第32話 蒼石(サファイア)の魔女と渦巻く陰謀②
(マギナの思惑)
「ふ〜、これでやるべき事はすんだわ!
さぁステラ、帰りましょうか?」
アゲハの大魔女は学園での『本日最後の用事』を済ませ、自分の従者に声を掛ける。
「『全ては計画通り』といった所ですか?」
女子寮の廊下を歩きながら、従者ステラが徐に口を開いた。
「なーに、その言い方?
まるで私が幼気な生徒達の裏で糸を引く様な、極悪で腹黒な魔女みたいじゃない。」
幼い見た目の大魔女は、子供のように頬を膨らませて抗議する。
「善悪や主人様の内臓の色は兎も角として……客観的に見た場合、裏で糸を引いたのは否定できないのでは?」
「ふーん。
なら、貴女はどうしてそう考えたのかしら?」
大魔女は自らの従者を試すような口ぶりだ。
尚、彼女らの会話はマギナの『認識阻害魔法』により、他者からは全く別の話題として聞こえる。すれ違う者がいたとしても、何気ない日常会話をしているようにしか見えないのだ。
「一番の理由は、学園での全校集会の後に主人様が1年A組へ赴いたからです。蒼蘭さんの『未来予知』を、先にA組の生徒にだけ明かしていました。そして貴女はあるA組生徒の肩を叩き、クラス全体へ向けてこう言いました。
『彼女はまだ学園に来て日が浅いけど、私にとっては欠かせない存在なの。だから、仲良くしてあげてね。』、と。」
ステラはあくまで冷静に、自らの考えを述べた。
「一般クラスの生徒ならまだしも、特進クラスの生徒が聞いたらどう思うでしょうか?ずっと魔法の勉強に力を入れて来た生徒が、自分達ではなく突如現れた無名のルーキーの方に期待を寄せる大魔女を見て、果たして何を思うのでしょうね。」
「ふむふむ……。それで、その生徒たちはどんな行動に移るのかしら?」
腕を組み大袈裟に頷くジェスチャーをしながら、マギナは相槌を打つ。
「重要なのは、主人様が肩を叩いた生徒が『アディラさん』だと言う事です。貴女の言葉は、大なり小なり生徒を焚き付ける代物でした。そして陰湿な嫌がらせではなく、真正面から挑んで行くような生徒を見繕った……。蒼蘭さんと、A組の生徒との試合へと持っていく為に。
生徒たちの前で試合をさせる事。これが一番の狙いだったのでしょう?」
推理がひと段落ついたところで、ステラは深呼吸をした。
「成程……。なら、その魔女が望んだ試合には、一体どんな意味を孕むのかしら?」
「大きく分けて三つです。
一つ目は、多くの生徒や教師の前で『予知魔法』……いえ、『時魔法』を使わせる事です。実際に未来を予知した、或いは予知したであろう光景を見たのなら、多くの者は納得するでしょう。
『彼女は、遥か昔に失われた時の魔法を使える』のだと。この国には、『百聞は一見にしかず』ということわざもある事ですし。
二つ目は、蒼蘭さんの実力……予知魔法だけでなくトータルで見た能力を披露する事です。ここで重要なのは、『必ずしも勝つ必要はない』という点ですね。『運命の鍵』と呼ばれる少女に、今後の成長も考慮した『最低限の見込み』があるのか。それは多くの人が気になっている所でしょう。歯に衣着せぬ言い方をすれば、皆が蒼蘭さんを値踏みしたかったのです。その上である程度の実力を示せば、生徒達が彼女を邪険に扱う可能性も大幅に減らせるでしょう。
そして、その為にも蒼蘭さんに修行を付ける必要が出てきました。『試合』という彼女を鍛える理由ができたので、主人様は自然な流れで彼女に接触し、更なる魔力の鍛錬を行ったのでしょう。
最後に三つ目ですが、これは一つ目と二つ目に付随する物ですね。蒼蘭さんの実力を証明できれば、学園の教師達は『彼女を手放す』という選択が取りずらくなります。それは万が一、蒼蘭さん……いえ、惺さんの秘密が露呈してしまった場合に役立ちます。
最悪の事態に備えた『保険』として、主人様は今回の試合を当てがったのでしょう。
後は先程……巻き込んでしまったアディラさんの部屋へ行き、アフターケアとして紅茶をご馳走した。こういった所でしょうか?」
「……ええ。正解よ、ステラ。
私は、とても賢い従者を持ったわね。」
アゲハの大魔女は、満足気に微笑んだ。
「でも、どうして急にこんな話題を切り出したの?
もしかして、貴女は今回の黒幕である私について、何か思うところがあるのかしら?」
「いいえ、滅相もございません。
ただ、主人様が何も仰らなかったので、『答え合わせ』をしたくなっただけですよ。私の奥底にある、好奇心が抑えられなかったのです。」
従者ステラは、主人の言葉をすぐさま否定した。彼女は表情筋が硬い為分かりにくいが、この時は少し慌てていた。大魔女の機嫌を損ねてしまったのではないか、と今更ながら考えていたのだ。
「私の方こそ、主人様に不快な思いをさせてしまったのでしょうか?」
おずおずと尋ねる北欧の魔女に対して、アゲハの大魔女は微笑みで返した。
「まさか、そんな事はないわ。
『魔女』と『好奇心』は切っても切れない間柄、『知りたい』という心が魔法の探究への何よりのスパイスですもの。貴女の研究熱心さ、これからも頼りにしているわ。」
そう言うとマギナは、今にもスキップしそうな軽い足取りで外へ出た。
実際、彼女は上機嫌だった。やっと見つけた、未来を変える可能性。蒼蘭が自分の設立した学舎に入学したのは、正に『運命の導き』と言っても過言ではない。そんな彼女が順調に成長しているのだ。
半ば諦めかけていた『世界の救済』。漆黒の未来に零れ落ちた、光を放つ一粒の宝石。アゲハの大魔女も、ある意味で蒼石の輝きに惹かれていたのだった。
◆
(胡桃沢博士……もとい、沙織お姉ちゃんの思惑)
ここは胡桃沢ラボ。その地下にある、厳重に施錠された部屋だ。自室のパソコンで『今日の収穫』を整理しながら、頬を緩ませる黒髪の美女がいた。
蒼蘭、もとい惺のお姉ちゃん、『雨海 沙織』だ。
「あ〜!今日の蒼蘭ちゃん、カッコよくて可愛かったな〜!
しかも、あの可愛い女子高生が我が愛しの弟だと思うと……うへへへへ。」
沙織の表情は、変態・変質者のソレである。だが厄介な事に、言動は気色悪くとも沙織の整った美貌で(少なくとも見た目上の)気味悪さが半減されてしまうのだ。
だが、彼女にとって自分の表情など些事でしかない。ここ数日で、沙織にとって思いがけない収穫の連続であった。
まず、生徒から押収した蒼蘭の隠し撮り写真である。
これは、アディラが蒼蘭の机にばら撒いた物だ。全くけしからん。可愛い女子高生を盗撮するとは何事であるか。撮影したのも学園の生徒であるが、プライベートの隠し撮りは褒められた物ではない。故に教師の立場上、アレらの写真は没収せねばならなかった。当然、押収した写真の原本はA組の担任に差し出した。後日、彼女から首謀者のアディラへ指導が入る筈だ。
そして、沙織のパソコンには複製した写真がデータとして保存されている。愛らしい蒼蘭ちゃんの学園生活の写真が、である。
無論、愛しの妹の学園生活を見守るのが『お姉ちゃんの責務』である。故に、こうしてデータを収集する事は何ら問題ではない。
次に、演習試合を通じた彼女のデータである。これは写真に限った話ではない。
魔力を感知出来るだけの存在……『知覚者』を、自在に魔法を扱える『魔女』にする研究。蒼蘭の成長は、その研究を更に発展させる代物だった。新しい側面からの、魔法発展へのアプローチ。これが、『お姉ちゃん』ではなく『研究者』としての、沙織が抱える使命と言える。妹の存在は、遠くない未来で学会へ激震を走らせるだろう。
最も、惺がそういう存在である事は誰よりも知っている。お姉ちゃんである沙織は、妹でもあり弟でもある蒼蘭と惺の可能性を、誰よりも理解しているのだ。
そして最後の収穫は……今正に、パソコンの画面に録画されている。映像には蒼蘭が先程受け取った『差し入れ』を、早速着用しているところが映っていた。
彼女は顔を真っ赤に紅潮させ、露出の高いバニーガール衣装を手で抑えてモジモジとしている。色香を強調する真っ黒なストッキング。Jカップにまで成長した乳房を、辛うじて隠しているバニースーツ。そして愛くるしい童顔を更に可愛く、そしてセクシーに見せる、真っ黒なウサ耳のカチューシャ。
そして何より大切なのが、『鏡に映る可憐で蠱惑的なバニーガールが自分自身である』という倒錯的な光景に、我が妹にして弟が全身をオーバーヒートさせているこのシチュエーションである。これらが揃った今、最早蒼蘭は一つの『芸術』となっている。ああ……なんていじらしい子なのだろう……。
……当然だが、他の部屋に隠しカメラなど設置していない。女子高生の盗撮は立派な犯罪である。だが、これは違う。妹の学園生活を見守るというお姉ちゃんの任務・責務・義務・使命を果たす為に、やむを得なく取り付けたモノだ。風呂やトイレにカメラを設置していないことが、性的な目的でない事の証拠だ。
正直、アディラには感謝している部分もある。演習試合の事もそうだが、蒼蘭を『ウサギ』と称したことで差し入れのアイデアが閃いたのだ。試合中に『魔術衣装』を用いた時は、一瞬彼女への悪感情も抱いたが……。大事にならなかったので、水に流す事にした。指導は後日、A組の教師がみっちり行うだろう。非常勤講師が目くじらを立てるのも、話が大きくなりかねない。
……そんな事より、バニーガールの蒼蘭ちゃんである。研究や仕事で疲れた身体と脳細胞に、みるみる内に栄養が駆け巡る。幸せを噛み締める傍で、時計は0時を指すのだった……。
◆
(異世界の『大賢者』の思惑)
此処は遥か彼方の世界にある魔導国家、『アイン=ソフィア王国』。その王城にある図書館に、一人の少女がいた。名は『ラジエル』。国民からは『大賢者』や『大神官』と呼ばれている女性だ。展望台の役割も担うこの場所で、アイスグレーの髪をした少女は、手にした星座盤を動かしている。
「やっぱり……星が、『運命の乱れ』を教えている。」
彼女以外誰もいない部屋で、誰に向けたわけでもない呟き。だが、その声色は気分の高揚を孕んでいた。
(『運命因子』……定められた未来すら書き換える力。『全能の女神』や『大神官』、或いは『王族』しか持たない筈の力が、あの世界では自然に発生した……?ならばもし……、もしもそれを手にできたのなら?)
彼女は興奮を抑えられない様子で、図書館を後にした。どうやら、我らが国王に良い知らせを届けられそうだ。
三者三様の陰謀が渦巻く中、物語は動きます。
そして次回の投稿がいつになるかは…まだ未定です。どうか、気長にお待ち頂ければ幸いです。