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第46話 『美少女の皮』

 ◆

 ここは『サンライズモール』という名のショッピングモール。衣類、食料品、化粧品、玩具、更には宝石類も扱っている。定期的にセールやイベントが催され、今日は惣菜の割引と宝石展が開催されている。


 行き交う人々はいつも通りの日常を、このモールで過ごしている。買い物、食事、或いはイベントの見物。なんて事は無い日常を送る人々は、『何か』が起こるなんて想像すらしていなかった。


 故に実際に『異常事態』が発生してはじめて、人は自分が非日常の中に居る事に気がつくのだ。


 突如として、1階のショーウィンドウが粉々になった。悲鳴を上げたのは、展示されていたブランド物のバッグを見ていた女性客だ。だが、それは非日常の序章にすぎない。

 他の店舗でもショーウィンドウが破壊され、消化器は破裂し、中央に飾られた金属製のオブジェクトは、まるで夏場のアイスの様にドロドロに溶かされていた。異様な光景を前に、パニックに陥る買い物客達。ある者は腰を抜かし、ある者はその場から逃げ出すべく走り出した。


「お前たち、全員動くな!!」


 買い物客の動きを止めたのは、若い男の声だった。

 その声と同時に、先程逃亡を計ろうとした男性がその場に(うずくま)る。ガラスでも踏んだのだろうか?その場にいる殆どの人間が、彼が足を止めた理由を認識できなかった。


 いつの間にか中央の開けた空間に、見慣れぬ格好をした四人の男女が立っていた。男性三人に女性一人。各々が剣や杖で武装しており、そのファッションはファンタジー世界の住人のそれであった。

 リーダーらしき男が剣の切先を、人の居ないテーブルに向ける。すると、木製のテーブルは炎に包まれ、瞬く間に炭と化した。


 服装こそ風変わりだが、この光景を見れば客達も理解できる。先程の出来事は、目の前にいる若者達が何らかの方法で起こしたに違いない、と。何らかの爆弾、或いはトリックによる物だろう。故に、彼らを刺激する事は避けねばならない。空間が静寂に包まれるまで、そう時間はかからなかった。


「よし、次はコイツらの中から人質を取るか。あんま大勢は要らねえし、扱い易いのが良い」


「おい、ならあのガキなんかどうだ?」


 リーダー格の男に対し、鎧の男が一人の少女を指差した。


「あ、あぁ……」


 それはこの街のお嬢様学校に通う、小柄な女子高生であった。彼女はその場にへたり込み、身を震わせて今にも泣き出しそうな顔をしていた。そして彼女のスカートの下からは、透明な液体が漏れ出していた。


「ほぅ、コイツは良いな……」


 男達は少女の全身を舐め回す様に見つめた。


 宝石の様な美しい瞳。よく手入れされた、艶のある髪。あどけない顔つきにきめ細やかな肌。身長こそ低いが、その小さな身体で大いに持て余している発育。安産体型で太ももや尻も肉付きが良いが、何より目を惹くのが少女の乳房だ。制服の中に窮屈そうに押し込まれた、男を魅了する魅惑の果実。


 仲間の女性の舌打ちなど意に介さず、彼らはじっくりと少女の品定めを行った。結果は、勿論合格だ。


「とんでもない上玉が手に入ったな……

 おい、お前!俺たちと来い!」


 狩人の男が少女の腕を乱暴に掴み、無理やり立ち上がらせる。


「うぅ……」


「……や、止めなさい、貴方達」


 複数の男達に群がられる哀れな少女が、小さく声を漏らしたのだ。その光景を見るに耐えかねた他の客が、テロリストを止めようとするのはあり得ない事ない。額に絆創膏を貼った主婦が、可哀想な女子高生を助けださんと、遠くから果敢に声を絞り出す。


「あ?何だババァ、邪魔をするんじゃねえ!」


 剣士が腰の武器に手を掛けようとする。


「ま、待ってください!」


 それを豊満な身体つきの少女が、何と彼の腕に抱きついて止めたのだ。


「ひ、人質なら私がやります!何でもしますから!こ、怖いですけど、他の人が助かるなら……私……!」


 瞳に涙を浮かべつつ、必死にテロリストを止めようとする。だが、抱きつかれた男は少女の言葉より身体の方にご執心だった。

 無理もない。推定Jカップはありそうな、特大ボリュームのおっぱいを腕に押し付けられたのだ。もにゅん、もにゅん、と幸せを運ぶ感触に、頬は自然と緩み鼻の下はだらしなく伸びてしまう。


「うへへ……お前さんはちゃんと、自分の立場が分かってるじゃねえか!」


「ほら、年端のいかねえガキが、懸命に『お願い』してるんだ。ババァは余計な事はするな、お呼びじゃねえ。あっち行け、シッシッ!」


「第一、人質は数が居りゃ良いって話でもないしな。お嬢様学校の生徒なら、親や学校からたんまり稼がせて貰えるってモンだ!それにその身体も……たっぷり味見させて貰おうか!」


 下卑た欲望をその身に滾らせて、テロリストの一人である狩人の男は少女に手を伸ばす。


 が、彼の右手が味わったのは、Jカップを誇る豊満な双丘の感触ではない。


 手のひらには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……え?」


 痛覚を遥かに上回る、驚愕の感情。あっけに取られた狩人が、次なる攻撃を避ける事など不可能な話だった。


「『ウォーター・バレット・リボルバー』!」


 二丁拳銃から放たれる、水弾の連射。完全なる不意打ちを喰らった冒険者は吹っ飛ばされ、カフェエリアのテーブルに頭から着地して気を失ってしまった。


 不可解な現象、突如現れた襲撃犯、そしてそれを吹っ飛ばした華奢な少女。

 こうも立て続けに理解不能な出来事が起これば、一般人が取れる行動は限られてくる。


 即ち、逃走だ。


 人々は駆り立てられる様に、我先にと出口へ急ぐ。


「クソッ、逃すか!

『ファイヤー・ボール』!」


 剣士が武器を引き抜き、剣に込められた魔法を放つ。遠距離攻撃が得意な弓使い……狩人が早々に戦闘不能となったが、彼らにはこの『魔術道具(マジック・アイテム)』がある。この魔法の武器は、炎の初級魔法『ファイヤー・ボール』を放てる優れものだ。剣による近距離戦だけでなく、魔法による遠距離攻撃も可能にした武器だ。異世界ではオーソドックスな魔法剣も、この世界では十二分に脅威となる。


 とは言え少なくとも、目の前にいる()()()()()()()()()には一切通じなかった。


「『ウォーター・ボール』!」


 少女が放った水の魔法は、瞬く間に火球を鎮火させ人々を守ってみせた。


「お前、魔法が使えるのか……!?」


「ええ、その通りよ。

 無力でか弱くて、可愛い女の子だと思った?

 残念、私は『蒼石(サファイア)の魔女』でした!」


 青髪の少女は小さな舌をだして、あざとく微笑んでみせた。


「小便垂れの薄汚えメスガキが!

 俺達を騙しやがって、手段まで汚えな!」


「そんな事、テロリストの『おじさん』と『おばさん』に言われる筋合いは無いわ!」


「ガキが…………『異世界の力』を思い知らせてやる!」


 鎧の男が手にしたハンマーの柄に、黄色の魔水晶をはめ込んだ。すると、武器の頭部はバチバチと電気を帯びたのだ。男は咆哮をあげて少女へ襲いかかる。魔女が作った水溜りを跳躍で飛び越え、雷槌による攻撃を最短距離で叩き込みにかかった。それこそ『か弱い女の子』なら震え上がって動けなくなる光景だ。

 が、蒼石の魔女は額に汗を浮かべつつも、不敵に微笑んでみせた。


「それと私、お漏らしなんてしていないわ」


 少女が指を鳴らすと水溜りが弾け、刃となってハンマーの柄を両断する。支えを失った魔法の大槌は、電気を帯びたまま持ち主の頭部へと落下する。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 全身に金属の鎧を纏っていたのが、逆に仇となった。電気が全身を駆け巡り、男は自分の武器で気を失ってしまった。早くも、二人目が戦闘不能となった。


「水魔法での偽装、演技の為のちょっとした演出よ。こうして他の魔法、さっきの『アクア・エッジ』にも使えるのよ」


 ふふん、と彼女は得意げに鼻を鳴らす。残された剣士と魔女は、人質になる筈だった少女を睨み付けた。もう油断はしない。一刻も早く小娘を仕留めなければ、彼らの『仕事』は完全な失敗となるからだ。そうすればどんな恐ろしい事が待っているか……その想像は彼らを大いに戦慄させた。


 ◆

(あー、めっちゃ緊張した!と言うより、生きた心地がしねぇ!!)


 一世一代の大芝居を果たした俺は、背中に滝のような汗が流れているのを自覚した。

 いや、考えてみれば当然の事だ。なんせ失敗したら命に関わるのだから。だが、これしか思いつかなかったのである。たった一人で最悪の未来を、冒険者達による放火を防ぐ方法が。

 それは、か弱い女の子を演じて、油断を誘った上で相手を仕留めると言う物だ。こうした『騙し討ち』は、上手くいけば少ない労力で最大の戦果を叩き出せる。

 そして、俺には成功させる為の『勝算』があった。


瑠璃海(るりうみ)蒼蘭(せいら)』の見た目である。


 童顔でトランジスタグラマーな、可愛い可愛い美少女の皮を被っているのが、今の俺である。そして俺は学園に編入した時から、『美少女転校生蒼蘭ちゃん』を()()()きたのだ。そして元は男であるが故に、蒼蘭ちゃんの凶器……柔らかな乳房の威力も熟知している。こうした『男目線の考え方』を知っていたり、生活の上で大なり小なり演技をしてきた経験は、天然物の美少女には無い武器と言えよう。


 この方法を思いつけたのは、先程出会った優斗君のお陰である。それと、彼を虐めていた不良生徒。最初に冒険者達の注意を惹く方法が思いつかなかったが、失禁した彼らの事を思い出したのである。


 一か八かではあったが、『涙目お漏らし蒼蘭ちゃん』に冒険者達は見事に食いついてくれた。後は持ち前のJカップのおっぱいで誘惑し、蒼蘭ちゃんの身体にゾッコンとなった所に攻撃を叩き込む。相手が『魔法』という超常的な力を持っていようと、『油断を誘う・不意をつく』という手段はとても効果的な様だ。これなら新米魔女の俺でも、か細いながら勝ち筋の糸を掴めると言うものだ。

 そう、ここまでは良い。実際、二人も倒す事が出来たのは上々の戦果だろう。更に言えば、他の客がスムーズに逃げ出してくれたのは嬉しい誤算だ。これで優斗君のお母さんも無事に助け出す事ができた。


 問題はこの後だ。恐らくは炎の剣士と魔女、どちらかが放火の実行犯だ。残り二人も、俺一人で片付ける必要がある。

 或いは、皆が来るまで時間を稼ぐという手もあるか?

 ……いや、ここは俺が頑張るべきだろう!さっきはアディラに助けられてばかりだった。だからこそ、ここで戦果をあげねばなるまい!俺は……俺にだって『何かを成し遂げる』事が出来る筈なんだ!


 俺は気合いを入れ直し、残り二名の刺客と改めて相対した。

【注釈】

蒼蘭ちゃん、もとい惺君は本当にお漏らしはしてませんし、本人にそういう趣味はございません。一応、念の為に補足させて頂きます。


【あとがき】

早いものでもうすぐ50話、そして『小説家になろう』に書き始めて一年が迫っています。いつも私の小説を読んで頂き、ありがとうございます。目を通して頂けるだけでも大変ありがたく、その上でブックマークをして頂いている方々には感謝の限りでございます。


私は書き溜めをするのが苦手な人間であり、これからも少しずつのペースでの更新となりそうです。お付き合い頂き、ありがとうございます。もし宜しければ、引き続き蒼蘭ちゃん達の物語にお付き合い頂ければ幸いです。

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