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第34話 クエスト名-『魔女狩り』

「聞きましたよ、覇王陛下。宮廷魔術師の席が1つ空いたそうですね。」


 玉座の前に跪きながらも、グザヴィラの眼球からは欲望の光が溢れ出している。


「……だったら、何だ?」


「ははは……陛下もお人が悪い。

 では改めて申し上げましょう。その空席を埋める役割、このグザヴィラにお任せ頂きたいのです!」


「……」


 自信満々な魔術師の進言に、覇王は不機嫌な表情のまま無言を貫く。


「『宮廷魔術師』……王国内でも最高位の魔術師に与えられる称号にして役職、その栄誉はあの亜人種(エルフ)には重すぎたのですよ。ですが私であれば、あの女より断然陛下のお役に立てますとも!」


「却下だ」


 自信満々に語る魔術師の言葉を、ダルトはにべもなく切り伏せた。

 だが、魔術師グザヴィラは演説を止めようとはしない。


「ええ……分かっていますとも。

 私ではなくアラキーネ(むしおんな)を選んだ事。それが間違いであった事に、聡明な貴方様であればとうの昔に気づいているでしょうとも。

 もちろん『国王陛下』という立場上、簡単に発言を撤回などできない事は重々承知の上でございますが……今こそ英断の時です!蟲女が果たし損ねた役目、私めがやり遂げ……否、倍以上の成果を献上しましょうとも!」


 大賢者ラジエルは我慢の限界だった。怒りではなく、失笑を堪えるのに、だ。湿り気の多い魔術師が犯した数々の失言・失態が、『不機嫌な王の御前で笑いを溢す』という新たな失態を招こうとしている。


 一つ、階級の低い魔術師がアポイントメント無しで玉座に入り込んだ事。

 二つ、国王の発言を無視して演説を続けた事。

 三つ、亜人種を蔑むような、時代錯誤も甚だしい発言。

 四つ、『宮廷魔術師』として少なからず王国に尽くした者に対する、その称号すら得ていない者による侮辱・侮蔑。

 そして最後に、自分なら倍以上の成果を出せるという思い上がり。


 最早ラジエルの目に映るグザヴィラは、唯の道化師(ピエロ)でしかなかった。一昔前の王国なら、確実に彼は断頭台(ギロチン)の餌食になっていた。幸いなことに、生まれる時代だけは間違えなかったようだ。


「コホン、コホン。」


 大賢者は徐に咳払いをする。このまま黙って聞いていれば、腹筋と表情筋が限界を迎えてしまうからだ。


「どうやら、かなり自信があるようだね。

 ……それとも、今だに()()()を気にしているのかな?同じ『宮廷魔術師候補』でありながら、君ではなくアラキーネが選ばれた事を。

 でも君が彼女の『後釜』を務めるという事は、彼女が残した『お下がりの任務』を引き継ぐという事になるけど、その辺は大丈夫かい?」


「……」


 先程まで饒舌だった魔術師が、漸く黙ってくれた。彼は露骨に不機嫌さを顕にし、極力睨まないよう気をつけながら大賢者に視線を向けた。


「おお、怖い怖い。そんな顔をしないでおくれよ。」


 ラジエルはにこやかな表情でグザヴィラの元へ歩み寄り、ローブの上から肩をポンポンと叩く。たったそれだけで、彼の不機嫌さは畏怖へと変化した。少女の姿をした大賢者が、魔力を込めた手のひらで優しく叩いただけで、だ。


「やる気がある事はいい事さ。ボクは少なくとも、君の魔法に対する情熱は買っているつもりだ。

 でも、それはアラキーネも同じだった。それに彼女は宮廷魔術師として、それなりの働きはしてくれた。

 宮廷魔術師の称号を欲する以上、『少なくとも彼女と同等の働きが可能』だと証明する必要がある。ボクと、この覇王ダルト様、そしてこの国の大臣や民草にね。

 さて、君はどうやって証明をしてくれるのかな?」


 少女はグザヴィラの正面、彼と玉座の間に回り込みながら、優しげな口調で語りかける。

 大賢者の挑発と魔力による脅し、そして理屈に基づいた指摘。これら一連の所作は、不躾な訪問者を無理矢理にでも冷静にさせる効果があった。魔術師は数秒間思考を巡らし、ゆっくりと口を開く。


「……それを証明する機会を頂きたいのです。陛下の収集されている『異世界の魔女』。私が必ずや、貴方様のお眼鏡に叶う大物を連れて来ましょう。」


「ん〜。折角だけど、ついさっき目星は付けたんだよね。占星術で見たところ……ターゲットは『運命因子』を持つレア物の中のレア物だ。」


 ラジエルの言葉に、魔術師グザヴィラは目を見開いた。


「異世界の魔女が『運命因子』を……!?それは何かの……」


「おっと……気持ちは分からないでもないが、そこまでだ。神より授けられし叡智を、大神官の前で疑う事は許されない。」


 少女は手のひらを突き出して、グザヴィラの失言を未然に防いだ。


「とは言え『最優先で確保したい魔女』、それを君が連れて来てくれるのなら……」


 ラジエルは玉座の方に目配せをする。覇王はその意図を察し、数秒の空白を置いて渋々頷いてみせる。少女は向き直り、訪問者に宣言した。


「魔術師グザヴィラ、貴方に宮廷魔術師の称号を与えましょう。」


「ありがとうございます!必ずや、覇王様と大賢者様のお役に立って見せましょう。」


「……まぁ、意気込みは大変結構なんだけどさ。」


 通常通りのフランクな口調へ戻り、訝しむような顔をする。


「君、異世界についてどれぐらい知ってるんだい?

 ……単刀直入に言うとさ、異世界では『女性しか魔法を自在に扱えない』っていう事を知っているのかな?」


「ええ。それと厳密には、魔術道具(マジックアイテム)や魔法の武器などの『体内の魔力を出力させる手段』がある場合ならば、男性でも戦える事も把握済みです。」


「なら、君はどうやって魔女を連れてくるつもりだい?さっきも言ったけど、目当ての魔女は『運命因子』を持つ超レア物だからね。生半可な魔術道具(マジックアイテム)程度じゃ、返り討ちに合うのは確実だと思うな。」


「ええ、その点はご心配なく。普段私が使っている『秘薬』が、思わぬ形で役立てられそうです。」


 魔術師はローブの下から、徐に小さな薬瓶を取り出した。そのまま中身を飲み干すと、()の身体が輝き出した。そして光が収まると、王室には一人の()()がいた。


「……とこの様に、自らの性別を変える事が可能になります。普段の()()()()の調達に、この姿は何かと便利でしてね。」


()()()()……ね。」


 恐らくそれらは耳が尖っていたり、顔の横ではなく上方に耳がついているのだろう。この魔術師が奴隷商人から奴隷を購入し、魔術の実験材料にしているのは知っている。奴隷売買自体は『違法』ではないし、購入した奴隷をどう扱うかは購入者の自由だが……。いや、深くは詮索すまい。


「取り敢えず、君が動ける事は分かった。後の問題は、『運命因子』の所在だね。」


「ラジエル、お前の占星術で居場所は分からないのか?」


 長い間、沈黙を貫いていた覇王が口を開く。


「正直、ちょっと難しいね。座標がある程度絞り込めれば楽なんだけど……、異世界を片っ端から調べるのは、ハッキリ言って現実的じゃないんだよね。」


「ふむ……。なら、直接人員を割いて調査させるとしよう。」


 覇王ダルトは僅かに口角を上げ、『我に秘策あり』と言った表情となる。


「人員ですか……?王国の兵を使われるおつもりで……?」


「いや、より適した()()が、この国には溢れかえっている。

 ラジエル、先日の会議で大臣が持ってきた『議題』を覚えているな?」


「……ああ、成程。大量に溢れてしまった『冒険者』を、運命因子の捜索に使うのかい?」


「その通りだ。」


 冒険者とは『冒険者ギルド』というに所属して、様々な依頼をこなす事で報酬を得る者である。例えば商人の護衛、薬草の採取、魔物の討伐や素材収集といった依頼が多い。


 だがそれは現在における話であり、かつての……言わば『本来の冒険者』というのは全く違う存在だ。彼らは未開の地を探索したり、前人未踏の迷宮を攻略し、隠された宝物を見つけ出す事を生業としていた。それこそ勇者が召喚された時代には、人々は世界中に眠る神秘やロマンに思いを馳せ、自らの命を対価に『冒険』へと身を投じていった。


 とはいえ、今となっては世界中の土地やダンジョン、その殆どが解明されている。既に人が立ち入り、道標を付け、地図まで発行されている。無論、それらは大事な事だ。先達者のおかげで、後に続く者が安全に進めるのだから。

 だが、逆に言えば昔のようにロマン溢れる仕事は無くなっている。今となっては日雇いの、都合の良い労働力程度に考える者が多い。この世界ではギルドに登録さえすれば、誰でも冒険者になれる。日銭を稼ぐために、学も芸も身につけていない者も冒険者になる事が多々ある。そして、仕事にありつけなくなった冒険者が、盗賊や反乱組織(レジスタンス)へ堕ちるケースも見受けられる。今では、そうした『冒険者崩れ』が社会問題になりつつあるのだ。


 それでも、冒険者達は心の奥底ではこう考えている。

「自分が先達者になれたのなら」、と。

 遺跡の守護者を打ち倒した勇敢な剣士。迷宮に眠りし秘宝を持ち帰った魔術師。未知なる魔物を狩った弓兵。死者の怨念を浄化して、新たに人が住める土地へ変えた聖職者。歴史に名を残した『先達の冒険者達』に皆が憧れているのだ。


「覇王ダルトが冒険者達に告げよう。

『未知なるもので溢れかえる『異世界』を探索せよ』、と。

『この世界とは異なる、異世界の魔法を解明せよ』、と。

『この世界の命運を変え得る、【運命因子】を持つ魔女を探し出せ』、と。


 ……そして、『異世界の魔女達を悉く殴殺し、優れた魔女のみを連れて帰れ』、とな。」


 高らかに宣言する覇王に、大賢者と魔術師は感嘆の息を漏らす。


「冒険者を使うとは……成程、盲点でした。流石は、我らが王でございます。」


「世辞はいらぬ。冒険者共が『運命因子』の座標を絞り込んだ後は、貴様の実力を俺に示せ、グザヴィラよ。」


「はっ!」


 魔術師は深々と頭を下げた後、王の間から退室した。


 ◆

「しかし、意外だね。

 君が自分の魔法、『世界の境界を繋ぐ魔法』を冒険者達に使わせるなんて。」


 大賢者ラジエルは、2人きりとなった王室で語りかける。


「異世界に現れた『運命因子』は、俺の悲願を成就させ得る存在だ。成し遂げるべき願望まで後少しと言うのに、手段を選り好みなど出来ようものか。」


「それはそうだけどさ……あの魔法は、君が苦労してやっと成功させた、『君自身の偉業その物』だろう?

 なにせ、『女神様の()()()()()()を再現した魔法』なんだから。あまり安売りせずに、もうちょっと勿体付けても良いと思うけど?」


「だからこそ、だ。

 未開の地へと赴く冒険者達にとって、良い手土産になるだろう。二度とこの国へ戻らぬ可能性の方が高いのだからな。」


 連絡の途絶えた宮廷魔術師、彼女が戦死した可能性も考慮せねばなるまい。何にせよ、異世界に対して少々認識を改める必要がある。

 故に、王国の正式な兵力を悪戯に割くのは得策ではない。『使い捨てても良い』戦力として、冒険者ほど都合の良い存在はいない。『こことは全く異なる、未知の世界を探索する』という殺し文句にも等しい建前もあるのだ。奴等はこぞって仕事を引き受けるだろう。


「戻って来ないと考えながらも、冒険者達を捨て石に使う……中々の妙案だね。口減しも兼ねた、悪くない案だ。」


「……言っておくが、俺は帰還した者にはそれなりの報酬を渡すつもりだぞ?送り込む冒険者が全員が帰って来ないとは、流石に考えてない。それに、多少の前金は支払う。

 人を冷酷無慈悲な国王かの様に言ってくれるなよ。それを言うなら、()()()()()()()()()()

 あのグザヴィラという魔術師、お前は捨て石にするつもりだな?」


「あちゃー、バレてたか。」


 アイスグレーの少女は、イタズラがバレた子供の様にペロリと舌を出した。


「言葉を返すようだけどさ、ボクだって彼がちゃんと成果を出したなら、それに見合う対価を与えるつもりだよ?宮廷魔術師の称号だって、運命因子を持ち帰ったなら褒美としては釣り合うだろうさ。

 ただ、まぁ……彼は色々と問題のある魔術師だしね。彼の所属する魔術師組合からも、苦情や相談が寄せられているんだ。他者、取り分け亜人種を見下す傾向がある彼は、ハッキリ言って人から好かれていない。思いっきり不和を生み出す人柄、だけど腕だけはそれなりに立つのがまた厄介なんだ。


 だから、今回の仕事は良い機会だと思うのさ。今回の計画を成功させたのなら、誰も文句は言うまい。そして失敗したなら……彼の墓は異世界に建つ事になるね。」


 この少女は普段は飄々としているが、平然とした表情で冷酷な判断を下す。

 とはいえ、覇王も大賢者も思惑は同じだ。

 異世界には空を飛ばずに氷の地を這う鳥、『怪鳥ペンギン』がいると聞く。その怪鳥は海で狩りをする際、海域の安全を確認するために同胞を蹴り落とすのだと言う。同胞が水面に浮かんだなら安全であり、天敵の獣に食い殺されたなら危険だと判断する。少数を犠牲にして種の存続へ繋げる、これを『ファースト・ペンギン』と異世界人は呼ぶらしい。冒険者も魔術師グザヴィラも、贄となる怪鳥(ファースト・ペンギン)に倣い我が国の礎となってくれる、という寸法だ。


「さて、正式に計画を出すなら色々と書類作成やら会議やらが必要になるね。今回の計画名はどうする?書類には何て書けば良い?」


「そうだな……。」


 少し考えた後、『境界を繋ぎし覇王』は悪辣な笑みを浮かべてこう言った。


「ここは異世界の文化に(なぞら)えるとしよう。

 冒険者へ出すクエスト名は、『魔女狩り』で決まりだ。」

剣と魔法の世界から、何やら不穏な動きが…?

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