第5話 魔法演習、そして襲いかかる試練
俺は今日……試練を乗り越えた。
具体的に言うと4限目の前、体操服への着替えだ。
この女子校は生徒だけでなく、教員・用務員・学食や売店のスタッフに至るまで全員が女性だ。故に授業前の着替えは教室で行う。運動部には更衣室が設けられているが、放課後にならないと使えないのだ。
席が端の方でよかった……。
窓と教室背面の掲示板が作る角に身を隠し、俺は教室にいる女子生徒全員から目を背ける。そして、彼女らに背中と尻を見せながら着替えをする。
この通り、俺は誓って他の女の子達の着替えを覗いていない。見えるのは窓と壁だけだ。女子達の声が背後で聞こえても、平常心だ。
「瑠璃海さんって、後ろからも胸が見えるんだ……」
って声がしたかもしれないが、頭をブンブンと振って邪念を払う。そして着替え終わると、「私、先に行ってるね〜」と言いながら退散する。運動場に来た俺は体育座りで待機して、既に到着した生徒や後から来た生徒達に笑顔で挨拶する。
これで良い、俺は男が持つ邪念に勝ったのだ。クラスメイトにかけた迷惑は最小限に留めた……多分。その筈。
その後も試練は続いた。
準備運動では腕を回したり、ジャンプして足を開いたり閉じたりといった動作がある。
……その時に胸部に備え付けられた重みが、ばるんばるん、ぶるんぶるんと震えるのは仕方ない。それは慣れ……てはいないがある程度耐えられる。何とか心を強く持つ事ができる。問題はクラスメイトだ。
胡桃沢博士の元で運動の訓練は積んでいたが、それは彼女とのマンツーマン。他に人はおらず、『周囲からの視線』なんて物はなかった。
瑠璃海蒼蘭が身体を動かすたび、クラスメイトの視線を感じるのだ。動き易さを重視した、身体のラインにフィットした体操服。その中に押し込められた、極上の柔らかさを誇る魅惑の肌色フルーツ。それは周りの生徒たちの注目を、一身に惹きつけていた。
周囲からの視線と感嘆の息が、自分の胸に注がれる。その状況に俺は……不誠実で不謹慎ながら、心拍数の上昇を抑えられなかった。血流は激しくなり、体温が上昇する。
俺は最後の深呼吸で、大きく息をして酸素を取り込む。まだ動悸がしていたが、どうにか授業には臨めそうだ。
◆
「よし、次は2人1組になれ!対人形式の演習を行う!」
この授業を受け持つのは担任の萌木先生ではない。黒髪のショートボブ、如何にもスポーツが得意そうな風貌をした体育教師だ。
よし、これはチャンスだ!早速、聖と組んで接触を図ろうじゃないか。
「それと、非戦闘魔法の生徒はいつも通り見学する事!」
すると何人かの生徒は、運動場の端に移動する。そしてあろう事か、聖もその中にいたのだ。
「え?白百合さんも見学組なの?私、一緒に組もうと思ったのに……」
「……ごめんね、私の魔法は回復魔法なの。だから、対人演習には参加できないんだ……。
でも、私はここで瑠璃海さんの事、応援しているから!」
聖は笑顔で励ましてくれる。応援してくれるのはありがたいが……どうしたものか。
「どうしよう……誰とペアになれば……」
「あ、セーラちゃん!まだフリーっしょ?ならさ、あーしと組も?」
困り果てた転校生に救いの手が差し伸べられた。
「あ、葡萄染さん。」
「も〜、『炎華』で良いってば!それと、さん付けも無しで!」
「えっと……じゃあ、炎華。私とペアになってくれる?お願いしても良い?」
「もっちろん!セーラちゃん転校してきたばっかだし、最初はあーしと演習しよ?」
良かった。2人組みから溢れる事は無くなった。それに聖同様、炎華とも接触するつもりだったので願ったり叶ったりだ。
1組ずつ順番に演習を行い、待機中の生徒は見学者同様にその様子を見守っている。
この対人演習では、安全装置のブレスレットが配られる。それを装着すれば身体に薄いバリアが形成され、魔法で怪我をすることはない。同時に装備者の魔法出力にもセーフティがかけられる。相手を怪我させることも、怪我することも無くなる代物だ。
そして最終組、炎華と蒼蘭の番が来た。
「瑠璃海さ〜ん、頑張れ〜!」
「番長、相手は転校生なんだし手加減してあげなよ〜!」
周囲からは俺と炎華、双方に声援が浴びせられる。『番長』というのは、多分上級生を叩きのめした魔女ギャルに付けられたあだ名だ。
「『番長』は止めろし!昭和のヤンキーかよ?」
本人はすかさずツッコミを入れる。
まぁ炎華って呼べと言っている事だし、俺まで『番長』と呼ぶのは止めておこう。
「よし、二人とも位置についたな?
それでは魔法演習……はじめ!」
教員の掛け声で、演習が開始された。