第37話 密着、瑠璃海 蒼蘭の学園生活!③
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さて、次は『出力測定』だ。今度は別の水晶に魔力を放つ事になるのだが……。
「先生、一回だけ練習をさせてください。」
さっきは不要な力みをして恥をかいた。だから、一回ぐらい試し撃ちをさせてくれても良いだろう。
「うむ、良いぞ。」
許可を得たので、俺は指定の立ち位置につく。ある程度の距離から、魔法を測定器にぶつけるのがルールの様だ。試しにウォーター・ボールを軽めに放つ。魔法を食らった水晶玉は淡く輝き、表面に数字が表示される。その値は『350』だった。
「測定の流れは、こんな感じで大丈夫ですか?」
「ああ。だが、少し力を抜き過ぎているな。
この水晶は最近変えたばっかりでな。お前たちが思いっきり魔法を放っても、決して壊れない強度の代物だぞ。だから、変に加減しようなどと考える必要はない。本番は全力で行け!」
先生の発言は、漫画やアニメだと測定器がぶっ壊れる盛大なフラグであろう。だが、彼女の言う事に偽りはない。水晶が輝いた時に気づいた事なのだが、この魔術道具には『ルーン文字』が刻まれている。しかも、俺が特訓を付けて貰った時に大活躍した、『守護のルーン』がびっしりと刻まれたいるのだ。十中八九、学園がステラさんに発注したのだろう。原初の術式魔法の使い手は、最早絶滅危惧種と聞いているからな。
兎にも角にも、盛大に魔法をぶっ放しても問題は無い様だ。とはいえ、やはり一番手を担うのは緊張するので、一度待機列へと引っ込んだ。
先陣を切るのは、さっきと同じ生徒だ。彼女は、水晶に手のひらを向けて、魔力を集中させる。
「行きます、『ブライト・スピアー』!」
光の槍が一直線に進み、測定器に命中する。
「記録は……『620』!」
「よしッ、去年より上がってる!」
先陣の彼女は小さくガッツポーズをした。
成程、魔力量より高い数値がでるのか。そして周囲の反応的に、『620』という記録はそこそこ高いらしい。出力測定は初めてなので、やはりある程度様子見をしてから本番に挑もうと思う。
その後は次々に測定が行われていった。記録を見た限りだと、どうやら500台後半がクラスの平均値らしい。
「次は白百合だな。測定、はじめ!」
「はい!『リペア』!」
順番が巡って来た聖は、測定器に回復魔法を放つ。水晶に傷はついていないが、彼女は無機物を修繕する『リペア』の魔法を用いた。生物にかける『ヒーリング』よりも、用途に適した魔法の方が魔力が伝わり易いからだ。これは三時間目の『魔法系統学』で学んだことだ。
聖の手から放たれる淡い光が収まった後、水晶に数値が表示される。
「記録は、『560』!」
結果を聞いた彼女は、少し残念そうな顔で肩を落としていた。
「聖!」
俺は反射的に、彼女へ声をかける。
「あ、蒼蘭ちゃん。どうしたの?」
「えっと……、何か落ち込んでそうだったから、心配になったの。大丈夫?」
「ううん、平気。やっぱり今年も、上手くいかなかっただけだから。」
いや、そんな事は無いだろう。
「新参魔女の意見だけどさ、パッと見た限りではクラスの平均って550ぐらいじゃん?それ以上はあるわけだし、そこまで落ち込む事はないんじゃない?」
俺の問いかけに、聖は俺を手招きで寄せると、小声で話しかけてきた。
「そうかも知れないけど、家族基準だと全然ダメなの。私、全然頑張れてないよ……。」
友人の様子に、俺は居た堪れない感情に襲われた。
「……私は、聖に助けられたからさ。貴女が頼りになる、優しい子だって知ってるからさ。その……上手く言えないけど……。」
俺は、どうにか励ましの言葉を紡げないか、思考を巡らせる。聖の言葉を否定するのは簡単だ。とはいえ、彼女には彼女自身の悩みがあるのだ。それに、一度根付いた自己肯定感の低迷は、中々払拭する事ができないのは理解している。何故なら、俺もそうだったからだ。特に、『姉との比較』なんてのは、側から思うより厄介極まりない代物で……
「せ、蒼蘭ちゃん!?
あ、頭……撫で……」
「え?……あ、ご、ごめん!!」
長考中の俺は無意識のうちに、彼女の頭を撫でていた様だ。
マズい、これは非常にマズい!
「ごめん!本当にごめんなさい!!どうにか聖に元気になって欲しくて、でも良い言葉が思い浮かばなくて!いや、これ完全に言い訳ですよね。すみません、女子高生の頭を勝手に撫でるのは犯罪でした誠に申し訳ございませんでした!」
「ちょっ、蒼蘭ちゃん!声が大きいよ!」
ハッとして周囲を見ると、何人かのクラスメイト達が一斉に俺たちの方へ視線を向けていた。
「え、あ、これは……その……」
「大丈夫、蒼蘭ちゃんが励ましてくれただけだから!騒がしくしてすみません!」
狼狽える俺を、聖が庇ってくれた。
しまった、完全に情け無いザマを見せてしまった……。
「本当にごめん、聖。」
俺は声のトーンを落として、再度聖に謝罪する。
「ううん、気にしないで。別に、撫でられたのは嫌じゃなかったから。」
「そ、そう……なんだ?」
「私の事を励ましてくれたんだよね。心配かけてごめん、もう大丈夫だから。それと、ありがとう。蒼蘭ちゃんって、本当に優しいよね。」
「私は……特別優しい人でもないよ。さっきだって、多分私が励まされた時の事を、無意識でやっただけだし。」
「そうなんだ。蒼蘭ちゃんは、誰に頭を撫でて励まされたの?」
「…………お姉ちゃん。」
「蒼蘭ちゃんって、お姉ちゃん居たんだ。」
「ごめん、やっぱ今の話は忘れて。」
つい幼い頃の事を口走ってしまった。恥ずかしい限りだ。
◆
「おーい、そろそろセーラの順番だよ!今のうちに『準備』しておかないと!」
測定が後半に差し掛かったタイミングで、炎華が俺に手招きしてきた。
「『準備』って何のこと?深呼吸ならもう大丈夫よ。さっきよりは緊張してないから。」
彼女の元へ歩みながら、俺は心配は無用だと伝える。
「いやいや、そうじゃなくてさ。」
そういうと炎華はイタズラっぽい笑みで、俺の耳に顔を近づけて言った。
「『魔力の活性化』、しなくて良いの?」
「…………!?
な、な、何を言ってもいるのかしら、炎華!?」
「えー、だってマギナさん言ってたじゃん。セーラはエッチな事してドキドキすると、パワーアップするって。」
ニマニマとした笑みを浮かべて、炎華は背後に回り込む。
「いや、でも……授業の測定でそこまでする必要は……」
「なーに言ってんの?みんな、ラトナっちを倒した必殺技を、もう一度見たいに決まってるじゃん?
とにかく、もんどー無用!えいっ♪」
彼女は後ろから、蒼蘭の胸を鷲掴みにした。
「ひゃんッ!?」
「うわっ、実際に揉むとデッカ……。しかも、重ッ!セーラって今何カップあんの?」
「こ、この前、Jカップになったばかりです……。」
「そっかー、こんだけ重いと、肩とか凝るよね〜。
あーしも大っきいから分かるよ〜。」
しみじみとした声色で炎華は呟くと……
「だから、炎華ちゃんがほぐしてあげるね♪」
遠慮なく蒼蘭のJカップおっぱいを揉みしだきはじめた。
「ん……んんッッ……」
先程大声を出して失敗したばかりだ。騒ぎにならないよう、俺は必死に声を抑える。硬いブラジャー越しでも、特盛のおっぱいは体操着の中でもにゅん、もにゅんと揺れ動く。その振動が身体中に伝わり、快感と共に魔力が勢いよく駆け巡る。
「ちょ、炎華ちゃん!何やってんの!?」
ヤバい!聖に見つかってしまった。
「ん?セーラの『準備運動』を手伝ってるの。」
「いや、何処が『準備運動』なの!?」
「だってさ、ひじりんだってもう一度見たいっしょ?セーラの固有魔法、間近で。なら、セーラを気持ちよくさせて、魔力を活性化させなきゃじゃん?」
聖、頼む!炎華を止めてくれ!できれば穏便に!
「それは……確かに見たいけどさ。」
いや、そこは否定してくれ!
「んじゃ、最後の仕上げ☆」
炎華は俺の耳に口を近づけて、
「ふぅ〜♪」
楽しそうに息を吹きかけた。
「ひぅん」
口からこんな艶っぽい声が出ている事実に、まだ慣れない自分がいる。そうこうしている内に、俺の、瑠璃海 蒼蘭の出番となった。
「ねぇ、これ、本当に良いの?」
「大丈夫だって!みんな、セーラのあの技、見たいっしょ!?」
炎華の音頭に、クラスの皆が呼応する。
「「「見た〜い!」」」
「「「せ・い・ら!せ・い・ら!せ・い・ら!せ・い・ら!」」」
お前ら……そんな、そんな煽てに、俺が乗るとでも思ってんのか……!?
「やってやるよ、うぉりゃあああああ!!」
俺は体内で活性化した魔力を集めて、強固な藍色の弓と、しなやかな弦を作る。次に、丈夫で先端が鋭利な、蒼い矢を顕現させる。
矢を番え、弦を引き絞り、限界まで魔力を込めた、俺が使える最強の技を準備する。
「行きます!穿て、『蒼石の流星』!」
蒼色の矢は、測定器を目掛けて一直線に飛んで行く。そして水晶に命中した瞬間、周囲に眩い光と水飛沫が迸る。
「はぁ……はぁ……ッ!」
皆に乗せられて、かなり力を入れてしまった。乱れた呼吸を整えつつ、俺は記録の発表を待った。
「この記録は……かなり凄いぞ!瑠璃海、お前の固有魔法は『1200』だ!」
演習の先生が、興奮気味な声色で伝えてくれた。
「……へ?『1200』……ですか?」
あれ……?皆は500とか600とかじゃなかったっけ?
そもそも、この測定で1000以上って出る物なの?
呆気に取られ、脳が追いつかない中、クラスメイト達から歓声が上がる。
「マジかよ!?スッゲーじゃん、瑠璃海!」
「ウチの学園に、新たな『4桁族』が爆誕!こりゃ、学園新聞の新たなスクープだね!」
「まぁ、私は瑠璃海さんの事、見所のある転校生だと思ってたけどね!」
歓声混じりに、何か色々好き放題に言われてるな……。
「ちょっとタンマ!最後のセリフを言っていいのは、この炎華ちゃんとひじりんだけだから!」
炎華が聖を連れて抗議に出るが、それ以上に気になる事がある。俺は新聞部の部員を捕まえて質問をした。
「ねぇ、『4桁族』って何?」
「『4桁族』って言うのは、この出力測定で1000以上の記録を出した生徒の事だよ。ま、これは生徒間でそう呼ばれてるってだけ。例えば、1-Aの生徒会メンバーとナヴァラトナ嬢が4桁族にカウントされてるね。
それと……我らがD組の『番長』さんだ!」
「だーかーらー、あーしを『番長』って呼ぶのは止めろし!
はい、ラストの炎華ちゃんが測定すっから!どいて、どいて!」
抗議の勢いそのままに、アンカーのギャルがズカズカと前に出る。
「センセ、あーしも思いっきりやるけど良いよね?
セーラの記録を見たら、あーしも燃えて来ちゃった☆」
「無論だ。とはいえ、6時間目の体力は残しておけよ?」
「りょーかい!限界ギリギリでブッ放しまーす!!」
炎属性のギャルはそう宣言すると、後ろにいる俺たちギャラリーに下向きのピースサイン、所謂『ギャルピース』をしてウィンクをした。そのまま正面に向き直り、いつも通り投げキッスのポーズへ移行する。彼女の必殺技、熱情の口付けの構えだ。
「ん〜〜ッッ!」
いや、以前見た時と違う。
まず、口に当てる手が両手になっている。
次に『溜め』が長い。
「チュッ♡」
最後に、投げキッスの後に出現したハート型の魔力が一つだけじゃない。今回は、三つだ。
「パワーアップした、炎華ちゃんの必殺技!『熱情の口付け♡-愛情大盛り』!」
三つのハートマークは、同時にバチバチと魔力を迸らせる。そして、当然三本になった極太のプラズマ砲が、一斉に的へ襲いかかる。
着弾時には轟音と、足裏に伝わるレベルの振動が発生した。かなりの魔力を消費したらしく、炎華はその場でしゃがみ込んだ。
これ……当たったから良いけど、万が一外れた場合どうなんの?どうなっちやうの?
「相変わらず、凄まじい火力だな……。記録は、『1450』、言うまでもなくこのクラスの最高記録だ!おめでとう、葡萄染!」
……え?
……………………
「えええええええええ!?」
「あー、流石に1500の壁は厚いなー。炎華ちゃんの熱いラブでも貫けなかったか〜!あははははは……ふぅ……」
いや、何平然と言ってのけてる訳!?
「炎華、貴女……メチャクチャ凄いじゃない!?」
「いや〜、セーラがラトナっちとの決闘で頑張ってるの見たらさ〜。何だかあーしも、『頑張るぞ!』って気持ちになっちゃってさ〜。土日に、こっそり練習したんよ。
めっっっっっちゃ疲れるけど、新記録を出せるようにパワーアップさせたんだ☆」
目元にピースサインを出しながら、炎華は俺にウィンクをした。
「あーでも、流石に疲れがヤバいかも。誰かー、肩貸してー。」
確かに、あれだけの魔力を使ったら疲労感が半端じゃないだろう。
「私の手で良ければ貸そうか?」
「わ〜ありがと、セーラ!」
「待って、蒼蘭ちゃん。私に任せて。」
聖が俺を遮ると、
「『リラクゼーション・オーラ』」
彼女は炎華に、精神安定化の魔法をかけた。
「はい、これで最低限の疲れは取れたでしょ?後は自力で教室に戻ってね、炎華ちゃん。」
「そんな〜!ひじりん、冷た〜い!」
「先生の忠告を無視して、無茶をしたのは炎華ちゃんでしょ!?」
頬を膨らまして、聖は炎華に注意を促す。
本当に、この二人は仲が良い。見ていると、なんだかホッコリした気分になる。
◆
六時間目も終わり、ホームルームもつつがなく終了した。ホームルームでは来週後半に行われる、泊まりがけの社会科見学についての案内が出た。行き先は『ポーション・プラント』、回復薬の工場だ。明日はその事前学習があるらしい。また何とも、心が踊る授業内容だ。
ちなみに、六時間目については特筆する事はない。普通の教養科目-5教科の英語だったし、既に一度目の高校生活でやったような内容だったし、演習の授業で疲れているし、胸の谷間は汗で蒸れていて嫌な感覚だったし、何より疲れた身体に早苗先生の催眠ボイスが直撃するしでキツかった……。無論、俺は頑張って授業を乗り切った。疲れた。
クラスメイトと友人に別れを告げた後、真っ直ぐ自室へと向かった。今日の学園生活についてのレポートを纏めるためだ。事前に博士から送られたフォーマットに、パソコンで内容を打ち込んでいく。
魔法基礎学で学んだ、固有魔法が強力な理由。
歴史の授業で学んだ、印象に残った出来事。
魔法系統学で覚えた、汎用魔法の知識。
術式魔法学で味わった、魔法陣や『魔法のカスタマイズ性』の面白さについて。
そして、魔力測定で自分の成長が実感できて、それは確かに嬉しかった事。更に、改めて痛感した事実……『上には上が居る』事について記載した。それと、六時間目については最低限の記載で済ませる。
そして締め括りは、最初は恐ろしい未知の存在だった『魔法』が、学園の授業や学友達との出会いで印象が変わった事。魔法も一種の学問ではあるが、どの学問より好奇心が刺激されるという個人的な感想・見解を記載した。後は、メールにファイルを添付して、博士のパソコンに送信する。
「あ〜、終わった〜!!」
俺は大きく伸びをしかけて……止めた。リフレッシュは、部屋着に着替えてからだ。でないと、ワイシャツのボタンが弾け飛ぶ。自分で縫うのは面倒だし、かといって博士に頼むのも恥ずかしい。……もう何というか、『女子高生』の生活に慣れつつある自分が怖い。
「はぁ〜」
着替えを終えた俺はベッドに横たわり、今日の授業風景を思い返す。そして、自分の『立ち位置』についてだ。
多分、俺は『それなり』の存在には慣れたのだと思う。クラスメイト達も俺を受け入れてくれているし、特訓の成果もあって魔力測定ではかなりの記録を出せた。
それでも、未だに自信を持ちきれない。自分自身が、『本当は大した事の無い存在なんじゃないか?』という考えが、根底にこびりついている。
原因は、小中学生の頃の経験だ。
何でも出来る『雨海 沙織』に比べて、俺は余りにも平凡過ぎた。姉の成績はいつも学年トップで、全国統一テストや模試では3位以内をキープする天才だ。しかも小学生の頃から読書感想文や絵画で入賞もしたし、運動会や球技大会ではヒーローだった。
一方、俺は九九を覚えたのもクラスで10番目程度、何かで賞を取るなんて夢のまた夢だった。テストで百点を取るのだって、必死に努力した結果、ようやくそれが叶うのだ。
だが、周囲が俺を見る目はいつもこうだ。
『天才、雨海 沙織の"弟"だ』と。
………………
…………
あー、止めだ、止めだ!
一仕事終わったのに、何暗い事考えてるんだ!
俺は姉の元を離れて、新天地で生活している。『立派に』とは言い切れないが、そこそこ程度には頑張れている……筈だ。
……もう良い時間だし、さっさと夕食にしよう。それが終わったら、魔法のカスタマイズについて研究しよう。俺も炎華を見習って、新しい固有魔法を開発してみるか。そんな事を考えつつ俺はベッドから起き上がり、今日の残り時間を有意義に過ごそうと決めた。
この時の俺は、まだ気づいて居なかった。
『運命の鍵』には、これから様々な試練が降り掛かる事を……。
これで蒼蘭ちゃんの一日編は終わりです。
次回の更新は相変わらず未定となっております。
多分時間が掛かると思われるので、気長にお待ち頂ければ幸いです。