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第53話 沙織お姉ちゃんは色々と大変

今回、今までで一番長いです。分けて投稿すべきか、一気に投稿すべきか迷いましたが、取り敢えず以前の宣言通りの話数で今の章を終わらせる為に一気に投稿します。

そしてタイトルからお察しの通り、沙織お姉ちゃんが色々大変な回です…。何卒、ご容赦の程…。

(時間は午前中に遡る)


 雨海沙織は兎に角疲れていた。

 一昨日は愛しの弟、惺が精神的な不調に陥ったり、その日の夕方は弟の部屋にクラスメイトの女子高生、聖が押しかける様子を見せつけられたり、挙句の果てには聖が弟に手を出す夢まで見せられたのだ。


 隠しカメラの映像は機器の故障で消えてしまった為、確たる証拠は無いが……一番最後のは流石に『夢』で間違い無いだろう。惺からの話を聞くに、聖は大人しめでとても親切な良い子なのだとか。そんな子が、仮にも弟の大切な友人が、何やらふしだらなマッサージをして弟を悶絶させるなんて事はあり得ない。疲れているせいで、おかしなモノを見てしまったのだろう……。不幸中の幸いだったのは、どうやら惺のメンタルは無事に持ち直したらしい、という事だ。だが、姉として何もしてあげられなかったのは悔やまれる。


 さて、話を戻そう。私こと沙織お姉ちゃんは今、魔法機関の取調室にいる。学園内と同じ様に、博士兼非常勤講師の『胡桃沢(くるみざわ) 百花(ももか)』の姿で、だ。昨日、学園近くで騒ぎを起こした不届者達の取り調べを行う為、人手が必要となったのである。

 お姉ちゃんとしては、惺君……もとい蒼蘭ちゃんに怪我を負わせた河原の冒険者や、蒼蘭ちゃんのボディに欲情した偽冒険者役の薄汚い魔術ギャング、そして毒や爆弾で何度も命を奪おうとした身の程知らず且つ倫理も道徳も愛情の欠片も無い、凡そ知的生命体の取るべき行動をしなかった外来種共の取り調べは望むところだった。だが悲しいことに、それらの担当は別の職員が担当する事になってしまった。


『今の君が担当すると、大事な情報源を失いかねない。君の家族は無事だったのだから、どうかここは堪えて欲しい』との事だ。


 全く、人を何だと思っているんだ。沙織お姉ちゃんはお姉ちゃんなりに、お客様を()()()()()()()()()()()()用意があったというのに……。


 まぁ、文句を言ってもしょうがない。今は自分に割り当てられた仕事をこなそう。河原で襲われていた高校生4名、目撃者である彼らからも色々と話を聞かないといけない。

『魔法が認識できない者に何の話を聞くんだ?』と思われるかもしれないが、これにはちゃんと意味がある。


 先ずは、彼らが魔法を認識できる者、つまり『知覚者』ではないか確かめる為だ。

 例えば元々潜在的な知覚者であったが、今まで魔法に縁のない生活を送っていた為、つい昨日その事に気がついたというケースもある。我が弟、惺もそうだ。或いは、過去にも命の危機に直面して『知覚者』となったケースも度々存在し、昨日の事件でもあり得ない話ではない。

 魔女程ではないが、陣地を超えた力の『魔法』を認識できる人材は国も重宝している。発見された知覚者は、国が優先的に保護しているのだ。


 そして、『記憶の齟齬』の問題だ。魔法を認識できない以上、それは別の現象として認識される。例えば魔法による放火であれば、単なるガス漏れやガソリン等による火災だと誤認してくれるので比較的楽だ。

 だが今回の様に魔法を用いた戦闘、しかも浅瀬の川で水の竜巻が発生したり、橋が壊れかけたり、それをゴーレムが支えたりと言った場合には、一般人の脳にとって大きな負荷がかかってしまう場合があるのだ。


 だから『アレは映画の撮影だ』とか『ガス会社の不手際によるガス漏れ及びそれを吸った事による幻覚作用だ』とか言って上手く誤魔化したり、暗示魔法で記憶を少し歪めたりするのだ。他には最終手段として、記憶を直接改竄したり消去する事もできる。


 さて……今回は一人と三人に分けて、時間をずらして事情聴取を行う事になっている。先ずは最初の一人、『小鳥遊 (たかなし) 優斗(ゆうと)』少年だ。相手は普通の高校生、マニュアル通りに事情聴取をすれば何ら問題は無い。事実、彼自身の認識に異常は見られず、知覚者でも無かった。


 が、その後に彼が出した小さな紙袋が問題だった。


「このハンカチ、蒼蘭さんに返したいんです」


 気弱そうな少年は恥ずかしそうに頬を赤らめて、紙袋を差し出しながらそう言ったのだ。


「は?」


 お姉ちゃんの口から、つい低めの声が出てしまった。貴重な参考人の少年を怖がらせてはマズい。咳払いをして、身体をビクつかせている少年に頑張って笑顔を作る。


「すまない、どういう訳か聞かせてくれませんだろうか?」


「あ、えっと、その……」


 優斗少年は緊張の所為か、とても答え辛そうだ。別に君を取って食うつもりはないし、リラックスしてくれて良いのだが……。よし、こういう時にはマニュアル通り、お茶でも淹れるか。備え付けの電気ポットで緑茶を淹れ、少年に差し出した。

 茶を一口啜った少年は、落ち着きを取り戻した。


「蒼蘭さんがこのハンカチで、僕の怪我を手当してくれたんです」


「……ほう」


「あ、僕の怪我は、例の暴漢にやられた訳じゃなくて!河原で、同じクラスの不良生徒にエアガンで撃たれた物なんです」


「そうか、それは災難だったね」


 これは嘘偽りない本心だ。年頃の少年が、他者からの悪意で楽しい学校生活を送れなくなる……。自分にも身に覚えがある分、胸の痛む話だ。優斗少年も、色々と苦労しているのだろう。

 こちらの気遣いを察したのか、少年の表情が少し和らいだ。


「でも……そんな僕を、不良達に何もできなかった弱虫の僕を、蒼蘭さんは助けてくれたんです。しかも、キャラメルまでくれて……僕みたいな人間に、あんな優しくしてくれる女の子がいたなんて……」


 蒼蘭ちゃんの優しさに心を打たれたと言うわけか。それは当然の事だ。我が弟、否妹ほど心優しい人間はこの世に存在しない。


「だから、出来れば直接会ってお礼がしたくて……。洗ったハンカチと、お母さんと選んだお茶菓子と一緒に。後、『これを機に仲良く出来たらな』って思っちゃったり……」


「身の程を知れよ小童(こわっぱ)が」


「ひッ!?」


 自分でもビックリする程にドスの効いた声が、私の口から無意識に出てしまった。流石に今のはマズかった。私は緑茶を啜り、何とか心を冷静にする。


「君を脅すつもりは無いとも。ただ、彼女が通う暁虹学園は『男女間の恋愛禁止』のお嬢様学校でね。私の本業はそこの非常勤講師だからよく知っている。だから、確実に彼女とお近づきになるのは無理だろう」


「そうだったんですか……すみません、知らなくて」


「いや、謝る必要はないさ。確かにし……蒼蘭ちゃんの優しさに惚れ込む、それ自体は悪い事ではない。寧ろ、見る目があると言って良いさ。

 ただねぇ、『助けられて事をキッカケに恋に発展する』なんて、あまりに都合が良すぎないかい?そりゃ年頃の男の子はそういうファンタジーに憧れる物だとは理解しているとも。それに優斗少年を助けたのは見目麗しき絶世の美少女、ついコロっと惚れてしまうのは分からなくもない。だが、それで終わりさ。そこから先へ進む事は、君には出来ない。絶対に不可能だ。何故かって?理由は色々あるけど、例えば『互いを知らなすぎる』って事かな?だって、君は蒼蘭ちゃんの誕生日も好きな食べ物も知らないんだろう?何せ初対面なのだから。そして、普通の男女なら時間をかけて互いを知る事で仲は深められるが、蒼蘭ちゃんと個人的に会う事は不可能だ、校則の問題でね。

 そもそも大前提として、仮に蒼蘭ちゃんの事を理解できたとしても、凡人では彼女と結ばれる事はない。あり得ないんだ。だって、()()()()()()だろう?ああ、誤解しないで欲しいのは、私は何も君を貶めるつもりは無いんだ。分かりやすく言うと、そうだなぁ……『天使』と『人間』の間に恋愛が成立するか、という話だね。明らかに『格』が違うだろう?幾ら価値観の多様化した時代とはいえ、一介の人間が健気さと慈愛を兼ね備えた、地上に舞い降りた天使と仲を深めたいなんて烏滸がましい話だと思わないかい?」


「は、はい……」


 沙織お姉ちゃんの説得に、少年は縮こまって返答した。良かった、分かってくれたんだな。


「とはいえ、感謝の気持ちを伝えるのは素晴らしい心がけだ。そういう道徳心は、欠かさずに持っておくと良い。直接会う事は無理でも、小さなメッセージカードを添えて感謝を伝えるぐらいはしても良いんじゃないかな?もしよければ、学園の非常勤講師である私が預かろうじゃ無いか。例えばこの後、別室でメッセージを書いて他の職員に渡してくれれば、その紙袋と一緒に私が責任を持って彼女に届けようじゃないか」


 私とて仮にも教職者だ。子供の長所は、例えそれが小さな物でも伸ばすべきだと言う事くらい心得ている。


「えっと……では、お願いします」


「分かった。メッセージカードは……あった、これを使いなさい」


 私は机の中にしまったファイル類から、小さなメッセージカードと封筒を取り出して少年に渡した。その後、他の職員に事情を伝え、休憩室にて感謝の言葉を書く運びとなった。


 ◆

 さて、次は例の男子高校生三人か……。

 蒼蘭ちゃんがラブコメ的な展開に陥りかけた元凶、優斗少年がしずくん、じゃなくて蒼蘭ちゃんに傷の手当てをして貰った上にお菓子まで貰えるという羨ましい事態になった、諸悪の根源。


「…………」


 髪を染めたり、ピアスを付けたり制服改造など厳つい格好をしておきながら、不良達は雁首揃えてオドオドした様子だ。


「どうした?私の顔に何か付いているのか?」


「いえ……」


 どうやら彼らは私に怯えているらしい。何故だ?私はただ、蒼蘭ちゃんにラブコメ展開を届けた者達の顔を、()()()()()観察しているだけじゃないか。

 まぁ、こんなザマでも事情聴取はしないといけない。取り敢えず、先に魔法関連の事柄について質問を重ねる。結果、彼らは白。魔法を感じ取る力に目覚めたり、それを隠し持っていたりはしない。


 一応これで『仕事』は終わりだが……まだお姉ちゃんにはやるべき事がある。『さっさと帰りたい』というオーラを発している不良生徒達には、もう少し居残りをお願いせねば。


「一つ、確認をさせて欲しい。君たちがエアガンで、小鳥遊君を襲ったと言うのは本当かい?」


 少年らはギョッとした表情で、互いに顔を見合わせた。そして少しの間、沈黙する。返答に窮している様だ。


「……何か証拠でもあるのかよ?」


「目撃者がいてね。ほら、君らも見ただろう?暴漢らを取り押さえた、青髪の少女とオレンジ色の髪をした少女だ。特に青髪の少女は、実際にエアガンで怪我をした小鳥遊君を手当していてね。私は彼女らの通う学園で教師をしているが、彼女はとても誠実な生徒だ。


 ……まさか、君らは『彼女が嘘をついている』と言いたいのか?」


 蒼蘭ちゃんの話題を出すと、彼らは明らかに挙動がおかしくなった。ああ、そうか。取り調べの際に言ってたな。一般人には、蒼蘭ちゃん達が『素手で冒険者達を叩きのめした』様に見えた、と。

 それを聞いて、危うくお姉ちゃんの奥歯が砕けるところだった。何だ?コイツらは可憐な女子高生とゴリラの区別も付かない程に頭が悪いのか?だとしたら、彼らを即刻入院させるか、この国の教育制度を早急に見直す必要が出てくる訳だが?


「沈黙は肯定、つまり君らがエアガンで人を傷つけた事は間違いないと言う事だね?」


「……」


 十数秒の沈黙の後、彼らは恐る恐る頷いた。


「はぁ……」


 彼らの行動も嘆かわしいが、それ以上にこの態度が腹立たしい。何故一言も発しない?他人を害したクセに、自分より強い人間には怯える事しか出来ないのか?そもそも、目の前にいる私はそんな凶暴な生き物ではない。目の前にいるのは人語を解する人喰いヒュドラではなく、美人で優しい沙織お姉ちゃんだろうに……。


「あ、あの青髪の女……」


 お姉ちゃんの嘆きが通じたのか、右端の高校生が口を開いた。


「アイツ、一体何者なんだよ?」


「……その質問は、どういう意味かな?」


「あの女子高生、武器を持ってる不審者を倒せるぐらい強くて凶暴なんだ!どう考えても、取調べするなら俺たちじゃなくてアイツだろ?」


 一人がそう答えると、他二名も高速で頷いた。


「俺たちの場合は、学校での問題だろ?先に大事件の解決をするのが、ケーサツとかアンタの役目じゃないのかよ?」


「そうそう、危うく俺たちもあの女子高生に襲われそうになった訳だし……だから、早く俺らを帰してくれよ」


 沙織お姉ちゃんは手のひらで机を『バンッ!』と叩き、不良達は勢い良く後方へ吹っ飛んだ。まぁ、無理もない。華奢で美人なお姉さんが、手のひらで机を叩き割ったのだ。生存本能から来る反射的な動作で、無意識に後方へ跳躍したのは当然の出来事だ。天板には紫色の毒々しい液体が僅かに付着しており、そこから煙が上がっているのだが、目の前で腰を抜かしている若者に気づくはずもない。


「貴様ら……今何と言った……?自分達の所業を棚に上げるだけでなく、よりによってあの子を『凶悪犯』に仕立て上げるつもりだと……?」


「え……?」


「あの子はな、貴様らを手当したんだぞ?他者を虐める様な、貴様らの様なクズの命を、本気で心配してたんだぞ?その優しさに、お前ら社会のゴミは仇で返すのか……?」


 言葉遣いが乱暴になっているのは私も自覚している。だが、今お姉ちゃんはコイツらを『処理』しない様に何とか理性で身体を押さえつけているのだ。ハッキリ言って、今すぐノーベル平和賞を受賞しても良いレベルの思いやりだと思う。

 叩き割られた机の背後で、尻餅をついた高校生達がガタガタと震えている。股間から溢れるモノを見るに、コイツらはオムツからやり直した方が良いだろう。


「ねぇ、どういうつもりなの……?他人をあそこまで思いやる天使を、どうして君達は悪人に仕立て上げようと思ったの……?」


「いや、俺たちは気絶してて……手当されたのとか覚えていないし……」


「『覚えてなければ何をしても良い』って事か?蒼蘭ちゃんのお陰でお前らはぐっすり眠れたと言うのに、その恩をどうしてそこまで無碍に出来るんだ?野生動物ですら、もう少し恩義というモノを心得ているぞ?」


「し、証拠は……」


「言っておくが今の発言、相当に重いものだと知れよ?」


「え?」


「証人なら居る。小鳥遊少年は、蒼蘭ちゃんが君らを手当した様子を見ている。彼もまた、蒼蘭ちゃんに手当されたからな。

 そして、お前たちは『証拠が無ければ何を言っても良い』と考えているな?だからあんな発言が出来た。だが、その考えは裏を返せば、『証拠が出たなら重い罰を背負わなくてはならない』という事でもある。当然だろう。証拠が出るまでは、貴様らは好き勝手に他人へ冤罪をかけていたのだから。何事にもリスクや代償は付きものだ。好き勝手した分のツケは、大いに払って貰わないとな」


「……」


「それと、小鳥遊君は蒼蘭ちゃんにお礼を言いたがっていた。助けられた相手に感謝を伝える、素晴らしい道徳心だ。それに引き換え、貴様らは何だ?恩人に冤罪をかけて、自分らの行いを反省すらしない。お前らは本当に人間なのか?霊長類の頂点の行動とは思えないが?」


「……」


 目の前の高校生達は、とうとう黙ってしまった。

 やっぱりこの手の害獣は早々に処分しておいた方が良い。こんなヤツらを社会に解き放つ方が、より多くの被害を生み出すに違いない。

 私は拳を振り上げ彼らに一歩、近づいた。


『止めて、沙織ねぇね!』


「!!」


 私の中で、私を止める声が聞こえた。

 私の中に居る、『イマジナリーしず君』が、お姉ちゃんの暴走を止めようと声を上げたのだ!


「……全員、座りなさい」


「……へ?」


「早く!時間が勿体無い!」


「はい!!」


 全員がパイプ椅子に座ったのを見計らって、私は口を開いた。


「今から、特別に道徳の授業を始めます。君たちをこのまま社会に出すのは、一人の大人として見過ごせません。どうしても帰りたいのなら、私の授業とその後に出す簡単なテストを受けなさい。良いですね?」


 不良生徒が小さく頷いたので、私は過去の出来事、沙織お姉ちゃんと可愛い弟の惺君との昔話を聞かせることにした。(勿論、彼らには弟の名前は伏せており、『ある姉弟の話』という体で、だ)


 ◆

 弟が産まれたのは、私が5歳の頃だった。赤ちゃんの頃から惺君は可愛らしく、正に地上に舞い降りた天使だった。赤ちゃんが初めてハイハイした時や歩く事が出来た時、幼い心ながら『命の尊さ』と言うものを実感して記憶がある。

 だが、私が真にその尊さを理解したのは、私が10歳の頃。つまり、弟がまだ5歳の保育園だった頃の話だ。


 私は生まれつき、人より色々な事が出来る人間だった。勉強、運動、どれも高水準で出来ていた。運動会の駆けっこは1位が当たり前、テストでは100点を取るのが当たり前になっていた。

 だが、この『当たり前』と言うのが中々に厄介な物である。小学校に入学した当初、100点の答案用紙を持ち帰った時には両親に大層褒められた。だが、最近ではそこまで褒められている気がしない。クラスメイトが『100点を取ったご褒美にゲームソフトを買ってもらえた』なんて話を聞いた事もある。


(たった一回の100点満点で、羨ましいな……)


 まぁ私の場合、そんなことをしてたら家中がゲームソフトだらけになってしまうので、仕方ない事ではあるのだが。やはり、子供心には何処か寂しさを感じていたのだ。


 そんなある日、いつも通り学校のテストを親に見せた。だが、いつもと違い、今日はしず君がお姉ちゃんに渡したい物があるのだという。


「これ、保育園で作ったの!沙織ねぇね、『100点おめでとう』の金メダル!」


 弟が渡したのは、ハサミで円状に切った厚紙に金の折り紙を貼り付けて、更にリボンも付けた『手作りの金メダル』だった。

 5歳の工作、そう言われたらそうかもしれない。事実、『円』と呼ぶには不恰好で、糊を付けすぎたせいで若干湿っていた。だが私にとっては、この世のどんな贈り物よりも、それこそ純金で出来たメダルよりも価値のある物だった!


「しず君、しず君、ありがとう!お姉ちゃん、しず君の事、だーーい好き!!」


 私は弟に抱きついて頬擦りをした。弟も、お姉ちゃんが喜んでくれて嬉しそうだった。

『誰かを思いやる気持ち』、それをたった5歳でここまでのレベルの物を持っているのだ。我が弟は、この世界できっと誰よりも優しくて思いやりのある人間なのだろう。その時、私は決めたのだ。弟に貰った金メダルに恥じない、優秀な人間になるのだと。


 ◆

 今のは惺君エピソードの、ほんの一部だ。

 私はたっぷり三時間かけて『雨海 惺』、もとい『ある弟君』の素晴らしさを不良生徒に語り聞かせた。当然、エピソード毎にちゃんと聞いているか、内容の確認をクイズ形式で行った。不良達も正に『死に物狂い』という様子で聞いており、ちゃんと内容も頭に入っている様だ。

 ……正直なところ、姉と弟の心温まるエピソードを、そんな鬼気迫る表情で聞くのはどうかと思うのだが……。いや、きっと彼らも疲れているのだろう。いきなり異世界人に出会して、襲われたばかりなのだから。惺君なら、きっとこんな風に彼らを慮る筈だ。


 惺君の素晴らしさを語り聞かせていたら、すっかり夕方になってしまった。三人の男子高校生達は、修行を終えて悟りを開いた僧侶の様に澄んだ瞳をしていた。人は一朝一夕では中々変われないが、この様子だと今日語り聞かせた事がしっかり身に付いている。きっと、彼らも地上の天使に見せても恥ずかしくない人生を歩んでくれる筈だ。


 その後、高校生達を長時間拘束した件と机をぶっ壊した件について私はお説教を貰い、そして高校生達の教育による疲労でメンタルが限界に達していた。更に、弟が無理をした為に身体が女の子に、つまり妹になるという事態に見舞われた。私の脳は、キャパシティを超えつつあった。


 だが、お姉ちゃんの頑張りがきっと届いたのだろう。なんと惺君……惺ちゃんが、お姉ちゃんにお電話したいと言うのだ!あぁ、久しぶりに姉妹水入らずで会話ができる……


 ◆

 姉貴に電話する前に、友人である博士から姉貴に事情を説明してくれるらしい。その後、姉貴から俺のスマホに電話がかかるので、それに出るという段取りだ。


 俺は博士に入るよう指示された、このカラオケルームで待機している。何だ、魔女の間でカラオケが流行っているのか?しかも、何故か博士は鍵まで閉めていったし……まぁ、先にトイレは済ませたから良いけどさ。


 待っている間、俺は部屋にある鏡で改めて自分の姿を確認する。何か、何処となく姉と似てるな。でも博士も言っていた様に、左目の泣きぼくろとかは姉には無い特徴だ。


(それに……姉貴より『デカい』よな。姉ちゃんも、そこそこ大きかったけど)


 俺は正真正銘、自分の物である乳房を揉みながら考える。蒼蘭の時と、恐らく殆ど変わらないサイズだ。手にずっしりとした重みが乗る。だが、夢と幸せに溢れる、心地よい重さだ。


 ……まだ、姉貴から電話は無い。そして、部屋には誰も居ない。俺は転校前日に出来心でやってしまった、『夜の一人遊び』を思い出していた。あの時、蒼蘭ちゃんの身体で自分自身を慰めた、あの時の快感を。あの時と同じ、或いは身体が違うので、また違った快感を味わえるのでは無いか……?


(『実験』、してみるか……?そう、これは実験……何もやましい事は……)


 その時、スマホの着信音で俺は我に返った。

 肝が冷えるタイミングだったが、ある意味良かったかもしれない。もし実験を行ったら、この部屋の主人への言い訳が必須になるのだから。

 しかし……何て言って出るか……。この短い間に色々な事が起きすぎて、ほんの一ヶ月程度の筈なのに何年ぶりかの電話に思えてしまう。


 ええい、ままよ!


「もしもし……姉貴か?」


『しず君……で良いんだよね?それとも、『しずちゃん』になるのかな?』


 うん、この感じ。間違いなく、電話の向こうにいるのは我が不肖の姉、雨海 沙織だ。


「どっちでも良い……じゃなくて、信じてくれるのかよ?今聞こえている女の子の声が、『雨海 惺』の物だって」


『信じるも何も、この番号はしずちゃんの携帯電話でしょ?百花からも話は聞いているし、何よりお姉ちゃんがしず君の事を疑うわけないじゃ無い!』


「ああ……そういうモンなのかな?取り敢えず、信じてくれたみたいで良かった」


『も〜、しず君!もっと積もる話をしましょうよ!それと昔みたいにお姉ちゃんの事、"沙織ねぇね♡"って呼んでくれても良いのよ?』


「切って良いか?」


 一ヶ月ぶりに喰らった我が姉の過保護ムーブに、俺はつい素っ気ない態度を取ってしまった。

 ……我が友人には、まるで姉が完璧超人で、弟からの妬み嫉みの言葉さえ、謝ったら許してくれる様な聖人であると話してしまった。だが、この姉には大きな欠点がある。


 あまりにも、弟に対して『過保護』なのである!


 まぁ、聖と炎華に話した姉貴の一面は嘘ではないし、人間誰しも短所の一つや二つ抱えている。それに、姉が過保護なのは半分くらい俺自身に責任がある為、あまり大きな事は言えないのだが……。


『待って、切らないで!久しぶりのしず君とのお話なんだから、切っちゃヤダ!』


 子供みたいに駄々をこねはじめた。アンタ、もう23歳だろうが……。


「分かった、分かった。切らないからさ……。で、姉貴は何処まで博士から聞かされてるの?」


『……惺君の状況は、全部聞かされているよ。でも、出来ればしず君の口から、近況報告を聞きたいな。それとお姉ちゃんは魔法機関の魔女だから、秘密事項とか気にしないで話してくれて良いからね』


「そっか。じゃあ、何から話すか……」


 俺は少し考えた後、魔女学園での生活を語る事にした。転校初日に事件に巻き込まれた事。初めて出来た『魔女の友達』の事。未来が見える事。その魔法で友達を助けた事。友達からはそれ以上に助けられている事。学園でライバル(?)が出来て、それが世界的に有名な財閥のお嬢様な事。そして今日、新しく友達が増えた事を話した。

 そして、友達と渋谷へ出かけた事。そこで再び事件に巻き込まれた事。俺たちを助けてくれた妖精、『アゲハの大魔女』であるマギナさんの事や、彼女の従者ステラさんの事。彼女達に修行をつけてもらったり、マギナさんからは『世界を救って欲しい』と頼まれている事。

 最後に、この世界に侵攻する異世界人の事。子供なら一度は夢見る『剣と魔法の世界(ファンタジー)』の住人が、この世界に害をなしている事。マギナさんの話した『世界の危機』が、どうやら本当に起こり得る事。そして、俺の魔法……『時魔法』は、本当に世界を救う様な魔法である、と言う事。

 それらをかい摘んで、俺はお姉ちゃんに話した。お姉ちゃんは、ひたすら聞き手に徹してくれて、俺の話をよく聞いてくれた。


『……そっか。話してくれて、ありがとう。

 ねぇ、しず君。学園生活は楽しい?』


「そりゃ、まぁ……。

 うん、楽しいよ。だってさ、絵本や物語の中にしか無かった『魔法』が、身近に感じられる毎日なんだぜ?そりゃ、楽しくもなるよ。友達も、クラスメイトも、生徒会の皆さんも良い人だしさ」


『じゃあ、マギナさんに頼まれた"世界の救済"については?』


「それは……う〜ん、そうだな……」


 何とも答え辛い質問だ。そもそも、マギナさんに頼まれた事って『楽しい事』に該当するのか?別に俺、戦闘狂でも正義の味方でもねぇしな……。


『お姉ちゃんはね、しず君には楽しい生活を送って欲しいの。東京に行く時だって、お姉ちゃんは反対したけど、それでも"惺君が楽しいキャンパスライフを送れるなら"って考えたから、君を送り出したのよ』


「姉貴……」


『まぁ、大学生活では無かったけどさ……お姉ちゃんとしては、学園生活が楽しければそれで良いかなって思ってるの。

 だから、さ。しず君が命の危険を冒してまで、大魔女からの依頼なんてしなくて良いと思う。というか、して欲しくない』


「……」


 初めて聞いた姉の本音を前に、俺は黙って聞くしか無かった。


『だから、しず君!もう危ない事は止めて、のんびりと学園生活を送って欲しいの。だってほら、完全に女の子になってるなら、もう性別の詐称とか気にしなくて良いでしょう?女の子友達と、お出かけして洋服選んで、カラオケで歌ったりテストの勉強をしたり!お姉ちゃんは……しず君が送れなかった、『楽しい学校生活』を過ごして欲しいな……』


「姉貴に、心配かけているのは分かった。でも、それは出来ない」


『……どうして?』


 そうだ、伝えなければ。俺はこの為に、お姉ちゃんに電話をしたかったのだ。


「最初は、ただの"願望"だった。それと、"恐怖"だ。俺は自分の人生の中で、『何者にも成れずに終わる』という恐怖。姉貴と違って凡人でしか無い俺は、何も特別な事が出来ずに『何処にでもいる一人の人間』として終わる。でも、そんな俺にも何か大きな事が出来たらなって……。そんな願望を持っていた。

 正直な話、マギナさんから……『アゲハの大魔女』から、"運命の鍵"って呼ばれた時、凄い嬉しかったんだ。俺は、もしかしたら『特別な存在』に成れるんじゃ無いかって」


『……』


「正直な話、今でもそんな事を心の片隅で考えている。でも、それより更に優先したい事が増えたんだ!」


『それは?』


「この学園で出来た『友達』や『仲間』、そして彼女達と過ごした『思い出』を、俺は守りたい。守るまでは行かなくても、手助け程度にはなりたいんだ。マギナさんが言っていた『異世界人による、この世界の滅亡』が、どんどん現実味を帯びているんだ。もしかしたら転校初日の事件みたいに、友達が悪意に晒されて酷い目に遭うかもしれない!

 今はまだ俺に出来る事は少ないし、別に俺は正義の味方でも世界を救うヒーローでもない。でも、せめて、手に届く範囲の人達の力に、俺が『何か』をしてあげたいんだ!具体的には上手く言えないけど、俺の魔法なら、きっとそれが出来ると思うんだ!」


 姉貴に自分の思いを伝えた後、スマホが暫く無言になった。


『……何か、ここまで真剣なしず君、久しぶりに見たかも』


「え?」


『お姉ちゃんに土下座して、大学受験の勉強を教えて欲しいって言った時。あの時のしず君、物凄い本気だった。お姉ちゃんも、本気で頼られて嬉しかったよ』


「お姉ちゃん……」


『ありがとう。惺君の本心を聞けて良かった。お姉ちゃん、ずっと心配してたんだから』


「あー……まぁ、『姉貴にも心配かけているだろうな』って思ったから、今日博士に頼んで電話繋いで貰ったんだよ」


『ええ!そうなの!沙織お姉ちゃん、愛されてる〜!!』


「相変わらず大袈裟で過保護だよな、姉貴って……」


『何よ〜、しず君はお姉ちゃんの事、キライ?』


「昼ドラに出てくる面倒くさい女みたいなセリフ吐くなよ……。まぁ、『どちらかと言うと好き』になるかな?性格診断とかにある選択項目に従うと」


『5段階中"4"って事!しず君はお姉ちゃんの事、やっぱり大好きなのね〜!』


「『3.9』……いや、『3.8』ぐらいかな?」


『も〜、照れなくて良いのに〜♪』


「じゃ、この辺で電話切るわ。じゃあな、姉貴!風邪引くなよ!」


 俺は電話を切った。

 はぁ、疲れた……。相変わらずのブラコン……シスコンっぷりだ。未だに5歳児の作った紙細工を、額縁に入れて後生大事に飾っておく程だからな。そりゃ悪い気はしないが、姉貴がコンクールとかで獲得したトロフィーや金メダルより大事にされているのは、何だか複雑な気持ちだ。

 暫く待っていると、何故か上機嫌な博士がドアを開けてくれた。さっきまでの、息も絶え絶えだったバイタルが嘘の様だった。


 ◆

(胡桃沢ラボの地下、『沙織お姉ちゃんルーム』にて)


 私の心は、雨上がりの空の様に爽やかだった。

 ああ……我が妹との会話が、言葉が、身体の細胞一つ一つに栄養を運んでくれている……。生きる為の活力が漲って来る……。


 私のテーブルには、先程エプロン姿の惺ちゃんが作ってくれたカレーライスに、録音した電話の音声、そしてビール缶が並べられている。

 真心込めた美少女な妹の料理。妹がお姉ちゃんの事を思いやり、かけてくれた電話での会話。

 これはもう、これらを肴にビールで優勝するしか無いだろう!!


 女子高生の友達と、楽しくお出かけしたりカラオケ行ったりしているのはちょっとヤキモチだが、最終的に弟や妹はお姉ちゃんの元に戻って来るものだ。私はしず君の心遣いを、そう解釈した!


 ああ、明日からの人生、お姉ちゃんは爽やかな心で過ごす事が出来る〜♪

尚、優斗君からのお礼の品は夕食時に博士から惺君に手渡されており、無事に優斗君は蒼蘭ちゃんへ感謝の気持ちを伝えられました。


そして、不良生徒三人は大人しくなり、人を虐める事はしなくなりました。彼ら視点だと、人生で三度も命の危機に瀕した訳です。そこまですれば変わりますよ、流石にね。


最後に…次の話では第2章は一旦終わりとなります。次回がどのくらいの長さに収まるかは分かりませんが、次回の更新を気長にお待ちいただけますと幸いです。

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