第29話 vs『柘榴石(ガーネット)の魔女』!①
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あれは一昨日の事だった。
聖が放課後、友達の炎華と蒼蘭と一緒に談笑していた時の事だ。A組のアディラ・ナヴァラトナが、蒼蘭に決闘を挑んで来たのだ。
(どうしよう……止めた方が良いよね?)
人付き合いが不得手な私でも、アディラの事は知っていた。南アジアに本社を構える、石油事業やジュエリー事業を主軸に据える巨大財閥……『ナヴァラトナ財閥』の一人娘だ。魔女の家系ではないが、財閥は世界各国の魔法研究に多大な支援をしているという噂だ。
そして、彼女には途轍もない『才能』があった。学園に入学してから瞬く間に頭角を現し、1年も経たずにA組入りを果たした天才少女だ。
何より恐ろしいのは、『魔法』に関してはアディラが家系内の『初代』であるという事だ。魔法というのは『先祖代々受け継がれる』力であり、大抵の場合は生まれた血筋に魔力や潜在能力が左右される。
……最も魔法の名家に生まれながら、家系魔法を受け継ぐ才能がない、私みたいな『落ちこぼれ』も中には居るが……。
つまり、アディラと聖は対局の存在だ。
故に、分かる。彼女がどれだけ才能溢れる生徒なのか、が。
そんな彼女が、編入したての蒼蘭に決闘を申し込んでいる。ここまで理不尽な話があるだろうか?これは所謂、『新人イビリ』という物ではないか?
確かに、蒼蘭は凄い子だ。私達は、何度も彼女に助けられている。だが、彼女だって普通の女の子なのだ。可愛い洋服も美味しいスイーツも大好きな、年相応の感性を持つ可愛らしい女の子。
何もかもを持っている令嬢が、突っかかる様な相手では決してない。
……だが、蒼蘭は決闘を受けた。
その時の友人の瞳には見覚えがあった。
初めて助けてくれた日に見た、勇気と希望を携えた光。その光を放つ蒼蘭の目は、どんな宝石よりも美しい蒼石だ。
私は、彼女に対して出来る限りの応援をしようと決めた。手始めに作戦会議に参加し、アディラの魔法について教えた。その後、彼女が望むなら特訓にも付き合うつもりでいた。が、大魔女様が直々に鍛えてくださるなら、私の出る幕はない。
故に、私は応援に専念する。
「炎華ちゃん、準備はいい?」
「勿論!二人で用意した『応援グッズ』で、セーラの事を沢山応援しよ!」
私達は、厚紙で作ったサンバイザーを身につけ、スティックバルーンを手に持った。他には応援用の横断幕を準備してある。これらの『応援グッズ』の色は、当然全て藍色……蒼蘭の色だ。
(これで少しでも、蒼蘭ちゃんの力になれるといいな……。)
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俺は試合会場……『コロシアム』に来ていた。ここへ辿り着くまでに、A組の設備には驚かされっぱなしだ。
何せゲートを潜った先に広がっていたのは、中世ヨーロッパ風の学舎だったのだから。ファンタジー小説の魔法学校にでも迷い込んだのかと思う程だ。見ただけで、『ここは魔法教育により一層の力を入れています』というのが伝わってきた。
さてと……。
今、俺は選手控え室にいる。部屋の中に居るのは俺だけで、今なら誰の目も無い。俺はワイシャツのボタンに手をかけ、『準備』に取り掛かる……。
◆
「さぁ、本日のメインイベント!1年A組、『柘榴石の魔女、『アディラ・ナヴァラトナ』vs期待のニューカマー、『瑠璃海 蒼蘭』の演習試合のスタートだァッ!!」
コロシアムに試合前のアナウンスが響き渡る。マイクの主は先日やって来た生徒会役員の一人、奏 風歌だ。MCの声に釣られて、会場全体が湧き上がる。恐らく、殆どがアディラ嬢の応援だろう。
……とはいえ、完全なアウェイという訳でも無いらしい。観客席に二人、藍色の応援グッズを身につけた生徒が見えた。少なくとも孤立無援・四面楚歌では無いらしい。それだけで、かなり精神的には楽になる。友人達には感謝だ。(正直、横断幕はちょっと恥ずかしいが。)
「ところで、貴女はそんな状態で戦えるのかしら?既に息も上がっているし、顔が真っ赤だけど?」
「はは……心配無いわ、ナヴァラトナさん。私はただ、今の自分の力を貴女にぶつけるだけよ。」
アディラ嬢は俺の顔を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「なら精々、『運命の鍵』のお手並みを拝見させて貰おうかしら!?
主審、試合開始の合図をお願いするわ!!」
アディラの呼び声に応えるよう、菊梨花が前に出る。生徒会副会長の彼女が、この試合の審判を務めるようだ。
「それでは……演習試合、はじめ!!」
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「『デザート・ランス』!」
試合開幕の一手は、柘榴石の魔女が打った。砂が瞬時に彼女の周りに集まり、凝固し、三本の槍を形作る。そのまま砂の槍は、俺に向けて放たれた。
だが、試合開始直後に攻撃が来る事は分かっていた。
「『ウォーター・バレット・リボルバー』!」
俺は約一ヶ月の修行で、命中精度と早撃ちに磨きをかけた。更に未来予知で槍の軌道やタイミングも分かっている。中央の槍は真正面から水の弾丸で相殺し、左右の槍は側面を撃って軌道を逸らす。
そして、残り三発の弾はアディラへ向けて放つ。
「『デザート・ウォール』!」
だが、柘榴石の魔女が作り出した砂の防壁により狙撃が阻まれてしまう。
「……ッ!」
俺は咄嗟に、右方向へ走り出す。
砂の壁が変形し、剥き出しのトゲが出現する。そのビジョンが見えたからだ。
「『サンド・ニードル』!」
ただの防御技と思わせておいて、防壁に用いた砂を瞬時に攻撃技へと変換させた。砂のトゲが10本程、俺に向かって飛んでくる。大きさは『デザート・ランス』より小さいが、弾速が速い。懸命に走って、ギリギリ避け切れるレベルだ。もし未来予知が無ければ、確実に虚を突かれて針の餌食になっていた。
このまま砂の壁に隠れたまま攻撃されるのはマズい。だが、それを打破する方法はある。俺は水の魔力を左右の手で、二つ同時に練る。徹底的に基礎魔力を鍛えられた今なら、左右同時に魔法を放つ事ができる。
「『サファイア・ソーサー・ツイン』!」
両手で放った水の円盤が、回転する刃となり砂の壁をV字型に抉り取る。狙ったのはトゲが密集している箇所、魔力の源泉だ。そこにはやや驚いた表情のアディラが居た。
今が好奇だ!
「『ウォーター・バレット』!」
一瞬の隙を付いた早撃ち。だが相手の反応速度はそれを上回り、アディラ嬢は優雅な動きで顔の位置をずらした。水の弾丸は彼女の髪を掠めただけで、試合を決める一撃にはならなかったのだ。
「……正直、驚いたわ。『学園のマスコット』にしては、中々やるじゃない。」
「マスコットになった覚えなんか無いんだけど!?」
「あら、それは残念。でも、貴女の事を見直したのは事実よ。少しだけ、ね。
……だから、貴女にはご褒美を上げるわ。」
不敵な笑みを浮かべた令嬢は、手のひらを地面に向ける。コロシアムの土に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「同じA組や他校との演習試合と同じように、私の『必殺技』で相手をしてあげるわ。
光栄に思いなさい、セイラ。貴女は私の本気、その一端を味わえるのだからね!」
魔法陣からは砂塵が吹き荒れる。アディラは砂嵐の中心に居て、魔法を撃っても砂で阻まれてしまう。
「来なさい、『砂漠の傀儡』!!」
砂塵が収まった魔法陣の上に立っていたのは、全長3m程のゴーレムだ。
デカい。
そして、威圧感が凄い。
元が小さな砂粒だとは、とても思えない程の重厚感だ。更に、パッと見た限りでは凄い頑丈そうだ。砂と言うより、レンガや陶器の方が近いのかもしれない。
……要するに、小手調べはここで終わり。ここからが『本番』と言う事だ。