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第38話 曇天の蒼石(サファイア)

月も変わったので、生存報告も兼ねて続きを投稿します。

「……おはよ。」


 教室に辿り着いた俺は『いつも通り』、クラスメイトに朝の挨拶をする。


「え……?あ、おはよう……瑠璃海さん。」


「よ、よう、瑠璃海……。」


 重い足を引きずって着席すると、すぐにホームルーム開始のチャイムが鳴る。


「はぁ……」


 いかんな、時間ギリギリになってしまった。まぁ、偶にはそんな事もあるか。遅刻してない訳だし、問題ないだろう。

 その後はいつも通り授業を受けて、いつも通り昼食を済ませて、いつも通り一日が終わり……


「よし、ここなら誰も来ないっしょ!」


「蒼蘭ちゃん、ここのベンチに座って。」


 放課後、友人二名に捕まってしまった。


 ◆

 そろそろ梅雨入りの時期だが今日は曇り空、故に女子高生達がベンチで談笑するのは何らおかしな事ではない。

 とはいえ、引っかかる点が二つある。

 一つ目は、ここが人通りの少ない場所である事。

 二つ目は、何やら彼女らの表情が真剣な事だ。


 人気のない場所への呼び出し……学園モノの漫画なら、カツアゲか愛の告白イベントが発生する事だろう。だが、そのどちらも決してあり得ないと断言できる。


 まず前者は100%、否、200%あり得ない。聖も炎華も短い付き合いだが、彼女らは転校生である俺にとても親切に接してくれた。このかけがえのない友人二名は、善人を通り越して聖人に片足を突っ込んでいると言っても過言ではない。つーか、そもそも炎華はイジメを行った先輩を叩きのめした実績もある。故に、天地がひっくり返ってもあり得ないと断言できる。


 そして後者についてだが、前者同様にあり得ない。彼女らに親切にされたからって、『もしかして、俺の事好きなんじゃ……?』なんて考えてはいけない。


 なら、呼び出しの原因は何だ?人生相談とかか?


「蒼蘭ちゃん、一体どうしちゃったの?」


 聖の第一声で、俺の予想は完全に外れた事がわかった。


「え……?私……何か、変?」


「昨日の午後から、蒼蘭ちゃん凄く元気ないよ!?

 今朝だって髪はボサボサだし、お昼は菓子パン1個しか食べてないし!」


 聖の真剣そのものな声に気圧されていると、炎華が学生カバンから手鏡を取り出した。


「これ、今のセーラね。」


 鏡の中に居る藍色の少女は、確かに髪もボサボサで覇気が無い。目の下に隈まで出来ているではないか。


「大分やられちゃってるでしょ?あーしら、セーラの事が心配でさ。」


 普段明るい炎華も、今日はかなり真面目な表情だ。

 とは言え、どうしたものか……。仰る通り、今日の俺は元気がない。紛れもない事実だ。そして、その原因は自分でも自覚している。とは言え、それを一体どうしろというのだ?目の前の女子高生二人に相談でもするか?


 ……いや、ダメだろう。『内容』が内容だ。あまりに情け無い事情だし、そもそも『相談』の体を成せるかすら怪しい。今の俺が口を開けば、飛び出るのは『相談』ではなく『愚痴』に違いない。


 そんな事を考えていると、聖は俺の手をガシッと掴んだ。


「もし……何か悩みがあるなら、私達で良ければ力になるよ?言いづらい事なら無理に話せとは言わないけど……私、蒼蘭ちゃんの事が凄く心配なの!」


 聖の手は、僅かに震えていた。だが、視線は真っ直ぐに俺の方を向いていた。


「そーゆー事。まぁセーラさえ良ければだけど、案外話すだけで気分が軽くなるってのも有り得るじゃん?だからさ、おねーさん達に話してご覧?」


 反対側に座った炎華も、口調こそ明るいが、藍色の少女へ優しさと真剣さを携えた眼差しを向けている。


 …………。

 ……分かっている。このまま黙っていても、何ら事態が好転しない事ぐらい。もし何の行動も起こさなければ、鏡に映る蒼色の少女はこのまま暫く暗い表情のまま、俯いたままの生活を送る事になる。

 それに、彼女ら以外で相談できる人なんて他にいるか?強いて言えば博士くらいか?

 まぁ、何にせよ……折角差し伸べてくれた手だ。ちょっとぐらい、ほんのちょっとだけ、先輩魔女に甘えさせて貰っても良いだろう。


「……ちょっと長くなるけど、良い?」


「うん。ていうか、あーしらトコトン付き合うつもりだったし。」


 やっぱりこの娘達、果てしなく良い奴じゃん。


「昨日さ、社会科見学の事前学習があったじゃない?」


「うん。」


「授業で配られたパンフレットにさ、ポーション・プラントで働いていた研究者達の名前があったでしょ?」


「うんうん。」


「その中に……私のお姉さんが居たの。」


「うん……うん?」


 相槌を打っていた炎華と聖が首を傾げる。要領を得ない話なのは自覚しているが、ちょっとだけ付き合って欲しい。俺だって何処から話して良いのか、そして何処まで話して良いのか計りかねているのだから。


「私、知らなくてさ……。姉さんが『魔女』だったの。」


「あ〜、『ずっと隠し事されてたのがショックだった』的な?」


 炎華は『合点が言った』とばかりに頷いた。


「まぁ、それもあるんだけどさ……。

 私、内心では『良い気になっていた』をんだと思うの。」


「……何に対して?」


 聖の問いかけに、俺は口を開いた。


「『私にも、姉さんより出来る事があるんだ』って事。……まぁ、結局そんな事は無くて、ただの思い上がりだったんだけどね。」


 ここで一度、言葉を止めた。このまま、俺の身の上話をしても良いのか判断に迷ったからだ。だが、彼女らはまだ耳を傾けてくれている。なら俺の素性がバレない様に気をつけながら、ある程度の事は話してしまおう。と言うより、話してしまいたい。


「姉さんはさ、勉強もスポーツも、何でもできる人だったんだ。模試でも全国トップクラス、それどころか少し前に導入された『飛び級制度』で、一足早く大学に通える程の……所謂、『天才』だったの。

 ……それに引き換え、私は凡人。運動は苦手だし、勉強は中途半端。

 それだけなら、箸にも棒にもかからない生活を送れたんだろうけど……私は天才の……妹だっていうのが周りの認識だった……。

 テストの成績がイマイチだったら『お姉さんを見習って頑張りなさい』、良い点を取れたら『流石"お姉さん"の妹だ』って言われる毎日……。ホント、嫌になっちゃってさ……。」


 そして話は、俺が一度『壊れてしまった』日の出来事に移る。


「私は姉さんと同じ、地元の中学校に入学したんだ。そして中学生2年生の頃、私は一生懸命に勉強したの。そして中学校に入学して、初めて数学で100点を取れたんだ。」


「100点!?え、普通に凄いじゃん!」


「ありがとう、炎華……。そうやって、普通に褒めてくれる人がいれば、私は違っていたのかな……。」


「蒼蘭ちゃん……。」


「私、その時は凄く嬉しくてさ。だって、自分なりに一生懸命に勉強して、結果が実を結んだんだよ?クラスの皆んなにも、自慢げな態度を取ってたと思う。

 ……それが気に入らなかったクラスメイトにさ、『自分が頭が良いからって、調子に乗るな』とか、『姉ちゃんは大学に飛び級した天才なんだから、お前だってそれぐらいできるだろ』とか言われてさ……。

 ホント、『何それ?』って話だよね。私が本当に天才だったら、テストの為に必死こいて勉強なんてしない。中学校生活の内に、『何か一つでも、頑張って結果を残したい』なんて思わないのにね。」


 感情がぐちゃぐちゃになる。あの頃を思い返すのもそうだが、今の状況についてもだ。俺の一番情け無い頃の話を、自分より年下の少女達に話しているのだ。


「最悪だったのは部活の帰りに、担任の先生の話を聞いちゃった時。職員室で先生が、私の事をこう言ってたんだ。

『テスト一つで一喜一憂が出来るんだ。あの子は姉と違って"普通"で良い。』って。


 誰も彼も、どいつもこいつも、お姉ちゃんと比較して、私を蔑んで、私の頑張りなんて見向きもしないで……。」


 口からは『ハハハ……』と自嘲の笑みが漏れ出す。


「その後、私は不登校気味になってさ……。両親は海外へ出張中だったけど、お姉ちゃんは心配してくれた。

 でも、私は……『お姉ちゃんに何が分かるの!?全部、全部何でも出来るお姉ちゃんの所為だ!』って酷い事を言っちゃったの……。

 勿論、その日のうちに謝ったよ?そうしたら、お姉ちゃんはあっさり私を許したの。」


「それって、すぐに仲直り出来たって事だよね?なら、何も問題無いんじゃ……」


「聖はそう思う?でも、違うの。お姉ちゃんは何も悪くないのに、あの時の私はお姉ちゃんが嫌いだった。でも、私は気づいたの。『お姉ちゃんが嫌いな"私自身"が何より嫌い』だって事に。

 しかもお姉ちゃんは、私が受験の時に勉強を教えてくれたんだよ?暫く不登校だった私は、『このままじゃいけない』って思って、でもどうすれば良いのか分からなくて、お姉ちゃんが部屋に来た時、私は土下座したの。勉強を教えてくださいって。引きこもりを抜け出して、せめて人並みの生活を送れるようにしたいですって。

 そうしたら、どうしたと思う?嫌な顔一つせずに、私に勉強を教えてくれたんだよ!?優しすぎるじゃん!そんな優しい人を、私は理不尽に恨んでいたんだよ!?」


 今の話には、若干の嘘がある。彼女らは『高校受験』の頃の話だと思っているだろうが、実際は『大学受験』の時の話だ。高校受験は滑り止め以外全滅し、その結果うだつの上がらない高校生活を送っていた。だが、ある日気づいてしまったのだ。このまま何もしなければ、一生泥の中を這いずる様な生活から抜け出せない事に。

 故に俺は、恥も外聞もかなぐり捨てて、一番頼れる人間に土下座をしたのだ。正直、断られると思っていたから、本当に勉強の面倒を見てくれた時は感謝より驚きの方が若干多かった。


「でも、結局私は事件に巻き込まれて、この学園に流れ着いた。私が受験で頑張った事は、結局無意味だった。私が何かを成そうとしても、結局それは周りが許さない。

 私は何処まで行っても『天才の出涸らし・劣等品』でしかなくて、そのポジションから抜け出す事はどう足掻いてもできないんだ。そんな分かりきった事を学園に入ってからはすっかり忘れていて、お姉ちゃんが使えない魔法を、自分は使えるんだって勘違いして……、私ってバカだよね。」


 話はこれで終わりだ。

 ……随分と長く喋ってしまった。こんなくだらない身の上話に、長々と付き合わせてしまった。


「蒼蘭ちゃん!」


 唐突に、聖は俺に抱きついてきた。


「え?聖……?」


 突然の事に理解が追いつかない。女の子に抱きつかれているのに、ドキドキよりも困惑の方が遥かに大きい。何故、彼女の身体はこんなも震えているのだろう?


「蒼蘭ちゃんは……蒼蘭ちゃんは蒼蘭ちゃんだよ!?自分を『誰かの劣等品』だとか、そんな悲しい事言わないでよ!」


「聖……。」


「あの日私を助けてくれたのは、他でもない蒼蘭ちゃんだよ?それに、この前の演習試合だって凄かったし、固有魔法だって使えるし、未来だって見えるじゃない!

 初めての事が沢山ある魔法の世界で一生懸命に勉強して、優しくて、健気で、蒼蘭ちゃんはそういう子!少なくとも、私はそう思ってる!」


「……。」


「そっか……話してくれてありがと、セーラ。」


 炎華も後ろから抱きしめて、頭を撫でている。その手つきはとても優しいもので、不思議と荒んだ心が安らいでいく。


「あーし、頭良くないからさ……上手なアドバイスは出来ないけど、悩みを聞く事なら幾らでもするよ?

 実家(ウチ)には弟が一人いるし、蒼蘭って所謂『妹系』じゃん?だから、炎華ちゃんの事は『おねーちゃん』だと思って、気軽に頼ってよ。」


「炎華……」


「まー、アレよ。『自信を持て』なんて軽々しく言うモンじゃ無いかもだけどさ。セーラの事を本気でバカに出来る人なんて、学園には殆ど居ないんじゃない?

 魔法の授業はワクワクしながら受けてるし、無邪気だし、ちゃんと実力もあるし、あとカワイイ!」


「カワ……カワイイって何よ?」


「ま、少なくとも……セーラは自分が思ってるよりも断然、周りの印象は良いってこと!

 後は、あーしら以外にも親密に交流を深めれば言う事ナシじゃない?今度、クラスの皆んなを誘ってカラオケでも行こうよ!」


 炎華は背中をポンポンと叩きながら、明るく励ましてくれた。

 二人のおかげで、少し気分が楽になった。


「二人共、ありがとね。長話に付き合ってくれるだけでも有り難いのに、私の事を心配してくれて。」


「当たり前だよ。蒼蘭ちゃんは私の……友達だもん。」


「そう言ってくれると嬉しいな。あ、そうだ。炎華、もう一回鏡を見せて。」


「ん、良いよ〜。」


 俺はもう一度、手鏡を覗き込む。鏡の中に居る藍色の少女の顔は、先程よりかは生気を感じられる顔になっていた。

蒼蘭(惺)の掘り下げ回です。彼女と姉の掘り下げは、もう少し続く予定です。

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