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第31話 蒼石(サファイア)の魔女と渦巻く陰謀①

ちょっと時間ができたので、少しだけ続きを書きます。

「つ……疲れた……」


 俺はアディラとの決闘を終え、疲労困ぱいの身体を何とか自室へ辿り着かせた。魔力の消耗も著しいが、それだけではない。D組の生徒に囲まれて次々と賞賛されたり、シャンパン代わりに炭酸水を掛けられたり、新聞部からのインタビューやら写真撮影やらを受けたりして、とにかく体力が限界であった。


「ヴぁぁ……もう無理、限界……」


 俺はベッドに倒れ込む。疲れ切った身体を、マットレスが優しく受け止める。


(ちょっとだけ、寝よう……)


 俺は仰向けに寝返りをうち、瞼を閉じる。制服を着たままだが、暫くこのまま休む事にした。


 ……どれだけの時間が経っただろうか?休んだお陰で、体力も戻った気がする。柔らかく温かい感覚に身を包まれ、とても心地良い……。


(あれ?俺、毛布掛けたっけ?)


 そんな疑問も浮かんだが、身体を包む心地良さの前に霧散した。息をする度に、()()()()が全身を駆け巡る。これは、夢だろうか?だとしたらなんともメルヘンチックで、幸せな夢じゃないか……。

 とはいえ、いつまでもこの状態でいる訳にはいかない。寮の食堂で夕食を済ませたり、個室の浴槽を洗ってから入浴したり、()()()()として過ごす身には色々やることが残っている。残された体力を四肢に込めて、夢と(うつつ)の狭間から抜け出そうとする。


「ん……。おはよう、蒼蘭お姉様♪」


 俺の隣には、共に毛布に包まった少女がいた。金髪ツインテールの可憐で天真爛漫な乙女、マギナさんだ。妖精の彼女に目覚めの挨拶をされるなんて、きっと今日は良い一日になるなぁ……。


「うわああああああっ!?」


 俺は毛布を乱暴にめくり、ベッドから飛び起きた。


「な、な、なんで俺の部屋にマギナさんが!?」


「いやん

 お姉様の、エ・ッ・チ♡」


 腕で自分の身体を覆い隠すポーズを取りながら、彼女は身体をくねらせる。なんと、毛布の下にいた妖精が身につけていたのは、真っ白なレースのキャミソールだったのだ!


「きゃあああああっっ!?」


 薄着姿の大魔女に再度驚き、俺は毛布で強引に彼女の身体を覆い隠した。


「な、なんちゅー格好してるんですか!?」


 半ばパニックになりながら問い詰める。


「え〜?仲睦まじい()()なら、同衾くらい当然でしょう?」


「施錠した寮の部屋に侵入してベッドに潜り込むのが『仲睦まじい姉妹』なんですか!?

 いや、そもそもどうやって入っ……たのかは、アレですか?一昨日使ってた『ワーム・ホール』、空間魔法ですか?」


「ええ、正解よ。うふふ、お姉様は私の魔法を覚えててくれたのね♪」


 目の前で無邪気に微笑むマギナさんを見て、俺の心は少しずつ冷静さを取り戻した。


「それで、何用で俺の部屋まで来られたのですか?」


「ん〜?

 お姉様がお疲れみたいだったから、癒してあげようと思って。ほら、妖精の身体からはお花の匂いがして、リラックス効果があるのよ。

 ……というより、お姉様も既にこの香りを()()した筈でしょう?」


 あのフローラルな香りは、マギナさんから発せられる代物だったらしい。

 ん?という事は……


「もしかして……俺をリラックスさせる為に、そんな薄い服装をしていたんですか?」


「ええ。肌の露出が多い方が、香りはより際立つもの。」


 返答を聞くや否や、俺は反射的に頭を下げた。


「申し訳ございませんでした!

 俺の為に……親切でしてくださった事を無碍にする様な事を言って!」


「別に、私は気にしてないわよ?」


「そう……ですか?

 後、本当に良かったんですか?嗅いでおいて何ですが、俺がこんな事……女性の身体の匂いを嗅ぐとか……。

 いや勿論、倫理的には良くないとは思うのですが……?」


「大丈夫よ。ベッドに潜り込んだのも、私が勝手にやった事ですもの。そもそも、『きゃああっ!?』なんて可愛らしい悲鳴は、男の人(ジェントルマン)の口からは出たりしないわ。貴女は立派な女の子、罪悪感なんて覚えなくて平気よ♪」


 マギナさんはクスクスと笑いながら、ベッドから身体を起こす。


「そ・れ・に、慌てふためくお姉様の顔も見たかったの♪

 面白い物を見せて貰った事だし、『妖精のイタズラ』だと思って水に流して頂戴な♪」


 まぁ、確かに『妖精』にはイタズラが付き物だろう。それに、『心地よい安眠』の対価が『イタズラ』だと言うなら、何も言うまい。故に大魔女の要望通り、水に流す事にした。


「それはそうと、お姉様。演習試合、お疲れ様!しかも、A組の子に勝利を納めるなんて!

 私も、蒼蘭お姉様に修行をつけた甲斐があったわ。」


 マギナさんは今日の試合結果を、自分の事の様に喜んでくれた。


「ありがとうございます。

 俺、マギナさんの期待に応えられましたか?」


「勿論!蒼蘭お姉様は、順調に成長しているわ♪

 ……但し。」


 マギナさんは、ここで「コホン」と咳払いした。


「貴女の力はまだまだ発展途上よ。故に今回の勝利は、長い道のりの通過点でしか無いの。まだまだ貴女には、様々な困難や試練が降り注いでくる。」


 真剣な眼差しで、マギナさんは言葉を紡ぐ。


「それは、『貴女が【運命の鍵】だから』と言うのもあるけれど、一人の魔女として乗り越えるべき壁も待ち受けているわ。

 この学舎(まなびや)で魔法を研鑽する以上、過度に(おご)る事をせずに学び続ける事を忘れないように。」


 大魔女の言葉に、俺は頷いた。

 確かに、俺の魔力自体はまだまだだ。『試合での勝利』こそ収めたものの、実力はアディラの方が遥かに上だった。今日の決闘に勝利した事で慢心をするな、という事だろう。


「なーんて、お説教くさい事を言っちゃったわね♪

 一応はこの学園の創設者だから、偶には偉そうな事も言っておきたくなる物なの。

 気負い過ぎるのもかえって逆効果だから、さっきの私の言葉は、頭の片隅にでも置いておいて頂戴な♪」


 先程までの真面目な教育者モードが嘘のように、目の前の魔女は少女の微笑みを浮かべていた。


「そうそう、一番大事な用事を忘れる所だったわ。

 はい、お姉様へのプレゼント!」


 マギナさんは亜空間から、リボンと包装紙で鮮やかなラッピングをされた箱を取り出した。


「今日の勝利記念と修行をやり遂げたご褒美として、ささやかな贈り物をあげたいの。

 ……喜んでくれると、私も嬉しいのだけど。」


「本当に良いんですか?こんな立派なプレゼントを貰ってしまって!?」


「もちろん!因みに中身は、お姉様達が渋谷へ遊びに行った時の複合施設で買ったのよ。もし気に入ったのなら、いつか他の種類も買いに行くのかオススメね。」


 あどけない表情の妖精は、ベッドから降りると玄関へと足を進める。帰りは律儀にドアから出るようだ。


「それでは、私はこの辺りで。また会いましょうね、蒼蘭お姉様!」


「はい、マギナさん。

 それと贈り物、ありがとうございます!」


 俺は礼を言い、マギナさんを見送った。

 そして箱の中身を確認しようとした所で、スマートフォンが鳴った。通話アプリのメッセージ通知だ。


 差出人は胡桃沢(くるみざわ)博士。

 要件は『祝勝会』だそうだ。


 ◆

 俺は学園内にある博士の研究施設、通称『胡桃沢ラボ』へ足を運んだ。

 姉の友人にして保護者代わりの研究者は、なんと出前の寿司で俺を祝ってくれたのだ。


「あの……本当に良いんですか?

 これ、見るからに特上寿司ですよね?」


 寿司桶には大トロ、ウニ、イクラ等の高そうなネタが鎮座しており、見るからに教師が生徒に奢る様な食事ではない、と思う。


「遠慮なんて不要さ。

 お陰で有意義な研究データも取れたし、私個人としても君の勝利を祝いたいのさ。

 いやぁ、本当におめでとう!私も会場の教師席まで、足を運んだ甲斐があったというものだ!」


「え!?

 あの場に博士もいたんですか!?」


「ああ、勿論さ。とはいえ『教師』という立場上、君の友達の様に堂々と応援する事は出来なかったがね。

 さぁ、続きは食べ終わった後だ。何せ久しぶりの、『可愛い女子高生』とのお食事会だからね。君も存分に、お寿司を味わってくれ給え。」


 そう、今日はバイタルチェックで来た訳ではない。なので、俺は蒼蘭の姿のままだ。そして、俺を女子高生にした天才研究者(へんたい)は、『可愛い女の子との触れ合い』を、何よりの楽しみにしている。


「……では、頂きます。」


 俺は席につき、寿司を頬張った。心境は若干複雑だが、寿司の美味さに変わりはなかった。箸が止まらず、自然と頬が綻んでしまう。目元を蕩けさせている博士を無視したまま、あっという間に完食してしまった。


 食後の緑茶を啜りながら、胡桃沢博士は話題を切り出した。


「とは言え『決闘』を挑まれた時、すぐ私に相談すれば良かったのではないか?私の魔法、『羽衣人形(ビスクドール)』の暗示があれば、君を手っ取り早く強化する事だって出来たと言うのに。」


「それは……流石にダメですよ。」


「どうしてだい?」


「だって……俺はただでさえ、蒼蘭の(スーツ)で下駄を履かせて貰っているんですよ?その上で博士の力を借りるのは、かなりズルいかなって思ったんです。」


 俺は一度口を紡いだあと、心の奥にあった『(しこ)り』を思い切って口に出した。


「……そう思うと、俺は果たして本当に『勝てた』と言えるのでしょうか?

 勿論、自分では頑張ったつもりですけど……。『蒼蘭』の魔法は、博士が『与えた』ものだから……」


「いや、それは違う。」


 彼女は俺の言葉を、ハッキリとした口調で遮った。


「蒼蘭の皮は、あくまで『水の魔法を使()()()()()()()()』ものだ。水の魔法を『使いこなす』為には、それを身につけた者の練度が必要不可欠なんだ。

 私が君に授けたのは、単なる『きっかけ』に過ぎない。日々の授業で魔力を鍛えたのも、知識を身につけたのも、全ては(しずく)、君自身だ。君はこれまでの戦いでは自分の考えで行動し、今日の為に情報収集や修行に励んだ。誰がどう見たって、惺の成果に他ならない。

 それに、最終的にアディラが負けを認めた要因は、君の予知魔法と勇気だ。彼女に勝利したのは、雨海(あまがい) (しずく)なんだよ。」


「胡桃沢博士……」


 心の奥底にあった凝りは、彼女の言葉で完全に晴れた。どうやら多少は、俺も胸を張って良いらしい。


「うん、良い表情だ。やはり蒼蘭ちゃんの美少女フェイスには、曇り顔より笑顔が似合うね!」


「もう、揶揄(からか)わないでくだいよ!」


 居間には少しの間、俺たちの笑い声が響いた。


「そうだ、私も君に渡す物があったんだ。」


 そう言うと博士は、小さなダンボール箱を渡してきた。


「今回の試合で確信したよ。このまま君に手伝って貰えば、更なる研究が進められる。魔法界にとって、それは有意義な物になる筈だ。

 まぁ、だから……これは今までの業務へのボーナスと、更なる研究の為の『差し入れ』と思って受け取ってくれ。」


「ありがとうございます。

 ……ところで、中身は何ですか?」


「それは部屋に帰って、確かめてくれ給え。」


 ……なんだろう、すこーしだけ嫌な予感がする。

 いや、決めつけは良くない。彼女は保護者代わりとは言え、一介の生徒に特上寿司をご馳走してくれるような人だ。


「分かりました。

 では、俺はそろそろ帰ります。お寿司、ご馳走様でした!」


 夕食の礼を述べ、俺はラボを後にした。


 ◆

 さて……。

 自室に戻った俺は、早速二つの贈り物を開封する事にした。


 先ずはマギナさんからの贈り物である。

 リボンを解き包装紙を外し、真っ白な箱を開ける。

 中にあったのは、水色、パステルピンク、そして黒の……()()()()()だった。


「は……?」


 下着の上にはメッセージカードがあり、俺は妖精からの手紙を読んでみた。


『私が察するに、お姉様のお胸も成長したら頃だと思います。なので、今よりワンサイズ上のブラジャーをプレゼントしますね。因みに、これは蒼蘭お姉様が私……『魔女ツバメ』と一緒に入ったランジェリーショップで買いました。

 また大きくなったら、あのお店がオススメですよ♪』


 …………。

 ……。


 いや、嬉しいよ?嬉しくはあるんだよ?

 確かにそろそろ今の下着じゃキツくなってきた頃だし、買い替えるタイミングかな〜とは思ってた。

 だが、プレゼントが()()()()()というのは複雑な心境だ。しかも、今の俺にとっては()()()()()()()()()()であるのが一番厄介だ……。いや、この胸が成長して言っているのがそもそも厄介な話ではあるのだが……。

 とは言え、どの道不可欠な物である事に変わりない。これは、有り難く使わせて頂くとしよう。


 次に、胡桃沢博士からの贈り物だ。ダンボールのテープを剥がし、無造作に開封するとその中には……。


 …………。

 ……。


 バニーガールの、コスプレ衣装があった……。


 ……は?

 ………………え?……はぁ?


 俺は博士からのメッセージカードを確認した。


()()()()()()()()()()()()()に似合う衣装を用意しました。これを着れば、君もドキドキが止まらなくなる事間違いなし!これからも沢山未来を予知して、私の研究を手伝っておくれ。」


 …………。


「だああああッッ!!」


 俺は叫びながら、ダンボールを殴り、そして破いた。

 誰がこんな……こんな破廉恥なコスプレするもんか!?

 こんなの……こんな……の……。


 俺は玄関へ行き、覗き窓から外を見る。

 誰も居ない。

 つまり、これを着てもバレない……?


 ……まぁ、アレだ。折角貰ったプレゼントだ。流石に、『一度も着用しない』なんてのは失礼だろう。それに、マギナさんから貰った下着も実際に身につけてみるべきだろう。

 そう決心した俺は、制服のボタンに手をかけた。

蒼蘭ちゃんの周囲で渦巻く陰謀、詳細は次回明らかになる…予定です。

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