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第23話 アゲハの大魔女と『運命の鍵』①

 複合施設から外に出ると、そこは何の変哲もない渋谷の風景があった。俺が初めて来た街だが、人や車が行き交い、学生達が和気藹々と休日を過ごす、この光景こそが渋谷本来の姿なのだろう。突然ビルが倒壊したり、蟲の化け物が暴れ出したり、異世界から悪い魔法使い達がやってくる……。そんな出来事が()()()()()()()()()()()()()ように感じてしまう。


『先程直面した事態は、ひょっとして"夢"なのではないか?』


 何の変哲も無さすぎる光景を目にして、俺は若干疑心暗鬼になりつつあった。


「炎華、何か目が覚める事をして。お願い。」


「おっけ〜、任せて☆」


 彼女は快諾してくれた。そして、


「ふぅ〜♪」


 ギャルの吐息が耳に炸裂し、


「ひゃん」


 蒼蘭ちゃんの口からは色っぽい声が零れ落ち、


「ていっ!」


 聖の(力が入っていない)チョップが、炎華の頭頂部にお見舞いされた。


「何すんのさ、ひじりん?」


『む〜』と口を尖らせながら、炎華は抗議する。


「いや、『目を覚ます』ってそう言うのじゃないでしょ?」


「ううん、大丈夫。炎華のおかげで目が覚めたから。やっぱり、夢じゃなかったんだ。」


 最もなツッコミをかます聖を(なだ)めて、俺は現実を直視する。今だに信じ難い事だが、一先ずは誰一人犠牲者が出なかった喜びを噛み締めるとしよう。


「うふふ、みんな仲良しさんなのね♪」


 ツバメ、もといマギナさんは、この光景を見て微笑ましそうに笑った。先程背中に生えていた蝶の羽は消えており、今の彼女は天真爛漫な少女そのものだ。


 ◆

 雑居ビルが立ち並ぶ薄暗い路地裏。マギナさんに連れられて、俺たちはこの人気のない道を歩いている。そして路地裏の奥へ奥へと足を進めると……そこは行き止まりだった。

 ……いや、何でだよ?

 そこは秘密の店とか、せめて何処かに繋がる扉とかがあるもんじゃないのか?


「すみません、行き止まりになってますけど……?」


 疑問と不安を抱えつつ、俺は試しに聞いてみる。


「……?

 あ、そっか!セーラは魔女になりたてだから、『こういう場所』は初めてなんだよね?」


「蒼蘭ちゃん、壁にある『落書き』をよ〜く見てごらん?」


 炎華と聖は、何か知っているようだ。彼女らに言われた通り、壁に無造作に描かれた模様を凝視してみる。

 すると突然、ペンキの落書き模様が動き出し、魔法陣へと形を変えていく。


「えっ、落書きが動いた!?」


「これは落書きじゃなくて、分解された魔法陣なんだよ。魔力をちょっと込めれば、バラバラになった魔法陣が元に戻る仕組みなの。今はのは蒼蘭ちゃんが見つめた事で、魔法陣が戻ったって事。」


「やっぱ最初はビックリするよね〜。あーしも初めてやった時は、結構驚いたし。

 でもさ、こういう『魔女だけのヒミツ』って、何かワクワクしない?」


「ほへぇ……」


 思えば彼女らも、蒼蘭ちゃんに比べりゃ十分過ぎる程に『先輩』だったのだ。こういう魔女の勝手や秘密のルールについては、俺もまだまだ勉強の余地がある。


「さぁ、後はここに触れるだけよ。」


 マギナさんが先陣を切って、復元された魔法陣に手を伸ばす。俺たちも遅れまいと、手のひらを魔法陣に添える。

 すると突然、辺りが眩い光に包まれた。


 次に気がついた時には、俺たちは巨大な樹木の前に居た。木の幹にはドアと、窓が付いている。木造の家ではなく、『木それ自体が家になっている』状態だ。


「何か……まるで、絵本の中に迷い込んだみたい……」


 魔女や妖精が住んでいそうな巨大樹をみて、俺は思わずそう呟いた。案内してくれたのが『妖精を名乗る魔女』なので、当たり前と言えば当たり前なのだろうけど。


「『妖精の隠れ家』、気に入ってくれたようで何よりね。

 さぁ、遠慮せず中に入ってちょうだい?」


 ご機嫌な大魔女に促されるままに、俺たちは妖精の家にお邪魔する。


 ◆

「さぁ、美味しい紅茶が入ったわよ♪」


 暫く席で待っていると、マギナさんがキッチンからティーポットとカップを運んできた。ワゴンには、美味しそうなフルーツタルトも載っている。もう既に甘くて美味しそうな香りが、テーブルを彩っていた。だが大魔女がティーポットを傾け、カップに紅茶を注いだ瞬間、この空間が完璧な物になった。茶葉の上品な香りが木造の家とマッチして、美しい調和を奏で始めたからだ。


「ほへぇ……」


 思わず詠嘆の息が漏れる。


「そうだ、忘れるところだったわ。楽しいお茶会の前に、済ませる事が二つあるの。

 一つ目は、コレ。貴女の忘れ物よ。」


 マギナさんが差し出したのは、アパレルショップの紙袋だ。

 アラキーネ一味に襲われた時、休憩していたベンチに置いてきてしまったみたいだ。


「破れたりしてないとは思うけど、中身は一応確認しておいて。」


 俺は紙袋から、水色のロリータドレス……蒼蘭にとっての宝物を取り出す。服はどこも破けたり汚れたりしておらず、無事だった。


「ありがとうございます、マギナさん!」


「いいのよ、蒼蘭。

 それと、二つ目。」


 大魔女は徐にスカートの裾を持って、くるりと一回転して見せた。


「貴女達への呼び方なんだけど……この見目に合わせて、『お姉様』って呼ばせて貰うわね♪」


 あまりに予想外過ぎる宣言であった。

 そりゃ、マギナさんの見た目的には問題はないだろうけど……。大先輩にそんな呼ばせ方して良いのだろうか?

 そして聖と炎華は、俺以上に驚いた表情をして、口をパクパクしている。


「貴女達とは、姉妹のように仲良くなりたいの。だ・か・ら、お願いね、お姉様方?」


 有無を言わせぬ大魔女の笑顔の前では、後輩魔女達は頷くしかなかった。


「先に言っておくべき事はこれで全部ね。

 さぁ、お姉様達。遠慮なく召し上がれ♪」


「……じゃあ遠慮なく、いただきま〜す☆」


 最初に沈黙を破ったのは、炎属性のギャルだった。着席するや否や、すぐさまフルーツタルトを口に運ぶ。


「ん〜ッ、メッチャ美味しい!

 これ、手作りですか!?炎華お姉様、大歓迎ですよ!」


「そうよ。お姉様達を持て成したくて、私頑張っちゃった♪」


 今、炎華は途轍もない事を成し遂げている。先ず、大先輩の歓待を下手な遠慮をせず、率先して受けた事。

 次に、半ば無茶振りとも言える、『姉妹の様に仲良くしたい』という案を受け入れた事。自分を『炎華お姉様』と呼んだ事で、相手の意思を尊重して見せたのだ。

 最後に、出されたスイーツに対して簡潔で飾り気ない感想を述べた事。炎華の表情から、美味である事は嘘偽り無いのだろう。だが、先に挙げた二つの事項と合わせて、流れる様にこなして見せたのだ。


 ……恐るべし、ギャルのコミュ力!


「なら、私達もいただきます!」


「はい、ご馳走になります!」


 俺と聖も炎華に倣い、席に着く。

 実際にタルトを食べると、フルーツの酸味と砂糖の甘さ、生地の食感が口いっぱいに広がった。


「美味しいです、このお菓子!」


 自然と顔が綻び、フォークが止まらない。そして、合間に飲み物が欲しくなる。俺はミルクと砂糖を入れて、紅茶を口にした。既に香りから分かっていた事だが、紅茶も絶品だ。

 美味しい物を食べた事で、気分が良くなってくる。糖分、そして『幸せ』が体内を駆け巡り、疲れた身体をどんどん癒していく。使い切った魔力も、少しずつ回復して来ている。


「はぁ〜、紅茶も良い……美味しいです。こんなに上品な紅茶、飲んだ事ないですよ。」


「聖お姉様にも、気に入ってくれて良かったわ♪

 さて、お腹も心も満たされたところで……本題に入りましょうか?お姉様達が聞きたい事、遠慮なく聞いて頂戴ね。」


 大魔女の歓待は、次のステップに入った。

 とは言え……正直聞きたい事がありすぎて、何から聞けば良いのやら……?


 ◆

「では先ず私から。

 マギナさんは、どうやって街を戻したのですか?」


 先ずは聖が口火を切った。


「ごめんなさい。その質問に答える前に、蒼蘭お姉様に確認させて?貴女の『魔法』について、二人に話しても大丈夫?」


 そうだ、胡桃沢博士には予知魔法について、なるべく公言しない様にと言われていたのだった。

 ……とは言え、いつまでも隠す訳にはいかないだろう。それに、ただでさえ彼女らには隠し事が多いのだ。今日一日、楽しい時間をくれた友人に、更に秘密を重ねるのは不誠実だろう。


「お願いします。」


「ありがとう。

 ……この街を救ったのは、私の『並行世界の観測・干渉』の魔法。それから、蒼蘭お姉様の『未来を予知する』魔法なのよ。」


「『未来予知』……セーラが!?」


「うん。とは言え、まだ上手く使いこなせてないけど……ね。」


 俺は彼女の質問に、端的に返答した。


「じゃあ.蒼蘭ちゃんが転校して来た時、私と炎華ちゃんを助けてくれたのって……。」


「偶々、その夜の事件を『未来予知』で見ちゃったの。

 それで、助けられるなら助けなきゃって思って。」


「そうだったんだ……。」


 聖は驚きつつも、突如助けに入った転校生の存在に納得が行ったようだ。


「でも、『未来予知』ってすっごいレアな魔法じゃん?もっと大っぴらに話しちゃっても良くない?」


「黙ってたのには幾つか理由があって……

 先ず、私はこの魔法を完全には使いこなせていないから。

 それと、胡桃沢博士に口止めされてたからなの。騒ぎになるとマズいからって。

 それに……」


 理由はまだある。だが……一番の秘密を言っても良いのだろうか?言うべきだろうか?

 ……できれば、まだ言いたくない。でも、黙っているのは良くないよなぁ……。


「蒼蘭お姉様はね、ちょっと特殊な方法を取らないと未来を見られないの。

 具体的には……『ドキドキする事』をして、魔力を活性化させるのよ♪」


 俺の心配を他所に、大魔女からあっさり秘密をバラされてしまった。


(いや、ちょっと!?)


 マギナさんに小声で訴える。

 すると、返答は『声』ではなくて『脳内』に直接返ってきた。


(安心して。お姉様の『身体の秘密』は、まだ話さないでおくから。相応しい時と場所が来るまで、最後の秘密はお預け、ね☆

 ……まだ蒼蘭お姉様には、学園に残って貰わないと困っちゃうから。)


(……分かりました。)


 マギナさんに倣って、俺も脳内で念じてみる。

 それにしても、魔法はテレパシーすら可能にするのか。


(私は至近距離なら、念話で話す事も出来るのよ。すごいでしょ?)


 心まで読まれた……。いや、多分これは俺の反応が分かりやすいだけだろうな。


「その……『ドキドキする事』って言うのは、どんな感じなんですか?」


 聖が恐る恐る、大魔女に聞いてくる。


「ん〜、これは実演した方が早いかしら?」


 金髪の大魔女は、懐からサイコロを取り出した。


「今から聖お姉様には、このサイコロを三回振って貰うわ。振る前に蒼蘭お姉様が出目を予言して、三回全部当てられたら未来予知の事は証明できるでしょう?」


 確かに、確率的には6の3乗で【216分の1】だ。適当な当てずっぽうでは、三回全て当てる事はほぼ不可能だ。


「サイコロも、普通のサイコロですね……」


 聖は何回か机の上に転がして、出目がバラけている事を確認する。確率は分散しているし、ましてや四五六賽でもない。


「それから〜、えいっ♪」


 マギナさんは徐に、俺の……否、蒼蘭の乳房を揉みはじめた。


「ひゃうッ……

 い、いきなりなんて……」


「そんな事言って〜♪

 蒼蘭お姉様だって、本当は満更でも無いんでしょう?」


 ……悔しいが、否定ができない。

 最初は優しく、大切な物を愛でるように丁寧に揉まれている。だが、それが徐々に激しくなっていくのだ。特盛のIカップはブラウスの中で、ばるんばるんと振動している。

 彼女が『ツバメさん』だった時もそうだが、揉み方が凄く気持ち良い。適度な力加減で刺激され、肌色の果実はそれを押し返している。その感触が、そして『可憐な少女に愛撫されている』という倒錯感が、身体中に甘美な快楽をもたらしていく。


「わぉ……エッチだ……。」


「炎華……そんなじっくり見ないで……」


「こ、これで本当に未来が見えるの、蒼蘭ちゃん!?」


 すると、マギナさんの手が離れていく。


「論より証拠。さぁ、一回目の『予言』をして。」


 促されるまま、俺は未来を予知する。

 十数秒程度の未来なら、自分の意思で見る事が可能だ。

 そして、見えた。


「最初の出目は、『4』。」


「じゃあ、振るよ?」


 聖は半信半疑でサイコロを振る。

 テーブルの上で転がったサイコロは、予知通り『4』を出した。


「マジで!?ホントに当たったじゃん!」


「でもまだ1/6だからね。聖、次の一投をお願い。

 次に見えたのは……『6』よ。」


「うん……。えいっ!」


 サイコロはスゴロクの最強数字、『6』を叩き出した。


「二連続!?すっご!」


 確かに連続で当たったが、証明にはもう少し根拠が要るよな。


「まだまだ……。マギナさん、もう一つサイコロを持ってたりしますか?」


「あるわよ。()()()()()投げて貰いたいのよね?」


「ありがとうございます。聖、お願い。」


「うん、行くよ?」


 聖は緊張した様子でサイコロを握る。

 今までの二回、1/36の確率はあり得ない物では無い。だが、最後はサイコロが二つだ。1/1296を当てたのなら、紛れもなく『未来予知』だ。


「出るのは……一のゾロ目(ファンブル)


 治癒魔術師が投げた賽は両方とも、赤い目を天高く掲げている。これがTRGPで無くて良かった。


「これはもう……決まりっしょ?」


「うん。蒼蘭ちゃんを疑ってた訳じゃないけど、ここまで確たる証拠を見せられたら、ね。」


「これで証明完了。お疲れ様、蒼蘭お姉様♪」


「いえ、私もちゃんと打ち明けられて良かったです。」


「あの、それで……マギナさんと蒼蘭ちゃんの魔法を、どんな風に併せて使ったのですか?」


「それはね……」


 聖の質問に、マギナさんが丁寧に説明していく。俺が先ほど、モノクロの世界で『運命の楔』を手にした時と同じ様に。


 一連の説明が終わった後、友人二名は俺をまじまじと見つめ始めた。


「正直、全部理解できた訳じゃないけどさ……」


「でも、蒼蘭ちゃんの魔法が確かに、みんなを救ったって事だよね……?」


 二人の目が輝いている。現役メジャーリーガーに出会った野球少年の瞳と、同じぐらい輝いているだろう。


「いや、共同作業ね!?て言うか、マギナさんがウェイトの殆どを占めているから!」


「あら、称賛や感銘の気持ちは素直に受け取るべきよ?貴女は確かに、千年以上を生きた『大魔女』にとって欠かせない存在なんだから。」


 アゲハの大魔女は、意味深な微笑みを浮かべたのだった。

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