第49話 逃れられない『運命』①
生存報告、及びそろそろ執筆から一年となる為、区切りの良いところまで一気に上げます。
……そして先にお詫び申し上げます。前回、『後2話でショッピングモールでの戦いが終わる』と申し上げましたが、2話で収まり切りませんでした……。
誠に申し訳ございません!せめてものお詫びとして、皆様をお待たせする事なく、決着まで一気に上げる一心で書きました。それでは、蒼蘭ちゃん達の戦いをご覧くださいませ!
◆
(日は遡り、女神セフィリアを祀る大聖堂にて)
ここは全能にして運命を司る女神を崇める場所であり、日夜多くの信徒が訪れる地である。
『宵の地平線』に所属する魔術師フランも、その一人だ。普段は一人で祈りを捧げる彼女だが、今日はパーティメンバー全員でやって来た。
何せ、もうすぐ異界の地を冒険するのだから。
自分達に仕事が巡って来た事への感謝、見知らぬ地へ赴く事への期待・不安、そして自分と仲間達を見守って欲しいという願いを伝えに来たのだ。
そうした特別な事情ゆえだろうか、見慣れた大聖堂もまた違って見えてくる。ふと、フランは壁に書かれた教典が目に入った。
『運命とは大河の奔流が如し、只人には逆らう事叶わず』
『覚悟を持って受け入れる者には安らぎを』
『諦観の果てに受け入れる者には憐れみを』
『勇気を持って立ち向かう者には祝福を』
『されど注意せよ。運命に背を向け逃亡する者には、必ずや破滅が訪れる』
これは教典の、ほんの一部だ。だが、この世界に於ける重要な教えでもある。あらゆる生き物には、立ち向かうべき『運命』がいずれ訪れる。それを覆す事は容易な事ではない、殆どの者が無念にも散って行く。だが、恐れる事はない。女神セフィリア様は立ち向かった者、覚悟を決めた者を見守ってくださるのだから。そしてかつて世界を救った『勇者』とその仲間である『英雄達』の様に、立ち向かった者の魂を祝福してくださるのだから。
「おや、フランさん。本日はお仲間との礼拝ですか」
彼女らに声をかけたのはアイスグレーの髪をした、白い礼服の少女。否、厳密には少女の姿をした長命の魔女。何代もの国王を支えて来た大賢者であり、正確な年齢は誰も知らない。『実は1000年以上生きている』なんて噂もあるが、流石に与太話だろう。
「あれ、ラジエル様じゃないっすか?お城以外で会うなんて珍しいっすね」
砕けた口調で話しかける召喚師フレデリカに、フランはすかさず手刀を叩き込む。
「痛ッ、何すんのよ!?」
「おバカ!白い礼服を着ている時のラジエル様は『大神官』なのよ!?女神様の使いに、そんなフランクな態度を取って良い訳ないでしょ!?」
言い合うフランとフレデリカを前に、他の仲間は少し慌てた様子だ。
「いえいえ、どうかお気になさらず。むしろ、『親しみやすい王国の大賢者』と思ってくださるのなら、それはそれで嬉しい事でございますので」
ラジエルの言葉を受け、フランは深々と頭を下げる。
「それより……私は貴女達を待っていました、フランさん。日頃から熱心に祈りを捧げる貴女様に、私からの細やかな選別でございます」
ラジエルは持っていた魔導書とワインレッドな水晶を差し出した。
「これは・・・?」
「箱の中身は私が作成した魔術道具、魔導書のほうは王立図書館より持ってきた『永遠の魔導書』でございます。ジャンルは召喚魔法、貴女のお友達なら有効に活用できるでしょう」
「そんな、一介の冒険者にここまで頂けるなんて……夢にも思いませんでした!なんとお礼を申し上げたら・・・」
「いいえ、これは当然のこと。此度のクエストは、この国に再び『勇者』を呼ぶための物。その重要性と、フランさんの信仰心を考えた末、こうした細やかな手助けをしたまでです。
・・・それよりも、そちらの剣士デビットさん」
「え?俺ですか?」
予想外にもお声がかかり、青年は思わず身構える。
少女はにこやかな笑みで歩み寄り、彼にささやいた。
「貴方が『運命に立ち向かえる』ことを、陰ながらお祈りいたします。
『どれだけ逃げたところで、運命は追いかけてくる』、どうかそれだけは、失念なさらぬよう・・・」
◆
「まさか、早速この魔導書が必要になるなんてね」
召喚師フレデリカは、宙に描かれた魔法陣から一冊の魔導書を取り出した。ラジエルから渡された『永遠の魔導書』、先人たる召喚師達が書き記した魔法こそが、彼女が持つ異界の魔女への切り札だった。
「我が祈りの盃に、満ち満ちたるは群青の水。魔の深淵より来たれ、我が僕よ!」
召喚師フレデリカが詠唱を終えると、噴水が勢いよく弾けた。そして噴き出る水から姿を現したのは、『人の形をした水』だった。
「さぁ、水の魔性『ウンディーネ』!目の前の魔女を葬り去れ!」
フレデリカが命じると、ウンディーネが身体を唸らせ不気味な咆哮を上げる。すると噴水から水の魔力球、『ウォーター・ボール』が大量に浮上して来た。
水の魔性が腕を振り下ろすと、号令を受けた兵隊の如く次々と特攻して行く。
「『デザート・ウォール!』」
アディラは砂で防壁を作り、襲い掛かる水球を受け止める。
「ッ!二人とも、下がりなさい!」
令嬢は近くにいた炎華と菊梨花に回避を促す。次々に襲い掛かる水球は、乾いた砂の壁をあっという間に柔らかい泥へと変えてしまったのだ。
「これは・・・ちょっとマズイね。あーしの炎で蒸発は無理そうだし」
「私の魔法も相性が悪そうですね・・・」
菊梨花もウンディーネの水に自身の魔法をかけ、固めようと試みる。
だが、水は彼女をあざ笑うかのように姿をピラニアめいた肉食魚に変え、喰らい付こうとする。すかざず後退し、嚙みつきを回避する。
「クッ……!『物体の硬さを変える魔法』は、生物には通じません。恐らく、ウンディーネの水は『身体の一部』なのでしょう。だから、固めて動きを封じることも、寒天のように脆くすることも叶いません。そして……」
菊梨花が天井を見上げると、蛍光灯から電撃が放たれた。雷葉の後方支援、電気の魔法だ。しかしそれも、ウンディーネには効いていない。真水は電気を通し難いからだ。スピーカーからは、机を手で叩く音が聞こえている。雷葉も手の打ちようが無いみたいだ。
「なら、対抗できるのは私しかいない、ということね」
珍しく焦った態度をとる副会長に、アディラは砂のゴーレムを前に出しながら意見を発する。
「キリカ、貴女はホノカと一緒に上の階へ行きなさい。アイツらが態勢を立て直す前に、貴女達二人でやっつけるのよ!」
「……それしか無さそうですね。葡萄染さん!」
「分かった。ラトナっちも、無理しないでね」
菊梨花と炎華は反対方向へ走り、大きく跳躍した。彼女達が着地すると、コンクリートの床は大きく沈んだ。そしてトランポリンの様に少女二人を上階まで押し上げる。
「意外ね。二人を大人しく見逃してくれるなんて」
「そりゃ、一番厄介そうなアナタは確実に潰すべきでしょ?その後でさっきの二人も仕留めれば完璧、何か間違ってる?」
「ええ、間違っているわ。貴女はここで私に敗北するのだからね!」
ゴーレムがウンディーネに殴り掛かり、乾いた砂の身体で魔物の水を全て吸収しに掛かる。
「『水』が『砂』に勝てる訳がないでしょう!?」
「いやいや、流石にソレはウンディーネを舐めすぎだっての!」
フレデリカが魔導書に魔力を送ると、ウンディーネが腕を伸ばし、逆にゴーレムを抱き固めて来た。魔物の身体から溢れ出る水は、硬いゴーレムを泥人形に変えてしまったのだ。
「なッ……!?」
「これが私達の魔法。この世界の魔法と比べりゃ、正に『ケタ違い』ってね。
さ、今度はアナタの番。と言っても、守ってくれる使い魔が居ない召喚師なんて、簡単に倒せちゃうけど」
フレデリカが合図を送ると、ウンディーネが水のサメやワニ、ピラニア擬きを作り出す。アディラの背筋に冷や汗が流れる。数秒後に待ち受ける、血に塗れた惨殺な光景が脳裏を過ぎる。
「いいえ、まだ終わってないわ!」
何と二人の魔女の間に、先ほどまで息も絶え絶えだった蒼石の魔女が割り込んで来た。
「ハァ!?何考えているの、このバカウサギ!貴女の魔法が『水の魔物』に通用しないって、さっき思い知ったばかりでしょう!?」
「いや、本当におバカで助かったよ。真っ先に『運命因子の魔女』が手に入るなんて、ね!」
フレデリカが号令を出し、ウンディーネから生まれた魔物達が蒼蘭に襲いかかる。彼女の豊満な身体が餌になる光景が、ありありと目に浮かぶ様だ。
「そう、『水の塊』に水の攻撃は通じない……。
つまり、逆もまた然りって事よ!
喰らえ、『瀑布の防壁』!」
蒼蘭が水のドームを作り出し、水製の肉食獣からアディラを守った。ドーム型のバリアは、頂上から360、全方位に『水の流れ』が生じている。故に分厚い水の壁に阻まれた魔物達は、水流に流され床に這いつくばっているのだ。
ぶっつけ本番で繰り出した、蒼蘭の新たな固有魔法。それが成功した理由は二つ。一つはアディラが自分達を守ってくれた防御魔法を見ていたから。もう一つは、すぐ近くでご機嫌なbgmを演奏してくれている風歌のお陰だ。
「これがアタシの魔法、『駆け抜ける高揚の旋律』!どうだ、気に入ってくれたかよ!?」
「うん!風歌のお陰で私、心のモチベーションが凄い事になってる!今ならどんな事だって出来ちゃいそうだわ!」
「そいつは良かった!なら、もっともっとブチ上がるぜ!」
風歌が奏でる旋律が更に勢いを増し、追加でやって来た水の魔物も、その尽くが地べたに身を這わせている。そして、魔物がウンディーネの一部である以上……
「随分と本体が縮んだわね……。この様子じゃ、ご主人様を守る事は出来ないわ!」
「……ッ!?しまった!!」
アディラは手のひらから生成した橙色の魔弾を、召喚師フレデリカに撃ち放つ。
「『柘榴石の魔弾』」
脇腹に一撃を喰らったフレデリカは、そのまま膝をついて蹲る。主力の冒険者パーティ、早速その一角を撃破する事に成功したのだ!
「やったな、蒼蘭!アタシとアンタの即興デュエット、中々悪くなかっただろ?」
「デュ、デュエット?……って事で良いのかな、アレ?」
ギタリスト故の独特な表現に、蒼蘭は面食らってしまう。
『気にしないで、瑠璃海ちゃん。フウがそうやって調子が良い事言うの、しょっちゅうだから』
雷葉からの姉への呆れが混じりなフォローが、放送スピーカーから聞こえてくる。
「でも、風歌のお陰で何か調子出て来た!アディラの事も助けられたし、風歌の演奏って凄いんだね!」
蒼蘭が無邪気に微笑むと、財閥令嬢がツカツカと歩み寄り、蒼蘭の額に人差し指を当てながら告げた。
「良い事?今日、私は貴女を何度も助けたわ。大マケにマケて、さっきので『おあいこ』って事にしてあげるから、あまり調子に乗らない事ね!」
「あはは……。はい、畏まりました……」
『そうそう、他の強そうな相手は、みんな最上階に集まってる。弱そうな奴は副会長と葡萄染ちゃんが倒しちゃった。副会長は今、リーダーっぽい剣士と対面してる。葡萄染ちゃんを先に行かせる為っぽい』
雷葉のアナウンスに、一同は瞬時に身を引き締める。弱ったフレデリカを早々に縛り上げた後、エスカレーターを駆け上がった。
◆
(何で、何でこんな事になったんだ……!?)
帯刀少女と相対しながら、剣士ベリックは思いを馳せる。この世界に来てから数日だが、彼の人生は間違いなく絶好調だった。魔法が発達していない世界でなら、彼は薔薇色の人生を送れるのだ。
だが、その短い絶頂は終わりを告げた。いや、その終焉は向こうからやって来たのだ。運命因子を宿した、青髪の少女。奴が自分達の前に、手強い魔女達を引き連れて、やって来た所為である。
(おかしいだろ、こんなの……。『運命因子の魔女だけが』手強いなら分かる。伝説の勇者だって、強力な運命因子を持っていたらしいからな……。だが!)
デビットはミスリルの剣を抜き、勢いよく切り掛かる。だがその剣筋を、菊梨花は容易くいなして見せた。こうした小手調べの軽い攻防が、2・3回行われている。
(何で取り巻きの魔女まで強いんだよ?おかしいだろうが!?)
内心の不満など露知らず、今度は帯刀少女から切り掛かる。何度も斬撃を止められた彼女は、一つの結論に辿り着く。
「……私の魔法が通用していないようですね。貴方の剣を、何故か柔らかくする事が出来ません」
「当たり前だ!この剣はその辺の安物とは大違い、Bランク以上の冒険者しか買えないモンだ!魔法耐性は一級品、お前らにどうにか出来る武器じゃねえんだよ!」
『Bランク』、この言葉が彼に再び自信を持たせる。大丈夫だ、自分なら勝てる。現に帯刀少女の魔法も、金髪の炎も効いていないのだから。
「葡萄染さん、先に行って下さい」
「大丈夫?あーしら二人で戦った方が良くない?」
「瑠璃海さんの予知を思い出してください。敵はまだ、『黒い炎』を隠し持っています!そして、目の前の彼は恐らく違います。恐らく、フランと呼ばれた魔女が黒い炎の使い手です!なので葡萄染さん、先に行って倒して来てください!あと少しで予知の時刻になってしまいます!」
「そういえばそうだった!無理しないでね、菊梨花!」
炎華は踵を返し、階段方面に駆け出した。
「一人で戦うってか?」
「ええ、それが最善ですので。それと個人的に、異界の剣技には興味があります。良い機会なので、手合わせ出来れば、と」
剣の柄を握る力が自然に増すのを、ベリックは自覚した。
「その余裕顔……ズタズタに切り裂いてやるよ!」
剣士の全身から魔力のオーラが溢れ出す。菊梨花の目が、いつも以上に真剣なものとなった。剣を握る手にも、今にも踏み込もうとしている脚にも、魔力が勢いよく流れているのが分かったからだ。
次の瞬間、ベリックが地を蹴る。直線ではなく、迂回して接近してくる。菊梨花は冷静に、彼の踏む床を柔らかくした。剣には通じなくとも、足場を崩せば隙が出来るからだ。
が、その作戦は剣士の加速によって頓挫した。姿勢を低くし、宛ら地を駆ける狼の様な速さで急接近してくる。
(マズい、防御するしかない!)
「『獣刃流-氷狼牙』!」
氷の魔力を纏った、強力な一撃だ。菊梨花の目には、ベリックの剣が本当に狼の牙に見える程に、凄まじい技であった。刀で防御し、何とか直撃は避ける。だが、勢いまでは殺せない。そのまま遥か後方まで、帯刀少女は吹っ飛ばされる。壁に激突する直前、その一部だけを柔らかくして、彼女はダメージを最小限にした。
(本当に、獣が狩りをしている様ですね……)
先程刀に走った衝撃を思い返し、菊梨花は心の中で呟く。そして壁から離れ、次なる一撃に備える。菊梨花がまだ無事と知るや否や、剣士ベリックは次なる攻撃を繰り出してくる。
「『獣刃流-鷲鉤閃斬』!」
ベリックは柱を蹴り、何と空中を移動して来たのだ。宛ら、宙を駆ける鷲の様に。
菊梨花は次に取るべき行動を瞬時に模索する。
(空中を移動する相手に、足場を崩す策は取れない。ならば、『あの技』を使うまで!)
飛び込んで来る相手を前に、下段の構えで迎撃体制を取る。そして愛刀、『菊一文字』を力一杯振り上げた。
刀は剣士の遥か眼前を通過する。それを見たベリックは心からほくそ笑んだ。無様にも攻撃のタイミングを外したのだ。やはり、所詮相手は小娘。自分より遥か格下だったと安堵し、獲物を仕留められる事への喜びが顔に出るのは仕方のない事だった。
故に、彼は気づけなかった。
帯刀少女は敢えて攻撃を外したのだ、と。
「『妖剣技-燕返し』!」
振り上げた刀を反転させて、勢いを殺さずに振り下ろす。その時、まだ間合いの外に居る筈のベリックは驚愕に目を見開いた。
刀が伸びたのである。
菊梨花の魔法が刀を柔らかくし、振り下ろした際の遠心力で刀を伸ばしたのだ。間合いの計算を狂わせ、更に硬化させた剣先が相手を襲う。
これが菊梨花の必殺技。彼女の育ての親にして大妖怪、『妖狐の大魔女』から教わった魔法剣技である。
刀がベリックの右肩を斬り付け、バランスを崩した彼が壁に激突する。凄まじい勢いで、しかも顔面からぶつかった故に、異世界の剣士はそのまま気絶してしまった。
相手が倒れ、菊梨花はホッと安堵の息を溢す。が、次の瞬間には油断なく周囲を見回した。確か、相手にも回復役が居た。もし治癒魔法で回復され、再び襲い掛かられたら厄介だ。
だが、少なくともこの階には、他に人の気配は無かった。今、菊梨花がトドメを刺せる状況で、仲間を助ける為に動こうとする気配は感じられなかったのである。
(……妙ですね。今、敵は私一人。回復魔法で持久戦を仕掛ければ、戦いが優位に働く筈では……?)
菊梨花は疑問に思ったが、それに応える者は居ない。彼女は少し考えた末に、上階へ行く事にした。拘束用ワイヤーは、道中で使い切ってしまった。他メンバーから余りを貰っていなかったのは、我ながら迂闊だった、と副会長は内心反省した。だが、無いものは仕方ない。ここは先に向かった炎華を援護する事が先決だと彼女は判断した。