を開け、頂いた菓子を取り出した。


「まぁ、美味しそうなマドレーヌ!でも良いの?お姉様が頂いたものなのに」


「美味しい紅茶を淹れて貰って、私から何もないのは不味いかなって思ったんです」


「ではお言葉に甘えて、お一つ頂くわ♪」


 大魔女は小分けにされた袋の封を切り、その小さな口へ茶菓子を運ぶ。


「んー、美味しい!それに、こういうお菓子は紅茶によく合うわ♪蒼蘭お姉様……いえ、『()()()()』のお心遣い、しかと頂戴致しましたわ」


 今は蒼蘭ちゃんボディなのに、(わたし)が女の子になった事を見抜いている。やはりこの妖精、掴みどころが無いというか……。幼い少女の見た目に反して、一体何処まで見通しているのやら……。


「さて、ここまでして貰った以上、(わたくし)も誠心誠意お応えする必要があるわ。それに明日は土曜日、何時間でもお付き合い致します。では、何から話せばよろしくて?」


「……なら、先ずは単刀直入にお聞きします。

『アゲハの大魔女様』、貴女は『勇者』という存在に見覚えや聞き覚えはありませんか?」


『勇者』の単語が私の口から出た時、笑みを絶やさなかった魔女の顔に、一瞬だけ緊張が走った。


「質問に質問で返す様で申し訳ないのだけれど……もしかして、異世界からのお客様が言ってたのかしら?」


「はい。私達……地球に住む人々が、彼らから『勇者を奪った』とも言っていました」


「そう……そんな事を……。惺お姉様は、彼らの発言をどう捉えたの?」


 少し真剣な表情で、大魔女は更に私へ質問を返してくる。


「正直、異世界人の言う事なんて信用出来ませんよ。ただ、渋谷の異世界人も『勇者』がどうとか言っていたらしいので、確かめたかったんです。異世界人がこの世界を襲う根本的な原因が分かれば、マギナさんの言う『世界の滅亡』を回避できる筈ですから」


「……やっぱり、惺お姉様が『運命の鍵』で良かったわ。貴女は最善の道を模索しながら、そして物事に対して考えながら行動をする人だもの」


 よく分からないが、私は大魔女に気に入られたらしい。それは大変に嬉しい事なのだが……


「すみません、この姿でいる時に『惺お姉様』は止めてください……。それに褒められても、これ以上は何も出せません。ただ私は、マギナさんからの回答を待つのみです」


 私の言葉を聞いたマギナさんは、ハッとした表情へ変わる。


「ごめんなさい、はぐらかすつもりは無かったの。ただ貴女が私の大切な人に、何処か似ていたから、つい思いを馳せてしまったわ。


 こことは別の世界で、『勇者』と呼ばれていた人に、ね」


「ッ!?」


 ティーカップへ伸ばした手が、否が応でも硬直する発言だ。『何かしら知ってはいるだろう』とは思っていたが、まさか面識があったとは。しかも、『大切な人』だと!?


「詮索する様で申し訳ありませんが、マギナさんと勇者さんはどう言った関係で!?

 もし、もし仮にの話なのですが、勇者さんとマギナさんと、異世界にいる誰かとの『三角関係』なんて状態だったりするんですか!?」


 余りの衝撃で、話運びに余裕が無くなってしまう。

 加えて大魔女の恋愛事情に土足で踏み込むという、余りにも無礼すぎる態度を取っているのは自覚している。だが、仕方ないだろう。聖女クリスの主張では、『勇者が地球の者に奪われた』のだから。

 先ほども言った通り、異世界人の言う事なんて信じてはいない。だが、己が意見を『主張するに足り得る理由』は、あって然るべきだろう。仮にそれすら持たない虚言であるなら……私はもう彼らに耳を貸すのを止めようと思う。


 などとアレコレ考える私を他所に、マギナさんはあくまで冷静な所作で紅茶を口に運んでいる。


「そうね……先ず簡単に答えると、私にとって『勇者様』は想い人であり、かけがえの無い存在よ。ただ少なくとも、私が誰かから勇者様を奪ったつもりは無いわ」


 極めて簡潔に答えた後、妖精の魔女は視線をテーブルに落とした。天真爛漫で明るいマギナさんが、俯いて視線を逸らすとは珍しい。何かを考え込んでいるのか……?

 少しの沈黙を経て、彼女はゆっくりと顔を上げた。


「良い機会だから、蒼蘭お姉様には話しておくわ。今から700と十数年前、私とあの人が出会った時のことを。私から見た、異世界帰りの勇者様の事を」


 そう言って、アゲハの大魔女はぽつりぽつりと語りはじめた。


 ◆

 かつてこの世界には、妖精達が住まう『妖精郷』なる国があった。『マギナ・ロイジィ・スワローテイル』、後に『アゲハの大魔女』と呼ばれる彼女はその国の『お姫様』だった。


 ある日、彼女は日課の散歩をしている時、湖の辺りで倒れている青年を発見した。ごく稀に、人間の国から迷い込んで来る者がいるのだ。『彼もその一人だろう』と彼女は考えて、自宅へ連れ帰り青年の手当てをした。

 だが、事態はそう楽観視出来る物ではなかった。


「うわぁッ!?お、お前は一体何者なんだ!?」


 目覚めた青年はベッドから飛び起き、自らの腰に手をやった。


「な、無い!?俺の『聖剣』が、無くなっている!?」


「落ち着いてくださいな。貴方の持ち物は私が預かっております。手当の邪魔でしたので、少しの間避けたまで。何も金品を奪うつもりは有りませんよ」


 錯乱する青年を宥めようと、マギナは近づいた。


「黙れ、魔物め!!剣が無くても、俺は『勇者』だ!()()()()()って時に、お前らなんかに屈するものか!!」


 青年の手のひらに魔力が集まり、バチバチと迸っている。


「貴様、姫に向かってその口の聞き方はなんだ!!」


 ここは姫の住まう妖精達の城だ。当然マギナの傍らには、護衛の騎士や魔術師、メイドが控えている。彼女らも武器に手をかけ、今にも青年を斬り殺さんとする。


「お止めなさい、貴女達。彼は少々取り乱しているみたいだわ。客人に武器を向けるのは、淑女の礼儀に反します」


「ですが姫、この男は貴女様を『魔物』と呼びました。この無礼者は万死に値します!」


 女騎士の一人が発した言葉に、周囲も無言の肯定をする。マギナは大きく息をつき、周囲の者へ咎める視線を送った。


「二度は言いません。貴女達は一度下がりなさい」


 主人の放つ圧に気圧され、護衛の者らは引き下がった。青年はこの光景を見て、自分が口走った事に今更ながら後悔をした。少なくとも相手に敵意は無い。それどころか、殺気を向けて来た騎士達を言葉のみで下がらせた。姫と呼ばれたこの少女、この土地に於いてかなりの権力者だと分かる。


 怒らせてはいけない存在だ。

 しかし、それでも青年は気を緩める事ができずにいる。


「君達は……一体何者なんだ?その()()()()()()()()()()は何だ?」


 そう、少女達は少なくとも人間ではない。姫もその護衛たちも、蝶の様に鮮やかな羽根や、羽虫の様に透明な羽根を生やしているからだ。


「おや?私達の羽根が見えるのですか?普通の人間や並の魔術師には見えない筈なのですが……。

 では、名乗らせて頂きましょう。私は『マギナ・ロイジィ・スワローテイル』、妖精の国を治める者。所謂、『妖精のお姫様』と言うべき存在ですわ♪」


 姫君はにこやかな笑みで自己紹介をする。彼女の温かな表情は、半ばパニック状態にあった青年を落ち着かせるだけの力があった。


「妖精……俺が居た『異世界』では、確か絶滅していた筈……。なら、本当に帰って来れたのか?」


 少し冷静さを取り戻した彼は、目の前の少女をまじまじと眺めながら思案を巡らせる。


「なぁ、お姫様。もう一つだけ、奇妙な質問をさせて欲しい」


「ええ、ご遠慮なく」


「ここは、『地球』で合っているか?」


「はい?」


 あまりにも突飛な質問に、マギナはつい上擦った声色になってしまった。


「……ええ、そうですわね。太陽の周りを動き、夜になれば月が出る惑星、地球で間違いありません」


「本当か!?なら、俺は帰れたんだ!俺の故郷に!」


 青年は喜びの余りベッドから飛び上がり、その後自分に向けられる冷やかな視線を察知して、見事な土下座を決めた。


「先程はすみませんでした!お姫様は、俺を助けてくれたって言うのに、失礼な物言いをして申し訳ありません!」


「いえ、それはお気になさらず。ところで、貴方の故郷はどちらになりますか?近隣にある人間の街まででしたら、私がご一緒致しましょう♪」


 側近の者達は一瞬ざわついたが、これは仕方のない事だ。姫は人間が大好きで、何かと用事を見つけては、妖精である事を隠して人間の街まで遊びに行くのだ。黒髪の青年は深々と頭を下げ、感謝の意を示した。


 そう、青年を街まで送り届けて一件落着となる……筈だった。


 ◆

 ここまで一息に語り終えたアゲハの大魔女は、紅茶を一口啜って、大きく息を吐いた。


「話の本題はここからなの。この青年は人間の街……イギリスのとある街へ送り届けられたわ。ただ彼は、街並みを見て酷く絶望していたの。


『本当に帰って来たのか?まだ中世風ファンタジーの世界じゃないか!?』って、ね」


「それって、まさか……」


「蒼蘭お姉様は察しが良いわね。勇者様は700年以上未来の世界から、異世界に呼び出された人間だった。理由は分からないけれど、彼は地球に帰される時に、700年以上過去の時代へ飛ばされたのよ」


「……」


 衝撃の事実に、私は何と言ったら良いか分からなくなった。マギナさんの話を聞くに、勇者は元の世界に帰る事を切望していた。だが、蓋を開けてみれば遥か過去にタイムスリップだと?故意に発生したのか、不幸な事故なのかは分からない。しかし仮に前者であるなら、憤懣やる方ない事態である。嫌がらせや詐欺なんて生温い言葉では言い表せない、鬼畜の所業ではないか。


「行く当ての無い青年を、私は暫く保護したわ。彼から人間世界の話や、異世界の話を聞く事を対価にね。ただ、未来の話はそれなりに楽しく話してくれたけど、異世界の話はそこまで楽しそうじゃなかったわ。……いえ、厳密には『楽しい事もあったけど、それ以上の後悔があった』といった感じかしら」


 過去の恋人へ思いを馳せる様に、マギナさんは神妙に語った。


「何年か過ごす内に、私達は恋仲になったわ。彼は勇者の力を駆使して、妖精郷の守護者(ガーディアン)としてよく働いてくれた。民の妖精達も次第に彼を受け入れてくれたわ。

 ……それから十数年後、勇者様が永遠の眠りにつくまで、私達は幸せに過ごしました」


 ……最期は妖精達の国で幕を閉じたのか。時代も国も違うとはいえ、地球の空の下で誰かに看取られながら幕を引けたなら、勇者にとって幾らか救いになったのだろう。私は、そう思いたい。


「勇者様の物語は、穏やかな幕引きで終えられました。しかし今から700年前、『(あか)の厄災』が彼の、そして『アゲハの大魔女』のエピローグを台無しにしてしまったの」


『赫の厄災』……歴史の授業で、ちょっとだけ聞いた事があるな。


「確か、『真紅に染まる月夜に起きた、多くの人と魔女を滅ぼした未曾有の災害』でしたよね?何でも、空の裂け目から夥しい程の怪物や、地上を薙ぐ真っ赤な光が降り注いだとか……」


 ここまで言って、私は漸く気がついた。私は、『赫の厄災』とよく似た光景を見た事がある。ステラさんの水晶玉で見た、並行世界で起こり得た世界の破滅。


「まさか、厄災の正体って……」


「そう、世界を滅ぼす真紅の光。それは、怒り狂った異世界の女神でした」


 私は再び口をつぐんだ。次に話すべき言葉が、見つからなかったからだ。


「私は、彼の残した『聖剣』を用いて、女神を追い払う事が精一杯だった。力を使い果たした私は深い眠りにつき、500年前に再び目覚めた時には……何も無くなっていたわ。民も、臣下も、勇者様が『美しい』と褒めてくれた妖精郷の景色も、そして彼の忘れ形見である娘さえも……」


「……」


 声が出ない。喉が渇いている筈なのに、紅茶へ手を伸ばす気も起こらない。手が震えている。何故震えているのか、自分でも自分の気持ちに整理が付かない。彼女の身に起きた悲劇に対する弔意、或いは悲劇そのものに対する恐怖、更にはこれから起こり得る破滅が具体的に想起された故の震え、だと思う。


「マギナさんですら……厄災を追い払うのが精一杯だったのなら……本当に世界を救う役目が、『運命の鍵』なんて大役が、私に務まるのでしょうか?」


 絞り出した声は震えている。テーブルに置いた手の震えも、自分では抑えきれなかった。そんな私の手を、妖精姫(ようせいき)は優しく包んでくれた。


「あの時は、『アゲハの大魔女』一人だけだった。でも、今度は違う。何百年もかけて漸く見つけ出せた、蒼蘭お姉様という『運命の鍵』が一緒なのですもの」


「マギナさん……」


「現にお姉様は、既に多くの命を救っているわ。私と貴女ならあの悍ましい厄災、異世界の女神(じゃしん)すら退けられるわ」


 私の手を握る力が、一瞬だけ強まった。

 それはそうだろう。話を聞く限り、異世界の女神とやらはとんでもない邪神だ。勇者を別の時代へ追いやっただけでなく、介抱して真っ当に絆を育んだマギナさんへ逆恨みしていやがるのだから。そして、彼女の故郷を滅ぼした……。


 私には、彼女の怒りや悲しみを推し量る事は出来ない。だが、今まで散々お世話になってきた妖精に対し、自分の出来る事……()()()()()()()()()()をやらないのは、違う気がする。

 マギナさんの手助けが、『運命の鍵の成長』という目的や打算があったとしても、私にはその恩を踏み倒せる様な図々しさは無い。


 それだけではない。先程、姉貴に伝えたばかりじゃないか。学園で出来た『友達』や『仲間』、そして彼女達と過ごした『思い出』。それら大切な存在を、私は失いたくない。『守る』なんて大層なことは出来ずとも、『守る為の何か』ぐらいは自分にも出来る筈だ。


「……実力も自信もまだまだの身ですが、出来る限りの事はやってみます」


 目の前に座る妖精のお姫様は、私の言葉に瞳を潤ませて手を強く握った。


「本当にありがとう。私は、貴女に出会えて心から嬉しいわ!」


 ……まぁ正直な気持ちを述べると、できれば過度な期待はしないで頂きたいが……。いや、口に出しては言うまい。だって、流石にカッコ悪いだろ。

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