第35話 密着、瑠璃海 蒼蘭の学園生活!①
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昨日、俺は胡桃沢博士から仕事が出された。
内容は、『君が送る学園生活の一日を、レポートにして纏めるように』という物だ。
と言うのも、『被験体』である俺が学園生活に馴染めているか、或いは被験体から見た学園生活はどういう物なのか、そうした事を把握する為らしい。
中々、『研究者の助手』っぽい仕事じゃないか。こういうので良いんだよ、こういうので。エッチなコスプレ衣装を用意して、魔力の活性度合いを見るとかよりも、よっぽどそれらしい仕事だ。
故に、俺も誠心誠意取り組もうと思う。取り敢えず、今日一日の出来事を纏める感じで行こう。
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「みんな、おっはよ〜!」
朝のホームルームの10分前、俺は教室のドアを開け、満面の笑みをクラス中に振りまく。コミュニケーションにおいて、挨拶は大事だ。そして博士曰く、『今の君には、その強力な笑顔がある。食らわせればイチコロ、存分に活用し給え』との事だ。
まぁ、実際蒼蘭の笑顔は効果的だと思う。何せ財閥令嬢が太鼓判を押す程の愛玩動物っぷりなのだから。可愛い女の子に笑顔で挨拶されて、悪い気はしない筈だ。
「瑠璃海さん、おはよう!」
「おっす、瑠璃海!」
クラスメイトも挨拶を返してくれたので、俺は彼女らに手を振り、席へ向かう。俺も高校時代、もっとクラスメイトに愛想よく接しておけば良かったか?
……いや、思い上がるな、俺。可愛い蒼蘭ちゃんならまだしも、黒髪短髪で何処にでも居るようなモブが同じ事をしてどうなる?
などと余計な事を考えていると、隣の席の聖が声をかけてくれた。
「おはよう、蒼蘭ちゃん!」
「おはよう、聖!」
この友人もまた、笑顔で挨拶をしてくれた。
「どう?この学園にも慣れた?」
「んー、まだ1ヶ月も経ってないからね。正直、普通の学校とは色々違って、戸惑う事も多いかな。
まぁ、新鮮でワクワクする気持ちも大きいけどね。」
「そっか。でも、楽しい気持ちもあるなら、きっと大丈夫だよ!
もし聞きたい事があったら、何でも聞いてね。」
「ありがとう。その時は、頼りにさせて貰うから!」
聖は編入した次の日から、俺の事を気にかけてくれている。校内に移動販売のパン屋が来ることや、購買のオススメ商品を教えてくれたのも彼女だ。聖の気配りには、誇張抜きに助かっている。
「うん。私で良ければ、いつでも頼ってね!」
聖は俺に向かって、笑顔で返事をした。
……なんて良い子なのだろうか。優しくて傷も治療してくれて、漫画やアニメが好きだから話が合うし、さっきみたく笑うと可愛い。前にも思ったが、共学なら隠れファンが大勢できるだろう。自己評価が少し低い一面もあるが、聖に何度も助けられた俺には分かる。
彼女は頼りになる魔女だ、と。
彼女と早々に知り合えたのは、かなりの幸運だったと思う。
「おっはよーー!あー、間に合ったー!良かったー!!」
ハイテンションな挨拶と共に、もう一人の友人である炎華が登校してきた。彼女はいつも、ホームルーム開始ギリギリにやってくる。その理由は恐らく……。
「あれ、ちょっと雰囲気違う……?
上手く言い表せないが、炎華の醸し出すオーラが少し違って見えたのだ。
「お、セーラ気づいちゃった?この前買った新しいコスメ、試してみたんだ♪」
炎華はオシャレに余念がない。定期的に髪型を変えたり、新しいメイク用品を使ったりしているのだ。身支度に時間をかけるタイプなので、朝の登校はギリギリになってしまうらしい。
「どうよ?イメチェンした炎華ちゃんは?」
ギャルの魔女は、俺に感想を求めてくる。
「ちょっと大人びて、クールな感じになった気がする……かな?」
「ふむふむ、あんがと!」
「あと上手く言えないけど、『イケイケな東京の女子高生』って感じがする。」
「え、何それ?ウケる!」
炎華は田舎っ子の感想に笑い出してしまった。
「いや、だって……、炎華のオシャレはこなれている感じがあるし、『都会の子』ってコンスタントに自分を着飾っているイメージがあったから、そう感じただけよ。
渋谷の時だって、炎華と聖の私服をみて『あー、東京の子ってファッションも凄いなぁ』って思ったの。なんか、キラキラしている感じがしてさ。」
月並みな感想かもしれないが、俺の本心だ。憧れの東京で暮らす女子高生は、着飾る姿も輝いて見えたのだ。
「えへへ、ありがと。
でも、セーラだってメイクを覚えたらもっとキラキラできると思うよ?素材良いし!
メイクに興味でたら、あーしが幾らでも教えてあげるから。その時は炎華先生に頼っちゃってよ!」
「あ、ありがとう。」
俺はなんだか、こそばゆい感じになってしまった。
友人二人との雑談を経て、朝のホームルームを迎える。俺の学園生活は、毎日こんな感じの始まりである。
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さて、学園の授業だが、どうやら急遽カリキュラムが変わるらしい。少しずつ、より魔法に比重を置いた授業へと移り変わるようだ。
一時間目は『魔法基礎学』の授業だ。
これは読んで字の如く、魔法の基礎知識を幅広く学ぶ授業だ。
「はい、先ずは先週の復習からはじめますよ〜。」
担任の早苗先生が、ゆったりとした声色で授業を進めていく。
「魔法、或いは魔術と呼ばれる力には、大きく分けて二種類存在します。では、その二つはどういった呼ばれ方をしているでしょうか?それぞれの簡単な説明も込みで……瑠璃海さん、答えてください。」
おっと、いきなり当てられてしまった。だが、問題ない。先週の授業終盤に出た話であり、これはマギナさんから教わった事だ。
「はい!
それらは『体系化魔法』と『オリジナル魔法』です。前者は魔導書に載っている様な魔法で、『魔法系統』さえ合っていれば誰でも扱える魔法です。中でも、初級から中級といった、比較的扱いが簡単な魔法は『汎用魔法』とも呼ばれています。後者については、その魔女本人しか扱えない『固有魔法』や、その一族が代々受け継いで来た『家系魔法』などに分類されます。これらは基本的に、第三者が扱う事は不可能とされています。」
付け加えると、『系統』とは所謂『魔法の属性』の様な物である。例えば俺は『水』。炎華は『炎』、聖は『回復』といった具合だ。
そして、並の魔女には一つの系統の魔法しか扱えない。勿論長い時間をかけて、数十年単位で研鑽を重ねた魔女ならば、複数の系統の魔法を扱える。だが、少なくとも学生の内はほぼ不可能だ。
例えば、炎系統の初級魔法『ファイア・ボール』。この魔法は、炎華にとっては簡単な魔法だ。だが、俺や聖には扱う事ができない。無論、俺には『回復』の初級魔法、『ヒーリング』も使えない。
それは聖と炎華も同じで、彼女らは水系統の初級魔法、『ウォーター・ボール』を扱う事ができない。それぐらい、様々な魔法を扱うのは難しい事なのだ。
だから、『瑠璃海 蒼蘭』の水魔法と『雨海 惺』の予知魔法を、一つの身体で扱っている今の俺は例外中の例外なのである。まぁ、過去には『極稀なケース』で複数系統の魔法を扱う生徒も居たらしいので、『蒼蘭ちゃんもその一人なのだろう』、という事になっている。俺が(外見上は)史上初のケースで無くて良かった。過去の生徒のおかげで『何事にも例外は生まれるものだ』という認識が学園にはあり、俺もそこまで怪しまれずに済んでいる。
その代わり、『期待のスーパールーキー』として見られている面もあり、プレッシャーを感じる事もあるが……もうこれは諦めよう。
「はい、その通りです。よく出来ましたね。」
早苗先生が正解の判定を押してくれた。
よし、一先ずはOKだ。
「さて、その二つの魔法ですが……『オリジナル魔法』の方が、『体系化魔法』よりも強力です。
その理由については、分かりますか?」
「理由、ですか……?」
やっべぇ……分かんねぇ……。
マギナさんは『オリジナル魔法は切り札になる』って言っていたけれど、その理由までは教わってなかった。というより、俺が『そういう物なのか』と、ざっくりとした理解で止めてしまっていた。
「すみません、分かりません……。」
俺は正直に答えた。
「気を落とさなくても大丈夫ですよ。
ここからが今日の授業範囲ですからね〜。」
早苗先生はそう言うと、黒板に板書をはじめた。
「魔法とは、扱う人の心や精神と密接に関わっています。そして既存の魔法に一工夫加えて、魔女個人が持つ感覚・センスを反映させたのが『固有魔法』です。
固有魔法の方が魔女の深層心理と密接に結びついているので、体系化魔法よりも強力になる、という訳ですね。」
成程。そういう理屈だったのか。
「『家系魔法』も似たような仕組みですね。魔女にとって、感性が最も近いのは『同じ血筋の人間』ですからね。
そして、個人の感性や感覚を『心象』として魔法に込めて、更に突き詰めていったのが『魔術衣装』と呼ばれる魔法です。」
ふむふむ、魔術衣装は固有魔法と同じ仕組み、その延長線上にある技術なのか。つまり、固有魔法の開発が魔術衣装への第一歩と言う事になるのだろうか……?
俺はシャーペンを走らせ、ノートに板書を写す。
流石に二度目の高校生活だ、俺には分かる。
これ、テストに出るやつだ。
その後も早苗先生の授業は進んでいき、無事に一時間目が終了した。
正直、新米魔女の俺にとっては、覚える事が多くて大変である。だが、大魔女は俺にこう伝えた。
『この学舎で魔法を研鑽する以上、過度に驕る事をせず、学び続ける事を忘れないように』
俺はこの言葉を思い出し、次の授業に集中する為の準備をした。ペットボトルの麦茶を飲んで、水分を補給する。その後トイレを済ませ、10分休憩の終わりには、頬を両手で軽く叩いて気合いを入れ直す。
さて、二時間目以降も頑張りますか。