第26話 貴女が噂の転校生?
その日、『平穏な学園生活』は崩れ去った。
まぁ、『そもそも雨海 惺に普遍的で平穏な学園生活が許されるのか?』と聞かれると、正直返答に困る訳だが……。
何せ俺は、華の女子校に通う被検体(男子学生)というイレギュラーな存在。
しかも見目麗しい藍色の少女、『瑠璃海 蒼蘭』の姿で秘密裏に、だ。
ついでに言うと(まだ完全ではないが)珍しい予知魔法が扱えて、『アゲハの大魔女』からは『運命の鍵』として世界を破滅の未来から救う手助けを依頼されている……。
今の自分の立ち位置を、冷静に客観視すれば理解できる。普通でない俺に、『平穏』など訪れる訳がない。
……だが頭では分かっていても、『目の前の事象』をすんなり受け入れる事はできなかった。
具体的に言うと、目の前に突き出された『果たし状』と書かれた白い封筒。そして封筒を俺に突き出している、オレンジ色の髪をした魔女だ。
「噂の転校生!この私、『アディラ・ナヴァラトナ』が直々に、貴女の実力がどの程度か確かめてあげますわ!!」
放課後の教室で、高らかな声が響く。よく通る声色の持ち主は、1年A組の生徒だ。言葉遣いや立ち振る舞い、そして身に付けている煌びやかで高そうなアクセサリーから、結構なお嬢様だと推測できる。
そしてこれも勝手な推測だが、学内ヒエラルキーが高そうなご令嬢だ。
まず、見た目がかなりの美少女である。キリッとした目にスラリと伸びた手足、そして平均より高めの背丈。体型はスレンダーだが、それがシャープでクールな印象を醸し出している。何より印象的なのは彼女の顔だ。手入れの行き届いた白い肌に、柘榴石を連想させるオレンジ色の瞳。輝きを放つ美貌には、すれ違う者は男女問わず振り向いてしまうに違いない。
次に彼女が所属するクラスだ。A組はB〜Dの一般クラスとは違い、優秀な生徒を集めた特進クラスだ。そして、A組は一般クラスとは離れた校舎で、より魔法に重点を置いた授業を受けている。もうその時点で学内全体で見れば、実力も立ち位置も上澄みである事が分かる。
だがアディラと名乗ったこの魔女は、それだけに止まらない。物理的に離れた校舎から、『数名のクラスメイト』を引き連れてやって来たのだ。察するに彼女はかなりの有名人であり、そんな人間が『決闘』を申し込むと言うのだ。これはかなりの大事だ。学園新聞の見出しは、この時点で決定されただろう。
そして、申し込んだ相手が『噂の転校生』とあれば、学内全体を揺るがすビッグニュースへと発展する筈だ……。
「うん、待って。ちょっとだけ、状況を整理させて貰っても良い?」
「何よ、見て分からないのかしら?
この封筒には、『果たし状』と書いたのだけど?この国のマナー的には墨汁と筆がベストなんでしょうけど、無かったから筆ペンで書いたの。これで、最低限の礼節は守られているのではなくって?」
いや、問題はそこではないし、そんなマナーはこの国には無い。外国人とは思えない程に達筆な字で書かれてはいるが、本質はそこではない。
「そうじゃなくて……何故、私が決闘を挑まれているのかが分からないの。だって私はD組、一般クラスの生徒よ?しかも、魔法の世界に足を踏み入れたばっかりの見習い魔女よ?
そんな私に、特進クラスの貴女が決闘を挑む理由なんて無いじゃない?」
「はぁ……。『白々しい』とは正にこの事ね。
それとも、既に貴女は『見習い』ではなく、『巷で噂の』魔女である自覚が無いのかしら?」
俺の必死の逃げ口上は、ご令嬢に真正面からバッサリと叩き切られてしまった。
「この前の全校集会で、大魔女様が話してたわよね?遠くない未来で、未曾有の危機が訪れる事を。」
俺は無言で頷く。確かに、それは事実だ。
『異世界からの侵攻に対抗できるのは、魔法の力だけである』という理由から、学園全体への情報共有をマギナさんは選択した。今頃各国が総力を上げて、対策に乗り出している事だろう。
だがその時は迫り来る危機への警鐘だけで、集会の中で『瑠璃海 蒼蘭』の話題は出なかった筈だ。
「あの後ね、マギナ様がA組に来て話してくださったのよ。未来を変え得る、『運命の鍵』と呼ばれる存在の事をね。」
蒼蘭ちゃんの背筋を、冷や汗滴り落ちる。
マギナさん、集会の後で俺の事話したのか!?何故、そのタイミングで!?
いや、遅かれ早かれ共有される話だ。これは仕方ない事と割り切るべきか……。
「その時、私を含めて大多数が半信半疑だったわ。
先程のご丁寧な自己紹介通り、貴女は魔法の世界に足を踏み入れたばかりの赤子ですもの。
それでここ数日、個人的に貴女の事を観察させて貰ったのよ。」
アディラ嬢はここで腕組みをし、椅子に座る俺を見下す様な表情をした。そして、机の上に写真をばら撒いた。
「お友達との和気藹々とした談笑、昼休みに移動販売のメロンパンを頬張る時の満面の笑み、魔法演習の授業では特に突出した実力を発揮せず、購買ではファッション雑誌を買おうか迷って、その場で数分ウロウロしている様子……。
色々観察して分かったわ。貴女は大役を担う様な魔女ではない、『人畜無害な愛玩動物』だってね。」
写真の中にいるのは、藍色で愛くるしい15歳の女の子だ。わ〜、可愛いな〜。
……俺じゃん、コレ。
え、俺こんな顔してたの?日常的に?
どっからどう見ても、年頃の女の子にしか見えねぇ……。
「いや、『愛玩動物』って何よ!?」
「ん〜、貴女は犬や猫ってよりは、ハムスターとかウサギに近いわね。うん、ウサギね。瑠璃海蒼蘭は愛らしいウサギ。」
どうやら人間扱いすらされて貰えないらしい。
俺は、咄嗟に聖と炎華の方を向く。
「私って、愛玩動物なんかじゃないよね!?」
二人揃って、スッと目を逸らされた。
「何でよ!?どうして二人とも目を逸らすの?」
「いや……セーラが動物っぽい所は、割と否定出来ないって言うか……。」
「渋谷へお出かけした時のはしゃぎっぷりとか、メロンパンとかクレープを食べてる時の顔とか、確かに蒼蘭ちゃんは可愛いウサギさんっぽさがあるし……。」
ヤバい、めちゃくちゃショックだ……。
俺は一応実年齢は18歳で、君らより年上なんですよ?そんなに言動が年上っぽくない?
……写真を見る限りだとそうか。後、確かに憧れの東京ライフで童心に返り過ぎてたのは否定できない。
「まぁ、本当に愛らしいだけの女の子なら問題ないのよ。貴女はこの学園のマスコットを目指せば良いだけだし、異世界人の相手は私達A組の生徒で行えば良いわけだからね。」
ここで、アディラ嬢の目つきが再び変化した。彼女は「はぁ……」と息を吐き、真剣な眼差しを向ける。
「貴女……今朝、教室へ行くのに遠回りをしたでしょう?」
「……ッ!?
な、何の事……?」
「とぼけないで。
貴女は普段それなりの余裕を持って登校する事も、今日は時間ギリギリで登校した事も、何故かいつもより時間的余裕が無い状況下で遠回りした挙句、本当にホームルーム直前で教室に入った事も、全部調べが付いているのよ。」
アディラは手に持った白い封筒を、掌と共に机に叩きつける。
「まるで、今朝私が待ち構えていた事や、この『果たし状』を貴女に渡す事を予め知っていたみたいじゃない?」
「えっと、それは……」
「それに私が最初に名乗った時、自分が『1年A組』だって教えてないわよね?同じ制服なのに、どうして最初の言い訳で『アディラ・ナヴァラトナは特進クラス生』だと判断したの?」
「いや、それは言い掛かりよ!?
だって、A組の生徒は襟元に特製バッジが……」
「私、『今は』バッジなんて付けてないのだけど?」
「……ッ!?」
本当だ。今、彼女の制服の襟には何も付いていない。これでは彼女がどのクラスか、『事前に知っていないと』説明がつかないではないか。
「セイラ、貴女の『未来予知』を実際に見た以上、貴女が『運命の鍵』である事に信憑性が生まれたの。貴女が運命を変え得る根拠を、この私が目の当たりにしたのよ。
……それがどれだけ重大な事か、理解しているのかしら?」
「重大な事……?」
分かるようで、分からない。
そんな俺の様子を見たアディラ嬢は胸に手を当て、よく通るその声で高らかに話し出した。
「この私は、歴史に名を残す『大魔女』を目指す暁虹学園A組の生徒。そしてナヴァラトナ財閥の一人娘にして、『柘榴石の魔女』よ!
世界を救い、歴史に名を残す英雄の役目は、この『アディラ・ナヴァラトナ』こそが相応しいわ!
故に、セイラ!私には、貴女の力量を確かめる権利があり、義務がある!
それにハッキリ言って、大魔女様から直々に目を掛けられているのも気に入らないわ!しかも、マギナ様が目を掛けるだけの『確固たる理由』が、どうやら本当に備わっているらしいという事もね!」
彼女は更に、俺に『ビシィッ!』と指差して命令する。
「さぁ、セイラ。私と決闘しなさい!」
………………………………。
マズい。非常にマズい。
ひょっとしたら、学園生活最大のピンチかもしれない。
先ず正直に言えば、この決闘は受けたくない。相手は特進クラスであるA組の生徒、しかも自分の実力に自信アリという様子だ。
どう考えても、勝ち目が無い。
ボッコボコにされるのが分かっている勝負なんて、誰だって受けたくはないだろう。
が、断る事も出来そうにない。今朝、確かに俺はアディラ嬢を避けて登校した。『果たし状』を渡される未来を回避するためだ。そして昼休みは購買の弁当を教室で食べ、放課後はスムーズに下校する筈だった。
だがそれが逆に、『未来予知』の何よりの証明になってしまった。そしてアディラを焚き付ける事にも繋がってしまった。彼女は帰りのホームルーム直後に、遠く離れたD組に乗り込んできたのだ。この行動力は、予知では見抜くことができなかった……。
どうする?目の前は数名のA組生徒がいる。物理的な逃亡は不可能。なら、受けるしかないのか?勝ち目の無い戦いに……。
いや、客観的に考えれば、確かに受ける以外の選択肢は無い。が、足掻く事はできる。
「……ところで、その決闘はいつ行うの?」
「何言ってるの?今すぐに決まっているでしょう!?」
やはりそうか、そうだよな。
だが、こちらはそうも行かない。
「決闘は受けるわ。でも、今日はダメ。」
俺はアディラの目を見て、キッパリと言う。
勝負は受けざるを得ない。ならばせめて、準備や作戦を練るための時間をくれたって良いだろう。
「どうしてかしら?まさか、日をずらして逃げるつもりじゃないでしょうね?」
「違う、そんな事はしない。」
疑るような令嬢の視線を、蒼色の双眸で迎え撃つ。
相手に逃げ腰な印象を抱かせてはダメだ。これは、せめてもの抵抗。一矢報いる為の抵抗なのだから。
「日を改めて欲しい理由は二つ。
一つ目は、転校生の私は貴女の事を殆ど知らないから。逆に、貴女は私の事を熱心に調べてたみたいね。」
俺は机にばら撒かれた写真を手に取った。
「これ、貴女が撮った物じゃないでしょ?多分、写真部か新聞部に依頼した物よね?私の周りにA組所属で財閥のご令嬢がすぐ近くに居たなら、もっと騒ぎになって私も気付く筈だもの。
……転校生に人脈の差での情報戦、余りにも不公平じゃない?」
アディラは柘榴石を思わせる橙の眼を、大きく見開いた。半分はハッタリのつもりだったが、見事に的中したようだ。そして、まさか愛らしい蒼蘭ちゃんが、自分に食ってかかるとは思わなかったらしい。
だが、彼女からも周囲からも反論はない。何故なら、どう見ても『隠し撮り』という非があるのはアディラ嬢側なのだから。
「二つ目の理由は、今日が『先負』の日だからね。」
「『先負』……、確かこの国の『六曜』っていう文化だったかしら?」
このご令嬢、随分と日本文化に詳しいな……。
「そう。一説によると『負』の文字がある先負の日は、勝負事に向かないとされているわ。
そんな縁起の悪い日に勝負事をするのは、『予知能力者』としてはちょっとね。」
当然、此方も体の良い言い訳だ。なんなら、こっちは先程カレンダーを見て思いついた理由だ。
だが、どんなに苦しくとも理由は二つ以上あった方が良い……気がする。一つだけでは心許ないが、二本・三本の矢は折れにくい筈だ。
「そう……、分かったわ。
なら、日程は明後日の『大安』に変更よ!」
二日か……もうちょい時間は欲しいが、細い理屈の糸で勝ち得た時間だ。まぁ、上出来な方だろう。
「そして……日を改める以上、貴女が逃げないように処置を施す必要があるわ。
その方法は……」
アディラの言葉が終わる前に、教室の入り口から激しい音が聞こえる。ギュインギュインと掻き鳴らすのは、ギターの音だ。
「よーやく、アタシらの出番かい?」
「ええ。『生徒会』に、この決闘の立ち会いをお願いしたいの。」
「オッケー、オッケー。
そういう事なら、任せとけ!」
担任の早苗先生が居ないのをいい事に、ギターを携えた少女は教壇に飛び乗った。
「よぉ、噂の転校生!アタシは1年A組、『奏 風歌』。見ての通りギタリスト、そして、生徒会の庶務を任されているモンだ。
ついでに言えば、学園生活を盛り上げる『アオハル推奨委員会』の会員さ。よろしくな!」
「ははは……、よろしくお願いします。」
また随分とクセの強そうなのが出てきたな……。
「そしてもう1人。『DJフウ』の相棒、『PAライ』!アタシら『風雷コンビ』には欠かせない、双子の妹カモーンッ!」
風歌は登場bgmを自前で奏でながら、『PAライ』なる人物を呼び寄せた。
「フウ、煩い。叫ばなくても、私はここにいる。」
眠そうな表情をしながら、血圧が低めの少女が入室する。完全にbgmとテンションが噛み合ってない。
その少女はツカツカと此方に歩み寄ると、俺の前でペコリとお辞儀した。
「名前は、奏 雷葉。生徒会の会計、それとパソコン部所属。フウも言ってたけど、雷葉達は双子。あと、どっちも1年A組。
貴女の事は副会長……菊梨花から聞いた事がある。だから、どんな子かちょびっとだけ興味があった。よろしく。」
淡々とした声で自己紹介を終えた後、雷葉は再びお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしく。」
お辞儀を返しながら、俺は菊梨花の事を思い出していた。以前世話になった、グレー髪の帯刀少女。そう言えば、彼女も生徒会役員だった。
「雷葉は違うけど、この学園ではお祭り騒ぎが好きな人が多い。
……大事になったのはちょっぴり同情するけど、これがこの学園。早く慣れるか、諦めて受け入れて。」
「……分かった。アドバイス、ありがとうね。雷葉さん!」
「礼を言われる程の事じゃない。でも、貰える物は貰っておく。」
終始淡々とした口調だが、根は親切そうな子だ。
「さて、自己紹介も済んだし、アタシら生徒会がこの決闘……というよりは演習試合の立会人をさせて貰うぜ!そして事前の、『大規模な宣伝』もな。これも、アディラが生徒会に依頼した通りさ。」
「ええ、この試合を学内に広めれば、セイラも背を向けて逃げる事はできない。そうでしょう?」
何とまぁ……周到なヤツだ。
ただの演習試合で、普通そこまでするかね?
とは言え、一先ず俺は無言で頷き、この場を収める事を優先した。
ライバルキャラの登場です。