第40話 幕間-妖精淑女の『おもてなし』①
学内バイト編がはじまると言ったな。すまん、ありゃ半分くらい嘘だった…。一応、今回の話が学内バイト編に繋がる予定です…。
貴重な夏休みなので、ちまちまと更新して行きます。
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(時間は数日前まで遡り……)
ここは摩天楼が立ち並ぶ夜の街。その道路上に突如として、漆黒の穴が開いた。その中から現れたのは四人の男女。ある者は大ぶりの剣を背負い、ある者は弓を携え、またある者は黒いローブと杖を身につけていた。
全員が違う格好をしてはいるが、二つだけ共通点がある。一つ目は全員が異世界からやってきた冒険者である事。二つ目は胸元に付けている、宝石をあしらったバッジだ。これは冒険者の証……それも『Aランク冒険者』である事の証だ。
異世界の冒険者にはAからF、そして最上位のSランクに分類がなされている。最上位に次ぐAランクともなれば、異世界でも上澄みの実力者集団である。実際彼らは、今回召集された冒険者達の中で、唯一のAランクパーティだった。
『未知の世界を探索し、異世界の魔女を討伐した後に【回収】し、更に【運命因子】を探し出す』
これがクエスト名、『魔女狩り』の概要だった。
今や冒険者は飽和状態であり、多くの者は薬草採取や荷馬車の護衛、採掘場での肉体労働といった、凡そ『冒険』とは無縁の仕事をしていたのだ。かつては太古の宝物を探したり、未開の地の地図を完成させたりといった夢と浪漫に溢れた職業だった。だが、今では冒険者という単語は、単なる日雇い労働を意味する言葉に成り果てていたのだ。
だが、そこに『未知の世界』の仕事が飛び込んできたらどうなる?しかも、そこは彼らが想像もできないような世界だ。
馬を使わない鋼鉄の馬車、空を飛ぶ鉄の鳥、謎の土を固めた巨大な塔。話を聞いただけでも、好奇心が刺激される。
その一方で、彼らには受け入れ難い側面もあった。
『魔法・魔術』の衰退である。彼らにとって魔法とは生活になくてはならない存在であり、それに触れる事が出来ることに日々感謝を忘れてはいない。
特に彼らの国では、国王の従者たる『大賢者ラジエル』がもたらした『永遠の魔導書』によりあらゆる面で恩恵を受けているのだ。
例えば先代が老衰した後、埋葬の代わりに『永遠の魔導書』の材料となる事で、子孫がその研究を引き継ぐ事が可能となった。何代にも渡った大規模な研究が可能となった。
或いは、より簡易的で誰にでも扱える様に改良した魔法を編み出したり、魔剣や魔弓、或いは魔法が込められた杖といった魔術道具の作成にも役立てられている。特に後者は『魔法の才能が無い者でも魔法という神秘に触れる』事すら可能にしているのだ。
謂わば、『究極の体系化』。それが彼らの世界の魔法の特色である。
稀代の大賢者が民に授けた力は、人々の生活を更に発展させていった。ラジエルを重用し国を発展させる覇王ダルトも、彼女に寵愛を施す女神セフィリアも、国内外問わず多くの支持を集めている。
彼ら彼女らに報いるために、魔法の才能が有る者は研究に精を出し、それが叶わぬ者であっても『魔法という神秘』に触れられる事への感謝だけは忘れていない。
故に『魔法を捨てた』この世界を、彼らが受け入れる事はない。
とはいえ、価値あるモノは最大限有効活用するつもりだ。数少ない魔女や魔導書、そして無駄に広い土地や資源。それらを自分達の世界の為に有効活用する、神秘を冒涜した世界に持たせる意義としてはこれ以上ないくらい贅沢な物だろう。
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さて、意気揚々と異世界に降り立った彼らは、早速目当ての魔女を探そうと足を進める。
「待て、何かおかしい。」
パーティの一人、斥候担当の盗賊が同胞を引き留めた。
「何がだ?」
リーダーの剣士が、短く斥候に問う。
「事前の情報と違う。夜なのにあまりにも暗すぎる。」
そう言われて、パーティメンバー全員がハッとした。仕入れた情報によると、この世界の街灯は明るく、辺りの塔は夜遅くまで光り輝く物らしい。灯りのついた塔の中で、人々は日々の仕事に明け暮れるという話だ。だが、それにしては周囲が暗すぎる。
「でも、人の気配はちゃんと感じるわ。少なくとも、10人以上ね。」
弓使いの女性は、己の嗅覚と肌で感じた気配を伝える。
「人の気配はある。けど、生活の気配が無い、という事?」
黒いローブを羽織った黒魔術師の少女は、小声でメンバーに確認を取る。
「ああ、そして考えられる事は一つ……」
リーダーが最後まで言い終わらぬ内に、突如として周囲が明るくなった。光の球体が複数個、宙に浮かんでいる。そしてその光の中から、彼ら異世界からの『お客様』を歓迎する魔女達が現れた。
「遠路遥々ようこそお越しくださいました、異世界からのお客様。
私は『マギナ・ロイジィ・スワローテイル』と申します。以後、お見知り置きを。」
まるで彼女らを代表するかの様に金髪の少女が前に出て、スカートの裾を摘んで優雅にお辞儀をした。
「歓迎の準備は出来ておりますわ、勇敢なる冒険者の皆様♪」
マギナはにこやかに微笑むと、徐に指を鳴らした。
すると光の球体が一つ、新たに出現した。そして、その光は屋外に設置されたテーブルを照らし出す。白いテーブルクロスに陶器のティーポットとカップが、夜の闇と対照的な光景として飛び込んで来る。
「さぁ、席はこちらでございます。魔女が開くお茶会、お客様には是非楽しんで」
「『ファイア・トルネード』」
金髪少女の『おもてなし』は、黒魔術師が放った特大の火炎魔法によって消し炭になってしまった。
「毒殺でもするつもりでしょ。そうでなくても、かったるいのは好きじゃない。」
冷ややかな目をしているのは、黒魔術師の少女だけではない。各々が武器を構えており、彼女が手を出さなくとも他の誰かが『魔女の歓迎』を突っぱねるつもりだったようだ。
「そういう訳だ。俺たちはお前さん達を討伐し、ついでに『目当ての魔女』の情報を聞き出すだけだ。
下らない三文芝居に付き合う義理は無い!」
リーダーの剣士は自身の愛剣を抜き、その切先を金髪の少女に向けた。
……気味の悪い事に、少女は尚笑顔を崩さずにいる。
「では別の歓迎を、と言いたいところなのですが……。ここに居る魔女達が、どうしても『皆様をもてなしたい』と申しておりますの。」
マギナは周囲の女性達に目配せをする。魔法機関より派遣された魔女達は、一斉に臨戦態勢を取った。
「ハッ!そっちの歓待の方が、断然分かりやすいな!お前ら、行くぞ!」
客人達は戦う事を選んだ。それなりの人数に待ち伏せされている以上、逃げに徹するのは愚策である。他にも待ち伏せがいる可能性もあり、また地の利も無い以上逃げ場も分からぬ状況である。ならば、この場にいる全員を倒した方が早い。そもそも尻尾を巻いて逃げるなどあり得ない選択肢だ。
でなければ、『魔女狩り』なんて名前のクエストは受注しない。
かくして、戦いの火蓋は切られた。
◆
「速攻で片付ける。『ファイア・トルネード』!」
先程マギナの歓待を消し炭へと変えた、5mはある巨大な炎の竜巻が、轟々と燃え盛りながら魔女達へ突撃する。
「隊列を崩すな!前衛は防御魔法、後衛は炎に対抗できる者は攻撃、その他は警戒態勢を継続だ!」
指揮官の魔女が檄を飛ばす。彼女の指示通り、前衛は土や光の防壁を張って魔法の威力を軽減させる。その後、水や氷の魔法が炎をかき消した。
「……ッ!5時の方向、接近者あり!」
攻撃に参加しなかった後衛の魔女1人が叫び、彼女の半径10m以内の地面が光る。探知用の魔法陣が、闇に紛れて近づく斥候役を探知したのだ。
「そこか!!」
他の後衛待機組の魔女が、炎や風の魔法で辺りを攻撃する。姿は見えないが、広範囲の魔法攻撃で盗賊を炙り出す腹づもりだ。
そして魔法の合間を縫って、黒い陰が飛び退いた。
「ケッ、少しは出来るってわけか。」
接近を阻まれた盗賊は、面白く無さそうに吐き捨てた。
「まぁ、本当に少しだけだがな。」
盗賊が言葉を溢した次の瞬間、指揮官の号令が響いた。
「全員、散開しろォッ!!」
なんと正面からは、雷を纏った無数の矢が放物線を描いて飛んできたのだ。盗賊の狙いは接近しての暗殺ではなく、ただの囮。本当の狙いは弓使いの広範囲攻撃だ。
雷魔法を付与された攻撃を避けるため、その場から強制的に動かされた魔女達。だが、相手はAランクの冒険者パーティだ。当然、更なる手を用意している。
「『ブリザード・フロア』」
黒魔術師が魔法を唱えると、散開した先の地面が凍りついた。否、地面だけではない。魔女達の足をも凍てつかせて、大地に固定させたのだ。
「こんなもの、炎の魔法で溶かしてしまえば……」
「あら、そんな事させる訳ないじゃない?」
弓使いの女性が指を鳴らすと、地面に刺さった矢から電撃が迸った。凍りついた地面を伝い、魔女達を痺れさせたのだ。
「きゃああああッ!」
「ぐああああッ!!」
身体を麻痺させられ、ある者は膝をつき、またある者は仰向けに倒れ込んだ。
「まぁ、随分とあっけなかったわね。」
弓使いは異世界の魔女達に嘲りの笑みを送った。
「違う、私達が強いだけ。これでもAランクパーティ。久々の大仕事としては上出来な筈。」
黒魔術師の少女は無表情のまま、さも当然の結果だと言う口調を取る。
「ならトドメは俺に譲れ。指示出しだけじゃ、身体の鈍りは治らねえ。」
大剣を構えながら、リーダーの剣士が前に出る。手にした武器からは、青白い稲妻がバチバチと迸っている。
「無駄だと思うが、一応聞いてやる。」
指揮官の魔女に向き直ると、剣士はある質問をした。
「『運命因子』……つっても通じねえか。そうだな……『未来を変える魔女』に心当たりはあるか?」
「……貴様らに答える事などない。」
苦悶の表情を浮かべながらも、彼女は異邦の冒険者を睨みつけた。自分達より圧倒的に強い者が相手でも、決して心までは屈さない。これは自分達の選択なのだから。
「そうか、なら……死ね!」
大剣が帯びる電撃が勢いを増し、敵を一掃せんと光り輝く。
彼女らの命運はここで尽きる。突如として現れた異世界の冒険者達に、なす術なく討ち取られるのだ。
……という結末も、別の世界線ではあり得たかもしれない。
「『次元爆弾』」
突如として、何の前触れもなく、何もない筈の空間が爆発した。爆破箇所は四つ。剣士、盗賊、黒魔術師、弓使い。爆発は的確に彼らの側で発生し、彼らだけを吹き飛ばした。
「さて、『実習』はこれぐらいで大丈夫かしら?」
指揮官役の魔女に、マギナは声をかけた。
「はい。その……申し訳ございません、大魔女様。無理を言って参戦を願い出ていながらこの有様とは……。」
唇を噛み締めながら、震える声で『大魔女』に謝罪をした。
「いいのよ。貴女達の経験とするなら、確かに『見学』だけだと物足りなかったわね。でも、良い勉強になったでしょう?」
金髪の幼子……否、大魔女は優しく微笑んだ。
「は、はい!本日の事は、今後の対応に確実に活かしてみせます!!」
「ええ、その意気よ。後は私に任せて、貴女達はステラの治療を受けなさいな。」
そう言うとマギナは数歩前進し、不敵な笑みを浮かべて『お客様』へと向き直る。
「お前……何をしやがった!?」
「あら、意外と元気が良いのね?冒険者は身体が資本、という事かしら?」
マギナはあっけらかんと言い放つ。実際、彼らは咄嗟に防御の姿勢を取り、爆破の衝撃を辛うじて抑えることに成功したのだ。流石、国家所属の魔女達を手玉に取っただけの事はある。マギナは不敵な表情とは裏腹に、内心では冒険者を高く評価していたのだった。
「彼女達の歓迎では満足できなかったみたいだから、私が直々に『おもてなし』をする事にしたの。さっきのは……パーティ開始のクラッカーだと思って頂戴な♪」
彼女の言葉を聞いて、僅かながらの戦慄を覚えたのは冒険者だけではない。時空の歪み、並行世界の発生による微弱な魔力。『運命の楔』には遠く及ばないが、かき集めればそれなりの威力を持つ攻撃魔法へと変貌させられる。それを苦もなくやってのけ、しかもそれを『クラッカー』と呼称したのだ。
目の前の大魔女底知れなさには、電撃で麻痺した背筋も伸びるというものだ。
「さて、『妖精淑女のおもてなし』、堪能してくださるかしら?」
夜の街に、妖精の妖しげな微笑みが浮かび上がる。客人達は武器を取り、臨戦態勢に移った。いつの間にか、彼らが身構えて迎え打つ立場になっていたのだった。
マギナさんのおもてなし、ここからが本番です。