第41話 幕間-妖精淑女の『おもてなし』②
本来、『冒険』とは死と隣り合わせの代物だ。
太古より根付いた未知の迷宮探索も、魔物が蠢く未開の土地の開拓も、命を賭して挑むべき困難だ。故にそうした冒険を達成した者は、人々からその偉業を賞賛される。そして、数多くの偉業を成し遂げた者は英雄と扱われる。
Aランク冒険者ともなれば、本来の意味での『冒険』にも縁はある。そして眼前の金髪少女は、彼らが成し遂げた冒険譚を想起させる程の……或いはそれ以上の強者である。これは、彼らの経験に基づいた確信だった。マギナから発せられる魔力は迷宮最下層に棲息するヒュドラやデーモン・ロード、或いは深い森の古城を根城にするヴァンパイアのそれに匹敵する。
(久々の強敵だ)
口に出さないまでも、彼らは皆が心の中で呟いた。そう……冒険者が飽和し切った時代においては、Aランクですら仕事にあぶれてしまうのだ。先述した冒険に重きを置いたクエストは、近頃だとより高ランクの冒険者に取られてしまう。
そうした状況下で飛び込んできた仕事。更に目の前に現れた、魔女達を束ねる頭領。
緊張、興奮、期待、そして僅かな恐怖心が彼らの身体を支配した。
「如何されましたか、お客様方?私の歓待は、お気に召されませんか?」
マギナは上品な口調と優雅な仕草で、冒険者達を挑発する。
「ハッ!んなワケあるかよ!?」
言うが早いか、剣士の腕に力が込められる。先程の青白い光とは異なり、灼熱の炎が剣身に充填される。
「行くぜ、『炎刃-ブレイズ・ブレード』!」
轟々と燃え盛る大剣を振り回しながら、剣士が妖精に切り掛かる。何もない空間を切るかの様な、一見無意味な動作。だが、それには彼なりの考えがあった。
先程喰らった、不可視の爆発。
目に見えない爆弾が、空中の至る所に設置されていると彼は考えたのだ。故に、迸る炎の魔力で強引に、魔女の罠を破壊しながら突き進む策に出たのだ。
だが、マギナは予想とは大きく異なる行動に出た。
「顕現なさい、『光の短剣-カルンウェナン』」
マギナが手をかざすと、空中に光を纏った短剣が十本ほど浮かび上がる。宵闇に潜む『次元爆弾』とは真逆の、夜の街に眩く光る魔法を用いてきた。
彼女が手を振り下ろすと同時に、カルンウェナンが剣士目掛けて飛んで行く。正確には彼が持つ大剣、更に言うと剣が纏っている『魔法』を標的にしていた。
「オラァッ!」
剣士は雄叫びと共に、襲いかかる短剣を打ち払う。新たに繰り出された魔法に一瞬驚いたが、彼の作戦に変わりはない。邪魔な障害物を燃やし尽くし、少女の首をはねる。シンプルな作戦だ。
彼がカルンウェナンを捌く毎に、光と炎の魔法がぶつかり合い、魔力の衝撃波が発生する。その衝撃に怯む事なく、猛然と迫り来る体力は流石である。
全ての短剣を捌き切り、そのままの勢いでマギナへ切り掛かった。
「『妖精の細剣』」
だが、マギナは光り輝くレイピアを顕現させ、何と燃え盛る剣撃を真っ向から迎え打ちにきた。
金属が滑る音と共に、大剣はアスファルトにめり込む。完全に受け流された形だ。
「馬鹿な!?俺の剣が、何故!?」
驚愕する青年とは対照的に、少女は踊る様な動作で剣の上に着地した。
「確かに貴方の炎は強力でしたが……先に相殺してしまえば、受け流すのは簡単でしてよ。」
マギナはそう言い放ち、レイピアを彼の首に突き立てる。
……その予定だったが、マギナは大剣を踏みしめて跳躍した。それとほぼ同時に、彼女が居た場所へ複数の矢が強襲して来た。
(空中へ逃げた!これなら……!)
弓使いは跳躍した少女に狙いを定める。空中では身動きが取り辛い。重力に捕らわれ落下する獲物目掛けて、引き絞った弓から強烈な一撃が放たれる。
だが、彼女の矢は外れてしまった。とは言え、弓矢の腕前に至らない点があった訳ではない。
地に堕ちる筈の獲物が、宙を舞ったからだ。
いつの間にか、少女の背中からは色鮮やかな蝶の羽が生えていた。その羽ばたきで、空中で軽やかに矢を躱してみせたのだ。
「まさか、本物の『妖精』!?」
黒魔術師の少女は驚きの声を上げた。声色には興奮が混ざっており、その瞳は少し輝いていた。
「あら?あなた達の世界にも『妖精』が居るのかしら?」
異なる世界にも自分と同種族の生き物が居ると知って、マギナの口調は少し明るくなった。
「とっくの昔に絶滅した、絵本の中でしか出逢えない生き物に、この世界で会えるなんて……!
さっき言ってた、『妖精淑女』って、嘘じゃなかったんだ!」
身につけた漆黒のローブとは対照的な、年相応に眩い笑顔を少女は浮かべていた。
だが弓使いはそんな少女を、まるで宝石の詰まった宝箱を見るような、物欲に満ちた目で睨みつけた。
「『異世界の妖精はまだ絶滅していなかった』って所かしら?それって、凄い発見じゃない!持って帰りましょうよ!」
「ああ、コイツはレア物中のレア物って事だもんな!素材を剥いでも良いし、ラジエル様に頼んで生きかえらせても良い!そうすりゃ報酬上乗せ間違い無し、俄然やる気が出てくるってモンだぜ!!」
まだ若干の純粋さを残す黒魔術師とは違い、剣士と弓使いは帰還後の特別ボーナスに思いを馳せていた。
「お客様方、この世界には『取らぬ狸の皮算用』という言葉が御座いますわ。ドラゴンの鱗も妖精の羽も、まずは狩りを成功させる必要があるのではなくって?」
「貴女を倒す算段なら……あるわ!」
弓使いは先程まで使っていた武器を捨て、代わりに白銀に輝く弓を取り出した。彼女が力を込めて弓を引き絞ると、更にその輝きを増した。まるでこの闇夜の中で、自ら輝く星にも見える。
「まさかミスリルの武器まで使うハメになるとは思わなかったけど……これなら行ける筈!」
彼女の顔には確信があった。だが、冒険者達は互いに目配せする事も忘れない。もし矢が外れたなら、即座にフォローに移れるように、だ。黒魔術師の少女も、仲間からの合図で表情を真剣な物に切り替えた。パーティの仕事である以上、彼女一人が勝手な感情を持ち出す訳にはいかない。
「放て、『イルミネート・バラージュ!』」
光輝く矢が、白銀の弓から放たれる。一筋の光は同時に七つに分裂し、各々が全く異なる起動で妖精を仕留めにかかる。
だが、マギナはひらり、ひらりと次々に躱して行く。飛んで行った矢が弧を描き、再び妖精を追尾しているのに、だ。追尾してくる矢を一本、また一本と避けて続けている。空中で舞い踊る蝶の様に、優雅な動きだ。
確かに余裕たっぷりな振る舞いではある。だが、その場に釘付けにする事には成功した。
「天にて渦巻く黒雲よ、空轟かす雷鳴よ!汝が携えし黄雷を、我が声に応えて振り下ろせ!
『ライトニング・テンペスト』!」
その隙に黒魔術師が杖を天に掲げ、詠唱を終わらせた。瞬く間に特大の稲光が、妖精目掛けて降り注がれる。
「みんな、お願い!」
マギナは使い魔の蝶を上空へ出現させ、天からの雷を防ぐ防壁を張らせた。とは言え、詠唱を交えた大掛かりな雷魔法だ。少しでもマギナが力を抜けば、瞬時にバリアは破壊されるだろう。
今、彼女は『矢』と『雷』に、完全に意識を持っていかれている。
彼らはその隙を見逃す冒険者ではなかった。
「……ッ!」
突如として、マギナの背に一瞬の激痛が走る。その後、体内から温かい液体が流れ出る感覚に襲われた。妖精の背には、盗賊が投げた真っ黒な短剣が刺さっていた。
派手な大立ち回りを演じていた他三人とは違い、彼はずっと隙を伺っていた。言い換えるなら、剣士達は盗賊の為の隙を作っていたのである。
『パーティは1人のために、1人はパーティのために』
逆転に繋がる一手は、こうした冒険者のチームワークで生み出されるのだ。マギナが受けた短剣には、筋肉を弛緩させる毒薬が塗られている。それも飛竜すら動けなくする、強力な一品だ。
妖精の羽は硬直し、仰け反りながら地上へ落下する。
だが地上へ落ちるより前に、ミスリルの矢と雷撃が少女の身体に命中した。
稲光の中、全身を震わせ苦悶の表情を浮かべるマギナの姿が浮かび上がる。
「……ッ!まだ、私はッ!!」
それでも尚、妖精は抵抗を試みている。雷とは異なる金色の光が、マギナの両手に溜め込まれる。恐らくはこれが最後の抵抗だろう。
そう確信した剣士は懐から、拳サイズの真っ赤な魔水晶を取り出した。それを愛剣の柄にはめ込んだ瞬間、剣身からは今までで一番の魔力が迸る。獲物は討伐目前、だが最後の抵抗を残している。ならば切り札の魔水晶、外付けの魔力を使った最大の一撃を浴びせるのみだ。
「これで終わりだ!『豪炎刃-フェニックス・ブレイズ・ブレード!!』
先程の倍以上に燃え盛る炎を剣に纏い、パーティのリーダーはとどめの一撃を妖精に叩き込んだ。
少女を模った『強敵』は全身を焼かれながら、地面に叩きつけられた。
高性能な弓矢、大規模な魔法、盗賊が作った僅かな隙、そして温存しておいた魔水晶を用いた必殺の剣撃。これらが合わさった結果、Aランク冒険者達は素晴らしい戦果を残したのだ。皆がとても晴々しい笑顔を浮かべていた。異世界での冒険、その第一歩として現地人からは『大魔女』と呼ばれていた妖精の討伐に挑んだ。予想外の強敵に遭遇した彼らは、持てる力を全て出し切って立ち向かった。
その結果、眼前の脅威だけは退ける事に成功したのだ。
「ええ。あなた達は確かに、誰が疑う余地もなく、最大限の成果を出しましたわ。」
四人の男女は晴れやかな表情から一転、頭上から聞こえる声に戦慄した。ゆっくりと、彼らは声の方向に向き直る。これは夢か、質の悪い悪戯心に違いない。その筈だ、それ以外あり得ない。
そうでなくては、傷ひとつない綺麗な身体と服装で、穏やかな笑みを浮かべている、黒焦げになって地に伏している筈の妖精の説明がつかないではないか。
「お陰様で良い経験を積めましたわ。特に、最後の剣撃には驚かされました。
ねぇ、貴女達の感想も聞かせてくださる?」
マギナがそう言うと、空中に二人の人影が出現した。
「そうね……私は盗賊さんの働きを評価したいわ。仲間が戦っている中ギリギリまで息を潜めて、私を毒で弱らせた手腕は見事でした。きっとこれは、パーティ内で背中を預け合う信頼があったからこそ出来たのよね。」
「全員凄いと思ったけど、敢えて一人を選ぶなら黒魔術師さんかしら?その年齢で炎、氷、雷といった多彩な魔法が扱える逸材ですもの。特に最後の雷魔法は強烈だったわ。
あ、勿論弓使いさんの腕前も素晴らしかったわ。二人揃って花丸をあげたいくらいよ♪」
目の前で繰り広げられる奇怪な光景を前に、異邦の冒険者達は言葉を失った。
だが、無理も無い。
彼らは今まで、自分同士で会話をする者な見た事がなかったのだから。しかも単なる幻覚や、人形等を用いた身代わりでも無い。会話が可能な程に、高性能な分身を生み出す魔法だ。驚愕故に言葉を失っても、それは当然の反応だ。
否、この中で一人だけ、違う理由で静寂を守っている者がいた。先程まで旋回していたミスリルの矢を、妖精達の背後に手繰り寄せている弓使いだ。何故マギナが増殖したのかは彼女にも分からないが、狩人の直感が告げていたのだ。この状況における唯一の打開策、そしてこれが最後のチャンスだと言う事を。
三体のうち、左右の妖精が射抜かれた。そのまま地上に落下する中で、光の粒子となって消えていった。一方で中央の妖精は抜け目なく、身を翻して矢を避けた。
「……ッ!うぉぉぉぉぉぉッ!!」
剣士の身体を、脳ではなく脊髄が動かした。残りの魔力を全て使い切り、大剣をその場で大きく振り下ろした。その斬撃により生まれた炎の衝撃波を、残った妖精……恐らく本体であるマギナを倒すために。
最初に倒した妖精も、いつの間にか姿を消していた。先程の分身と同様に、最初のマギナも分身で今頃は粒子となって消えたのだろう。
なら、矢を躱したあのマギナが本体だ!冒険者はそう結論付けた。
だが、彼らの最後の足掻きを嘲笑うかのように、妖精は笑顔で指を鳴らした。
「『鏡合わせの仮面舞踏』」
今度は二体に分身し、そのうちの一体が身代わりとなった。最後の刃は、強敵の喉元には届かなかったのだ。
「では、そろそろ歓迎の宴もお開きにしましょう。有意義な時間と、あなた達との出会いに感謝を。」
マギナの手から魔法陣が浮かび上がり、その中から煌々と輝く武器を取り出した。カルンウェナンと同じく、光の魔法で作られた武器だ。
「『光の魔槍-ロンゴミニアド』」
マギナは剣士がやったのと同じ要領で、ロンゴミニアドを振るって衝撃波を発生させた。光の波に飲まれた冒険者四名は、吹き飛ばされてビルの壁面に叩きつけられ、気を失った。
◆
「今だ、確保に移れ!!」
治療を終えた魔女達が、討伐された冒険者たちを専用のワイヤーで縛り上げる。他にも手錠、足枷、更には動きを封じるスクロールまで用いての捕縛だ。魔法界の凶悪犯罪者に匹敵する警戒体制である。
「ふぅ、こんな所かしら?」
一仕事終えて、アゲハの大魔女は息をつく。すると、一人の魔女が彼女に歩み寄った。
「お疲れ様です、主様。」
「ありがとう。それとステラ、貴女もお疲れ様。」
マギナと彼女の従者は、互いに労いの言葉をかけ合った。
「治療用のポーションを多めに準備しておいて正解でした。まさか『実際に異世界人と戦いたい』と言い出すとは、思ってもいませんでしたから。」
「確かにそうだけど、私にとっては嬉しい誤算よ。未曾有の事態に立ち向かうには、何より情報と経験が必要ですもの。彼女達のやる気は、十分に尊重すべきだわ。」
「だから主様は敢えて早々に決着を付けずに、冒険者達に手の内を曝け出させる戦い方をしたのですね。彼らの持つ技術や魔法の情報を引き出す為に。」
ステラは先程までのマギナの戦いぶりを思い返し、己が主人の思惑を理解した。早急に打ち倒すだけなら、不意打ちに特化した『次元爆弾』を二、三回使えば事足りる。だが、アゲハの大魔女はそうしなかった。光の短剣や魔槍、妖精の細剣、更には並行世界の自分自身を『分身体』として呼び出す大技、『鏡合わせの仮面舞踏』まで使ったのだ。大盤振る舞いも良いところである。だが、それも全ては今後の戦いに備えた情報収集の為である。
「ええ、その通りよ。今回得られた情報は、是非とも有意義に活用したいところね。」
「勿論でございます!我々一同、次なる異世界人と戦う際は必ずや本日の経験を活かして参ります!」
指揮官の魔女が駆け寄り、マギナ達に敬礼をした。どうやら、客人達を無事に護送車へ乗せ終わったらしい。
「それじゃ、事後処理はお任せするわ。私達はもう帰るから。」
マギナは空間魔法で生み出したワームホールを使い、そのまま従者と共に帰還したのだった。
◆
(一先ずは無事に対処できたわね。)
マギナは自室のベッドに腰掛け、ホッと一息ついた。無事に、本来出る筈の犠牲者を出さずに、異世界からの尖兵を対処できたのだ。
彼女の未来予知は、並行世界の未来しか見る事が出来ない。故に今までは並行世界の自然発生を待って、この世界でも起こり得る事象を予見し、その対処に当たっていた。だが、学園で先日行われた演習試合、蒼蘭の未来予知によって新たな並行世界が誕生した。故に改めて未来予知が可能となり、冒険者達の襲来を知る事が出来たのだ。
直近の未来において、最も手強い『Aチーム冒険者』。彼らの襲撃により、多くの犠牲者が発生する。その未来を予知出来たからこそ、多くの命を救う事が出来た。
今までだったら、自分一人の未来予知なら上手く行かなかった。不確定な未来の事象を知るためは、定期的に未来予知を行う必要がある。そしてそれを可能にしたのが、『運命の鍵』の存在だ。
「主様、紅茶が入りました。」
従者のノックに対して、マギナは上機嫌で彼女を招き入れる。
「ありがとう!折角お客様の為にお茶会を準備していたのに、台無しにされちゃったから凄く紅茶が飲みたかったの。」
「それはそれは……
所で、何故あの者達に紅茶を振る舞おうと?話し合いが通じる者とは思えませんでしたが?」
「あれは淑女としての、最低限の礼節よ。それに、異なる世界からのお客様とお茶を飲める機会なんて滅多にないわ。例えダメ元でも、誘う価値は十分にあると私は考えたの。」
「そうですか……」
ティーポットで紅茶を注ぎながら、ステラはやや素っ気ない受け答えをする。人間である彼女に、妖精の価値観は今一つ分からなかったのだ。
「所で、この後は如何されますか?この世界にやってくる冒険者、あの者達だけではないのでしょう?」
「一番強いパーティはさっき対処したし、後は他の魔女達に任せても大丈夫よ。」
「では、魔法機関にはその様に指示を出しますか?」
「あ、待って!良いことを思いついたわ。後の事は、私に任せてちょうだいな。」
大魔女は紅茶を飲み干した後、従者を下がらせて机に向かった。そして羊皮紙を取り出すと、羽ペンで文字と魔法陣を綴り始めた。
魔法機関の魔女達にも対処に当たって貰う。それは変わりない。だが自分には、頼りになる『お姉様達』がいるではないか。
学園に宛てた手紙を、マギナは鼻歌まじりにしたためるのだった。
次回、今度こそ学内バイト編がスタートです。