第27話 作戦会議と秘術の文字
日が沈みかけている頃の教室に、俺を含め4人の生徒が集まった。
「先ずは皆様、お集まり頂きありがとうございます。
それでは、『第1回アディラ嬢対策会議』を始めたいと思います!」
放課後の空き教室で、俺は宣言した。
対策会議メンバーは俺の他に、聖、炎華、そして生徒会副会長の錫宮 菊梨花だ。
「何と言いますか……災難でしたね。」
副会長は、巻き込まれた転校生に同情の眼差しと言葉を送る。
A組達が去る直前に雷葉から、どうにか菊梨花の電話番号を聞き出せた。ここに呼んだのは、アディラと同級生の菊梨花となら、何か良いアイデアが思い浮かぶかと思ったからだ。
そして有り難い事に、彼女は二つ返事で来てくれた。
「では先ずアディラ・ナヴァラトナさんについて、皆様が知っている事を教えて下さい!」
俺は机にノートを広げ、頭を下げる。今は兎に角、どんな情報でも良いから欲しかった。
「じゃ、まずはあーしからね!
ラトナっちは、『砂の魔法』を使ってたね。」
「砂……?例えば、どんな風に使うの?」
「えっとね、砂で何でも作っちゃうの。ラトナっちは砂の槍で攻撃したり、砂のお城で防御したりするんだよ。
あーし、演習試合を見た事あるんだけど、本当にあっという間に作っちゃうの!凄かったよ!」
「成程、変幻自在の魔法って事ね。ありがとう。」
俺はノートに情報を書き記す。
「もしかして、水の魔法と似ている……とか?私も、水で球とか円盤とか作れるし……。」
「そだね。あーしも炎で水車とか鳥とか作れるし、セーラやラトナっちとお揃いかも。」
炎華は「うんうん」と頷きながら言った。
そして、俺は「う〜ん」と頭を抱えて唸ってしまった。
「それって、相手も多彩な攻撃をしてくるって事……だよね?」
「それもあるけど……。ナヴァラトナさんには、『必殺技』があるんだよ。」
若干話辛そうに、聖が口を開く。
「『必殺技』?」
「『砂のゴーレム』。ナヴァラトナさんは、砂で使い魔を作る事もできるの。
さっき蒼蘭ちゃんは『色んな攻撃魔法を使うかも?』って考えてたよね。確かに色んな事ができるけど、中でも強力なのが『砂を押し固めて作るゴーレム』なの。生半可な攻撃じゃ壊れないし、殆どの試合ではそのゴーレムで勝ってたんだよ。」
……マズい、想像以上に相手が強敵だ。
どうやって勝てば良いんだ?
「そもそも、水の魔法って砂の魔法に対して有利なの?不利なの?」
いや、頼むから有利であってくれ。砂は岩石が削られた物なんだから、水魔法が効果バツグンで良いだろ?
「状況によりけりですね。
適度な水分は砂を固める手助けになりますし、過度な水分は泥化を招いてしまいます。
ただ、アディラに物量戦を挑むのは得策ではありません。」
「何故?」
「彼女は、純粋な魔力量なら私より上です。大量の水を魔法で出しても、それすら飲み込む量の砂を出してくるでしょう。
故に、『隙を突いた一撃』に全てを込める方が、方針としてはまだ良い方かと。」
情報が出れば出るだけ、理不尽難易度に心が折れそうだ……。それでも、ペンを書く手だけは止めない。三人は貴重な情報をくれたんだ。決して、この作戦会議は無意味では無かった筈だ。
「その通りよ、蒼蘭お姉様。この時間は貴女にとって、非常に有意義な物になるわ。」
突如、背後から天真爛漫な少女の声が直撃する。
「うわぁ!?」
突然の出来事に、背筋が垂直になる。
机も椅子も、まるでそれ自体が驚きの感情を持ったかのように音を立てた。
「い、いきなり声をかけないでくださいよ!ビックリするじゃないですか!?
あとマギナさん、今私の心を読みましたよね!?背後への瞬間移動と、読心術のダブルパンチは流石に心臓に悪いですって!」
「うふふ、ごめんなさいね♪
生徒達がこうしてアイデアを出し合っているのを見ると、応援したくなっちゃって。」
マギナさんが教室を見渡し、手を振って皆に挨拶をした。すると、菊梨花が立ち上がって深々とお辞儀をした。
「大魔女様!久方ぶりです!またこうしてお会いできる日が来るなんて!」
「あらあら、そんなに畏まらないで。菊梨花おね……」
「いいえ、私は呼び捨てで大丈夫です!菊梨花、菊梨花でお願いします!そのようにフレンドリーに話しかけられるなんて、恐れ多くて面も上げられません!」
マギナさんの『お姉様』呼びを、必死の形相で遮った。真面目で委員長気質な菊梨花には、とても堪え難い事だったのだろう。
「残念、振られちゃった。
まぁ、それはさて置き……蒼蘭お姉様?貴女は肝心な事を失念しているわ。」
「肝心な事……ですか?」
「今の貴女は、根本的に基礎魔力が不足しているの。だから今の状態で作戦を練っても、相手との実力を覆す事はできないわ。」
アゲハの大魔女は、冷静に現実を告げてきた。
そりゃ、仰る通りではあるけども……。
「ああ、勘違いしないで。お姉様の行動が『無意味』って言いたい訳じゃないの。
むしろ、貴女が困難を前に諦めず、方法を模索した事。それ自体に大きな意味があるのよ。」
マギナさんは俺の手を取り、微笑みながら提案した。
「基礎魔力は、一番重要なパズルのピース。それがあれば、『作戦』も『情報』を実を結ぶわ。
ねぇ、今から私の『修行』を受けてみない?」
◆
場面は変わり、俺たちは校舎裏に案内された。
するとそこには、植木鉢を持った魔女の姿があった。
「お待たせ、ステラ。ちゃんと、例のモノは持ってきてくれたのね。」
「ええ、これが私の仕事ですので。
それと、学園の皆様には是非お見せしたいと考えてましたから。」
大魔女の従者は、両手に持った大きな植木鉢を俺たちに見せた。中身は土と植物の双葉だ。そして鉢の側面には、光を放つ不思議な文字列が、ぐるりと一周巡っていた。
「『ルーン文字』、ですよね?この前の、水晶玉と同じ。」
「その通りです、蒼蘭さん。北欧の土地に眠る、太古の魔術文字です。こうしてルーン文字を使った『魔術道具』を作る事が、私の生業でしてね。」
ステラさんは予めスコップで堀った穴に、鉢ごと植物を入れる。そして双葉以外が埋まるように土を被せた後、手のひらから魔力を送り込んだ。
すると双葉は見る見るうちに成長し、立派な樹木となった。
「えええッ!?ヤッバ、ステラさん凄いって!」
「ルーン魔術って、こういう事も出来るんですか!?」
「私も初めて見ましたよ……。西洋の魔術、恐るべしですね。」
三者三様なリアクションの傍で、俺は呆気に取られて声すら出なかった。
「さぁ、行きましょうか。」
ステラさんは俺の手を取った。
「『行く』、とは?」
「根本にあるウロ、空洞ですよ。そこが地下への入り口です。この樹木はルーン魔術に反応して、地下に特殊な空間を作る植物なのです。
そして、その空間は外界とは時間の流れが異なります。地下空間で30日修行をしても、地上では約3時間しか経ちません。
……明後日の試合までに、かなりの基礎魔力が身につくと思いますよ。」
何という……渡りに船とは事ことか!
「ありがとうございます、マギナさん、ステラさん!」
「というわけで、ちょっと蒼蘭お姉様の事を借りるわね♪」
マギナさんは俺の背中を推しながら、学園の生徒3名に愛想よく微笑んだ。