第50話 逃れられない『運命』②
一挙更新、二話目でございます。
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「次で最上階だ。そんで、もう一度作戦を確認するぞ」
風歌はエスカレーターの手前で、スマートフォンを片手に小声で皆に話しかける。
「さっき、炎華から連絡があった。レストランフロアのハンバーグ屋、この店の前に敵が居るらしい」
館内マップを指差しつつ、風歌は状況を説明する。
そこに、アディラが割って入る。
「要は隠れているホノカと私達が、敵を挟み撃ちするって事でしょう?そんなに改まる必要あるの?」
「おいおい、こう言うのは雰囲気が大事なんだよ。ここぞって時に、最高のモチベーションで魔法を叩き込めるんだから。案外、この『雰囲気』ってバカに出来ないからな?」
「あー、はいはい。分かったわよ。私達が大人数だから、わざと足音を五月蝿くしてエスカレーターを駆け上がる。その隙に、ホノカが敵を倒す。手順はこれで良いのよね?」
「ああ、バッチリだ。蒼蘭と聖も大丈夫だよな?」
風歌の言葉に、二人の魔女は頷いた。
「よし、二人は後詰を頼むぜ。少し後からついて来てくれ!
行くぞ!」
風歌とアディラが先陣を切り、エスカレーターを駆け上がる。そして斜め前方、三人の冒険者が待ち構えていた。その内一人は魔術師フラン。残りは格好からして聖女と呪術師といった所か。
向こうはアディラ達に気づいている。そして、炎華は敵の背後を取る形だ!
「正に絶好のチャンスね!年貢の納め時よ、冒険者共!デザート・ラン……」
アディラが砂の魔法を放とうとした、その瞬間、彼女の足元に紫色の魔法陣が浮かび上がった。毒々しい見た目の魔法陣からは、漆黒の鎖が飛び出して、あっという間に少女全員の足を拘束してしまった。それは当然、逆側に居た炎華も例外ではない。
「何コレ!?全然解けない……」
「……こうなったら、魔法でこの鎖を破壊するしかないようね!」
混乱する風歌を他所に、アディラは脚を多少傷つけてでも、巻き付く鎖を破壊するつもりらしい。
だが、令嬢の手に集まっていた砂は、サラサラと溢れ落ちた。アディラ、風歌、そして蒼蘭と炎華までもが胸を押さえて苦しみ出した。
「まさか……『毒』!?」
鎖から滲み出す、ドス黒い液体と、このフロア内に充満し始めた紫色のガス。呼吸困難の原因はこの二つだ。
「『呪術師ノエル』、それが私の名前。そして、私の毒が貴女達をここで殺す」
呪術師の少女がそう告げると、杖を掲げて怪しげな呪文を唱え始める。
「ッッ?カハッ、ク……ケホッ……」
「あ……グハッ……」
喉元を抑えて、次々に学園の生徒達が地に伏した。毒霧が濃くなり、鎖の締め付けが力を増したのだ。いよいよ本格的に毒殺にかかった、と言う訳である。
(クソッ、罠を張って待ち構えてたのか……!)
朦朧とする意識の中、蒼蘭は敵の術中に嵌った事を悔やんでいた。辛うじてまだ立っていられるが、それも後数秒が限界だ。視界がぼやけているのは、霧の所為だけではあるまい。全身から力が抜け、意識が遠のくのを自覚した。
(しっかりして、蒼蘭ちゃん!)
蒼蘭の耳元で囁く声があった。彼女を背後から抱き抱え、直立の姿勢をキープさせる者が居た。
(聖……?もしかして、貴女は平気なの?)
(うん。でも、そのまま小声をキープしてて。まだ、私に毒も呪いも効いて無いこと、気づかれてないから)
よく見たら足元の鎖も千切れており、本当に効いてない様だ。そしてこの状況、蒼蘭は身長が低いため、聖が背後から覆い被さっている風にも見える。更に、毒霧のお陰で視界が悪い。それ故に、相手は蒼蘭達の状況に気づいていないのだ。
(『ブレイク・ポイズン』)
聖が解毒魔法をかけて、蒼蘭の身体を回復させた。そして、魔法をかけた彼女の手が蒼蘭の身体を滑りながら移動し……
(ひ、聖?一体何を……!?)
蒼蘭のたわわな果実を揉みはじめたのだ。
(ご、ごめん、蒼蘭ちゃん!でも、今の状況を解決出来るの、蒼蘭ちゃんしか居ないから……。
ほら、蒼蘭ちゃんの『固有魔法』なら、この距離でも呪術師ノエルを攻撃出来るでしょ?)
(そ、そういう事ね……。
そういう事なら任せて!次の合図で、それぞれ動き出すよ!)
胸部から生じる快感を押し殺しながら、蒼蘭は頼れる友人のオーダーに応えた。
(三、二、一……!)
蒼蘭の合図で、聖が倒れている仲間に駆け寄った。
「えッ!?な、何で!?」
動ける筈のない魔女が動き出し、ノエルの視線が聖に奪われる。時間にして数秒、だが蒼石の魔女には充分な時間だ。
「穿て、『蒼石の流星』!」
蒼蘭の必殺技、水の矢を呪術師目掛けて放つ。蒼石の流星はノエルの腕に着弾し、右腕と杖を地面に取りこぼした。それと同時に、足元に絡みついた鎖が消える。少々酷な光景だが、毒殺されかけた以上、躊躇う訳にはいかなかった。それに、充分治癒魔法で治る範囲だ。
「うぐぅっ……」
地に膝を付いた呪術師は、恨めしそうな視線を蒼蘭と、そして聖へ送った。
「何で、私の呪術が効いてないの……?」
「私ね、生まれつき毒や呪いに耐性がある身体なの」
近くにいたアディラに解毒魔法をかけつつ、聖は答えた。
「そんな……そんな身体、ズルいじゃん!」
「えっ?あ、その……『気味が悪いって』言われた事はあるけど、そう言われたのは初めてかな……?」
「いやいや、そんな事無いって!アレでしょ?聖の癒しパワー的なのが毒とか弾いているんでしょ?それって凄い事だよ!」
困惑する友人に、蒼蘭がフォローを入れる。いや、フォローと言うには瞳がやけに輝いている。善意より先に純粋な気持ちが、『聖ちゃんの癒しパワー凄い!』という気持ちが来ている表情だ。
「気を確かに持ってください、ノエル!」
聖女クリスが仲間の治療をすべく、駆け寄ろうとする。が、クリスの足元で水の魔弾が弾け、聖女は足を止めた。
「貴女も回復役なんでしょ?治癒魔法がどれだけ頼りになる代物かってのは、私にだって分かる事よ。
……ここで仲間を治療されたら厄介だもの。だから今の内に倒す!」
「蒼蘭ちゃん!すぐみんなを治療するから、無茶だけはしないで!」
「オッケー、前言撤回!貴女達は倒さずに、時間稼ぎに徹してやるわ!」
得意顔で啖呵を切った少女は、ある事に気がついて表情を強張らせた。
「……待って、もう一人のお仲間は何処?」
「フランなら、此処には居ませんよ。勿論、逃げ出した訳では無いので安心してください」
「ッ!雷葉!貴女は見なかった!?」
『ごめん、見てない。だって、毒の霧でカメラの映像が見辛かったから……』
放送設備から聞こえる声は、悔しさと歯痒さを含んでいる。黒い炎の使い手は、フランでほぼ決まりだ。そして、彼女を見失ったのは非常にマズい。
「彼女を倒すつもりなら……私達を倒してからにしてくださいな」
聖女クリスが掲げた杖から、眩い光が放たれる。
「クッ……こうなったら……!」
蒼蘭が魔法の準備に入る。真っ先に倒すべき相手を見失ったのだ。当然、早急に邪魔者であるクリスを倒しにかかる。
聖女クリスはこの様に読んだ。フランが居なくなった時の慌てぶりから、相手の狙いは彼女だろう、と。
(そして、その焦りが命取りになる……)
これで蒼蘭の意識は、完全にクリスに向いた。
聖女は杖から、光の束を発射する。
蒼蘭ではなく、後ろで倒れている少女に、だ。
「ノエル!」
クリスが放ったのは、攻撃魔法に見せかけた回復魔法。これで呪術師は腕を取り戻し、再び呪いを発動できる。
「今度こそ、鎖で縛ってやる!」
だが蒼蘭は、背後を一切見ずに魔法陣を躱した。
「もう未来予知で、貴女の作戦は見えてるわ!
『ウォーター・ボール』!」
「甘いです!『レジスト・アクア』!」
聖女は青く光るオーラを身に纏い、『ウォーター・ボール』の衝撃を防いだ。
『瑠璃海ちゃん、気をつけて。あの聖女、魔法の耐性を上げる魔法を使ってるっぽい。雷葉の魔法も、こんな感じで……』
言うが早いか、蛍光灯から再び電撃が放たれる。
「無駄です、『レジスト・サンダー』!」
今度は黄色のオーラを纏い、雷魔法を防いだ。魔法の耐性を上げる魔法、中々に厄介な代物である。
『こんな感じで、さっきから防がれてる』
「此処に来るまでの激しい音と光で、雷葉が戦ってたのは分かってるわ。だから、私は作戦を持ってきた!」
背後から襲いかかる呪いの鎖を回避しつつ、蒼蘭は再び水の球体を作る。
「もう一度、『ウォーター・ボール』!」
「何度やっても同じ事ですよ!それとも、自棄になってますか?『レジスト・アクア』!」
「……その魔法、怪我や痛みを防げるだけで、濡れない訳じゃないのよね?貴女の服、濡れているもの。だから、私はコレを仕込んだわ」
蒼蘭は懐から、小さな瓶を取り出した。
「食料品コーナーで拝借した『食塩』を含んだ水、貴女はたっぷりと浴びたわよね?」
「はぁ……それで何がどうなると?」
『つまり、こうなるって事。『ライトニング』」
何度目か分からない雷魔法に、聖女クリスは半分呆れながら受け止める。
それが悪あがきでない事に、彼女はもう少し早く気づくべきだった。身体中に痺れが走り、足元がふらついてからでは遅すぎる。
「うぐッ……な、何故……!?雷への耐性は上げている筈……なのに!」
「『塩水は電気を通す』、理科の授業で習う事よ!
そして、ちょっとでも雷魔法が通れば、どんどんダメージが蓄積していく!お願い、雷葉!」
『ふるぱわー』
雷葉の声に合わせて電撃の威力が更に増大する。蒼蘭も、食塩水だけで電気耐性を全て帳消しに出来るとは思っていない。だが少しでも雷魔法が通用する様になれば、徐々に魔法が上手く扱えなくなり、耐性を上げる事も不可能になる筈だと予想したのだ。
実際、聖女クリスは勢いを増す雷葉の魔法を抑えきれず、そのまま地に伏した。
「クリス!
……あぐッ」
背後で呪術師ノエルが呻き声を発する。
彼女を背を巨大な砂の腕が、うつ伏せの状態で押さえ付けているのだ。
「はぁ……はぁ……。観念しなさい、この悪党共!」
「……『悪党』ですか」
聖女クリスは顔を上げ、アディラをはじめとする魔女達を睨みつけた。
「私達の世界から『勇者』を奪った挙句、女神様をも傷付け、更にはその歴史すら忘れ、日々の研鑽を怠る貴女達の方がどう考えても『悪』でしょうが!!」
息も絶え絶えの状態で、聖女クリスは声を荒げる。
その場に居た学園の魔女達は、皆が怪訝な顔をしている。否、ただ一人、『勇者』の単語に聞き覚えのある蒼蘭だけは、クリスの言葉に考え込んだ。
(『勇者』……確か博士が言ってたな。異世界人達は、『勇者』を再び召喚する事が目的だって。
……でも、何でだ?魔王でも復活するのか?だとしても、こんな強い異世界人に、勇者なんて必要あるのか?)
考える蒼蘭を他所に、クリスは一度顔を伏せ、大きく息を吐いた。そして余裕を取り戻した表情で、魔女達にある事を告げる。
「とはいえ、貴女達はこれで終わりです。『起動』させるのには数人分の魔力が必要でしたが……間に合った様ですね、フラン」
「ええ、皆のお陰よ。時間稼ぎ、本当にお疲れ様」
声がしたのはショッピングモールの吹き抜け、菊梨花が割った天井のガラス付近だ。
「な、何……あれ?」
駆け寄った蒼蘭は目に飛び込んだ物に驚愕する。それは直径5mは有りそうな、巨大な赤黒い水晶だった。
「まさか、『黒い炎』!?」
「……驚いたわ。まさかラジエル様から賜った魔術道具の事も予知していたなんて……。
でもその様子じゃ、『結局アイテムの起動は阻止できなかった』ってところかしら?」
蒼蘭の頬と背筋を、冷や汗が流れ落ちる。
フランの言った事は事実だ。彼女らにはもう止めようが無い。
そして、蒼蘭の目に映る未来予知……。
あのアイテムは、簡単にいえば巨大な爆弾であり、爆発すればショッピングモールはおろか、周辺の建物すら崩壊する代物だ。漆黒の爆炎が、文字通り全てを焼き尽くす。
起爆時刻は18:00ジャスト。そして電光掲示板の時刻は『17:59:50』。
(そんな、運命は変えられなかったのか……?)
絶望に打ちのめされる少女を他所に、時計は1秒、時を進めたのだった……。
いよいよ、今度こそ次で決着です!