第51話 『鍵』の目覚め
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人は死ぬ直前、様々な記憶が蘇るらしい。
所謂、『走馬灯』というヤツだ。
聞いた話では幼い頃から今までの半生記、楽しかった思い出や記憶に残る出来事が、自動的に想起されるらしい。
という事は、例えば、今俺が思い出しているのも、走馬灯に当てはまるのだろうか?
この前の土曜日、俺は学園の図書館で本を借りた。
『瑠璃海 蒼蘭』ではなく、『雨海 惺』の魔法、未来予知についてもっと知りたかったからだ。未来予知の魔導書何かがあれば、最も自分の魔法を使いこなせるんじゃないか、そう考えての事だった。
とはいえ、流石に遥か昔に廃れた魔法だ。未来予知その物が載っている魔導書は無かった。代わりに、『時魔法』について書かれた歴史書を見つける事ができた。魔導書の様に魔法の使い方や魔法陣が載っている訳じゃなかったが、色々と面白い事が書いてあった。
何でも未来予知というのは、時間を司る『時魔法』の中の、ほんの一種類に過ぎないのだとか。そして時魔法は、未来予知と同様に失われた魔法の一つで、今現在扱える人間は居ないのだとか。
そして『時魔法』というぐらいだから、やはり時間に関する魔法について紹介されていた。
時間を遅くする魔法、逆に加速させる魔法、時を止める魔法に、時間を巻き戻して物体や生命すらも元通りにする魔法など、様々な魔法が紹介されていた。
(大昔の魔女は、こんな凄い魔法を使っていたのか……)
驚き、感嘆、色々な感想があったが、やはり一番大きかったのは……
(もしかしたら、俺もこんな凄い魔法が使えるのかな……?)
なんて事を思ったな、あの時は。
周囲の音が聞こえなくなる。自分の心臓だけが、ドクンドクンと五月蝿く脈打っている。
あと数秒で爆死するっていうのに、その時がいつまで経っても訪れない。死ぬ寸前に態と焦らされているみたいで、腹立たしさすら覚える。
<残り8秒>
……仮に、もしあの爆発を止めるとしたら?どうすれば止まるのか?圧倒的に時間が足りないが、最後の最後に行う悪あがきとしては、何が正解なのだろうか?
<残り7秒>
水をかける?いや、その程度で爆炎は消火できない。爆発それ自体を防がないと、意味がないのだ。
<残り6秒>
そういえば、爆発って酸素がないと起こらないよな?物が燃えるには温度と燃える物、それと酸素が必要だった筈だ。
なら、例えば、あのデカい水晶玉を、もっと大きな水の塊に入れてしまえば……?
<残り5秒>
……我ながら馬鹿な事を考えていると思う。
諦めが悪い、生き汚いにも程がある。
そもそも、後5秒で何が出来るというのだ?
……頭では冷静な考えが浮かんでいる。
だが、それでも、俺は自分の魔法を止められなかった。巨大な水の球体を作る手を、止める事が出来なかった。
もっとだ、もっと早く、もっと大きく膨らませろ!
直径5mより大きく、そして早く!
身体中の魔力を持っていかれる感覚だ。膝から力が抜けていく。ああ、クソッ!間に合え!散々人の事を焦らす様に弄んだんだ!後追加で50秒ほど時間を寄越せ!!
そんな事を考えながら、俺は無我夢中で魔力を練った。最早間に合うか否かではなく、水の球体を完全させる事が目的になっていた。まるで、最後までやり遂げる事それ自体を優先するかの様に……。
◆
静寂を破ったのは、爆発でも魔法の音でもない。
毎時間、0分に鳴り響くチャイムの音。
それが終わっても、その場にいる全員が、目の前の事象を信じられずにいた。しばらくの間、動けずにいた。
現在、時刻は『18:01』。
液晶パネルの時刻と、爆発しない水晶玉、そしてそれを覆い尽くす巨大な水の球が、どんな言葉よりも雄弁に物語っていた。
『未来は、変わったのだ、と』
「……ッ!コイツ!」
真っ先に動いたのは、魔術師フランだ。
有り得ない速度で水の塊に爆弾を沈めた蒼蘭を仕留める為だ。彼女は最上階の床に降り立ち、運命因子に向けて魔法を放とうとする。
「『緋色に燃る炎の水車』!」
それを防いだのは、学園の頼れる炎属性ギャル、葡萄染 炎華だった。
「こんな炎、私に効くと思ったのかしら!?
ある訳ないでしょう!?ラジエル様から力を賜ったこの私が、私達が!貴女達みたいな、ちっぽけな魔女に!!敗北するなんて事が、あり得るわけない!」
炎の車輪を受け止め、魔術師は怒りの余り叫ぶ。
「あーしには、勇者とか女神様とか、ラジエル様?の事もよくわかんないけどさ……
あんま、あーしらの事を甘く見るなよ?」
「このッ……
『ヘル・フレイム・ウェーブ』!」
漆黒の炎が津波となって、炎華に襲いかかる。
炎華は冷静に、自分の魔力を練り込む。
今、一番元気なのは炎華だ。他の皆は魔力を使い果たしている。故に、自分自身の全力で決める必要がある。彼女はそう考えた。
「頼れる仲間と、新しい友達兼可愛い後輩の為に、炎華ちゃんのフルパワーを見せてやる!
『熱情の口付け♡-愛情大盛り!!』」
炎華の必殺技、投げキッスからの三連プラズマ砲が炸裂する。
「熱の魔法……炎魔法の応用かしら?でも、あらゆる属性を極めたこの私に……」
魔術師フランは大きな勘違いをしていた。確かに、B級冒険者の彼女であれば、並大抵の属性魔法は通用しない。
だが、目の前にいるのは、炎耐性を付与した魔物さて、一撃で葬る火力を持ったギャルなのである。
「があああッ!!」
自分の魔法耐性では防ぎきれず、フランは後方へ飛ばされる。彼女にとって幸運だったのは、背後に水の塊があった事だ。下降していく水の球体に突っ込んだ為、焼死を免れて生存する事が出来たのだ。
これにて本当に依頼達成、『運命の鍵』とその仲間達は、見事に初の試練を乗り越えたのである。
◆
「はぁ……はぁ……、お、終わった……?」
蒼蘭はその場でへたり込む。もう魔力は空っぽだ。一歩も動けそうにない。帰る体力も、気力も失ってしまった。
すると、疲弊し切った彼女の手のひらに、虹色の蝶が止まった。蝶はすぐに光の粒子となって消えてしまったが、代わりに虹色の楔が蒼蘭の手に置かれていた。
「これは確か、『運命の楔』?」
彼女の手は楔を握ったまま、吸い込まれる様に口へ移動する。パリポリと楔を、無味無臭のキャンディの様な物体を噛み砕く。
蝶の主人が言っていた。これは並行世界から産み出された魔力の塊である、と。その魔力を扱えるのは、アゲハの大魔女マギナと、彼女に見込まれた運命の鍵の二人だけだ。
蒼蘭の魔力が回復するのと同時に、所々損壊したショッピングモールが元に戻っていく。ここで魔法を使った戦いなど無かったかの様に、全てが元に戻っていく。
運命の鍵の、長い一日は、漸く峠を乗り越えたのだった。
◆
(再び、女神セフィリアを祀る大聖堂にて)
「はぁ……はぁ……」
剣士ベリックは、帰還用のアイテムで辛うじて生還を果たした。正に、命からがらの逃走劇だ。無理もない。運命因子が、彼らに死を運んできたのだから。あの可愛い顔をした魔女は彼にとって、快適な生活を脅かす死神でしか無かったのだ。だが、それすら逃れる事が出来た。自分は助かったのだ、とベリックは自分に言い聞かせる。
「お帰りなさい、冒険者ベリックよ」
白い礼服の少女、『大神官』のラジエルがベリックを迎えた。彼女の手には黄金の盃、聖杯が握られている。
「アンタは確か……ラジエル様だっけ?大賢者の」
「今の私は『大神官』です。貴方達冒険者の働き、しかと見させて頂きました。
お疲れでしょう、この水を飲みなさい」
「あ、ありがとうございます」
ベリックは差し出された聖杯を受け取り、注がれた水を一気に飲み干した。
「何だこれ!?すっげぇ美味い水だ!」
「ええ、そうでしょう。この聖杯は女神様の神具が一つ、聖水を生み出す盃です。罪なき者に取っては美味なる水であり、
罪人に取っては『重い罰』となる水です」
「え?」
次の瞬間、ベリックの身体に激痛が走る。
「があああッ!」
なんと身体の内側から何本もの剣が突き出て、彼の身体をズタズタに切り裂いたのだ
「な、なんで……」
「女神様は大層お怒りです。貴方が自らの使命を放棄した事。与えられた試練から目を逸らし、快楽を優先した事。そして最後まで試練に立ち向かわず、一人だけ逃げてきた事に」
「ラジエル様ァ……どうか、どうかお許しを……」
「赦しを乞うべきは、私ではなく女神様でしょうに……」
「女神様、セフィリア様!許して、許して、許してぇ!」
ベリックは必死に、大聖堂の奥に見える真紅の光に訴える。
だが、光はまるで彼への興味を無くしたかのように、次第に消えていった。
「あ、ああ……」
「貴方はもう助からない。故に、これはせめてもの慈悲です」
ラジエルは聖堂に飾られた剣を抜き、ベリックの首を切り落とした。
「……ふぅ」
介錯を終えたラジエルは、ほっと一息をつく。
(……少し可哀想だったけど、タイミングが悪かったね。よりにもよって女神様がご立腹の時に帰ってくるんだから)
大神官と女神は、ショッピングモールでの攻防を見ていたのだ。そして虹色の蝶、忌々しい大魔女の使い魔を目にし、女神セフィリアは怒っていたのだ。
かの魔女は死んでいなかった。
女神から『勇者』を奪った、アゲハの大魔女は……。
ここでショッピングモールでの戦いは終わりです。
残り2〜3話で、一先ず第2章本編は終わりとなります。
予定としてはその後に幕間挟んで、次の章に行けたらな、と考えています。
そして今作品、遂に50話を突破致しました!ここまで続けられたのは、今までお付き合い頂た皆様のお陰です。本当にありがとうございます!今後とも、末永くお付き合い頂ければ幸いです!