第39話 聖流メンタル回復施術
今回もちょっと長めです。ご容赦のほど、お願いします。
(聖視点)
「はぁ……」
私は自室のベッドに、ため息と共に倒れ込んだ。
私は、彼女の力になれたのだろうか?
蒼蘭が何かしらの悩みを抱えていて、それが深刻なものである事は何となく察していた。それに、今日の彼女は目に見えて様子が変だった。周囲の空気が沈んでいたし、負のオーラが漂っていた。休み時間に声をかけても上の空、昼休み至っては明らかな食欲不振である。
(何か、蒼蘭ちゃんの力になれないかな……?)
私はそう考えて、炎華に相談した。そうしたら、『人通りの少ない場所で直接悩みを聞く』という手段を提案してくれたのだ。
そして実際に、彼女からの相談を聞いた。蒼蘭が抱える悩みと境遇の辛さは、自分にも理解できる物だった。
優秀過ぎる身内との比較。
自分の努力を評価して貰えず、それどころか水泡に帰した事。
それらが重なり、彼女は自信を喪失してしまったのだ。
……何とも、理不尽な話だ。聞いているだけで胸が張り裂けそうになった。無意識のうちに、自分と彼女を重ねてしまう程に、だ。私と蒼蘭の境遇は似ている。だから、彼女は魔力測定の時、私を励ましてくれたのだろう。
(もっと彼女の力になりたい。)
その強い思いだけが、私の心の中で渦巻いている。
それは何故か?
彼女が数少ない友達だから?
同じような境遇だから?
彼女に何度も助けられて、そのお返しがしたいから?
理由は恐らく一つではない。だが、一番大きな理由がある。
蒼蘭には、笑顔でいて欲しいからだ。
初めて会った瞬間から、そして初めて友達になった日から、今日に至るまで彼女の素敵な笑顔を私は見てきた。蒼蘭は喜怒哀楽が分かりやすく、嬉しい時や楽しい時の表情には、何度も癒されてきた。
それが一転、今日の彼女はとても弱々しかった。まるで硝子細工、触れただけで壊れてしまいそうな脆さだった。
確かに先程別れた時は、幾分かメンタルも回復した様に見えた。だが、それだけで足りるのだろうか?ちゃんと食欲は戻って、夜も眠れるのだろうか?また明日、彼女は微笑んでくれるのだろうか?
……不安と心配が、私の心臓を支配する。
何か、何か彼女にしてあげられないだろうか……?
……その時、私は思い出した。彼女を癒す方法を、一つだけ知っている。心を癒すために、『身体から先に癒す』という手段がある。
即ち、リラクゼーション……マッサージである。
◆
(蒼蘭[惺]視点)
「ふぅ……」
俺はベッドに腰掛け、ひと息ついていた。
まだ夕食には早いが、少しずつ空腹感がして来た。
……非常に情け無い話だが、彼女らに悩みを打ち明けて正解だった。心の奥底に溜まっていた汚泥が、少しだけ取り除かれたのだから。
まだ万全の精神状態ではないが、聖と炎華のおかげで少なくとも『最悪』からは抜け出せた。魔法は精神のコンディションに左右される。もしこのまま一人で鬱屈とした感情を抱え込んでいたら、魔法が上達する事も永遠にないだろう。
兎に角、彼女らには感謝しかない。やはり、持つべきものは友人だ。俺の惨めな胸の内を聞かされても尚、嫌な顔一つせずに接してくれたのだから。明日、彼女らにアイスでも奢ろう。そして、もし彼女らが悩みに直面したなら、俺も力になろう。
そう考えていると、突然インターホンが鳴った。
一体誰だろう?
カメラの映像を確認すると、なんと聖が映っていた。
……いや、女子高生が友達の部屋に訪れる事は決しておかしな事ではない。問題は彼女の格好である。
なんで、ナース服着て来たんだ……?
◆
「蒼蘭ちゃん、調子はどう?」
「えっと……うん、お陰様で気分は少し良くなった……かな?」
取り敢えず聖を部屋にあげたは良い物の、彼女の格好が気になって会話が上手く進まない。服装への疑問もそうだが、余りにも似合いすぎてるのが問題だ。顔の良い女子高生が、ボディラインが分かりやすいコスプレ衣装を着用しているのだ。しかも、聖は炎華と同様に、発育がかなり良好な子である。 刺激が、あまりに刺激が強い……!
「あのさ、その格好は……?」
触れて良い話題なのかは分からないが、聞かない事には始まらない。と言うより、気になって落ち着かない。
「あのね、もし良かったらなんだけど……私、『マッサージ』ができるんだ。」
「あー、リンパマッサージとかそういうの?」
「そう、そんな感じ。
蒼蘭ちゃんも、身体を解せばもっとリラックスできるんじゃないかなって。」
「成程……って、マッサージとナース服にはどういった関係が?」
「えっと……こう言うのは形から入った方が良いかなって……。ほら、魔法は精神と密接に関わっているじゃない?
実際、大掛かりな儀式系統の魔法は部屋を暗くしたり、蝋燭を立てたりして『それっぽさ』を演出する事で成功率を上げるって話も聞くし。うん、それだけ、他意はないから!」
「あー……うん、何となくは分かった。」
「それで……どう?私のマッサージ、受けてみない?」
彼女の質問に、俺は極力平静を装いつつ瞬時に思考を巡らした。
……この場合、どっちが正解なんだ?マッサージを受ける、受けないのどちらを選べば良いんだ?
大前提として、聖は純度100%の善意で提案してくれている。善意の出力方法が若干独特なのは、アディラとの演習試合で掲げられた横断幕からして分かっている事だ。故に、ナース服の着用についてはこれ以上突っ込むまい。
とは言え、だ。
華の女子高生にマッサージをさせるってのは、大丈夫なのだろうか?合意の上且つ俺が揉まれる側なら、そりゃ法律には抵触しないだろう。だが、【コスプレ美少女JKのマッサージ】という絵面が凄まじい破壊力と背徳性を伴っている以上、気軽に頼める物でもない。
だが、ここで断れば聖の好意を無碍にする事になる。彼女のやや赤くなった頬を見れば分かる。ここに来るまでの道中、恥ずかしさを堪えてやって来たのだろう。それに服装云々を抜きにしても、心配でわざわざ様子を見に来てくれたのだ。そして、メンタル不調の改善案までもたらしてくれたのだ。
……まぁそれに、道徳だの体裁だの理性云々的な小難しい話を抜きにした場合、『マッサージを受けたい』という気持ちも無い訳ではない。
……答えは決まった。
「じゃあ……お願いします、聖先生。」
俺は彼女に深々と頭を下げた。
「うん、私に任せて!
それじゃ、早速ベッドの上にうつ伏せで寝っ転がって。」
聖に促されるままに、俺はベッドに身を預ける。
「では、施術をはじめます……。」
その声と共に、彼女の指が鎖骨へと伸びる。
「先ずは、肩周りから解していきますよー。」
優しげな掛け声と共に、聖の指が鎖骨周りの肉を優しく推していく。そのまま指が肩へスライドし、凝り固まった肉を優しく解していく。
「蒼蘭ちゃん、すごい凝ってない!?普段から、何か重い物でも持ってるの?」
「あ〜……多分、その重りは私の胸部に付いてます……。」
「あ、ごめん!変な事聞いちゃって……。
でも、日頃から入浴後に肩のストレッチをすると、結構違って来るんだよ?騙されたと思って、毎日やってみてね。」
聖先生は的確なアドバイスをしながら、スムーズに凝りを解消していく。
「次は脇腹付近を、手のひら全体で撫でて行きますよー。」
聖の手のひらが、蒼蘭ちゃんの脇腹を優しく撫で始める。シュッ、シュッ、とシャツの擦れる音が出る度に、身体が温められて行く感じがする……。
あ、これめっちゃ気持ちいい……。身体が温められるに連れて、心と脳もフニャフニャになっていく……。
「そう言えばさ、聖はそのナース服はどこで買ったの?」
ふと浮かんだ素朴な疑問を、友人に問うてみた。
「えっ!?えっと……コスプレ衣装の専門店があって、そこで買ったんだ……。」
『コスプレ衣装専門店』とな……?
東京にはそう言った店もあるのか……。流石は大都会、サブカルチャーに対する理解が深い。
「でも、コスプレの服って凄い高いイメージあるけど……高校生のお小遣いで買えるの?」
床屋で美容師と交わす雑談の様な感覚で、何気なく浮かんだ疑問を口にした。
「まぁ、そこはピンキリかな?探せば安いのもあるし、キャラ物以外だとそこまで高くは無いんだよ?
後、私はゴールデンウィークに『学内バイト』で稼いだから。そのバイト代で買ったんだ。」
「『学内バイト』?」
「学園が高等部以上の生徒に向けて募集する、単発や短期のアルバイトの事だよ。当然だけど、魔女の学園だから魔法に関するアルバイトも結構あるよ。」
「ほぇ〜、そんなシステムがあるんだ。知らなかった。」
思いがけず、中々に有力な情報が手に入った。
「それって、私も働けるの?」
「勿論!蒼蘭ちゃんだって学園の生徒なんだし、色々な仕事があって楽しいよ!」
「そっか……。なら明日にでも、何かのバイトに応募しようかな。」
「蒼蘭ちゃんも、何か欲しい物があるの?」
「んー?別にそういう訳じゃないけどさ、一度は経験として働いてみるのもアリかなって思っただけよ。」
俺が一時期不登校だった頃に、親が送ってくれた自己啓発本に書かれていた事を思い出した。『自信を付ける秘訣は、小さな成功を積み上げる事』だと。
今の俺にとって、正に必要な事だろう。
「ふふふっ。」
突然、聖が笑い出した。
「何?私、何か変な事言った?」
「ううん、違うよ。
蒼蘭ちゃんが少しずつ元気になってくれたのが嬉しくって♪」
朗らかな口調で、彼女は言った。
「それじゃあ、本格的に揉んでいくね?」
聖先生の声と共に、彼女の両手が乳房の麓に伸びる。
「ん……」
胸の付け根を手のひら全体で刺激される度に、蒼蘭ちゃんの口からは艶っぽい声が溢れ落ちる。俺は今だに、この色っぽい声が『自分が発した声』だと認識しきれずにいる。
否、違う。これは可愛くて発育良好な蒼蘭ちゃんだから許される声色であって、決して惺が出している訳ではない。それは決して揺るがぬ事実であり……。
「ひゃうっ!?」
刺激が強くなり、反射的に声が出てしまう。手つきが手のひら全体から指へと移行し、圧力が変化したのだ。
「女の子の胸周りにはね、リンパ線がたくさんあるの。だから、念入りに刺激してあげると良いんだよ?」
「う、うん……」
円を書く様に乳房の周囲を揉まれる度に、快感が身体中に走る。いや、快感だけではない。体内の魔力が普段の魔力活性化時よりも、勢いを増して循環しているのが分かる。まるで燃料タンクの底に溜まっていたガソリンを意図的に再利用して、車体を温めフル稼働させているみたいだ。その感覚に、俺は死に物狂いで喘ぎ声を抑えていた。
「後は、太ももかな?こうやって、足の付け根辺りを揉んだりさすったりして……。」
「……ッ!」
新しい種類の快感が襲って来た。自分の胸はしょっちゅう揉んでいるが、足は揉んだことがない。故に、予想外の箇所からの刺激に、思わず身を震わせてしまった。
暫く太ももをマッサージされた後、聖は徐に顔を近づけた。耳元で、彼女の吐息がかかる。
気のせいだろうか?息づかいが明るいというか、なんだか楽しそうな雰囲気だ。
「そんなに気持ち良いんだ?なら、いっぱい気持ちよくしてあげるね?」
小悪魔めいた口調と声色で、彼女は囁いた。
その後は腰周り、尻、そして胸を重点的に揉みしだかれる。
「んぐッ ひゅぐッ んんんッ……」
ベッドのシーツで口を塞ぎ、波状的に襲いかかる快感に抵抗する。だが幾ら喘ぎ声を防いだ所で、身体中を駆け巡る魔力の勢いは、止まることを知らない。
マズい……い、意識が……持っていかれ…………。
………………
…………
……
「んん…………あれ?」
目が覚めると、身体の体勢が変わっていた。うつ伏せから仰向けになっており、聖が俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、聖。ごめん、私寝ちゃってたみたいで……」
身体を起こしながら彼女に話しかけると、
「申し訳ありませんでしたぁぁッ!!」
いきなり、聖に土下座をされてしまった。
「え?ええ?何で?私、別に怒ってないけど?」
突然の事に理解が追いつかない。何で彼女は平身低頭してるんだ?
「いや、その……。気持ち良くなっている蒼蘭ちゃんが、思った以上に可愛くて……つい熱が入っちゃったの……。
それで、そのせいで蒼蘭ちゃんが魔力不足で気絶しちゃったし……。本当にごめん!私が調子に乗ったばっかりに!」
「いや、そんな事全然気にしてないよ?
というか、むしろ今の私は元気だし!」
俺はベッドから降りて、ラジオ体操の様に腕を回して見せた。誇張抜きに身体が軽い。精神面も、更には魔力面でも元気ハツラツだ。
「もしかして私が気絶している時に、聖が魔力を回復してくれたの?」
「え!?あ、えっと、その…………」
いや、それ以外ないだろう。この短時間でここまで魔力を回復させられるのは、聖の魔法以外にあり得ない。
「ありがとう、聖!マッサージだけでも嬉しいのに、魔力回復までしてくれて!お陰ですっかり元気になっちゃった!」
「あ……えっと……
う、うん!蒼蘭ちゃんが元気になってくれたのなら、私も嬉しいから!
それじゃ、私はこれで……」
「あ、待って!!」
そそくさと退散しようとする友人を引き留め、俺は冷蔵庫を開けた。そして冷凍室から買い置きしていたアイスを全て取り出す。バニラのカップアイス、二つに分けて吸うヤツ、そして少し高めの小さなアイス(イチゴ味)。クソッ……もっと買っておけば良かった。これじゃ全然足りない気がするが、取り敢えずあるだけ渡してしまおう。
「これ、持っていって!今日のお礼!」
「え!?
えっと……流石に受け取れないよ……」
「もしかして、アイス嫌いだった?
じゃあ、冷蔵庫のプリンを持っていって!」
「そうじゃなくて!蒼蘭ちゃんに悪いって言うか……」
「ダメ!聖に何もお礼しなかったら、私が罪悪感でおかしくなるから!ほら、アイスとプリン、持っていって!」
俺は購買のビニール袋にアイスとプリンを詰め込んで、聖に渡した。彼女も観念して受け取ってくれた。
「今日は本当にありがとう!明日からは、元気な姿を見せるからさ!」
「うん、また明日ね!」
友人を見送った後、俺は机の上にある瓶を手に取った。このガラス瓶は丈夫に出来ていて、水の魔法の練習に使っている。
魔法で作った水を入れて、先ずは球体を形作る。次にサイコロ状、そして竜巻状にしてみた。
聖のマッサージのお陰か、いつもよりスムーズに形を変えられる。肉体面でも精神面でも、調子がすこぶる良くなったのだ。
(よし、後は栄養のある食事を取って、ぐっすり寝るだけだな!)
俺は早速、寮の食堂へ足を運んだ。ここまでして貰ったんだ。明日は必ず彼女らに、『元気な蒼蘭ちゃん』を見せないとな!
◆
(再びの聖視点)
「ああああああああああ!!!」
私はベッドの上でのたうち回っていた。
何という事をしてしまったんだ!大切な友達にあんな事を……マッサージと称して色々な所を揉みしだいた挙句、意識のない彼女に……キスをするなんて!!
これでは、とんでもない変態みたいではないか!
もし私が、母や姉の様に魔力をスムーズに受け渡せるなら、こうはならなかった筈だ……。そして、私が羞恥と自己嫌悪で転げ回る事も無かった。
「ああ…………。」
結局断りきれずに、蒼蘭からアイスとプリンも受け取ってしまった……。でも捨てる訳にもいかないし、彼女から笑顔で渡されたら断るわけにもいかないだろう。
私はアイスを冷凍庫にしまい、プリンを食べ始めた。購買の人気スイーツなだけあって、相変わらず美味しい。
(でも、蒼蘭ちゃんが元気になったのは事実だし!そこは喜ばないとね!)
そう自分に言い聞かせながら、プリンを食べ進める。とはいえ本当に良かった。私のマッサージで彼女が感じ……ではなくて、疲れが取れていくのが嬉しかったのだ。
だから、その……興が乗ってしまい、あんな事に……。
頭をブンブンと振って邪念を振り払う。
……とはいえ、心の奥底では一抹の不安というか、疑問があった。それは友人に関する事ではなく、自分自身についてだ。
(私、誰にマッサージを教わったんだっけ?)
◆
(沙織お姉ちゃん視点)
ここは暁虹学園の胡桃沢ラボ、その地下にある雨海 沙織の自室である。
そこで、一人の女性が机に突っ伏したまま気を失っていた。目に光が灯っておらず、口からは泡を吹いている。そして、デスク上のパソコンには、蒼蘭の部屋の映像が映し出されていた。
沙織は、昨日から妹の元気がない事を知っていた。故に、今日は彼女にケーキでも差し入れをして、お悩み相談をするつもりだったのだ。今日は受け持つ授業が無かったので、ケーキ屋で選りすぐりの物を選び、後は監視カメラの映像を確認しつつ、タイミングを見計らって蒼蘭の部屋を訪れるだけだった。
だが、そこで予想外の事態が発生した。ナース服の女子高生が、愛しの妹の部屋に突撃して来たのだ。
(なんだこのギャルゲー展開!?)
余りにもぶっ飛んだその光景を目の当たりにし、彼女は姉としての責務を果たそうとした。蒼蘭と聖が、これから何をするのかを見届けるのだ!
が、そう息巻いていた彼女は、聖の手によりあられもない表情を浮かべた蒼蘭を見てしまった。あまりのショックに脳が現実を受け止められず、機能停止を起こしてしまったのだ。
だが、沙織お姉ちゃんにとって幸いな事が二つあった。一つは早々に脳が破壊されたお陰で、聖が行った『魔力供給』を見ていなかった事。そして、たった今沙織のパソコンが壊れた事である。
彼女の身体から流れ落ちる紫色の液体……『雨海沙織本来の魔法』が暴発したお陰でパソコン本体が壊され、録画データが意図せず闇に葬られたのだ。彼女が目を覚ました時、先程部屋で起こった出来事は『自分の見間違い、或いは夢』だと認識するだろう。
……とはいえ次に沙織が目覚めるのは、朝日が昇りきった頃だろうが……。
次からは学内バイト編です。